第二十五話:襲撃(後編)
パーティ会場の中、巨大なキメラは咆哮に魔力を乗せて、辺り構わず放っていた。
その乱射によって、あちらこちらの壁が瓦解している。
「耐えろよ! お前ら!」
逃げ遅れた人々は会場の一角に集まり、その周りを五名ほどの衛兵たちが囲い、防護の術式を展開している。
そのお陰でなんとか持ちこたえているが、キメラの強大な魔力に防戦一方になっていた。
「こちらの貴婦人の手当を!」
怪我をしている人の手当等にも衛兵の人員が割かれており、状況は芳しくない。
「守っているだけじゃ埒が明きません! こちらから攻撃を!」
「馬鹿言え! あの魔獣、魔力が強すぎる。こちらの魔術ではビクともせん!」
「では近づいて攻撃を!」
「近づけるか! あの尻尾を見ろ!」
キメラの尾の先は鋭利に尖っており、いかにも毒々しい紫色になっている。
刺されればただではすまないだろう。
「……とにかく、今は耐えて応援を待て!」
「……しかし」
そんな中、彼らが到着した。
◇ ◆ ◇
私たちはパーティ会場へ舞い戻った。
その反対側の一角に向かって、レナードが声を掛ける。
「すまない! 待たせたな!」
「殿下!? ご無事で!?」
「あぁ!」
傷が完全に癒えているとは思えないが、彼は威勢よく衛兵に答えた。
「もうすぐ、応援が到着するはずです、それまで隠れていて下さい!」
「……いや……」
キメラを観察する。
興奮状態が時間と共に増し、魔力も増大しているように見える。
何か魔術的な薬を投与されているのかも知れない。
「……私の暗殺が終わる時間にあわせて、力を強めるように仕組んだのかもな……」
「……どうしますか?」
剣を構えている彼に尋ねる。
「決まっている、今ここで倒す。手伝ってくれるか?」
「……私の術と、彼らであなたを守ります」
「はは……それも情けないが、お願いしよう」
「ガゥ!」
「ピィ!」
「……よし、行くぞ」
レナードが、すっと駆け出す。
「グアァ!!」
彼の接近に気付いたキメラが尻尾でそれを薙ぎ払おうとする。
「ハヤテ、お願い!」
「ガァーウ!」
その尻尾の棘の部分を外した少し上をハヤテが口で抑えた。
「対毒術式!」
同時に、私の術がハヤテにかかる。
「助かる!」
そのままレナードは走る勢いのまま剣でキメラの尾を切り落とそうとする。
ガキィン!と激しい音をたてる。
キメラの魔力による防御の一部だけが崩れ落ちた。
「ちぃっ! 硬い!」
「強化術式!」
今度はレナードに対して術をかけた。
「もう一回です!」
「おぉぉ!」
レナードがもう一度、剣を大きく振り下ろす。
「グアアアァ!」
キメラの尾が切り落とされ、ドンと激しい音を立てて床に落ちた。
「ギィィ!」
体勢を立て直すためだろう。
キメラがその大きな翼を広げ、体を宙に浮かした。
「くっ!」
攻撃が届かなくなったレナードが奥歯を噛みしめる。
「オオォォ!」
今度はキメラの咆哮波だ。
「防護術式!」
「こっちもだ!」
私のものと衛兵たちの魔術がレナードを守った。
「ホーク!」
「ピィ!」
腕をカタパルトにしてホークを飛ばす。
「叩き落として! 速化術式!」
飛行速度を増したホークは、下から上へ飛び上がりながら、キメラの目を狙った。
その鋭い爪が勢いよくキメラの目に突き刺さる。
「グアアアァ!」
「ホーク、下がって!」
「ピィ!」
更に私の追い打ち。
ズシュッ――
矢を目に打ち込む。
そして、もう一本!
「グアアアァ!」
ドォンと大きな音を立ててキメラが仰向けの状態で床に墜落した。
「よし!」
レナードは飛び上がり、キメラの胸の部分に剣を突き刺した。
「グアアァ……」
キメラの周囲の魔力が弱まる。
「殿下! こちらも攻撃します!」
レナードが下がった所に、衛兵たちの魔術による一斉攻撃。
激しい音が連続して辺りに響いた。
「……」
攻撃が終わると、崩れ落ちたキメラの体が私たちの目に入る。
「……やった、やったぞぉ!」
衛兵たち、そして逃げ遅れた人々の大きな歓声。
「……ふぅ……なんとかなったな」
「……ですね」
目を見合わせる私とレナード。
「これも……リンのおかげだな」
「いえ……彼らのおかげです」
ハヤテとホークは私の側に戻ってきている。
「ふっ。ああ、そうだな、ありがとう」
そういって、彼は二匹を撫でた。
「ガゥ……」
「ピィ……」
「む……私では不満なのかな……」
初めて他の人間に撫でられたためか、少し無愛想な二匹だった。
「ふふっ、そのうち慣れますよ」
その様子がおかしくて私は笑った。
「そ、そうか……はは」
レナードは少し照れた様子で微笑んでいた。
◇ ◆ ◇
騒ぎが大きくなった後、私は一旦パーティ会場を出た。
天井や壁が崩れており危険だからだ。
衛兵とレナードも逃げ遅れた人の対応をしながら、すぐに出る準備をしている。
「あらあら、リン様……」
これまた何という偶然か、最初に出会った知り合いはアリスだった。
会場を出た所で、一人佇んでいた。
他の人達はもっと離れた所に避難しているはずだ。
「なかなかすごい格好をしていらっしゃいますね……」
破られたドレスを見ながら彼女は言う。
「ま、まぁね……」
「……はぁ……相変わらず破天荒ですのね……」
言葉の内容は変わらないが、何故か様子がいつもよりしおらしい。
「……アルフレドは?」
無事なのだろうか?
一応、元婚約者として気にならないわけではない。
「……げました」
「え?」
声が小さすぎて聞き取れない。
「逃げました……私を置いて!」
「……は、はぁ。それは……」
まぁ、大事な所で気が弱い彼のことだ。
さもありなんといった気もする。
「まぁ、あんな男、気にしてないですけどね!」
「そ、そうね……」
何故かアリスが元気になった気がする。
「うわぁ!」
そして元気になった反動で、私の後ろにいたハヤテとホークに気がついたようだ。
「な、なんてものを連れているんですか!」
「いや、そういわれても……」
「汚らわしい! シッシッ!」
そこに、遅れてきたレナードが衛兵を引き連れながら、建物から出てきた。
「で、殿下! ご無事で!」
「あぁ」
「リン様、早くこの危険で汚らしいケモノを、何処かへやって下さい!」
そういってアリスはまた、シッシッと手で追い払うような仕草を見せる。
「え? いや……」
「そなた、無礼であるぞ!」
戸惑っていると、レナードの一番側にいた衛兵が声を上げた。
「そうよ、無礼よ!」
それに同調するように言うアリスだが――
「違う、お前だ!」
「え……? 私?」
衛兵が自分に向かって喋っている事に気がついて、唖然とする。
「……そのもの達は私を救ってくれた。いわば恩人だ」
レナードがそう告げた。
「そ、それは大変失礼をいたしました!」
「うむ……」
「わ、私の不勉強で……。そ、そのケモノが人間を助けるなんて……」
「ふむ……」
レナードはそこまで意に介していない様子だったが――
「そうだな……勉強してみるのもいいかもしれないぞ……?」
「は、はい! ……え?」
アリスは、会話というより、ただ反射的に返事をしていたようだ。
……どうするんだろう?