第二章 62 結論
ヴィヴィとヴィーが一つの体を共有している…。
俺はてっきり双子か何かだと思っていたんだが、事態はもっとファンタジーだった。
他人の体で生きてる俺が言うのもおかしな話だけどな。
ん、でも待てよ?馬車を襲われた時も俺やノエルと戦ってた時もこの二人は一緒に居たって事だよな?
そんでヴィヴィの体はヴィーの体なわけだから、ヴィーの体にあった火傷っていうのはつまり…
「あー…確か最初にヴィーと会った時は体の火傷がどうやってついたか覚えてないって言ってたよな?でもお前とヴィヴィが同じ体に居るっていうのなら、もしかしなくてもあれを負わせた犯人って…俺?」
「…あ、あの、お兄ちゃんが、そうだよバーカ…って言ってます。わ、私も、知らなくて、後から聞いて…あの時、は、傷は治したけど、火傷を、治す前にま、魔力が切れたって。だ、だから後になって、お兄さんには、ち、近づかないよう、にって、言われてて。」
あー…それで二回目会った時の様子がおかしかったのか、納得。
そして俺が付けた火傷を俺が治療すると…なんというマッチポンプ。
厳密には治したのはレーヴだからちょっと違うけど、細かいこたぁいいんだよ。
「…ん?でも最初に会った時に俺だって気づかなかったのか?仮面にはビビってたけど、取った時は何の反応もなかったよな?むしろ落ち着いてたんじゃ…。」
「あ、わ、私…お兄ちゃんがお仕事の、とき、は、眠ってることが、お、多くて…。お兄ちゃん、も、あの時は眠ってたし…。だ、だからお兄さんの事は、別れた後で、きき、ました。」
「…そうか。なぁ、ヴィー。お前はヴィヴィがどんな仕事をしているか知ってるのか?」
「はい…知って、ます。」
「お前はそれでいいのか?お前の体で、兄貴は人を殺してるんだぞ?怪我だってして…お前まで痛い思いをして、それでお前はいいのか?」
「い、生きていくには、仕方ない、です。」
「そうは言ってもな…、生きていくだけなら他にもたくさん方法はあるだろう?よりにもよって…」
「ありません、でした。わ、私たちは、死に、かけてて…。ごはんも、家も、無くて。その時助けてくれたのが、か、頭さんで。私たちだけで、生きていく、方法も、教えてくれて。そのおかげで、私、は、お兄ちゃんと、生きてこれました。それじゃなきゃ、生きて、これません、でした。」
「っ!」
何も、言えなかった。
だって何を言えばいい?
だた死にたくなくて、生きていきたいと願っただけの子供に…
殺人しかなかった子供に、何を言えば正解だって言うんだ。
そもそもその頭って奴も、どこの誰かは知らないがどうしてこいつらを助けるのに殺しなんて教えたんだよ。
もっと他にいい手は無かったのかよ。
その場に居なかった俺にこんな事言う資格はないのかもしれないけど、それでも!
こんな子供になんて険しい道を歩ませるんだ馬鹿野郎!
「お兄さん、あの…もう一つ、い、言わなきゃいけない事があって。」
「…なんだ?」
「お兄ちゃん、は、粛清者じゃ、ない。」
「え?………え!?」
ヴィヴィが粛清者じゃない!?
今ヴィーはそう言ったのか!?
いやでも、さっきヴィヴィは一昨日の晩は城の地下に居たって言ってたよな?
それに俺から粛清者の捜査資料を奪ってみた時だって、製作者の名前聞いてきたし…その人が殺されたのはその日の夜だったし…。
ヴィヴィを庇って言っている…のか?
