第二章 65 化け物の特性
例えばの話、もし俺が誰かを守るために他の誰かを殺さなくちゃいけないと言われたらどうするだろう。
ためらわず相手を殺す?
苦悩の末に諦める?
死なせたくないけど殺したくない…、でもどうしてもどちらか選ばなくてはいけないとしたら…俺は…。
「ナユタ君…。」
「むしろ逆だろう。」
「…え?」
「お前は制御できなくなって暴走したと言ったが、それはない。むしろ制御出来ているからこそ、その5人を殺すことが出来た。」
「え、でもそれだと粛清じゃなくなって…」
「だから故意なんだろ?新たに粛清するために邪魔な奴らを消し、尚且つ化け物へ魔力を与えることが出来る。これしか考えられんだろ、効率を考えるのならな。」
「…。」
くそ、レオンはお構いなしに正論を振りかざしてくるな。
故意?効率?わかってるよそんな事。
粛清者は粛清の為なら信念を曲げることも厭わない。
ダークヒーロー?そんないいもんじゃねぇよ、コイツは。
アリスだって言ってたじゃねぇか、粛清者はただのクズ。
所詮は憂さ晴らしで殺したいだけの殺人鬼だったんだ。
「うーん、こうなってくると容疑者を絞るのは難しそうですね。人物像もぼやけてしまって特定には至らないですし。」
「…俺さ、やっぱどこかで粛清者を肯定してたのかもしれない。守る為ならそれもアリかなってさ。…あーあ、こんなんだから捜査も進まないし間違えるんだよなぁ。アホだなぁ、俺。」
「ナユタ君…。」
「粛清者…ねずみ小僧みたいで格好いいなって思ってたのに。」
「え、ねずみ小僧…ですか!?それって格好いい…?」
だがそれもここまでだ。
そんな幻想はここで捨てて、ただひたすらに殺人鬼を捕まえることだけ考えよう。
夢見る少年は俺の中でおやすみして、ここからはただ正義を突き詰める大人の時間だ。
よし、そうと決まれば少し話をまとめるか。
まずはヴィヴィの言っていたことだが、粛清者は特殊な魔法の使い手である可能性が高い。
この世界に新たな魔法を生み出し、それを誰にも悟らせないような凄腕の魔法使い。
故に国が記録している特殊魔法持ちのリストを確認する事で何かわかることがあるかもしれない。
次に天才レオンの見解だ。
レオンによると、あの魔法陣は心臓を喰らった化け物がそれを魔力へと変換するための物らしい。
粛清者はその化け物を維持するために、消費し続ける魔力を抑える意味も込めて被害者の心臓を喰わせている。
化け物を維持する為なのか悪を粛清するために殺しているのかは不明だが、おそらく前者に重きを置いているのだろう。
今回の殺人でその確率がぐんと高くなった。
さてさて、こうなってくるとユノの言った通り容疑者を絞るのはとても難しい。
なにせ今までの聞き込みでは”正義感の強い魔法に長けた人物”という人物像を元に調べていたからな。
それが崩れてしまった以上聞き込みもやり直すべきだろう。
となると頼りになるのはヴィヴィの言っていた特殊魔法使いのリストか。
そこに書かれた人物を一人ひとり当たって行く…のが順当かね。
いや、待てよ?
確か胸の傷は火傷のようになっていたって話だったよな?
という事はその化け物は火魔法の…あれ、でもそれだと特殊魔法関係なくなる?
