第二十四話:襲撃(中編)
「うわ〜!!」
「きゃ〜!!」
悲鳴を上げながら、パーティ会場から人が雪崩のように出てくる。
ハヤテとホークを連れた上で逆走するのはかなり難しそうだ。
「……」
一瞬、どうやって入ろうかと考えあぐねていると――
「リン!」
幸運な事に、会場から出てきた父と母が私を見つけてくれた。
「大丈夫か?」
「大丈夫。たまたま外にいたから」
「さぁ、逃げましょう!」
と、母が私の手を引いて逃げようとする。
「ごめん……。私、レナード殿下を助けに行く!」
「何を言ってるの!? 無理だわ!」
「無理じゃない! 私たちなら出来る!」
「ガゥ!」
「ピィ!」
私の言葉に合わせて、ハヤテとホークが鳴いた。
「……ケモノだと?」
「私の仲間よ、この子たちと前にもレナード殿下を守ったの」
「……そういうことか」
父が納得するように軽く頷く。
「……本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫、危なくなったら逃げるから」
私の言葉に対して、父は少し考える仕草を見せた後、
「……分かった。必ず無事で戻ってこい」
そう言って、母に手を離すように目配せした。
「……気をつけてね」
仕方がない、といった様子で離してくれた。
「ありがとう!」
私はそう言って、先ほどレナードと話していたテラスの方向へ向かう。
「……破っちゃえ!」
テラスの下について、動きづらいので、ドレスの膝から下を破ってしまう。
父と母には申し訳ないが、今はそれを気にしている場合ではない。
そして、身体強化の術を展開する。
「行くよ!」
木を一気に駆け上る。ハヤテもそれについてくる。
「ジャンプ!」
ハヤテと一緒に木からテラスに飛び移る。
「……よし」
テラスからパーティ会場の中を見る。
天井の一部が崩壊している。
まだ数十名以上の貴族が逃げ遅れていた。
それに――
「魔獣が……」
大きな魔獣がパーティ会場の中を闊歩している。
キマイラ――複数のケモノの体を併せ持つ怪物だ。
その体の中でも毒を持つ尻尾と、大きな翼が目立っている。
あんな魔獣が自然にこんな人里にやってくるわけがない。
何者かがここまで連れてきたとしか考えられなかった。
「……まずはレナードの居場所を探すわ!」
ここからでは、彼の姿が見当たらない。
会場の人たちも心配だが、貴族であれば魔法が使えるはずだ。
この場での私にとっての第一に優先するべきはレナードの安全確保だ。
「ハヤテ、お願い!」
「ガゥ!」
ハヤテが鼻を上げて、周辺の臭いを探る。
「オン!」
私はテラスの窓を開けて、ハヤテが示した方向へ走る。
◇ ◆ ◇
部屋の中で、レナードとその護衛二名が、犯人と思われる黒装束の三人と対峙していた。
「……こんな所に逃げ込むとは……いやはや好都合です……」
黒装束のうち一人がそう言う。
「国粋派の手の者か……こんな時を狙ってくるとは無粋な……」
「ははは! 暗殺に無粋も何もありませんよ!」
「……私を甘く見ないでもらおう」
レナードは剣を構える。この部屋に元から置いてあったものだ。
「あなたの腕前は存じています……甘くは見ていないですよ……やれ!」
黒装束がそう言うと――
「……な……に……」
レナードの口から驚きの声が漏れる。
彼の体には剣が刺さっていた、その持ち主は――
「……申し訳ありません、殿下」
護衛の一人だった。
「貴様!」
もう一人の護衛が、裏切り者へ向かって剣を振り下ろす。
その動きを予測していた裏切り者は、レナードから剣を素早く引き抜き、上段に構えてそれを受け止めた。
剣同士がぶつかって激しい音を立てる。
「何でこんなことを!」
「すいません……『家の都合』です……」
◇ ◆ ◇
なんてことだ……。
部屋の中でレナードが血を流して倒れている。
護衛同士が剣をぶつけ合っているのを見る限り、裏切りがあったのだろう。
扉の外から状況を判断した私は、二匹に防護の術式を展開し、部屋へ飛び込ませる。
「何だ!?」
黒装束を着た男たちが反応するが、遅い。
「ケモノが!」
左右二人にハヤテとホークが飛びかかり、動きを封じ込めた。
混乱に乗じて構えている弓で狙いを定める。
(人を射ったことはないけれど……)
躊躇は、あった。
だけど、その迷いは目的のために直ぐに振り払った。
シュ――
まずは動きを封じていない真ん中の男の足。
「ぐぁ!!」
一瞬で次の矢を構え、左右の男の腕と足を射抜く。
「「うわぁぁ!!」」
手加減はしているが、確実に弓は彼らの体を貫いた。
男たちは痛みに悶えている。
「次はあなたよ!」
そして、裏切り者と思われる護衛の男に対して弓を構える。
「くっ!」
もう一人の護衛と戦っており、こちらに意識を集中できないその男は、苦々しい様子だ。
「……それには及ばないよ、リン……」
「レナード!」
「殿下!」
レナードが立ち上がっている。
体の傷を自分の魔術で回復させたようだ。
しかし、完治している様子はなく、刺された腹を手で押さえていた。
「無茶しないで!」
「……ははは……君にそんな風に言われるとはな……」
苦しそうな表情をしながらも、彼は剣を構える。
「……だが、裏切りの決着は私自身でつけさせてくれ」
「……」
裏切り者の護衛はその様子を見て、剣を構える。
けれど、その剣を握る手には力が入っていないように見えた。
もう一人はその様子を黙って見ていた。
「お前が国粋派と繋がりがあったとはな」
「……申し訳ありません……殿下が活躍しすぎたんですよ……」
「はは……褒めているのか、けなしているのか……」
レナードは剣を振るい、裏切り者の剣を叩き落とした。
「……覚悟はいいな」
「……はい」
彼の剣が裏切り者の首元へ向けて薙ぎ払われた。
「がっ!」
裏切り者は床に倒れ、意識を失った――
しかし、その首はついたままだった。
剣の柄の上部――ガードで殴ったようだ。
「殿下……よろしいのですか?」
「良い。とりあえず、縛っておけ。あいつらもだ」
護衛に対して指示を出す。
「……優しいんですね」
「……そんなことはないさ。単に後から取り調べをしたいだけだ」
私の言葉に対して、彼は小さく微笑んだ。
彼が無事でほっと一安心したが――
「ガァァァ!」
魔獣の大きな咆哮が聞こえる。
「……行こう。私のパーティ会場だ。勝手に荒らされては困る」
「……はい!」
止めても無駄だと判断した私は、彼と一緒に魔獣の元へ走る。




