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第三話:裏切りへの失望と自由への渇望

 ――それから数日が経ったある日――


 十五時前に授業が全て終わり、私は荷物を革の鞄の中に入れて帰り支度をしていた。

 もう少し待てば迎えが来るはずだ。


 ふとアリスが私の方を見て、にやりと笑いながら教室を出ていくのが見えた。

 挑発にも見えたが、何か良からぬ事を企んでいるのは間違いない。

 私は彼女の後を追う事にした。


 彼女は学院の裏庭に向かっていた。

 私は彼女に見つからないように少し距離を置いて後に続く。

 もっとも、彼女は私が追ってきている事に気がついている可能性が高い。


 アリスはそのまま人影のない裏庭に入り、誰かを待っている様子だ。

 私は、曲がり角の壁を盾にして彼女から見えない位置で様子をうかがう。

 何をしようというのだろうか?


「はぁっ……アリス様、お待たせして申し訳ありません!」

 数分待つと、男性の声が聞こえた。少し慌ててきたような雰囲気で――


 私は、思わずはっと息を呑んだ。

 声の持ち主がアルだったからだ。

 既に嫌な予感しかない。


「アルフレド様、お呼び立てして申し訳ございません」

「い、いえ。とんでもありません」


「実は折り入ってお話が……」

「な、何でしょうか?」


 アリスの声には彼女特有の作られた艶っぽさを感じる。

 そしてアルはどぎまぎしている事が声だけでも明確に分かった。


「……アルフレド様は、リン様の事をどのようにお思いなのでしょうか?」

「は? どのように、とは? 彼女は私の婚約者で――」


「それは、彼女に女性としての魅力を感じていらっしゃるという事でしょうか?」

「そ、それは……、一応……。い、いや……既に親同士で約束をしておりますし……」


 アルの答えは歯切れが悪い。なんだ、私の前ではいつも好きだと言ってくれているのに……。


「彼女は、私よりも……魅力的でしょうか?」

「アリス様、な、なにを……」


 アリスがアルの片手を両手で握り、下から見上げるような格好をしている。

 ここからでは表情はうかがい知れないが、得意の湿っぽい表情を作っているに違いない。


「ご存知かと思いますが、私には決まった婚約者がおりませんの」

「えぇ、それは……」


「学院にいる間に候補を見つける事が許されているのです」

「そっ、そうなんですか」


「私はもちろん癒やしの術も使えますし、女性らしさには自信があるのです」

「そ、それは良く存じ上げています」


 アルは彼女の顔から胸に目線をやり、ゴクリと息を呑む。


「……いきなりとは申しません。リンのいない所で会って頂けるだけで良いのです。二人だけで……」

「えっ……そっ、それは……」


 アルはなんと応えるだろうか?

