第十八話:???の護衛依頼(終)
三日目の夜、私たちは山を抜けノルム王国にもう少しという所まで近づいていた。
夕方の平原の中を二人で歩いている中、ベルクが口を開いた。
「ここまでありがとう、リン」
「いえ、報酬は頂きますし、私も楽しかったですから」
道中で直接目にしたことのないケモノも見ることが出来たし、良い経験になった。
「ふむ……」
ベルクは少し俯いて考える素振りをしながら歩いていた。
「ノルムは目と鼻の先だし、貴女には世話になった。私の目的を話しても良いだろうな……」
「……興味がないと言えば、嘘になりますが……」
本音を言えば、彼の正体と目的について気になってはいた。
ただ、あまり自分から聞くのには躊躇いがあったのだ。
「うむ。少し休憩も兼ねて話をするとしよう」
私たちは、近くにあった岩場に腰掛けた。
「私の目的はノルム王国とセプト島の領土問題の交渉をすることだ」
セプト島とは、私たちのベクトールとノルムの北に位置する小さな島の事だ。
現在、人は住んでいないが、二つの国の間にはその島を巡っての領土問題が存在していた。
「あの島の問題は、随分と長い間棚上げになっていると思っていましたが……」
「そうだ。50年前に戦争は終わったが、島の領有権の問題は未解決」
「……そんな問題が今更どうにかなるものなんですかね?」
彼がどういう立場の人間かまだ明確ではないが、私は基本的と思われる質問を投げた。
「うむ……。実際の所な、セプト島など軍事的にも資源的にも重要ではないのだ」
「……それは一般の国民の認識と少しズレがあるような気がしますが? 何かにつけては、あの島の重要性が取り沙汰になっているイメージはありますけど……」
「まぁ、一種の情報操作だな」
「う〜ん……。でも、なんでそんな事を?」
「その方が都合が良かったからさ、王族にとっても貴族にとってもな。ノルムへの敵対心は、上流階層に対する民衆からの支持にも繋がる」
その理屈は分からないではない。
「……なるほど」
「そしてそれは、ノルムの側でも同じ事」
「それは……」
「彼らも、セプト島の領土問題を利用していたということだ」
「なんだか聞いちゃいけない事を聞いている気がします……」
陰謀という程ではないかも知れないが、国家同士の関係の裏の話を聞かされている気がする。
目をそらした私を見て、微笑みながらベルクは言葉を続けた。
「ははは。いや、いいんだ。……だがそんな領土問題も今となっては邪魔になってきてな」
「どういう意味ですか?」
「今のような平和な時代になれば、重要なのは軍事よりも経済発展。両国間の貿易関係はとても重要になる。具体的には関税の優遇措置などだ」
「はい、それは理解します」
「だがな、それによって不都合を受けるものもいる」
「はい。安価な物品が流入すれば、一部には利益を減らす領民や貴族も出るでしょうが……」
「そういう貴族たちが利用するのがセプト島の領土問題なのだ。定期的にあの島の問題が取り沙汰されるのも、そういう者の情報工作なのだよ」
「敵対心を煽って、貿易関係の進展を阻もうとしていると?」
「そうだ」
「……難しいお話ですね。それになんというか……ズルい……ような気もします。融和を進める側、それを止めようとする側、どちらもです」
「……そうだな。それについては否定はしない。だが国民のためを思って、最善の事をするのが我々の役目だ。その方法が時代によって異なるのもまた事実……」
彼が話している内容の視座はとても高い位置にある。
その事を認識すると同時に、彼自身の立場も非常に高い事が示唆された。
「……あの……あなたは……?」
「ははは……。もの凄く今更なのだが、私はこの国の第三王子をやっているんだよ」
そう言って彼は頭に手をやり――金髪のロングヘアーを取り払った。
「――!」
ウィッグだったのだ。気が付かなかった……。
実際の髪は赤色がかかった短髪だった。
というか、ずっとそれをつけてたのか……。
色々と気になったけど突っ込むのはやめた。
「本当の名はレナードという。聞いたことぐらいはあるだろ?」
「は、はい……」
正直そこまで詳しくはないが、何かの式典で目にしたことがある気がする。
「先程も言ったように、私の役目はノルムの融和派と協力して、セプト島の共同統治条約のお膳立てをすることなんだ。これについては父からも全権委任をされている。まぁ王族の中で大して役目のない私が無理やり立候補したのだがな。ははは……」
レナードは自嘲気味に笑った。
「通常ルートの関所は反対派の貴族の管轄なので、秘密裏に交渉を進めるために山越えをしたかったというわけだ。タイミングを気づかれれば、領土問題が両国の中で話題に上がるような情報工作をされるからな」
「……なるほど」
一つ気になったことがあった。
「そんな話を私にされて良かったのでしょうか?」
「うむ……。本来は話す気はなかったのだがな……。なんだか、こうして二人で山を抜けたのが楽しかったからなのか……。ともかく、貴女に知っておいて欲しかったのだ」
「……はい、ありがとうございます……」
気になっていた謎が解けたし、楽しかったと言われて素直に嬉しい気持ちだ。
「さぁ、そろそろ行こうか。裏側の国境の壁に迎えが居るはずだ」
「は、はい」
私たちは立ち上がってノルム王国への歩みを進めた。
一時間と経たずに到着し、ノルム側で待っていた迎えの人間に挨拶をする。
「それでは、あとは宜しくお願いします」
「勿論! お任せ下さい」
迎えの人間は複数いて、双方の国の者が混ざっているようだった。
事前準備はしてあるということなのだろう。
「リン、これが上手く行ったらまた会えるだろうか?」
「……はい」
私のような人間が王族と気軽に会えるものなのだろうか?
少し想像ができないが私は肯定の返事をした。
「私もやっと民の為に役に立てる。不安でもあるが、楽しみでもあるな」
「レナード様の優しさと逞しさがあれば、必ず成功しますよ」
「堅苦しいのはやめてくれ。次会ったときは『様』などいらぬぞ」
「はい……。頑張って下さい」
「では!」
彼は颯爽と踵を返して、迎えの人間たちを引き連れてノルムの街へ入っていった。
「ふぅ……」
無事に依頼を終えることが出来たことへの安心、同行していた相手が王族だったことへの驚きと恐縮からの開放で、気が抜けている。
「帰りはゆっくり行こうね」
「ガウゥ……」
「ピィ……」
二匹の仲間たちは、さきほどからずっと蚊帳の外にいたような気分で不満らしい。
「分かったよ! それじゃ、もう暗いけど水浴びだ! ダッシュ!」
森に戻った所に綺麗な池があったのを思い出した。
疲れた体に鞭打ちながらも、そこまで走って向かったのだった。
【あとがき】
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