第十七話:???の護衛依頼(後編)
順調に行程を進み、最初の晩となった。
食事は持ってきていた携帯食で済ませ、薄手の毛布を被って寝る。
「夜の警戒をお願いね」
私はハヤテとホークにそう伝えた。
二匹ともたとえ寝ていても小さな物音に反応するので問題はない。
「随分と信頼しているんだな」
そんな私たちを見てベルクが口を開いた。
「そうですね。音や臭いについては、ケモノの方が人間よりはるかに敏感ですので。それに二匹とも強いですから」
「そうか……。私はケモノというものをあまり知らんのでな」
「無理もありません。この国では嫌われておりますしね」
「失礼だが……、魔獣化はしないのか?」
「しません。普通に接しておれば魔獣化などするわけないのです」
「そうか……。もしかしたら、我々の理解が浅いために、不必要に恐れているのかもしれんな……」
そういうと、ベルクは少し黙って、何かを考える素振りを見せた。
「街へは戻らないのか?」
「……はい。しばらくは戻る気はありません」
「このままずっとここで暮らすのか?」
「そうですね、出来ればそうしたいです」
「そうか……残念だな」
「……どういう意味ですか?」
「いや、なんでもない。さぁ、寝よう」
「……そうですね。明日も早いですので、よろしくお願いします」
森の静寂の中、遠くで鳴く翼獣の声だけが残っていた。
◇ ◆ ◇
――二日目の昼――
「グキィ!」
人型の魔獣、ゴブリンが私たちを取り囲んでいた。
狡猾で、知能が高く、集団戦術を得意とする純粋な魔獣だ。
敵は六匹で、行く手を待ち伏せて包囲網を狭める作戦のようだ。
「ベルクさんは私の後ろに!」
「……いや、私も戦える」
彼はそういうと剣を構えている。
私は、彼の様子から任せても大丈夫だと判断した。
それに、彼自身戦いたがっているように見えた。
「……分かりました。一番左の敵をお願いします!」
彼に防護術式を展開し、合わせてハヤテとホークにも同じ術をかけて指示を出す。
「ホークは右から、ハヤテはベルクさんの横を!」
「ピィ!」
「ガウッ」
私は弓を構えて中央のボスと思われるゴブリンに狙いを定める。
それを見たボスは身を伏せながら動き回り、的を絞らせないようにしていた。
周りの二体の仲間もその動きを真似する。
この状態では回避に徹されると厳しい――が、
「「グゴォ!」」
その間に、ホークとハヤテはそれぞれ追っていたゴブリンを捕まえてくれた。
ホークは顔を脚で捉え、ハヤテは敵の脚に噛み付いている。
「流石っ!」
私は彼らを褒め称えながら、動きが止まったゴブリン二体を標的にする。
右手に矢を二本持ち、間髪いれずに放つ。
シュッ――シュッ――
それぞれ、心臓を確実に射抜いた。
「グギ……」
二匹がどさりと地面に倒れると同時に――
「こちらも倒した」
ベルクが相手にしていた一体の頭を見事に切り捨てていた。
「ありがとうございます」
彼自身は謙遜していたが、かなりの剣の腕前のようだ。
「残り三匹です!」
三匹は身を潜めて最後の攻撃のチャンスを狙っているようだ。
仲間がやられて怒っているだろう、撤退する気配はなかった。
私は敢えて前に出る。
「あなた達の仲間を殺したのは私よ! さぁ来なさい!」
「「「グギィ!」」」
三体が私に対して同時に飛びかかってくる。
私はそれを横方向に前転してかわす。
(いけるっ……!)
片膝を突いたまま素早く弓を構え、至近距離で直線で並んでいる二匹に射る。
「「グゴォ!」」
手前の一匹の頭を貫通、二匹目の頭にも矢が刺さった。
こいつがボスだ。
「グギィッ」
一匹目の頭で矢の威力が落とされたせいだろう、ボスはまだ動けるようだ。
最後の力を振り絞って私に飛びかかってくる。
だが――
「グ……」
飛びかかってきた所に、腰から抜いた短剣を突き刺した。
ズシャ――
頭を確実に捉え、二匹目も私の目の前に崩れ落ちた。
私の顔と体にその返り血が飛び散った。
「……凄いな」
最後の三匹目は、ハヤテが脚を捕まえて引き倒した所にベルクが剣を入れて仕留めていた。
剣を鞘に入れながら彼は私を見つめていた。
「……怖いですか?」
「……いや……。美しさを感じるぐらいだよ」
そうしてバックパックから布を出して渡してくれた。
「……不思議なことを言いますね」
変な事を言う人だと思ったが、目は本気のようだった。
「……」
私は少し気恥ずかしくなって、目をそらす。
そして返り血を拭いながら、私の仲間たちにお礼を言った。
「ハヤテとホークもありがとうね」
ハヤテはハッハッハと息を荒らげて私に撫でられるとクゥンと嬉しそうに鳴いた。
ホークも小さくピィと返事をして、「こんなのは楽勝さ」と言っているようだ。
「ははは、本当にケモノの姫だな」
ベルクはそんな私たちを見て笑っていた。
◇ ◆ ◇
――二日目の夜――
私たちは寝泊まりする場所を確保して腰を落ち着けていた。
火を焚いてカップにお茶を入れる。
「順調ですね。このままなら明日にはノルム王国に入れるかと」
「うむ……そうだな」
「セスさんは心配してましたけど、ベルクさん意外に体力ありますし、剣術だってかなりのものですから助かりました」
「はは……セスは心配性だからな。私だってそれなりに鍛えているのだよ。いや、むしろそれぐらいしか出来ることがなかったからな」
ベルクは夜空を見上げて昔を懐かしむような顔を見せていた。
「私は両親の三番目の男子でね……なんとか兄たちに追いつこうと、そして自分の存在を周囲に認めてもおうと頑張ったが、なかなか思ったようにはいかなくてな……。攻撃魔術も使えないし、剣術だって一流とはいいがたい。」
「そんな……。攻撃魔術なんかなくても……。少なくとも、ベルクさんの回復魔術であのパンテイラの赤ちゃんは助かりましたし、剣術だって十分……」
「……ありがとう。そうだな、こんな自分でも役に立てたというのは嬉しいよ」
彼は少し微笑んでカップに口を付けた。
「……もう少しだな」
「ええ、もう少しでノルムに到着します」
「……いや、もう少しで皆の役に立てると思ってな」
「それは、どういう意味ですか?」
「……」
私の言葉にベルクは返事をしなかった。
彼がその言葉の意味を説明してくれたのは、次の日になってからだった。
【あとがき】
護衛編、あと一話エピローグ的な話を続けます。