 話を聞きながら、私の胸は大きな不安とかすかな期待で大きく鼓動していた。

 自分の胸の前で両手を合わせ、じっと握りしめて待った。


「彼女がいない所であれば……」

 アルはそう答えた。


「あはっ!」

 アリスの嬉しそうな笑い声も聞こえた。


 私の中の僅かな期待は音もなくしぼみ、不安は失意となって私を飲み込んだ。

 目に涙が溜まっていくのを感じる。


 ……けれど、ここでおめおめと静かに帰る私ではない。

 ここで帰ってしまえば、彼の浮気がうやむやになってしまうし、自分の気も済まない。

 私は涙を拭い――


「アルフレド様!」


 彼の名を呼ぶと同時に、隠れていた壁から飛び出した。


「リ、リン! こ、これは――」


 アルは驚愕の表情を見せる。アリスと繋いでいた手を離して、慌てて後ろに隠した。


「貴方との婚約、破棄させて頂きます!」


 私は威勢よくそう言い放つ。


「リン、待ってくれ! これは――」


 慌てるアルの後ろで、アリスがほくそ笑んでいるのが見える。

 分かっている、これは彼女の罠なのだ。


 けれど、そんな事はどうでもいい。

 アルの私への気持ちが、簡単に罠に嵌まってしまう程度だったという事が明確になっただけだ。


「ついてこないで下さい!」

 私は彼に背を向けて足早にその場を去る。こんな場所に一秒でも長居したくなかった。



 ◇ ◆ ◇



 迎えの馬車の中はとても空虚な気持ちだった。

 ケモノは嫌われているのに、なぜ馬だけは重用されているのだろうか。

 上流階級の生活に必要だからかしら? 何故だかそんなどうでも良い事を考えていた。


 家に着いてすぐ、自分の部屋のベッドに寝転んだ。

 気持ちが暗くなっているのか、悪い記憶ばかりが思い出された。


 家族や同級生に回復魔術が使えずに、ずっとバカにされてきた事、家の庭で見つけたケモノと遊んでいるといつも怒られる事、それに令嬢らしくいつも礼儀正しく振る舞わなきゃいけない堅苦しい毎日。


 アルとだって楽しい思い出があったはずなのに、それを思い出そうとするほど惨めな気分になった。


 なんだかいつも何かを我慢して生きてきた気がする……そんな事を考えていたとき、私の部屋のドアをノックする音が聞こえた。

 続いて、外から侍女のペティの声がする。


「お嬢様! 旦那様がお呼びです!」

「……分かったわ。すぐに行く」


 内容は見当がついている。

 私は室内用のドレス姿に着替えて父の部屋に向かった。


「リン! 何て事をしてくれたんだ!」


 部屋に入るなり、父の怒鳴り声が部屋に響いた。

 傍らには母も控えていて、困惑した表情で黙っている。


「何の事でしょうか?」


 もちろん、分かっているが敢えて尋ねた。


「リーンハイム卿のアルフレド様との話だ! 婚約破棄を申し出たそうじゃないか!」

「……はい」


「ああ〜、何て事を! お前のような娘を貰ってくれる伯爵家など他にはおらんのに!」

「……ですが――」


 理由も聞かずにがなり立てる父に対して私は口を挟む。


「アルフレド様は、私よりも他の令嬢と親しくしたいようでしたので」

「そんな事はどうでも良いんだ! お前が我慢すれば済む事だ!」


「……それは、夫となる方の浮気を許せという事でしょうか?」

「そうだ! 女というものは、そういうものなのだ!」


 さっきまでの暗い気持ちは、怒りに変化し始めていた。ギリッと奥歯を噛んでこらえる。


「……貴方、もう少し落ち着いて……」


 母が父をなだめようとしている。


「お前は黙っておれ! だいたい、お前がリンをちゃんと育てていれば――」

「そんな……私は……」


 しかし、怒りの矛先が自分に向かって母は縮こまった。


「リーンハイム卿と繋がる事が出来れば、私はこの周辺では抜群の影響力を持つ存在になれたのだ! それがどういう事かお前には分からんだろうがな!」


「……私の気持ちは――」

「黙れ! そんな事はどうでもいいのだ!」


 私は何のために生きているのだろうか。

 悲しみと虚しさが入り交じる。


「ああ〜、どうするんだ! どうするんだ! どうしてくれるんだ!」

「どうもこうも……」


 父は混乱している。

 私の事よりも別の事で頭が一杯のようだ。

 私にとって大切なものは、父にとって大切なものではないという事なのだ。


「今すぐアルフレド様に謝罪して、婚約破棄を取り消すんだ!」

「嫌です! 私は何も悪くありません!」


 いつもいつも、何で私だけが我慢しなければいけないのだろう。

 なぜもっと自由に生きられないのだろうか。


 まくし立てている父が、私に対してとどめの言葉を投げつける。


「それが出来ないなら勘当する! 親子の縁を切るぞ!」


 それを聞いて、自分の中の何かがプツンと切れた。そして私は言い放つ。


「ああ、そうですか! こんな家、こっちから願い下げです! 遠慮なく家を出ていきます!」



【あとがき】

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