第二章 64 天才の見解
「たのもー!」
「………。」
「レオン、急で悪いけど頼みたい事があるんだ!!」
「………。」
「レオン?おーい天才魔具師レオン師匠ぉ、可愛い弟子のナユタ君ですよー?」
「…ちっ、こっちを満たさないとだめか…しかしそれだと…」
ダメだ、どっぷり集中しててまったく聞こえてない。
レオンはこちらに気が付く様子もなくぶつぶつと独り言をつぶやきながら黙々と作業に没頭している。
スーパー集中タイムだぁ。
俺はユノと顔を見合わせてどうするべきか思案していたが、ユノがあからさまに閃いたような顔をすると持っていたお重を取り出した。
先ほどツバキ姐が持たせてくれたミカサがたっぷり詰め込まれたお重だ。
上手に使え、ツバキ姐のあの言い方からして使い方は一つだろう。
俺はユノからミカサを一つ受け取ると未だに呟き続けるレオンの口元にそっと持って行く。
さっきはされる側だったが今度はする側だ、多少荒っぽくなってしまうのはご愛嬌ということで。
レオンの口が大きく開かれた瞬間を見計らい、俺はそこにミカサを押し込んだ。
「んぐっ!…………む、んっ。」
「………。」
「………。」
「……………おい、なんだこの美味しい食べ物は!!」
「うわっ!」
「ふわふわと柔らかくしっとりと甘いのにケーキのようにしつこくなく食べやすい!うむ、たまにはこういうのもいいな!」
「………。」
隈のある目を見開き早足で迫ってきたレオンはユノからミカサの入ったお重を奪うと一心不乱に食べ始める。
よほど頭を使っていたのだろう、さながら砂漠でオアシスを見つけたラクダのような食べっぷりだ。
そんなシーンを見るような経験はした事ないが、イメージとしては間違ってないと思う。
そうしてレオンの食事風景を呆然と見ていた俺と、いつの間にかお茶を淹れているユノ。
なるほど、これが出来る従者ムーブ!
「はい、お茶がはいりましたのでどうぞ。」
「…ん。」
レオンはあっという間にミカサを食べつくすと、ユノからお茶を受け取りそれを一気に飲み干した。
なんという勇ましさ。
目の前に居るのは野生のおっさんなんじゃないかと錯覚を起こしそうなほどの見事な豪快っぷりだ。
風呂上りにビールを飲む姿を彷彿とさせる光景に俺は思わず苦笑する。
そしてその様子をユノは満足気に見つめていた。
「ふぅ、馳走になった。…さて、魔鉱石に術式を刻んでから」
「ま、待ってくれレオン!作業ストップ!一回休め!休みついでにちょっとこれも見てくれ!」
俺は作業に戻ろうとするレオンを呼び止め、例の魔法陣の写しを眼前に広げる。
きっとレオンの事だから一度集中し始めたらこちらの話など聞こえなくなってしまうだろう。
なんとしてもこのタイミングを逃すわけにはいかない。
「あ?……ちっ、アタシにこんなものを見せるな。こんな醜い物をまた目にする事になるなんて、気分が悪いにも程がある。」
「頼む、何か分かるなら教えてくれ!俺はこれを使って人を殺してる奴を探してるんだ!」
「知らん。アタシには関係のない話だ、帰れ。」
「待ってくれよ、レオン!何でもいいから知ってることを教えてくれ、頼むよ!」
「なぜ?アタシがあんたに協力する義理はない。同じことを二度も言わせるな。」
「レオン!!」
「………うん、でもミカサ食べちゃいましたよね?」
俺がレオンを必死に説得していると、そこに割って入るかのように凛とした声が響いた。
驚いた俺たちが揃って声の主へと視線を向けると、そこには黒い笑みを浮かべるユノの姿があった。
あ、これもう大丈夫のやつだ。
「…食べるなとは言われていないが?」
「食べていいとも言ってませんよね?人の物を奪う、そしてそれを食べてしまう、これらの行為は窃盗にあたりますよ?」
「……金なら払う。」
「お金、ですか?残念ながらあのミカサというお菓子は鬼神族の国でしか食べられない貴重なもので、鬼神族の国と隣接しているエルフならまだしも、この国ではいったいいくらの値がつくのでしょうね?しかもここにあったのは鬼神族のご令嬢御自らお作りになった特別なものでした。それに値段を付けると言うのは…ねぇ?」
「………何が言いたい?」
「罪には罰を。しかし我々はあなたを罰したいわけではありません。そんな事をしても何の意味もない…ですのでどうか誠意を。我々が損失した分の埋め合わせとして、あなたの知っているこの魔法陣の事、全てをお話し下さい。」
「……………………。」
「窃盗罪。」
「…ちっ!」
勝負あり!
勝者ユノ・トレーズ!
