第二章 61 殺し屋兄妹
戻ってきた…のか?
にしても去り際まで何を言ってるのか分からん奴だったな。
めちゃくちゃ重要な事を言ってそうなのに、あの雰囲気のせいかあんまり耳に入ってこなかった気がする。
次…も行けるか分からないが、もしまた会う機会があったらもう少しゆっくり話を聞きたいものだ。
「ど、どこに行っていたのですか!!」
「うぉ!なんだリアか…。よ、ただいま!」
「なにがっ!!………お店は、あったのですか?」
「あぁ、あった。店主とも話をしてきて、たぶん重要な情報を聞けたと思う。」
「そう…なのですか。」
「うん。じゃあ行こうか、今日で終わりにしよう!」
「…え?」
「おや、もう行かれるのですか?感動の再会というには些か淡白ですね。」
からかう様な口ぶりについ眉を顰めて声の主を睨みつける。
笑顔を絶やさないそいつは俺が睨んでいるにも関わらず何でも無いかように…ん?
「ど、どうしたんだ?テンションの振り切れた子供たちに襲われた後のような乱れっぷりだけども…?」
さわやかに笑っていると思っていた翼人族の男だったが、その服や髪がだいぶ乱れている。
それはまるで昨日の俺を見ているようで、思わず素で心配してしまうほどだ。
こんな場所で、それも俺が居なかったほんのちょっとの時間でこんな有り様になるとは…通り魔にでも襲われたか?
俺の言葉に男は少し困ったように顔を歪ませ、ちらりとリアを見てから身なりを整え始めた。
「いえ、実はあなたが居なくなってすぐにお連れの方に詰め寄られまして。我々があなたを隠したと思われたようですね、説得しても聞いて頂けずこのような結果に…。」
「あー…それはなんつーか…申し訳なかったな。こいつは俺の護衛みたいなもんだから、急に居なくなって驚いたんだろう。かく言う俺も驚いた。まったく、先に言っておいてくれればこんな事にはならなかったのによぉ…。」
「それは真に申し訳ありません。実は我々もあれについてよくは分かっていないのです。彼にも何か事情がある様なのですが…ともあれ、無事にお戻りになられたようで何よりでございます。」
「やっぱり無事に帰れない可能性あったんかい!…まぁいいや。結果論だけど帰ってこれたし、何より欲しい情報が聞けたから。」
「それは良かったですね。ではもう向かわれるので?」
「…あぁ、そのつもりだ。アンタらは?まだ俺の監視を続けるのか?」
「どうでしょうね、あなた次第かと。」
「プライベートだけは確保したいんだけどな。」
男は黙ったまま笑みを深める。
分かってるんだか分かってないんだか、上手く誤魔化されたような気しかしない。
ほんと、何考えてんだろうなコイツら。
「おっと、急いでるんだった。じゃあな、あー…そう言えばまだ名前聞いてなかったな。俺はナユタだ、あんたは?」
「…私はピオニエと申します。ではナユタさん、御武運を。」
「ありがとさん、またなピオニエ。」
最後にまたニコリと笑ったピオニエは、走り去る俺たちに片手をあげて見送ってくれた。
またどこかで会うんだろうな、という漠然とした予感を感じつつも俺はやるべきことに目を向ける。
まずは移動だ。
会えるかどうかは分からないが、そんなの行ってみなけりゃわかんない。
「直談判だ。はぐれるなよ、リア。」
「…はい。」
俺はリアの手を引き繁華街を進んでいく。
向かうは街の東側、壁沿いに降りていった貧民街と呼ばれる場所だ。
正確な居場所は分からないが近くまでは行ったことがあるから、とりあえずそこまで行ってみよう。
後は虱潰しだ。
「今度はどこに向かっているのですか?」
「貧民街。おそらくそこに、粛清者が居る。」
「それは…。騎士団に報告しなくて良いのですか?」
「あぁ、とりあえずは。…話し合いでどうにかなるならそれに越したことはないから。」
もし、俺の考えが正しいのなら…
いや止そう。
一度繋がってしまえばそれはもう揺らぎようがない。
