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第八章 嵐の前の

 パーティは組織の大部分を巻き込んで開かれた。ユズリや朝霧の歓迎会という名目で、竹中お手製の巨大ケーキまで用意され、夜通し食って飲んで騒いだ。まだ幼いユズリは早々に傍らの布団へ倒れ込み、酒に酔った大人たちも次々とテーブルに伏していった。

 緊急時は未成年組が主に動くつもりだったが、幸い何事もなく時間は過ぎ去った。ここまで大規模な宴会は、聖霊騎士団の使命を考えれば、もう二度とないかもしれない。

 朝霧は夕凪と憑装し、地獄の痛みに耐えながら久しぶりの山菜おこわを口にしてご満悦の様子で、夕凪はユズリがおずおずと差し出した不格好なおにぎりに泣いて喜んだ。

 ユズリは歳相応に甘いものが気に入ったらしく、目を輝かせてケーキを口に運んでいた。あまりに一生懸命に食べるもので、また食事に慣れていないこともあり頬にはクリームがべったりと付き、夕凪に拭われては照れていた。

 粋は、天馬の刃として眠らずの番についている。もうすぐ朝……他の未成年メンバーと交代の時間だ。

「……ふぁ」

 さすがに眠い。起きているのは自分一人だろうか、と死屍累々のような光景を見渡す。参加者全員が入れるくらいの巨大な部屋は一つだけだった。いつもは武器が擦れて焦げくさいような訓練場だが、みんなの幸せそうな寝顔を見ると、そんな現実を忘れてしまいそうになる。

 時間も早いが、普段の疲れもあるのだろう。誰もが目を閉じていて、起きる気配もない。ただ一人を除いては……。

 一つだけ敷かれた布団がもぞもぞ動き、小さな少女が身を起こした。地下施設のために朝日は射し込まないが、点けっぱなしの点灯がユズリの緑髪に黄色の艶を与える。半分とじた瞼の奥で金色の瞳が煌めき、その眠そうな目をごしごしと擦った。

 とがった耳がピコピコと動き、粋の姿を見つけると眠そうに歩いてくる。

「おはようございましゅ……」

 かなり寝ぼけていて、舌が回っていない。

「おはよう――いや、まだ寝ててもいいよ」

『ユズリはよく寝られた。むしろ安心できたから、寝すぎた』

 ユシュが口を挟んだ。粋は納得する。これまでの逃亡生活では、枕を高くして寝られたことはなかっただろう。夕凪と再会してからは、不思議なくらい熟睡できているに違いない。

 そんな彼女は、重そうな口を開いて尋ねてきた。

「あにょ……夕凪しゃんは?」

「そのへんに転がって……あれ? ないね」

 人が多すぎて、一人だけ欠けていたことに気づかなかった。そう言えば、寝てしまうと発するという叫び声もなかった。一体いつからいなかったのだろうか。

「あの人もかなり飲んでたからなぁ……」

 トイレとかでぶっ倒れているかもしれない。

「なにかあったらアラートが鳴るし、一緒に探そうか?」

「おねがいしましゅ」

 ……この子も大丈夫だろうか。

 二人は地下のフロア中を探したが、どこにも夕凪の姿はない。回り終える頃には、ユズリの意識もハッキリしてきた。

「上かなぁ。いや、でも普通の会社があるだけで他には何もないし。施設内の防犯カメラを見られればいいんだけど、映像記録を見るにはパスワードが必要だし、僕知らないし……」

 暗に諦めて待っていろ、と仄めかす。

「夕凪さん……」

 そんな寂しそうな顔をされては、いくら無神経の粋でも放っておけない。眠気が襲いくる脳みそに鞭を入れ……実際には自らの頬に平手打ちをし、頭を回転させる。

 地下フロアに姿がなく、眠った時の叫び声も聞いていない。とすると長い時間、宴会場にはいなかったと推測できる。しかし地上である会社の方に用事があるとは思えない。だとすれば外に出たという可能性が濃厚か。

 外……?