俺の中で終了のゴングが鳴り響き、したり顔でウィンクするユノの手にチャンピオンベルトが見える気がした。
まさかあのレオンを言い負かす逸材が居るとはな…。
驚きと恐怖で思わず俺の顔が引きつるのがわかる。
これが転生者の底力、伊達に二度目の生を謳歌してないな。
ともあれ言いくるめられたレオンが嫌々ながらも話をしてくれるようなので助かった。
レオンは適当な空箱に腰掛け煙草をふかすと、重い口を開いた。
「これが何なのか、お前たちはどこまで分かってるんだ?」
「ほとんど…いや、まったく分かってない。ユノがそれによく似た召喚魔法を知ってるみたいだが、やはりどこか違うらしい。」
「当たりまえだ。これは召喚するための物じゃない、変える為だけの物だ。」
「変える…?どういう事だ?」
「ちっ、まったく面倒な…。いいか、これは対象の心臓を捕食したものが召喚者、あるいは契約者の元へ帰る為の物だ。心臓を喰らったそれは、この陣に入り心臓を魔力へと変換、そして帰還する。その心臓を喰らう穢れた化け物にとって殺人とは食事だ、食ったなら消化する、消化したなら帰る。これはただそれだけにある陣だ。」
「つまりその化け物は心臓を喰らい魔力に変換する性質があり、粛清者はそれを利用して犯行に及んでいる…という事でしょうか?」
「あぁ、でなければこんなものを残す必要はない。醜悪だ、醜い上に汚らわしい。よくこんなものを召喚し続けていられるものだ。」
「召喚し続けるって…それって常に召喚した状態で居るって事か?そんな事…可能なのか?」
「はっ!むしろ返せないんじゃないのか?半端者が何かを生み出そうとするからこうなるんだ、まったくばかばかしい。」
召喚したものが返せない?そんな事って出来るものなんだろうか?
あのイフリートやシルフを常に側に置いておくってことだろ?
…無理じゃね?俺だってイグニスとウィンディを同時に宿してたけど魔力が切れて三十分も保てなかったし。
確かに俺の世界でも召喚のやり方は数多あったけど、返す方法ってなるとあんまり浮かばないな。
これは俺の勝手なイメージだけど、そういうのって魔力が尽きたら勝手に帰って行くものだと思ってた。
召喚するにもそれを維持するにも魔力は必要になるはずだろ?
常に召喚した状態を保ってられるってどんだけの魔力量の持ち主だって話よ。
あ、そうか。
それゆえの食事なのか。
供給するだけでは維持できないからこそ、人を殺している…と。
ん?そうなると一体どっちが先なんだろう?
粛清するために召喚したのか、召喚したから粛清しているのか…
「そういえば小耳に挟んだのですけど、先日また粛清者の事件があったんですよね?それも今回殺されたのは今までのような貴族ではなく一般人と騎士だったって。それを聞いてレオンさんはどう思いますか?」
「どうも思わん、心底どうでもいい。…いや、そのせいでお前たちがここでこうしてアタシの時間を奪っているというのなら恨みはあるな。だったらアタシが思う事は一つ、”出来うる限り早急に死ね”だ。」
「死ねって…。」
「エルフの耳には刺激が強かったか?じゃあ消えろにしておくよ、どっちだって同じだ。アタシの貴重な時間を奪う奴らは総じて消えろ。」
「ん、それだと俺たちも含まれちゃうんじゃないか?」
「ほぉ、良く気付いたものだ。思っていたより察しがいいのか、お前?だったらアタシが今何を考えているかも分かるだろ?」
「あぁもちろん!俺たちが友人からもらったミカサを了承もなくすべて食べてしまった自責の念で押し潰されそうだから、今は何としても俺たちの役に立ちたいという献身の気持ちだろ?みなまで言うなって、ちゃんと分かってるから!にゃは☆」
「ちっ。」
「んで、ユノはどうしてそんなこと聞いたんだ?確かに今回の犯行はいままでの粛清とは全然違う、粛清者の犯行動機を大きく変えるものだったけど。」
「だからです。なぜ、粛清者はこのタイミングでターゲットを変えたのか…これが分かれば犯人を特定する手がかりに成り得るんじゃないでしょうか?」
確かに。
俺もそれはずっと考えていた。
何故、粛清者は急に粛清をやめたのか。
何故、あの5人を殺したのか。
きっと何かきっかけがあったはずなんだ。
いままで悪を裁いて来た粛清者がそれを止めざるを得なかった特別な理由が。
そう、たとえば…
「…なぁ、その化け物って心臓を喰うんだよな?そんでそれを魔力に変換してる。」
「あぁ。」
「召喚って、例えば返すことが出来なかったら召喚者は魔力を消費し続けると思うか?」
「化け物を操っている以上繋がりは健在だろう。」
「つまり?」
「…魔力は消費され続けているはずだ。」
「じゃあさ、もし魔力が底を尽きてその化け物ってやつに魔力を与えられなくなったら…どうなる?」
「………。」
「暴走…するんじゃねぇのかな?魔力を求めて。だからさ、今回の事件は粛清者も不本意な事故だったんじゃ…!」
「それはどうでしょう?」
「な、なんでだよ。だってそれなら上手く説明がつくじゃねぇか!」
「いいえ、それでは被害者を無視しています。今回の被害者はこの事件の関係者だったのでしょう?それも粛清者にとって不利になる方の。であるのなら事故ではないでしょう、たまたま自分に都合の悪い人間が死ぬなんて…誰が信じますか?」
「ぐ…」
「…気を悪くしたらごめんなさい、でもそれでは…ナユタ君は粛清者を庇っているように聞こえてしまいます。まるで粛清者には粛清だけをしていてほしいような、事故であって欲しいと願っているような…。」
「違う、俺はっ!………俺、は。」
そう、なのかな?
…そうなのかもしれない。
粛清者の話を聞いた時、そんなやり方をしたらダメだと思った。
悪を罰するのに悪になっては元も子もないって。
でもその反面、格好いいとも…思ってしまった。
誰かの為にあえて悪に染まる道を選ぶ、それはきっと俺には計り知れないほどの覚悟の元なされたのだろう…そう思った時、つい格好いいだなんて思ってしまったんだ。
だってそうだろう?
例え悪に落ちようと守りたい何かがあって、それを守るために信念を突き通す。
そんなの格好いいと思って当然じゃないか。
悪は悪だ、それに変わりはない。
でも、それも必要な場合は…あるのかもしれないじゃないか。
そう思う事は、思わず庇ってしまいたくなるのは仕方がない事だろ?