「あの、お、お兄ちゃん、は、お金にならない仕事は、しないです。それに…あ、うん、わかった。あ、あの、お兄ちゃんと、代わります。」
「え!?ちょっとまっ…!」
ヴィーにもう少し話を聞きたかったのだが、時すでに遅し。
俯いた顔を上げた時にはにやにやという擬音が似合う笑顔を浮かべたヴィヴィが立っていた。
「なぁにーその顔はぁ。僕が出てきたらダメなのぉ?」
「……お前が粛清者じゃないって本当なのかよ。」
「ほんとだよぉ?そぉんな事しても意味ないもーん。」
「じゃあなんでさっき否定しなかったんだよ!そうすればこんな事にはならなかったかもしれないじゃねーか!」
「んー、そうかなぁ?僕がひてーしたところでぇ、お兄さんは信じなかったんじゃないのぉ?」
「そ、れは…。」
確かに…そうかもしれない。
あの状況下でどれだけ当人が否定しても俺の頭の中では結論が出ていたし、信じようとはしなかっただろうな。
でもだからって…
「ま、僕からしてみればぁ、お兄さんが勘違いしようがどうしようがどっちでも良かったしねぇ。」
「よかねぇだろ!ヴィーが出てこなきゃどうなってたか…。」
「僕がお兄さんを殺しておしまいっ!だったんじゃなーい?きっしし!だいじょぉぶ、そんな怖い顔しないでぇ?ヴィーが嫌がるからやらないよぉ。んー?…そぉれはどうかなぁ?お兄さん次第じゃなぁい?」
「な、なんだよ?」
「きっしし!お兄さんはどうするのぉって話。僕は粛清者じゃないけど殺し屋ではあるわけでぇ、お兄さんが何て言おうとこの仕事を続けていくよぉ?お兄さんはどうするのぉ?僕らを捕まえるぅ?って言っても簡単に捕まる気はないんだけどぉ!きっししし!」
「………なぁ、ヴィヴィ。お前が粛清者でないって言うなら、城の地下で何してたんだよ。」
「きっしし!だからぁ、前にも言ったでしょぉ?お仕事、してたんだよぉ。」
「その仕事で誰か殺したか?」
「………。」
「………。」
「きっしし!いーや、誰も殺してないよぉ。僕に来る仕事の全部が殺しってわけじゃないんだぁ。」
「……わかった、信じる。」
「あれ、いいのぉ?僕が嘘ついてるかもよぉ?」
「信じるよ。お前もヴィーも違うって言うんだから違うんだろ。悪かったな、疑ったりして。」
「…変なの。お兄さんはそれで本当にいいのぉ?」
「いいの!って言うか内心ホッとしてさえいるわ!!ヴィーとヴィーの兄貴が粛清者じゃなくて本当に良かったー!!あー安心したー!!」
「なんだぁそれぇ。粛清者じゃなくても人殺しである事には変わらないのにぃ、へぇんなのぉ。」
変だろうよ。
俺だってわかんなくなってるんだから。
人の命をいたずらに奪う事は悪だ、それは揺るがない。
でも、じゃあそれをしなきゃ生きてこれなかったこいつらもそうなのか?
人を殺してまで生きるなと、妹を助ける手段が他にないなら死ねと、そう言う事が正義なのか?
それを考え始めると同じところをループし始めて答えが出ない。
正義とは何か、悪とは何か、その論争が脳内で始まっても終わりは来ない。
だったら俺は何も言わない。
この問いに簡単に答えは出せない。
だから俺はいま、単純に分かる事だけを口にする。
知り合いの女の子とその兄貴が粛清者でなくて安心した。
今はそれで十分という事にしておくんだ。
答えを出せるその時までは、それでもいいと思う。
「はー!にしても振り出しに戻る、かぁ!この後どうすっかなぁ…。もう一回男爵に話を聞くか、それとも翼人族に情報提供をお願いするか…。」
「それか僕が知ってることを教えるかぁ、だねぇ?」
「は?え…ちょ、お前何か知ってるのか!?」
「うん、まぁーねー。僕も調べるように言われてたしぃ、だからあの夜見に行ったっていうのもあるんだよねぇ。あ、でも詳しくはダメだよぉ?僕のお仕事にししょーが出るかもだしぃ。」
「全っ然いい!お前が困らない程度に教えてくれ!!」
「んーどうしよっかなぁ?教えてあげよぉかなぁ?でもなぁ、お兄さんには殴られた恨みもあるしなぁ…?」
「うぐっ!それは…でも…」
「きしし、わかってるよぉ。恨みがあるのはぁ、お互い様だよねぇ?だから僕からはひとつだけぇ、一度しか言わないからしっかり聞いてねぇ?…いい?話すよぉ?………ほんとにいいのぉ?」
「だー、もう!分かったから早く話せって!」
「きっしし!お兄さんはからかいがいがあるなぁ。…あのね、僕の魔法はとっても特殊で他の人には使えなーい。そういう特別な力を持って生まれた子供は遅かれ早かれ国が記録してるんだよぉ。さぁて問題でぇす。粛清者が使ってる魔法はとっても特殊ですが、それは普通の人にも使えるでしょーかっ!」