「ああ、うん。多分だけど居場所がわかったよ」

「本当ですか?」

 粋は頷き、ユズリの手を引いてエレベーターに乗る。一階の会社に着くと、迷わずエントランスへ向かった。すると何か騒音が聞こえてきて、そこには――。

「……! …………っ!」

 少しだけ昇った朝日に照らされ、キラキラとオレンジ色に光る強化ガラスの自動ドア。そしてそれを涙目で必死に叩いている夕凪の姿があった。何か叫んでいるが、ガラスが厚いせいでよく聞こえない

「ここ夜間はオートロックだから」

 粋はユズリの背中を優しく押した。センサーが少女を感知すると、ドアが開く。

「夕凪さんっ!」

 そのまま走って、ユズリは青年の胸に飛び込んだ。

「おはようございますっ」

「おお、おはよう……くっ、もう戻れなかったらどうしようかと……ッ!」

 戦闘員が常に待機している真藤コーポレーションには夜間、警備員がいない。そのことも災いして今回の悲劇は起こった。

 夕凪は少女を抱え、涙を拭って建物に入ってくる。

「何時間ここで頑張ってたの?」

「そんな長くはないよ。三〇分くらいだ。粋、ありがとう。おかげで助かった」

 感謝されて悪い気はしない。粋はぽりぽりと頭を掻いた。

「で、何の用があって外に出たの?」

「おおっと、忘れるところだった」

 聞かれると夕凪は胸を張って、外の入口から離して置いてある紙袋を取った。

ガーッとドアが閉まる。

「……! …………っ!」

「――アホ」

 ユズリが慌てて玄関マットにぴょんととび乗り、ドアを開いた。

「ありがとう、ユズリちゃん」

「えへへ……」

 粋としては色々と言ってやりたいところだが、二人が幸せそうだから良しとしておこう。

「さて、そんなユズリちゃんにプレゼントだ!」

 紙袋を小さい手に持たせてやる。

「早いね、また」

 約束してから一晩しか経っていない。

「中、見てみれば?」

 粋の言葉に従って、紙袋の中からブツを丁寧に取り出す。赤色のポシェットだ。可愛らしいピンクの薔薇と緑の葉のようなものが飾られ、白いレースが高級感を演出する。防水の布が使われているらしく、光沢があった。

「夕兄、これ手作り……だよね?」

 プロ顔負けのクォリティだ。夕凪は誇らしい顔をしている。

『コイツ、昔から手芸の類が得意なんだよ』

 ユズリはまじまじと見つめている。お洒落や芸術を知らない少女の目に、このポシェットはどう映るのか。気にはなるが、感想を聞く前に少しだけ伝えておく。

「ユズリちゃん、ローブ一着しか持っていなかっただろ? 今までは一人で逃げ回っていたから仕方のないことだったと思う。だけどもう一人じゃないんだ。これからは皆と一緒に生活していくんだし、持ち物も増える。その中で大切なものを、このポシェットに入れて欲しいな」

 夕凪はヒモを取り、肩にかけてやる。

「うん、似合う。とっても可愛いよ」

 ユズリは長くきれいな緑髪が印象的な女の子だ。赤色はとても良く映える。

 可愛いと褒められ、ユズリは恥ずかしそうに目を細めた。

「大切なもの、それくらいのポシェットじゃ何個あっても入りきらないほど、たくさん作って欲しい。だけどまずは小さな一歩、そこから始めてみよう」

「……はいっ。ありがとうございます、夕凪さん。わたし、ずっと大事にしますねっ」

 ユズリはもう一度ポシェットを手にとって眺め、ギュッと抱きしめて笑みを浮かべた。夕凪もその様を見て満足そうだ。

「ちゃんとお礼が言えるなんて偉いな」

「はい。ユシュが教えてくれたから……」

 小瓶のネックレスを見せて言った。青々とした双葉の佇まいは、慈愛に満ちているようだ。

『……いつでも人の中で生きていけるように、できる限り教養は身に着けさせた。簡単な識字とか計算もできる』

「おおっ、偉いなユシュちゃん」

『ユシュちゃん……?』

 慣れない呼び名にユシュはひっかかりを覚えたが、とりあえず流しておく。

『……ユズリは素直で賢いから、すぐに覚えてくれる。偉いって褒められるほど、苦労はしていない』

「謙遜しなくていいさ。……んで、そんな偉いユシュちゃんにもプレゼントがある!」

『ユシュちゃん……』

 やはり違和感があるらしい。

「ユズリちゃん、ポシェットの中を見てくれ」

 ユズリはポシェットの中を覗き込む。一瞬、何も入っていないように見えたが、底には確かに何かがあった。指でつまんで、細長いそれを広げてみる。赤い生地に白いレース……ポシェットと似たようなデザインのリボンだった。

