第十六話:???の護衛依頼(中編)
――数日後、出発の日――
「それでは、よろしくおねがいします」
セスさんに連れられてきたのは長身の細身の男性だった。
髪が長く中性的な雰囲気を感じさせる。
フードで顔を隠してはいるものの、相当な美男子であることが窺えた。
「ガウウッ!」
会った瞬間にハヤテが警戒し始めた。
ホークも声はあげないが、男性を睨みつけていた。
「こらこら! すいません……」
「ははは……。流石、ケモノの姫のボディーガードでございますね……」
少し怖がりながら、セスさんが呟いた。
「……頼りになる子たちです。こっちがハヤテで、こっちがホークと言います。私のことはリンとお呼び下さい」
私は同行するホークとハヤテを指し示した。
ネコ先生はまたお留守番だ。
「……私は……ベルク。よろしく頼む」
男は言葉少なく自己紹介をした。
まぁ訳ありということなので本名かどうかは分からない。
「念の為確認しておきますが、魔術は使えますか?」
「……あぁ。補助魔術と、回復魔術だけだが」
男性で攻撃魔術が使えないのは少し珍しい。
女性で回復魔術が使えないとの同様に下に見られるタイプだ。
ただし、男性の場合は剣術が優れていればそれを補える。
彼も腰に剣を差していた。
「分かりました。多少のことは私たちだけで何とか出来ますが、いざとなれば戦っていただくかも知れませんので、ご承知おきください」
「……あぁ、問題ない」
なんだか、無愛想な男性だ。
「……それじゃ、行きましょう」
私はセスさんにそう言って、家の窓から私たちの方を見ていたネコ先生たちに目配せをしてから出発した。
◇ ◆ ◇
「……大丈夫ですか?」
私はベルクに調子を尋ねた。
すでに数時間は山道を歩いている。
草木が生い茂っていて素人には辛いだろう。
「あ、ああ……何とかな」
セスさんは心配気な事を言っていたが、ベルクは意外に体力があった。
いや体力があるというか、根性があるという感じで、苦労しながらもなんとか私に遅れまいとして付いて来ている感じだ。
身体強化の補助魔術も要所要所で併用していた。
私は少し歩くペースを落としながら彼と話し始めた。
「男性で回復魔術と補助魔術を使うというのは珍しいですね」
「……なんだ? 馬鹿にしているのか?」
世間話のつもりだったが、彼のプライドを傷つけてしまったかも知れない。
「いえ……私も女ですが、回復魔術は使えないので……」
「……やはり、そなた貴族の令嬢なのか?」
噂などから何となくそうではないかと思っていたのだろう。
「……ええ。今は違いますけどね。家を出てきてしまいましたから……」
本当の所、今の自分の身分はよく分かっていない。
父たちがどのように自分の戸籍を扱っているか知らないからだ。
「回復魔術が使えないことで、私も色々と馬鹿にされましたから」
「……そうか……この世は難儀だな……」
彼にも思い当たる所があるのだろう。
「私の場合はその代りに剣術を頑張った。まぁ、といっても上の下ぐらいにしかならなかったが……」
魔術に比べれば剣術は先天的な素養に左右され辛いとされている。
「……そうですか……」
気を紛らわせようと話を始めたが、逆に暗い雰囲気になってしまった。
しばらくまた黙々と山道を歩いた。
「あれは……」
先行していたハヤテが立ち止まったので目線を向けると、パンテイラという四足歩行のケモノがいた。
ネコ先生と同じタイプのケモノだが、それをもっと大きくして縞模様が入っている。
先生の故郷ではトラというケモノに近いらしい。
この世界でもあまり数は多くない、珍しい部類のケモノだ。
「……なんと恐ろしい……」
ベルクが呟いた。
確かに見た目からして恐ろしいケモノだ。
非常に力が強く人間の四肢など簡単に噛み砕くこともできる。
パンテイラは木の下にうずくまっていた。