「それは………使える人間が限られてるって事か?」
「さぁどうだろうね?僕からはこれでおーわり!あとは自分で調べたらぁ?…ふぁ~、疲れたぁ。僕はもう少し寝るよぉ、おやすみぃおにーさん。」
「あ、あぁ、ありがとうな。おやすみ、ヴィヴィ。ヴィーも。」
ヴィヴィが壊れた家屋に入って行くのを見送ってから俺はヴィヴィに言われたことを反芻する。
特殊な魔法を使える人間は国が記録し管理している。
口ぶりからして貧民街の殺し屋であるヴィヴィでさえ、その記録に明記されているという事なのだろう。
特殊魔法…たしかクロエの影魔法もそうだと言っていたな。
そういった特別な才能を持っていなければ扱えない魔法。
異世界の魔法、この世界にない魔術式だとユノは言っていた。
だとしたらそれを扱えるのは異世界からやって来た人間か、あるいは…
「もう日が暮れるのです。今日の所は城へ戻るべきだと思うのです。」
「あぁ、そう…だな。うん、城にあるっていうその記録も見てみたいし、今日のところは一旦戻るか。」
「はい。」
今日で終わりにするーなんて啖呵切った手前このまますごすごと城に戻るのには若干恥ずかしさが生まれるが、リアの言った通り残念ながらもう日が暮れる。
聞き込みをするにしろ街で何かしら調べるにしろ日が落ちては難しいだろう。
急がば回れともいうし、ここは大人しく城に戻って話を整理しよう。
どうか今夜は誰も死なずにいられますように、そう祈りながら俺たちは城へと戻って行った。
――――
城に戻ってすぐ、聞き覚えのある声に呼び止められた。
その声はあまりに優美で一瞬誰の声だったか思い出せなかったが、その姿を見て思わず苦笑した。
静々と歩く姿はまるで湖から現れた女神の様で、さすがはエルフ族だと思わず喝采を送りたくなったほどだが…どこかぎこちない。
俺に声を掛けてきたエルフ族、ユノ・トレーズはまるで緊張しているかのような面持ちでこちらに近づいて来た。
「呼び止めてしまってごめんなさい、少しよろしいでしょうか?」
「あ、あぁ。どうしたんだ?」
「えぇ、実はシルドお嬢様がナユタ様にお会いしたいと申しておりまして。もしよろしければお越し願えませんか?」
「シルドが?そういえば会いに行くって言ったな。わかった、今から行くよ。」
「ありがとうございます、お嬢様もさぞお喜びになる事でしょう。」
「………ではリアはここで失礼しますのです。」
「え?一緒に来ないのか?」
「はい。リアはエルフ族のご令嬢にお会いできるような物ではありませんので。姫様へ報告もしなくてはなりませんし、ここで失礼させて頂くのです。」
「そうか…わかった。今日も着いて来てくれてありがとうな、ノエルによろしく。」
リアは一つ頷いた後ユノに向かって深く頭を下げてから城の中へと消えていった。
ここに来てからリアのあのセリフを何回聞いただろうか。
あれを聞くたびに俺の心がちりちりと痛む。
この世界には確かに身分というものがあり、それは国を成り立たせるうえで重要な役割を担っていることも理解している。
でも、それでリアのような子供が抑圧されるのはどうなのかとも思うんだ。
ましてリアはノエルの側に居ることが多いからその分の重圧もあるのだろう、特に身分差というものに敏感な気がする。
もしかしたらそう言う身分差を明確に教え込まれたせいでリアはあんなに自分に自信のない隠れネガティブになってしまったのかもしれない。
悪しき文化…とまでは言わないにしろ、リアにとってはいい影響を与えているとは言えないよな。
リアとシルドなんて歳も近そうだから、会えばいい友達になれそうなのに…。
「ナユタ君ナユタ君!さっきの顔隠してる系ロリ娘は一体何者!?クール系?ヤンデレ系?のです~とか萌えしか感じないんだけど!」
「おい、さっきとキャラ変わりすぎだろ。なんだったんだ、あのまるで貴族のような立居振る舞いは。」
「いや~、ナユタ君だけならまだしも、他に人が居たら猫被るでしょ。それがあんなにかわいい子なら緊張もするでしょ。それにほら、一応貴族ではあるしエルフ族としてのイメージも大切にした方がいいのかなって。」
「そうかい、ご苦労なこって。で?シルドが呼んでるんだって?」
「あ、そうだった。ふー、危うく忘れるところだったよ!ロリっ子にすべてを持って行かれる寸前だった!」
「趣味に生きすぎだろ。エルフ族のイメージはどこ行った。」
「おほほほ、では参りましょうか。」
取ってつけたような笑顔を張り付けて上品風に振る舞うユノの後に着いて行く。
どうでもいいがその笑い方だと、貴族というよりはマダムって感じだぞ。