「何にしようか悩んだんだけど、ユシュちゃんが使えるものって難しくて。ユズリちゃんとお揃いの感じを目指して頑張ったんだけど、喜んでくれるかな」

「わたしが付けてあげるね」

 ユズリは小瓶の少し細くなった口の下あたりに、蝶結びでつけてあげた。太さや長さは丁度いいくらいで、ちょっとお洒落になった気がする。

「ユシュちゃんも似合ってるよ」

「よかったね、ユシュ」

 ついに違和感が頂点に達した。

『あの――私は性別もないし、そもそも人間でもないし、歳も……』

「でも性格は女の子だろ?」

 反論を述べ終わる前に夕凪がぶった切る。

『……そう、なのかな』

「どう見てもそうだよ。だから女の子でいいんだよ」

 どうも調子が狂う。当り前だが女の子扱いなどされたこともなく、されるなんて夢にも思っていなかった。ただ、なぜか悪い気はしない。

『……ありがとう。プレゼントも、女の子だって言ってくれたことも』

 実際「女の子」という単語を口に出してみると、妙に照れる。

「終わった? 僕もう眠いから、下に戻って寝たいんだけど」

「あっ……ごめんなさい、一緒に探してもらって」

 粋は背を向け、手をヒラヒラさせながら大きな欠伸を一つ、エレベーターに向かって歩き始める。

「夕凪さん、わたし達も戻りましょう」

 上機嫌のユズリは踊るようにタッと駆けだし、夕凪の手を引いて身の軽いステップで粋を追いかける。もらったばかりのポシェットも体の動きに呼応して、楽しそうに弾んでいる。

 その声が聞こえたのは、粋とユズリ、彼らが背を向けた時だった。

「……憑装」

 すぐ後ろからの低い声。苦しそうな呟き、悲しそうな口調。それが夕凪のものだと気づく前に、二人の意識は闇に堕ちた。倒れていく体二つを、夕凪は片腕ずつで抱きしめて支える。

「……ごめんな」


 会社一階の奥にある、来客用のソファ二つに彼らを寝かせた。薄い毛布を掛け、夕凪は力なく目を閉じたユズリの頬を撫でる。粋もこうして見ると、まだまだ子供らしい顔をしている。

『ユズリになにを、どうして……』

 ユシュは動揺しながら、必死に問いかける。

「霊素は願いを実現させる力だ。単身で発現した朝霧と半霊素体であり続ける俺の霊素量、そして人間としての想像力。全部を合わせればどれほどの力を生み出すか、ユシュちゃんならわかるんじゃないかな。この二人を眠らせるくらい呼吸よりも簡単なことだよ」

 魔法、あるいは奇跡。実現に足るほど強く想い、想像できるのならば、どんなことだってできてしまう。無論、並の精神力では限界が浅い。粋ですらアトエの力を借りて、ようやく翼を生み出せる程度だ。しかしこの久遠寺兄弟が力を合わせたならば、底は見えない。

 青年の口調が変わる。

「知能が発達するとな、未練とか雑念が多くて霊素体として発現する時に、肉体との繋がりを断ちきれねぇ。それでも強引に突き抜ける精神力があるから、俺は霊素体になれた。まあ、これから神に挑むことを考えれば、奇跡の一つや二つじゃ足りねぇけどな」

 神に挑む――それが二人を眠らせた理由だ。

『世界を滅ぼすつもり?』

「まさか。戦って、止めるだけ。殺すつもりはないよ」

『アグマの力をわかっていないの?』

「わかってる、あいつの強さは。ずっと一緒に戦ってきたんだ」

 ユシュの語気が荒々しくなっていく。夕凪はその棘を包み込むような穏やかさで答える。

『勝算なんてない。たった二人で勝てるわけがない!』

「もともと一人で戦うつもりだったんだ。それなら確かに勝算は薄かったけど、霊素体になった朝霧と会えた。それなら勝ち目も見えてくる。二人だから勝てる」

 ユシュの胸奥から、ふつふつと沸き上がる怒りにも似た激情。

『……どうしてあなたは、いつも自分を懸けるの? あなたはユズリの希望なのに、この子はあなたが居ないと生きてはいけないのにッ!』

「そんなに弱い子じゃないさ。それは俺よりもユシュちゃんの方がよく知っているだろ? それに自分を懸ける……自分の命を失ってでも守りたいものがある。君ならその気持ち、よくわかるんじゃないかな」

