表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/26

第十二話:ハヤテとの出会い(後編)

 声に反応して向けた目線の先に、弓を手に持った初老の男性が立っていた。

 山入り用の服装と、大きな革のバックパック。

 村から来た猟民だろう。


「……人里に近づきすぎたのね」


 この子を追っている間に、猟民が狩りをしている地域に入ってしまったようだ。


「ガウゥゥ!」


 落ち着いていたオメガが、猟民の方向に向かって再度唸りだした。

 非常に強い警戒心をあらわにしている。


「お嬢ちゃん、そいつはソトウルブだぞ! 人には懐かねえんだ!」


 猟民の中にはウチウルブを使役する者がいる。

 貴族に比べれば、ケモノへの理解はあるはずだけど……。


「そんな事ありません! 下がっていて下さい! ここは私が何とかしますから!」


「ダメだ! ウチウルブじゃねえんだ! 危険なんだよ!」


 そう言いながら、猟民は弓を構えた。


「村に入ったらどうする! 今すぐ離れろ!」


「ちょ、ちょっと待って!」


 私は何とか静止しようとする……が、


 シュ――


 私の話を全く聞こうとせずに矢を射ってきた。

 矢は私たちが影にしていた大きな木の幹に鋭く刺さった。


「ガウッ!」


「待って! 落ち着いて!」


 矢に興奮して飛びかかろうとするソトウルブをなだめようと、私は彼を抱きしめる。


「いい子だから……ね? 私に任せて」


「ガウゥ!」


 興奮と怒りからだろう、彼は私の肩に噛みつき、その牙がめり込んだ。


「い……」


 痛い。だが、我慢しなければならない。

 その間に、ネコ先生が私たちの近くまで走ってきた。


「リン、まずいぞ! 初期段階だが魔獣化の兆候が見られる!」


 ソトウルブの尻尾が黒く変色し始めていた。

 魔力を帯び始めているのを感じる。


「そんなっ」


 仲間からも虐められ、人間からも拒否された事による、彼の深い絶望を私の心は感じとった。

 意識も朦朧とし始めているのか、目も白目を剥いている。


「おい! 早くそいつから離れろ!」


 猟民の男がもう一度、叫んだ。


「あなたは……!」


 私は弓を構えて、猟民の男のすぐ横にある木の太い枝に向けて放つ。


「ちょっと、黙っていて下さい!」


 バァン――


 太い枝が大きな音を立てて粉砕された。


「ひ、ひぇ……」


 私の弓の威力に驚いたのか、その場にへたり込む男。


 私のやり方も乱暴だが、猟民が有無を言わさずに矢を放ってきた事に腹も立っていた。

 学院での暮らしを思い起こさせるようだ。

 せっかく猟民の近くで暮らしているのに……これじゃあ、あいつらと同じじゃないか……。


「ごめんなさい……。でも、ここは私に任せて下さい!」


 男に向かってそう言うと、私はソトウルブに向き合い、彼の体をもう一度抱きしめて優しく撫でた。


「騒いでごめんね……」


「グゥゥ!」


「何度でも言うよ……、私はあなたの味方だよ」


 彼には本当の味方が今まで居なかったのだ。

 群れに所属していても、本当の仲間は居なかったのだ。


「今まで、辛かったね……苦しかったねぇ……」


「グゥゥ……ン」


 彼の鳴き声には唸り声と悲しみの声が入り混じっているように感じる。


「私もね、あなたほどじゃないけど、辛かったのよ。でもね、これからは私が家族になってあげるから……」


 のけもの同士、きっと仲良くなれる。

 いつの間にか、私も涙を流していた。


「私の王国はすごいんだぞぉ……。優しい仲間も一杯。あなたは私と一緒に幸せになるの……」


「……ウウゥゥ」


 彼が小さな声を発する。唸り声は、もうない。


「リン、魔獣化の兆候が止まっておるぞ」


 ネコ先生がそう言った。

 見ると彼の尻尾は元の綺麗な白色に戻っていた。

 彼の優しさと気高さを示す白だと私は思う。


「クゥゥ……」


 涙を流している私の目を舐めようとしている。

 慰めようとしていた私を、逆に慰めてくれているようだ。


「ふふっ……なんだか、おかしいねぇ……」


 私は笑ったけれど、彼の優しさにまた涙が出てきそうだった。


「ソトウルブが人間に……ありえねぇ……」


 一部始終を見ていた猟民の男が呟いていた。



 ◇ ◆ ◇



 しばらくすると、私も彼も落ち着いた。


「さて……行こ!」


 私が立ち上がると一緒に彼もお尻をあげる。


「名前はどうしようかしら……」


「うむ……そのケモノは吾輩の国では……」


 ネコ先生が口を挟む。


「安直な名前はもうやめて下さい!」


「そ、そうか……うーん……。それじゃあ……ハヤテというのはどうじゃ?」


「ハヤテ?」


「吾輩の故郷では、風のように速いという意味じゃ!」


「ハヤテ……ちょっと変わってるけど……。うん、悪くないですね!」


「ハヤテ! 行こう!」


「オォン!」


 ハヤテは嬉しそうに返事をして、私にぴったりと付いて来る。


「す、すげえ……。姫だ……あのお嬢ちゃん、ケモノの姫だ……」


 そんな私たちの後ろでまた男が呟いていた。


 ちなみに、この事件以降、森にケモノの姫が住んでいるという噂が猟民の村で流れるようになったらしい。

 走る姿は風のように早く、怒らすと火のように怖く、その叫び声で木すら吹き飛ばす……そんな女の噂。


 いやいや、色々混ざりすぎでしょ!



【あとがき】

 ブックマーク、ポイント評価ありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