その体の下に何かを抱きかかえているようにも見える。
私は目を凝らした。
「……赤ちゃんがいますね……けど……」
まだ生まれて一ヶ月程度の子どもだろう。
しかし、後ろ脚から血を流している。
ぐったりとしていて、ほとんど体の動きがない。
「可哀想に……」
母親と思しき方は子どもの体をしきりに舐めているが、反応が薄いことに悲しみの表情を浮かべていた。
「他のケモノか魔獣に襲われたかのかも知れません……」
「何をする気だ?」
「……助けます」
「いや、しかし……」
母親の警戒心は強いだろう。
うかつには近づけないし、もちろん戦うわけにはいかない。
私はバックパックから、こういう時の為に持ち歩いている物を取り出した。
「それは?」
「吹き矢です。睡眠薬入りの。と言ってもあのサイズのケモノを眠らせられる時間はごく短いですが。あまり強力なものはケモノの体にも毒ですので」
私は吹き矢を母親に向けて放った。
首筋に命中し、数分とせず母親は眠りに入った。
「近づきます。あなたも手を貸してください」
「ほ、ほんとにやるのか……」
私はハヤテとホークに待つように指示を出してから、ゆっくりと近づいた。
少し距離を空けてベルクが付いて来る。
手が届くところまで近づいて弱っている子どもの首根っこを掴んで、少し母親から離れた。
「回復魔術をお願いします」
私自身、多少の薬を持っているが、魔術のほうが都合が良い。
「わ、分かった」
ぐったりとしてあまり身動きのしない子どもに向けてベルクが両手を向ける。
小さく光が輝いて後ろ脚の傷が塞がっていった。
体の動きからも、しっかり呼吸が出来るぐらいまで回復しているように見える。
「……ありがとうございます。後はこの子の生きたいという気持ちに任せましょう」
人間がケモノにどこまで関わるかは非常に難しい問題だ。
正解などないし、私は自分の本能に任せることにしていた。
その本能が、今回はここまでだと告げていた。
「……こう見ると、ケモノというものも可愛いな……」
ベルクが横になっている子どもを見ながらそんな事を言いだした。
「でしょう!?」
他人から自分が思っているのと同じ事を言われるというのはとても嬉しい事だ。
少し興奮して、大きな声を出してしまった。
「……す、すいません」
「ははは……。そなた、なかなか面白いな」
そんな私の様子を見て、ベルクは笑っていた。
「……ちょっと撫でてみても良いだろうか?」
「……出来れば、止めたほうが良いです……」
「何故だ? 今なら安全だと思うが……」
確かに子どもはまだ意識がはっきりとはしていないし、噛みつかれはしないだろう。
「あまり人間の臭いがつくと、母親が世話をしなくなる事もありますので……」
危険を遠ざけるためのケモノの本能だ。
「そうなのか……。うむ、分かった」
ベルクは私の意図を十分汲んでくれたようだ。
多少であれば問題ないのだが、あまり愛着が湧いても辛くなる可能性もある。
こちら側のエゴで親子の関係に影響を与えるのは止めておいたほうが無難だろうと思った。
「すいません……。手早く元の場所に戻しますね……」
もう一度首根っこを掴んで母親の体の下に戻した。
「……少し離れて様子を見てみますか? 幸い、行程は順調なので」
「……そうだな。少し歩き疲れてもいるからな」
私たちは見つからないように距離を置いて見守った。
三十分ぐらいは待っただろう。
母親が徐々に目を覚まして、起きる前と同じように子どもの体を舐め始め、子どもはそれに反応して身じろぎした。
「グゥゥン!」
その動きに母親は嬉しそうに声を上げた。
その声で完全に目を覚ました子どもが、今度は母親のおっぱいを飲み始めた。
おっぱいをあげる母親の顔はとても幸せそうだ。
「ははは」
その様子を遠くから眺めていた私たちは、向き合って静かに笑ったのだった。