第二章 63 急がば回れ
ユノに案内された賓客用の部屋は…というかもはや小さな屋敷そのものだったが。
中庭に噴水、娯楽室に書斎、専属の使用人までついていて、なんというか…一体何日滞在させるつもりなのだというラインナップだった。
そんな屋敷の数多ある部屋の中でも一番眺めが良い部屋がシルドの部屋なのだと、ユノは自慢げに話していた。
はて、この城の敷地内に景色の望める場所なんてあっただろうか?
城の中ならまだしも…
「失礼いたしますお嬢様、ナユタ君をお連れしました。」
「お邪魔します。」
ドアを開けて一歩中へ入るとそこはまるで夢の国にでも迷い込んでしまったかのようなとってもファンシーなお部屋だった。
壁には花がいくつも飾られていて、そこかしこにぬいぐるみと子供服が散らばって…
ん?子供服…か?
「妾の部屋にようこそ、歓迎してあげなくもないんだからねっ!」
「開幕ツンデレ!?っていうか、そのどこかで見たことあるようなセーラー服は何だ!この世界に存在するのかセーラー服!」
「さすが!さすがでございますお嬢様!そのあざとさをお忘れになってはいけませんよ!」
「妾、あざとい極めたかも。これは国に戻ってもコテコテね。」
「…モテモテ?」
「そう、それ。」
ぐっ、またこんな感じで話の流れが出来上がって行くのか!
永遠に続くようなボケを浴びつつ逐一ツッコミを入れなくてはならないなんて、まさかここは地獄の一丁目なのか!?
ここに来てまだ一分も経っていないのに早くも帰りたい気持ちで一杯だ!
「ふっふっふ、どうです?私の用意したコスプレ衣装を着るお嬢様は。最高の眺めでしょう?」
「眺めがいいってそういう事!?自給自足で潤いを生み出すなんて本当に恐ろしい執念だな!あの衣装もどこかで見た事あると思ったらまるっきりハ○ヒじゃねーか!懐かしいなぁ、おい!自信持っていいぞユノ、その鬼のような執念さえあればどこに行っても逞しく生きていけらぁ!」
「うん?今うちの事呼びはった?鬼のようなーなんて、それ褒めてはるの?」
「うぇえ!?ツバキ姐、なんでここに?」
シルドのインパクトがデカくて気が付かなかったというか、てっきり人形の一つかと思って気にも留めてなかったんだがシルドの隣に鬼神族のツバキが腰かけていた。
…ゴスロリ姿で。
くっ!ユノの奴、シルドだけでは飽き足らずツバキ姐にまでコスプレさせるなんて…!
アイツには遠慮とか気後れとかという感覚が無いのか!?
同じ日本人として恥ずかしいぞ、俺は!
しかし見事に着こなしているツバキ姐に免じてこれ以上何も言わないでおいてやる。
ぐっじょーぶ。
「ふふ、うちの国のお菓子をこさえてきたさかいおすそ分けに来たんよ?ナユ坊も食べる?はい。」
「え、あぁ。ありがと。……?ツバキ姐?」
「はい、あーん。」
「な、なんですとぉ?!」
「ほら、口開けんと食べられへんよぉ?あーん。」
「あ、あ、あーん。」
「ふふ、どう?ほっぺが落ちてまうくらいおいしいやろ?」
首を傾けてそう聞いてくるツバキ姐の長い髪がサラサラと流れていく。
それがあまりに美しくてつい見惚れてしまいそうになったが、ニヤニヤと笑うユノの顔が目に入ったのでどうにか正気を手放さずに済んだ。
鼻血…も出てないな、セーフ。
それにしても、ツバキ姐が作ってきたというこのお菓子、噛んだ時はふわふわでほんのりと甘くてどこか懐かしい味がする。
率直に言ってとても美味いが、なんだろうこの既視感。
いつだか食べたことがあるような…、でも最近はまったく食べていないような…。
「あぁ、これどら焼きか?」
「あ、やっぱりそうなんです?私も見た時そうなのかなーって思ってたんですよ。」
「なにゆうてはるん?これはミカサ。うちの国でしか作ってないお菓子やよ?そのどら…なんとかっていうんは、こん国のお菓子?はて、それやとエルフのお嬢ちゃんが知っとるんはおかしいよねぇ?」
「あー、いや…あっははは。何にしてもうまいな、これ。ツバキ姐が作ったの?これ全部?」
ナユタは 笑って誤魔化すを 使った。
だって元の世界の食べ物ですーなんて言っても混乱させるだろうし、厳密には俺とユノの居た世界は違うみたいだから説明が至極めんどくさい。
「せやよ、すごいやろ?興が乗ってもうてちょーっと作りすぎてもうたけど…。ナユ坊も欲しいだけ食べはったらええよ?まぁだこんなにあるさかい、ね?」
「わお…ミカサの詰まったお重がいっぱいだぁ。」
ツバキ姐の後ろに積まれたお重は何なんだろうとは思っていたけど、まさか全部ミカサ入りだったとは…。
これを”ちょっと”作りすぎたの一言で片づけていいんだろうか?いいやよくない!