 心当たりがあるユシュは言葉に詰まる。

「アグマに作られた、この世界で二番目に強いはずの霊素体。かつてはこの地上で何よりも高く聳え立っていた一本の樹……世界樹と呼ばれた霊素体。そしてリンクを切り離すための研究に、双葉を残して他の全てを捧げた君なら――」

 今やこの兄弟は当時の研究員と同程度。いや、それ以上の知識や推論を持っている。世界樹という名称や本来の姿は、かつて上層部しか知らなかったはずのことなのだ。頭脳も考えると理屈だけの口論ではユシュに勝ち目などなかった。

 それでも縋る。不格好でも、理屈が通っていなくても。そうしなければ、ユズリの目が覚めたときに会わせる顔がない。

『それじゃ、あなたはユズリを見捨てるって言うの……? あなたはただの希望じゃない。ユズリにとっては、この世界でたった一つの……っ!』

 情に訴えかければ、心優しい夕凪ならばあるいは――。しかし、夕凪の決意は微塵も動かなかった。

「俺は希望なんかじゃない。彼女が成長するまでの、道を見つけるまでの糧だ。だから聖霊騎士団という新しい居場所に連れて来たんだ。みんなに愛されて、きっとユズリちゃんも幸せに暮らしていける」

『そんなことユズリは望んでない! ユズリはッ、ユズリはあなたと――ッ!』

 夕凪はフッと笑った。

「あのさ、これから戦いに臨もうっていうのに、俺が死ぬ前提で話をするのはやめないか。勝てないって思っていたら、勝てるものも勝てない。霊素を使った戦いなら、特にね」

 夕凪は大きく伸びをして、背を向ける。

「どうせ放っておいたら人間も君も、世界もアグマに消される。それを止めて、みんなで明るい未来を歩くために戦いに行くんじゃないか。負けるつもりで戦いに行くわけないだろ?」

 青年は一歩を踏み出すと、もう止まることはなかった。ゆっくりと、まっすぐ出口に向かっていく。小さくなる背中……もう、言葉で止めることはできない。

『ユズリ、起きて! ユズリ!』

 会社の中には、残されたユシュの声だけが虚しく響いていた。


 草の匂い、土の匂い。森の中には自然が溢れている。だというのに、妙に静かだ。鳥の声も虫の声も聞こえない。かつてこの森の奥で起こった惨劇が動物たちを怯えさせているのか、あるいは現在この先にいる存在が寄せ付けないのか。

 以前は道であったところにも植物が茂り、原生林のようになっている。

 届く陽光もわずかで、薄暗く不気味だ。まともな人間なら近づくことを躊躇うものなのだろうが、あいにく訪れた青年はまともじゃなかった。

「今年の残暑は長いな」

『生身は大変だな。霊素体なら何も感じねぇし、霊珠の中はむしろ快適だぜ』

「よし、憑装しよう!」

『ふざけんな。苦しむなら一人で苦しめ』

 なんて呑気な会話をしながら、堂々と進んでいく。心なしか草木の踏み方が図々しく見えるほどだ。

 昔と比べるとすっかり様子は変わってしまったが、この道ではなくなった道には思うところが色々とある。両親と最後に歩いた道だ。そしてアグマと最初に歩いた道でもある。

 あれ以来、ユズリを探すために一度だけ訪れたが、その時は必死で、周りを観察したり思い出に耽る余裕などなかった。ただひたすらに闇の中を進んでいたような印象を覚えている。心構え一つで、ずいぶん見え方が違うものだ。

 荒れ果てた静寂の森……今の夕凪の目には、平穏そのものに見えていた。

『……もう少し、隣に居てやるべきだったんじゃねぇか?』

「お前まで死ぬ前提かよ。心配しなくても、生きて帰れたらそうするさ」

 足元に木の枝が落ちている。少しだけ見つめて、夕凪はあえて踏む。パキリと乾いた音を立てて、枝は真っ二つに折れた。

「……今しかないんだ。今しか……」

『ま、お前なんかに騙されて裏切られた動揺も、そう長持ちはしないしな。追い込み過ぎて自棄になられても危険だし、そういう意味でも良い時期なんだろうが……』

 森の奥に着くと木々のない広々とした空間があり、そこには廃墟があった。当時の最新技術で建てられたメカニカルな施設は無残にも半壊し、植物に侵食され、立ち入ることはできなさそうだ。