思えばヒントはそこら中にあったのに、ありえないと決めつけて気づかないようにしていた。
というか、最初にめちゃくちゃ言ってたじゃんな。
その後に起こったことにばかり意識を持って行かれて今の今まで忘れてたなんて…
「しっかりしろよ、俺。」
街の東側、城壁沿い。
火傷の薬にもなるというあの花が咲いていた壊れた家屋。
前回はここまで来て帰ったんだったな…。
ここで妖美な女に絡まれたことを思い出し周囲を見回してみるも人影らしきものは見当たらない。
さて、ここからどうするか。
人に聞くのはやめておいた方がいいだろう、おそらくここに居る人間と関わると事態がややこしくなるだろうから。
闇雲に探すこともできれば避けたいところだが、現時点で他に手があるわけでもないし…仕方ない。
だがその前に。
「ヴィー!居るなら返事してくれー!!」
大きく息を吸い込んでヴィーの名前を呼ぶ。
ダメでもともとだ。
もしかしたら偶然すぐ近くに居るかもしれない、向こうから出てきてくれるならそれに越したことはないからな。
気づけばもうすぐ日暮れだ。
出来るだけ早い内に会いたいんだが…。
「……………返事はない、か。」
「もぉーだぁれぇ?うるさいんだけどぉ!…んー?なぁんだ、誰かと思ったらお兄さんかぁ!なぁにー、大きな声出したりしてぇ…発情期?きっしし!」
そう言って不敵に笑う少年が壊れた家屋から出てきた。
まさかの本命、探していた張本人。
…できればヴィーの方と話しがしたかったんだけど、仕方ない。
「よぉ、ヴィヴィ。探してだぜ?」
「んー、僕をぉ?へぇ、どういう風の吹きだまりぃ?」
「それを言うなら吹き回し…って何普通にツッコんでんだ俺。なぁヴィヴィ、俺がなんで来たか分かるか?」
「えー?わかんなぁい!あれ?そっちにもう一人居るんだぁ。んんー、もしかして遊びに来てくれたのぉ?わー嬉しいぃ、殺したくなるなぁ!」
「…話し合いに来たんだ。お前とお前の妹、ヴィーがやってることについて。」
「…どゆこと?」
ピリっと空気が張りつめる。
いままでどこか抜けていたヴィヴィの雰囲気が一気に殺気へと変わったのが分かった。
やっぱりそうなのか…お前とヴィーが。
「一昨日の晩はどこに居たんだ?」
「おとといぃ?んーっとぉ、確かお城に居たかなぁ?お城の地下。それがなぁにぃ?」
「…そうか。どうしてあんな事をした?今までの犯行を肯定するわけじゃないけど、でも…今回の殺しでお前の信念は歪んじまったんじゃないのか?口封じで市民を殺したり、お前を探してた騎士を殺したり…。お前はそれでいいのかよ!お前は結局何がしたかったんだ!!」
「………。」
「黙ってないでなんか言えよ!お前が粛清者なんだろ!?」
「…きし、きっしし、きっししししししししししししししし!!」
「何がおかしい!笑う事なんて何もねぇよ、悲しい事ばっかだ。」
「きしし、それでぇ?お兄さんはこれからどーするのぉ?」
「お前を説得して、やめさせる。」
「ブフッ!それはすごぉい!!お兄さんはぁ、粛清者を捕まえたかったんじゃなかったのぉ?殺人鬼を捕まえるって言うのはぁ、暴力でもってねじ伏せるくらいが丁度いいんだよぉ?それなのに説得って…きっしし!生ぬるいなぁ、…死ぬよ?」
「っ!し、死なねぇよ、お前が俺の話を聞いてくれるなら暴力なんて必要ねぇんだ。」
「きっしし!僕たちを説得したいんならぁ…ち・か・ら・ず・く…ってね?」
そう言うとヴィヴィはどこからかナイフを取り出し一直線に切りかかってくる。
俺はとっさに身を翻し避けるが、そこでリアの姿が目に入った。
「リア!お前は下がってろ!」
「よそ見なんて悲しー…なっ!」
「っ!!」
再び振り下ろされたナイフが俺の左腕を裂く。
幸い傷は浅そうだが、代わりに体勢を崩した俺の懐にヴィヴィが入ってくる。
まずい、このままだとまた腹を刺される!