とりあえず席に座らせてもらい、山のように積まれた中からまた一つミカサを口にする。
うん、甘すぎなくて食べやすい。
これならまだまだ食べられそうだが、出来ればお供は紅茶じゃなくて緑茶がいいなぁ。
ちょっと渋めに淹れた狭山茶なんかが恋しくなる。
「もっぐもっぐ。あ、そうだ。妾ナユタ君に用があって呼んだんだった。ミカサが美味しくて忘れてた、てへぺろ。」
「…ユノ、あんまり変な事シルドに教えるなよ?絶対だぞ?フリじゃないぞ?」
「変な事とは心外ですね。私はただ萌えという文化を広めていこうとしているだけです。この幸福を私の中だけに眠らせるなんてもったいないですからね!私の夢はこの世界でコミケを開くことなんですから、これはその一歩に過ぎないのですよ…!」
ユノの本気の目に本気でドン引きした。
俺もジェンガとか作った手前強くは言えないけど、あんまり異世界の文化を広めるのは良くないんじゃないかと思うだが。
特にコイツの広めようとしていることは絶対阻止した方がいいような気がする。
でないとこの世界にまで腐海が広がりかねん。
「ナユタ君、ユノから話は聞いてる。だから妾は忠告しなきゃと思った。あの魔法陣は穢れてるよ。」
「け、穢れてる?」
「うん。とても深い闇と穢れ…良くないものが溢れてきそう。だから忠告、あんまりあれには近づいちゃダメ。」
「シルドにはアレが何か分かるのか?」
「ユノの前の世界の物だから、いろいろ違っててよく分からない。でもとても穢れが強くて良くないものなのは分かるよ。」
「異世界の話を知ってるのか!?」
「ユノから聞いてる。話してくれたのは妾だけって、ユノは言ったけど。だから妾は信じてる、ユノは妾に嘘つかないから。」
「んー?ほなうちは聞かんかった事にしておいた方が良さそうやね?気になる話ではあるけど…大丈夫、誰にも言わへんから。安心しよし。」
「ん、ありがと。それとナユタ君、これあげる。」
「これ?」
シルドが合図するとユノが引き出しから一つの箱を取りだした。
俺の手のひらに乗るくらいの小さな箱だが…なんだろ。
俺はそれを受け取って開けてみる、すると中には透明な宝石の着いたネックレスが入っていた。
これは…水晶だろうか。
不思議なほど澄んだその石はまるで朝露のように美しく清らかだった。
思わずため息が出るほど見惚れてしまう。
「それ、お守りにして。穢れからナユタ君を守るように祈りを込めておいたから。」
「あ、ありがとう。でもいいのか?大事な物なんじゃ…。」
「いいの、誰かのための方が力が出る。」
「お嬢様の祈りはエルフ族の中でも有名なのですよ。大事にしてくださいね、ナユタ君。」
「おぉ、絶対大事にする!ありがとうな、シルド、ユノ!」
そういう事ならと、さっそく首から下げてみる。
リュカに貰ったユエル家の紋章とダブルでつけるのはあんまり良く無いかもしれないと思ったが、水晶の方はチェーンが長めに作られていたのでぶつかったりする心配もなさそうだ。
よし、このまま着けていこう。
「ほな、うちからもお守りあげよか?うちのお古やけど、まぁえぇやろ。ご利益はお墨付きやさかい、大事にしてな?」
「い、いいの!?おー、これぞ theお守りって感じだ!ありがとうツバキ姐、常に持ち歩くようにするわ!」
ツバキ姐が取り出したのは、少し皺のよった神社とかで買えるような四角い布製のお守りだった。
手作りなのか袋に何も書かれていないが、小さな鈴が付いていてとても可愛らしい。
純日本人であるところの俺からすれば、これほど持っていて安心するアイテムもそうないだろう。
やっぱり鬼神族の国は和風なんだろうな、着ている物も着物っぽいし。
よし、いつか絶対行ってみよう。
体はともかく最近魂が日本食を求めているのだ。
米・味噌・醤油…あの素朴な味をいつかこの世界でも味わいたい!