「それくらいは向こうも承知なんだけどな」

『ああ、だが頭で理解していても、なかなか割り切れるものじゃねぇ。そうだろ、アグマ』

 朝霧が廃墟に向かって言うと、廃墟より光る流体が飛来した。

「まぁね。だから君たちが来るのは予想できる」

『で、わざわざ待っていてくれたってか。こんなところでよ』

 忌々しげに吐き捨てる。朝霧にとっては何もかもを破壊されただけの場所で、いい思い出などは塵一つだってありはしない。

 だが夕凪には、この景色が綺麗なものとして映っていた。もちろん気持ちいいばかりではない。それでも綺麗だと思えるのは――。

「……俺達が初めて出会った場所だからな。きっと待っていると思っていたよ」

「そう、僕達の始まりの場所だ。しかし君にとっては終わりの場所でもあるだろう。だからもう一度、君をここで終わらせるよ」

 神々しい光から、殺意の波動が飛んでくる。夕凪は憑装し、拳で弾いて受け流した。

「敵わないとわかっていながら抵抗するのかい?」

「殺されにきたわけじゃないんだ、当然だろ」

 夕凪は雄叫びを上げてアグマに殴りかかる。その拳は、突如出現した光の壁に遮られた。それは、いつか大量の憑装者を抹殺した光の柱だ。ということは当然、背後にはもう一つの柱がある。

 夕凪は振り向かない。さらに咆哮を強め、拳に力を注ぐ。

「はぁあああああああッ!」

 ヒビが入る間もなく柱が割れる。光がガラスのように砕け散ったところを突っ切って、夕凪が勢いをそのまま乗せてアグマへと拳を向ける。

 アグマは息を飲んだ後、すれすれで避けた。

「まさか、これを破るなんて……」

 距離を取ったはずが、それ以上の跳躍を伴った間髪を入れない蹴撃がアグマを捕らえる。流体の光はひしゃげ、後方へふっ飛ばされた。

 更なる追撃を、と迫る青年の瞳には、刃物よりも研ぎ澄まされた鋭い光が宿っている。アグマは光の柱と同質の壁を、密度を高めて盾とし、幾重にも出現させて突進を抑えこむ。それでも完全に防ぐには、最後の一枚まで必要とされた。

「半霊素体が人間の霊素体と憑装……確かに大きな可能性を秘めている。だが、ここまで強くなるなんてあり得ない……夕凪、君は何をしたんだ」

「特別な事はしていない。本来、憑装とは意識の融合を意味している。だけど一般的には使役か被使役のどちらかが絡んでくるだろ?」

 粋たちのように生物が意識の主体となるか、あるいは鬼羅の非正規戦闘員のように霊素体が主体となるか。

「お前に至っては、俺が半霊素体なのを良いことに意識を入れ替えていたよな。それじゃ最大限の力を引き出すなんてことはできない。二人で力を合わせてこその憑装なんだ」

 原理はともかく、言うほど簡単なことではない。粋とアトエでも六:四の比率まで辿り着けるかどうか、というところだ。だが夕凪と朝霧……五:五との差は、字面の上ではそう大きな違いがなくとも、実際には性質がかけ離れている。どちらが主体となるわけでもなく、同時に同じ軌道で体を動かさなければならない。

「偉そうに言っているが夕凪、若干タイミングがずれてんぞ」

「わかってる。徐々に合わせていこう」

 夕凪は答えながら構える。並々ならぬ決意と尋常ならざる波動がアグマに振りかかった。

 どんな小さなズレでも力の減少につながる。それでも共闘すると決めたのだ。

「双子ならでは……か」

「違ぇよ。俺と夕凪だからこそ、だ!」

 夕凪……いや、どちらとも言えない青年の体が青白い光を発する。天空を照らすような、海面を貫いたような壮麗な光だ。それが掌に収束し、レーザーとなって放たれる。

 アグマは撃たれ、地面に堕ちた。

「こっちは本気だぞ、アグマ。出し惜しみしているなら、このまま勝たせてもらう!」

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