俺はとっさにレオンから貰った指輪に魔力を込めてヴィヴィの足元を狙い放った。
「わーっとぉ、何それかっくうぃー!!でも足元を狙うなんてぇほんとーに!救いようもないお馬鹿さんだねぇ?」
「動くなよ!」
距離をとったヴィヴィに照準を合わせ攻撃を阻止する。
何としても話合いで解決するためにも、とにかくヴィヴィを落ち着かせなければ。
ぼやける視界の中、ヴィヴィの動きに気を付けながら口を開く。
「落ち着けヴィヴィ、話しを…?………しまった!」
「気づくの遅ぉい!そんなんだからぁ、間違えちゃうんだよぉ!」
「っ、霧魔法か…!」
日が落ちてきて見えづらいのかと思っていた視界に真っ白い霧が立ち込める。
最初に会った時と同じだ、何も見えない。
そしておそらく声も届かなくなっているのだろう。
まずいな、このままじゃ説得どころか反撃さえ出来ないまま殺される。
百歩譲って…百歩譲って俺だけなら自業自得で構わない、だけど今は…!!
「リア!お前だけでも逃げてノエルにこの事を伝えろ!リア、頼む…返事をしてくれ!!」
俺の願いも虚しくいくら待っても返事は聞こえない。
まずい…もしすでにヴィヴィがリアの方に向かっていたら…
「っ!なぁ、ヴィヴィ!俺の所に来い!どうした、ビビってんのか?!何とか言ってみろよ、おい!!」
「うる…さいなぁ!わかった、わかったから!やめればいいんでしょぉ?もぉ…」
「…え?」
ヴィヴィの声が聞こえたかと思ったら急速に霧が晴れていく。
見るとヴィヴィは霧が出る前に居た場所から少しも動いていなかった。
俺の必死な説得に応じてくれた…というわけではなく、頭を抱え一人でぶつぶつとしゃべっているようだった。
何が起こってる?
「ヴィヴィ?」
「…んー、残念だけどぉここまでみたい。さっきからやめろやめろってうるっさくて…あーもう!わかったよぉ、代わればいいんでしょぉ?」
「か、代わる?」
「そぉ、ヴィーがお兄さんとお話ししたいんだってぇ。」
「は、ヴィー?…居るのか?」
ヴィヴィは一度ニヤリと笑うと、ガクンと項垂れゆっくり揺れ始める。
それはまるで霊に憑依された人間の様で、俺はその様子に少し怖気づいていた。
しかしヴィヴィはすぐにその動きをやめると両手を胸の前で祈るように組んで顔を上げる。
な、なんだ?
なんか急に雰囲気が変わったような…
「あ、あの、お兄ちゃんが怪我、させちゃって、ご、ごめんなさい。」
「え…?お兄ちゃんって、お前ヴィー…なのか?」
「は、はい。」
「は!?ど、どういう事だ!?さっきまで俺はヴィヴィと話してた…よな?」
「そう、です…。私たち、一つの体に、ふ、二人いる…んです。」
「…二重人格って事?」
「い、いえ、そういう事ではなくて…。私の体、に、お兄ちゃんが住んでて。お兄ちゃんは、体がなくなったから、わ、私の体に、来たんです。」
「へ!?ちょっと待ってくれ?ヴィーの体にヴィヴィが住んでる…?体が無くなったって事は、昔はお前ら二人は別々の人間だった…って事か?」
「そう、です。私がう、生まれる前は、お兄ちゃんにも体はあった、そうです。」
「…まじかよ。」