「それで、城を出ていたって事は調査をしていたんですよね?何か進展はありましたか?」
ユノが新しいお茶を淹れながらそう問いかけてくる。
俺は勘違いした事も含めて今まで得た情報を伝えることにした。
第三者に話すことで俺の中でも整理できるし、俺では気づけない事でもこの三人なら何か気が付くことがあるかもしれないからな。
一通り話し終えるとなんだか次第に弱気になってきてしまった。
ここまで証拠を残さず未知の魔法を駆使して犯行を重ねられるような奴に、果たして俺は何が出来るのだろう。
「なんだか手も足も出ないって感じですね。上手い事逸らされているような…。」
「だな。そもそも異世界の魔法なんてチートすぎんだよ、そんなん使われたら分かる訳ないじゃん。」
「うん?でもその魔法はユノはんとこのとは違うんやろ?異世界なんて嘘みたいな話やとは思うけど、もしほんまにそれを使うんやったらこの世界用に変えなあかんのとちゃう?」
「…確かにそうなんですよね。この世界で魔法を使うようになってからいつも思うんです、前の世界とは全然違うなーって。試しに前世の魔術を使ってみようとしたんですけど、やっぱり発動はしませんでしたし。」
「そうなのか。うーん、なら異世界の魔法をこの世界用に改良できるような才能のある奴が粛清者ってこと?あー…それなら絞れなくもなさそうだけど」
「何を基準にして才能の有る無しを決めるのかによって絞れる人数変わりそうですね。というか、それって調べるのにどれくらいの時間が必要なんです?」
「っだー!どうする、振り出しに戻った感出て来ちゃったけど!一般人まで犠牲になる今、何としても急いで捕まえなくちゃいけないのにぃ!」
「まぁまぁ、そう焦らんと。うちの国にこんな言葉があってな?”急いでいるならお茶を飲め”ゆうの。迅速なのと慌てるのは別やさかい、ミカサでも食べていったん落ち着き?」
「…うん。」
ツバキ姐に手渡されてミカサを口に運ぶ。
うん、うまい。
これでいいアイデアが浮かんでくれればいう事なしなんだけどなぁ。
「妾の国にもそう言うのあるよ、”ゆっくり急げ”っていうの。ちなみに妾が一番好きなのは、”天才の事は天才に聞け、馬鹿の事は豚に聞け”。」
「豚って…。」
「たぶん獣人族の事を揶揄した言いまわしですね。獣人族の中には豚っぽい方もいらっしゃいますから。」
「なるほど、そんな所にまで不仲が影響してるのか。まったく、褒められた事じゃないぜ?子供にまでこんな言葉使って教育するなん…て…」
「…ナユタ君?どうしましたか?」
「天才の事は天才に聞け…。そうだよ、居るじゃん!稀代の天才!ありがとう、光が差したわ!ちょっくら行ってくる!」
「え、わ、私も行きます!」
「シルドはまだ食べたいから、ユノ。あとで教えてね。」
「かしこまりました!」
「あ、ナユ坊。これ持って行き。」
「え…でもこれは。」
「急いでいるならお茶を飲め、や。ふふ、この場合袖の下の方があってるかもしれへんねぇ?上手に使いや?」
「…うん、ありがと!じゃ。」
シルドの部屋を出てユノと共に廊下を走る。
誰かに見られたら怒られそうだが、ユノは気にしてなさそうなので俺も構わず行く。
稀代の天才魔具師もとへいざ行かん!!
さてさて、今日は機嫌が良いといいんだが。




