エピローグ
久遠寺兄弟の消滅後、聖霊騎士団は忙しさを増した。押しつけられた希望を絶やさぬよう研究部に力が注がれ、ユズリを狙ってくる鬼羅の討伐で戦闘部の仕事も苛烈を極めた。
中でも天馬の刃は一心不乱に任務をこなしていた。とはいえ順風満帆とは言えず、結城火雨と鬼人のタッグに一人で相対する機会が何度かあり、その度に命からがら撤退しては入院し、すぐに脱走して方々から説教された。
久遠寺兄弟が残した資料や粋に託されたサイバー型、火雨から奪った対霊銃。確実な進歩はあるものの、世界のシステムを変えるとなると、道はまだまだ長い。
そうして秋が過ぎ、冬を迎えて雪が溶け、草木の息吹が目立つようになった春の頃……聖霊騎士団では人事異動の集会が開かれていた。次年度からの新入団員が世間よりも一足早く紹介され、他支部との入れ替わりやチーム編成も同時に発表される。本来ならば新人を迎えるのは新体制が整ってからにすべきだが、あいにく彼らにそんな余裕はない。
一名一名、新たなチームを構成する者の名が呼ばれていく。とはいえ人員の出入りはそう激しくなく、聞き慣れない名も少なければ班の中身もあまり変わらない。粋の第一班までに新人は三人、支部からの異動が二人といった感じだった。
さて、その第一班はというと、昨日まで一緒だった部下は三人も他に異動していた。
「第一班、リーダーは天馬の刃、志桜粋。副長も笹巻と変わらず、沢峰も引き続き一班でよろしく頼む」
真藤の発表を受け、三人は声を揃えて返事をする。
「他は新人……とはいえ、去年から手伝ってもらっているため、皆も面識があるだろう。めでたく今回、正式所属となった竹中君と吉田君だ」
「頑張りまッス!」
「これからもよろしく頼む」
一見ガラの悪い若者と冴えない男は、雰囲気に慣れた様子で頭を下げる。あの一件以来、サイバー型を借りっぱなしで組織に貢献してきた二人だ。その熱心な働きぶりを知る皆は、温かい拍手で迎えた。
「さて、最後の一人だが……天馬の刃、彼女は?」
「こういう風に注目されると心臓が破裂しそうだから、遅れて来いって伝えといた。どうせだから千石研究所に寄って、墓参り的なもんをしてくるってさ」
「そうか……まあいい。それでは各自、仕事に戻ってくれ」
きびきびと散開し、団員たちは働き始める。真藤は呑気に伸びをする粋に話しかけた。
「時に天馬の刃、君の希望だが……上には話を通しておいた」
「ああ、ども」
気のない会釈を一つ。キョトンとする笹巻と沢峰に事情を説明する。
「特務部隊を結成することにしたんだよ。世界のシステムを変えるため、独自に判断して情報を集めることが目的の。だから何かの際には一班から離脱することもありえるんで、そん時は二人に負担をかけるかもしれないけど、瑞音とか、他と連携して上手くやって」
なるほど、と二人は頷く。組織の機能を考えれば少々無茶ではあるが必要なことで、粋は適任だ。そして二人に負担ということは、
「メンバーには俺と吉田さんも入ってるッス」
竹中と吉田も特務部隊の一員だ。そして最後の一人も――。
「……あの、遅れてすみません」
遠慮がちに入ってきた小さな人影。金の瞳に光を宿し、緑の髪と赤いポシェットを揺らして現れたのは、可愛らしい女の子だ。彼女は一班の人員と向かい合い、おずおず深々と礼をする。
「……第一班と特務部隊に所属します、千石ユズリです。よろしくお願いしますっ」
沢峰が黄色い声を上げて悶絶する。あの一件から、久しぶりに見た天使だ。
「もう大丈夫なんスか?」
「……えっと、わかりません。だけどわたしは弱い子でいたくないから……夕凪さんを嘘つきにさせないためにも、がんばるって決めたんです」