「うーん…。」
「こんな魔法を扱える奴なんてそう居ないんだから簡単に絞り込めるだろ。アタシにだって使えん。まぁ、使えたところで願い下げだがな。」
「は!?マジ、マジで!?分かるのか雷電!!」
「らいでん?」
「もう、ナユタ君がネタを挟むと話が進みません!気持ちは分かりますが自重してください!」
「す、すまん。で?どんな奴がこの魔法を使えるんだ?」
「…これを聞いたら帰れよ?」
「わかった、分かったから!!」
「この化け物は心臓を喰らう。ではどうやって喰らっているか?」
「え?それは…胸の穴から侵入して食ったんじゃないのか?被害者には全員、胸に焼け焦げたような穴が開いていたって言うし。」
「胸に穴…という事は全員が全員、正面から襲われ抵抗できずに殺されたという事か?抗うこともできずに一撃で、それも的確に心臓の上を狙ってか?いくら体たらくな貴族どもでもそれはないだろう。人間とはとっさに急所を守る生き物だ。何かが落ちてくれば腕で頭を覆うし、胸に向かってきたら避けられなくとも手で防ごうとする。しかし被害者どもにあった外傷は…。」
「胸の傷だけ…!じゃあ、あの胸の穴って言うのは…。」
「殺された後に出来たものだ。体内で心臓を喰らったヤツが体外へ出る時に出来た、な。」
「で、でも!それなら化け物はどうやって心臓を喰うんだ?外傷は胸の傷だけで、逃げまどったように部屋は荒れていたけど犯人の物と思われる痕跡は何も残されていなかったって。血痕も…あの陣に使われたもの以外は無かったはずだ。なら化け物はどうやって痕跡を残さず外傷も負わせず被害者の体内に入り込んだんだ?」
「以前ノエルが言っていた、影魔法という特殊な魔法の才能を持ったメイドが居ると。いつか手合せしたいとか言っていたが…まぁその話しはいいか。その影魔法は影を伝い空間を移動する事が可能だと言う。影なんてものはどこにでも誰にでも出来るものだ、光さえあればな。そこで今回の犯行だが…」
「おい!まさかクロエを疑ってるなんて言うんじゃないだろうな!?いくらレオンでもクロエを疑うって言うなら容赦しないぞ!」
「ちょ、ナユタ君!?落ち着いて!」
「…何を容赦しないんだか知らんが、話は最後まで聞け。アタシは影魔法を例に上げただけだ、だいたい影魔法じゃこの化け物の移動は出来ても体内に侵入させることは出来ん。そこまで使い勝手のいい魔法ではないからな。そしてこれはもっと深い魔法だ。」
「そ、そういう事ならまぁ…悪かった。話を続けてくれ。」
「言われなくともつづけるさ、それでお前たちが消えてくれるんだからな。…この事件、犯行が行われたのはすべて夜だったんじゃないのか?夜の内に殺され、残されたのは死体だけ。」
「…確かに、言われてみればそうだったような…?でもそれが何なんだ?夜に人を殺す…目撃者を作らないためにも人目を欺ける夜に実行するのは人として当然の真理なんじゃ?」
「はぁ…、アタシが何のために影魔法の話をしたと思ってるんだ。全部か?一から十まで教えてやらんとお前は理解できないのか?お前のその頭は飾りか?」
「ぐぬぬ…」
散々な言われようだ。
怒るなよ俺、相手は稀代の天才魔具師だ。
レオンには瞬時に分かるような事でも凡人の俺には難問なのだ。
そしてその事をレオンは理解していない。
これだから天才って奴ぁ…
ここまでお膳立てしてもらったからと言って分かるかどうかは別だろう。
…いや、俺の努力が足りないと言われたらそれまでだけれども。
「…もしかしてその化け物は光を嫌うのでしょうか?」
「だろうな。闇を伝い闇に潜り光を嫌う…。夜を選んでいるわけではない、夜にしか動けないんだ。影魔法は光がなければ使えない、しかしこいつはその逆だ。」
「光があっては動けない?だから夜に活動する…。ん?それで…どうやって体内に入り込むんだ?」
「………はぁ。じゃあ聞くが、お前は誰も憎まず誰も恨まず誰にも嫉妬せず生きてきたのか?」
「は、え、いや…そんなことないけど。」
「それを人は何という?」
恨み・嫉み・憎しみ…それらは人間が持っていて当然の感情だろう。
それを何というかって言われても。
感情?煩悩?それか…
「あ、心の闇?」
何も目に見える闇だけが全てではないのか。
闇を伝い闇に潜る…それが人の内にある闇でもいいのなら…。
なんだそれ、そんなの反則だろ。
生まれてから死ぬまでにそれらの負の感情を抱かない人間なんていない。
どんなに小さな子供だって怒るし羨むし嫉妬するだろう。
それを持たない人間なんて、それこそ神様仏様に近い存在だ。
つまりこの化け物は、そこに少しでも闇があるのならそれを伝っていつでも殺しに来れるってことか?
