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第一話:わたしと世界(前編)

 ここは上流階層の子女が通う高等学院の校庭。

 今は模擬訓練の授業の真っ最中だ。

 剣術と魔術が支配するこの世界では、令嬢といえど魔術の素養が求められる。

 

 実際に前線に出て戦うことは少なくても、自分の才覚を示すには重要な場所なのである。


 校庭の真ん中、生徒同士が五人同士の隊列を作って向き合う。

 前衛三人に後衛二人。

 私のように女性は基本的に後衛だ。前衛三人は剣を片手にした男性。

 

 剣は切れ味を落とした模擬剣だ。

 全員、剣術練習用の簡単な防具を身に着けている。

 私たちから距離を置いて、教師と他の生徒が円を作って見守っていた。


「はじめっ!」

 

 審判役の教師の合図と同時に、お互いのチームの前衛の男性三人が間合いを詰め、お互いの剣の切っ先をぶつけ合った。


 甲高い音が連続して響く。


「リン! 強化術式を!」


 切り合いが始まってすぐ、私のチームの一人が私に声を掛けた。

 ジェイという同級生だ。

 ブラウンの短髪で、いつも自信有り気な顔をしている。


「了解!」


 私はジェイに向かって右手を広げ、彼に向かって魔力を流し込む。彼の体が光に包まれる。


「うおおお!」


 私の魔術で力を強化されたジェイが、雄叫びを上げながら剣を振り上げる。


「甘い!」


 しかし、相手はその剣を一歩下がってかわすと右手をジェイに向けた――瞬間、その手から螺旋状の細い風が吹き出す。

 基本的な攻撃魔術の一つだ。


「ぐはっ」


 ジェイはその魔術を食らい後方へ派手に吹っ飛んだ。


「防護術式!」


 相手からの追い打ちを防ぐため、私は彼の体の周りに防御用の魔術をかける。


「ジェイ様、大丈夫ですか?」

「す、すまん。アリス」


 倒れたジェイに向かって、私のチームのもう一人の後衛であるアリスが駆け寄る。彼女の金髪の巻髪が揺れる。


「今、回復術式をかけて差し上げます!」


 そういってアリスはジェイに膝枕をしながら両手を彼に向ける。

 もちろん、膝枕は術式の効果と関係がない!


「おお〜、癒やされる……」


 ジェイは回復術式の光を浴び、ニヤけながらそんな事を言っている。

 目線がアリスの大きな胸に向いているのが丸わかりだ。まぁ、あれは大きく見せるためのパッド入りだと私は知っているけどね!


「早く立ち上がって戦って!」


 私はジェイに声をかけた。


「まぁ、もう少し待て。回復するまで防護術式を張っててくれよな」


「もうっ!」


 大したダメージではないはずなのにジェイが復帰するのが遅いのに少し苛立ってしまう。


「リン! こっちに強化術式だ!」

「こっちは速化術式だ!」


「はいはい!」


 前衛で戦っている二人から求められて、私はそれぞれに魔術をかけた。

 相手の前衛のうち一人は試合が始まってすぐにこちらの仲間一人が倒したらしく、今は前衛が二対二の状態だ。


「リン! 今度は魔強術式!」

「こっちに、防護術式!」


「はいはい!」


 いくつもの魔術の並行使用で、私の魔力はガンガン消費される。


「うう〜、しんどい……」


 私の口から少し弱音が漏れた。


 そのうちに相手の一人が後衛の生徒の魔術で回復し、前衛に復帰しようと立ち上がっている。


「ジェイ! 向こうの前衛が三人になるわ! 早く!」

「あ〜、分かってるって!」


 ジェイがゆっくりと立ち上がる。


「ジェイ様、大丈夫なのですか?」

「アリス、ありがとう。癒やされたぜ」


 アリスがおっとりとした声でジェイに確認をしている。どこからどうみても元気だろうに……。


「ジェイ、早くしてよね!」

「分かってるって! 行くから、もう一回、強化術式かけてくれ!」


 急かす私に対してジェイは補助魔術を要求してくる。


「結構きついんだから、早く決めてよね!」


 そういって私は彼にもう一度魔術をかける。


「うおおお!」


 復帰してきた相手の前衛に上段から斬りかかるジェイ。


「ぐはっ!」


 気合虚しく、驚くほどすぐにやられた。

 相手はジェイの上段をかいくぐって、中段斬りを完璧に決めたのだ。


 これで前衛が三体二。ジェイを倒した相手は、魔力を集中させ、螺風の術式を残りの二人に放った。


「ぐっ!」

「無理っ!」


 術を食らった前衛二人はあえなく倒れた。


「勝負あり!」


 前衛三人を全て失えば勝ち目はない。

 審判役の教師が相手の勝利を宣告した。


 あっけない試合だった……。



 ◇ ◆ ◇



「はぁ〜、癒やされる〜」


 私たちの試合が終わって、校庭では他の生徒たちが試合をしていた。

 ジェイを含む三人の前衛の男性たちは校庭の脇の芝生の上に寝っ転がっている。


 アリスの回復術式を受けているのだ。アリスは三人の手を代わる代わる握っている。

 もちろん、これも回復術式の効果とは全く関係がない。


「まったく……、あっさりとやられすぎよ」


 私は溜息をついて、彼らに言葉をかける。


「いやいや、俺達は頑張ったぜ。リンがせめて回復魔術を使えたら……」


 ジェイがそんな事を言い出す。


「そんなこと! 私だって回復魔術が使えない分、補助魔術で――」


 さっきだって、くたくたになりながら他の皆の補助をしていたのだ。

 あれだけ並行して補助魔術を使える人間は、前線で戦う人間にだってそうはいないはずなのに……。


「ジェイ様、そんなことをおっしゃっては可哀想ですわ」


 アリスが口を挟んでくる。


「リン様は才能に恵まれずに女性らしさの証である癒やしの力を持たない……令嬢として皆様よりはるかに劣る中、微力ながら少しでも役に立とうとして下さっているのですから……。果てに言葉まで女性らしさをなくしておられて……大変に不憫なお方なのでございます」


 アリスは完全に私を馬鹿にした発言をしながら、物憂げな表情を作る。

 彼女はこういった演技がとても上手だ。


「おお、アリス様はかようにお優しく……」


 倒れていた男性陣がキラキラとした目でアリスを見ている。

 いやいや、全然優しくなかったのだが、おそらく内容は全然聞いていないのだろう。


「はぁ……」


 私は嘆息して目をつぶる。


 似たような事は日常茶飯事だ。いちいち腹を立てる気はなかった。

 魔術の素養を持つものが上流階級となっているこの世界、令嬢といえば癒やしの回復魔術なのだ。


 私のような補助魔術しか使えない女性は人気がない。

 便利屋のようなイメージで、侍女のような存在を思わせるからだ。


 それに私には、男っぽいというか、令嬢らしくないところが確かにある。

 それが回復魔術が使えない事と関係があるのかは分からないが。

 胸だってそんなに大きくないしね!


 それでもこんな私を好きだと言ってくれる人もいる。

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