いつか夕凪が「弱い子じゃない」と言ったことを、ユシュから聞いたのだ。とはいえ復活にはかなりの時間がかかった。長い間、久遠寺邸に引き篭る生活が続いていた。
「ようこそ聖霊騎士団へ。僕が戦闘部第一班リーダー、ならびに特務部隊『チーム久遠寺』の隊長、志桜粋だよ。天馬の刃とも呼ばれているけど、ユズリは普通に呼んで」
「こちらこそお願いしますっ、志桜さん!」
ユズリはペコリと。また頭を下げた。液体のようにサラサラな緑髪が綺麗に揺れる。彼女が顔を上げると、粋は離れた場所を指差した。
「あそこの机、右端の奥の方にあるやつがユズリのだから。あと一〇分くらいしたら軽く巡回任務に入るってことで、余計な荷物があるなら置いてきて」
ユズリは頷くと、ぱたぱた机に駆け寄り、大切なポシェットをそっと乗せた。それから思いついたように中から可愛らしい日記を出して開く。珍しく気を利かせた粋が「夕兄に伝えたいことでも書けば」と引き籠っていた時期にくれたもので、夕凪の遺品である空の霊珠が鍵の飾りについている。
まだ真っ白なページに、書き慣れない字を連ねていく。
夕凪さんに伝えたいことを、志桜さんがくれたこの日記に書いていきたいと思います。
わたしはあなたの想いを引き継ぐために、今日から聖霊騎士団の一員として頑張ります。もしかしたら夕凪さんは、わたしが戦うことを心配して、反対してくれるかもしれません。だけど世界樹の問題はユシュと融合したわたし自身の問題でもありますし、なにより強い子でいたいから……。
ただ、みんなに馴染めるかどうかは、とっても不安です。魔槍さんとか一緒の班になった沢峰さんとか、ちょっと怖いです。わたし、食べられたりしませんよね?
あ、でもでも、仲良くできそうな人達もいます。
志桜さんはそっけなく見えて実は見守っていてくれて、竹中さんはすごく優しくて、吉田さんも気をつかってくれます。
ここまで書いたところで、隊長殿から呼び出しがかかった。
「ユズリ、そろそろ準備できた?」
「早く来い。隊長が一番小さいのでは締まらん。そういう意味でもお前は重要……ゴフッ!」
「殴んよ?」
「イダダダダッ、蹴り倒して関節を極めてから言う台詞じゃねぇ!」
などと、出入口付近は騒がしい。
「すみません、もうちょっとだけ待ってください」
きっとみんな夕凪さんのことが好きだから、共感というか、一緒にいて安心できるんだと思います。
えっと、わたしの「好き」とみんなの「好き」は、ちょっと意味が違うんですけど……。
大好きです、夕凪さん。
ずっと想ってきて、再会できてからはもっと好きになりました。あなたと過ごした時間は短いけれど、わたしにとっては大事な宝物です。
もうすぐお仕事なので、今回はこれくらいにしておきますね。また何かあったら書きたいと思います。それでは。
少し照れながらユズリは机上のポシェットに日記を入れておく。
「お待たせしました」
「いいよ、そんなに急ぐことでもないし。……そんじゃ、行きますか」
一班の団員たちは声を揃えて返事する。
「がんばろうね、ユシュ」
『うん。初任務、気を抜かないように』
そうして少女は仲間たちと共に、外へと飛び出していくのだった。
御覧くださりありがとうございました。
続きの構想はあるのですが、別作品を書くかこちらを書くか悩んでおります。
一応「第一部・完」とさせていただきます。
あとは本編にはテンポの都合と本筋に不要だったため入れなかった番外編がありますので、そちらは近々投稿します。
お時間を頂戴し、ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。
楽しい時間を過ごしていただけたならば幸いです。