それが例え人の心であっても…
チートかよ、防ぎようがないじゃねーか。
「恐らくこの化け物の飼い主も闇を纏い光を嫌っているはずだ、そうやって日の出ている内は化け物を宿して匿っているのだろう。だから…」
「引き籠ってる奴や外套を目深に被っているような奴を探せばそいつが犯人!?」
「あれ?ですが胸の傷は焼け焦げていたのですよね、それはどういう?」
「アタシからの説明はこれでもう十分だろう、というかこれ以上我慢できん。お前たちさっさと…」
「あっ!!ま、まさか闇の炎に?」
「だ、抱かれて!?」
「消えろっ!!」
「!?」
「!!」
「いい加減にしろ、さっさと消えろと言ってるだろ。アタシは忙しいんだ、無駄に時間を浪費させるな!」
「あ、そういう…まさかのコラボかと思った。」
「私も驚きました、天才はこんなミラクルさえも起こせるんですね。…えっと、ではナユタ君参りましょうか?」
「そうだな。レオンありがとな、おかげで捜査が進展しそ…ってもう聞いてないんかい。」
レオンは俺たちを無視することに決めたようで、煙草をふかしながら作業台に向かっている。
毎度のことながら、こうなっては何を言っても流されるだけだろう。
仕方なかったとはいえ脅すような形になったことは今度来た時にでもしっかり詫びるとしよう。
研究に没頭しているレオンに再度礼を言ってから、俺たちは工房を後にした。
さて、これからどうするか。
「とりあえず今日は休んではいかがですか?もう日もどっぷり沈んでますし、調べ物も今からでは難しいでしょう?」
「……それは、そうだけど。」
「…わかりますよ。今夜また犯行が行われたらと心配なんですね?ですが今は休むべきです。闇雲に動いたところで何が出来るでもなし、しっかり休息を取って明日に備えるのがベストですよ。」
「…わかった、そうするよ。じゃあ俺はこのまま部屋に戻るわ。今日はありがとな。」
「えぇ、どういたしまして。探偵として当然のことをしたまでですから、どうぞお気になさらず。自分の能力を発揮できる場がある事、それこそ最高の報酬なのだよ。分かるかい、友よ!」
「…ツッコまんぞ。」
「えぇー。」
不服そうに口を尖らせている割には楽しそうなんだよなぁ。
子供っぽくふざけてみせたかと思えばレオンを論破するようなたくましさも覗かせる…。
まったく、頼もしいんだかそうでないんだかいまいち掴めない女性だ、このユノというエルフは。
そんなユノはレオンと話したことをシルドに報告すると言いつつ俺を部屋まで送ってから帰って行った。
うん、普通は逆なんですけどね。
とにかく今日はユノの言う通りしっかり休んで英気を養うとしよう。
明日からまた忙しくなるだろうし、リアにも説明してやらないとな。
「戻ったのですね、丁度よかったのです。」
「ん?おぉ、リア。奇遇だなぁ、丁度俺もリアの事考えてたところだよ。」
「そうなのですか。何か御用なのですか?」
「…いつもなら気持ち悪いって怒るのになぁ。あー、実はな、容疑者を絞るのにあたって有力な情報提供があったのだ。明日はそれを元に一から聞き込みを行おうと思う。」
「そうなのですか、わかりましたのです。…では、これはもう必要ないのですね。」
「ん、なんだそれ?」
「この国で管理している特殊魔法を扱う者の名簿なのです。とりあえず百年前からの物を用意したのですが…。」
「マジで!?仕事早いな、さすがリア頼りになるぅ!…って薄っ。百年分でこの薄さとは、やっぱり稀少なんだな。」
「一年に一人居るか居ないかくらいなのだそうです。世界的に見ればもう少し居るようなのですが…、……どうしたのです?」
「え…、これって?」
俺はその名簿を年代の新しい順に見ていた。
そこには当然ヴィヴィやクロエの名前もあり、生まれとその魔法についてが大雑把に記載されている。
ヴィヴィは霧、クロエは影。
これを記録と呼んでいいのか疑問に思うほど情報量が少なく、俺は半ば呆れつつ読み進めていった。
そこで俺はもう一つ、知っている名前を見つけたのだ。
それはこの街に来てから最初にできた友人で、何度も…本当に何度も助けてもらった人物だった。
レーヴ・ヒュプノス 男 特殊魔法:闇




