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確かに俺は最強だった。  作者: 空野 如雨露
第二章 王都編
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第二章 60 境界の店



「どこに向かっているのですか?」


「繁華街の路地だ!そこにある店に何か手がかりがあるはずなんだ!」


「…何という店なのですか?」


「知らん!」


「…………。」


「でもきっと見つけ出す!!」


リアの深いため息が聞こえる。

呆れられるのも仕方ないだろう、こんな雲をつかむような話だもんだ。

でもやるしかない、探すしかないんだ!


俺たちは人の多い繁華街に差し掛かり、はぐれないように手をつなぎながら一つ一つ路地を回る。

今日は雨が降ってないから人が多くて進むのが大変だ。

それでも何とか人混みを掻き分けて男爵の言っていた店を探す。


「どこの路地にあるのかも分からないのですか?」


「あぁ、この辺りという事しか。…ここも違うみたいだな。」


どの路地を入ってもそれらしい店は見当たらない。

今のところどの路地に入っても民家に繋がってるか袋小路かの違いしかない。

く、どうする…先走りすぎただろうか?


「一度戻りますか?それか辺りの人に聞いてみますのですか?」


「うーん…」


「もしもし、そこの御方。」


「あ、はい。なんでしょ…」


今後どうするか考えあぐねていると、不意に声を掛けられる。

驚きつつも声の方へ視線を向けるとそこには一人の男が立っていた。

知らない男だ、だがその背中のもの(・・・・・)には見覚えがあった。

ここ数日、俺を困らせている悩みの一つ。


「あぁ、やはり…見えているのですね?」


「翼の生えた…人間!!」


その男は俺の言葉を聞いて微笑むとおもむろに翼を広げてパタパタと羽ばたいてみせる。

仮装とか張りぼてとかそういう偽物ではとても出来ない自然な動きだ。

間違いない、正真正銘本物の翼だ。


「あ、あなたは?」


「ひとまずそこの路地へ、あまり人が居る場所ではお話しできませんので。」


そう言うと男は俺の背を軽く押して手近な路地へ入っていく。

だ、大丈夫かなこの状況…

向かった先に仲間が待ちかまえていてボッコボコにされるとかないよね?


「この辺りで良いでしょう。さて、我々が何か…というお話でしたね。」


「あぁ。あんた達は何者なんだ?どうして誰にもその翼が見えていない?」


「ふむ、実を申し上げますと我々の事を詳しくお話しすることはできないのです。」


「はぁ!?え、ここまで来て!?」


「はい、申し訳ない事です。ですが、我々が何者であるのかだけはお答えできます。話せない事の多い私たちですが、そこまで隠してしまっては話が進みませんので。さて、見えている貴方には言うまでもない事なのかもしれませんが、私たちは遥か昔に姿を消した翼を持つ種族、翼人族の末裔です。」


「翼人族…?ってリアは聞いたことあるか?」


「いいえ、そのような種族が居るだなんて話は聞いたこともないのです。」


「それもそうでしょう、我々の祖先は何千年も前に姿を消しましたから。正確には見えないように翼を隠した、なのですが。」


「そうか、それでみんな普通に人として生活してるのか。…でもどうしてそんな事する必要があったんだ?それに、俺にはその翼が見えている。」


「ふむ…残念ながら翼を隠した理由はお教えできません。なにぶん複雑な事情がありまして…。そしてあなたが見えている理由ですが、残念ながら我々には分かりかねます。」


「なんだよ、答えられない事ばっかりじゃねぇか。…ん?じゃあどうして俺に声をかけたんだ?黙っていれば俺の頭がおかしいだけって事で納まったのに。人には知られたくないんだろ?」


「えぇ、それはそうなんですが。…我々にはあなたがお困りのように見えましたので。」


「……はい?」


「あとは興味本位といったところでしょうか。」


笑顔でそう答える翼人族の男。

困ってそうだったから?興味本位で?

見つかりたくないみたいな事言っておいて何だこの積極性は、矛盾してないか?

それに、困っているように見えたからと言ったがそれもおかしいだろ。

だってコイツ、こっちに質問させるばかりで俺たちの事は一切何も聞いてこないじゃないか。

…ははーん、さてはコイツ嘘つきだな?

何か別の目的があって話しかけてきたに違いない。

だがそれを問いただしたところで素直に答える奴だとも思えない。

どうせ笑顔で誤魔化されるのが関の山だろう。

食えない奴…そういった印象を強く感じる。


…ならもうそれでいいや。

正直、俺のキャパはいっぱいでこれ以上何か考え事が増えるのは御免だ。

だからここはコイツの嘘に乗ってやろう。

『困ってそうに見えたから』…そっちがそう言うなら是非協力してもらおうじゃねぇの。

人の善意は素直に頂く所存です。


「そう、俺たち今とっても困ってんだよ。実はある店を探してるんだがな?見たことのない文字で書かれた本なんかを扱ってる妙な店らしいんだけど、あんた何か知らないか?」


「…はて、聞いたことがありませんね。この辺りにあるので?」


「あぁ、どうやらこの辺りの路地を通って行けるらしいんだ。どうだろう、ここで会ったのも何かの縁だ。もし良ければ知ってる奴がい居ないかみんな(・・・)に聞いてみてくれよ。」


「…みんな、とは?」


「居るんだろ、あんたの仲間が近くにさ。さっき言ってたよな?『我々(・・)には困っているように見えた』って。それって今の俺たちを複数で見てたって事だよな?思えばずっと違和感はあったんだ、だってあんたの一人称がずっと複数形だったんだもんなぁ。って事は、だ。あんたの仲間は近くに居て、今も俺たちの様子を窺っているんじゃないのか?」


「………正解、ではありませんね。私はいま一人ですし、この近くに仲間はいません。」


「不正解とは言わないんだな。それに様子を窺っていることを否定もしてない。なら何らかの方法で遠方からこっちを見てるのか?それとも仲間との通信手段があって常に報告しているとかか?」


俺がニヤリと不敵に笑ってみせると、驚いた顔をしていた男も柔らかく笑ってみせる。

おや?思ってた反応と違うな?

化けの皮を剥いでやるつもりで挑発的に笑って見せたのに、相手は慌てるどころか余裕そうに微笑んでいる。

心なしか楽しそうに見えるのは気のせいだろうか?

くそ、やっぱり即席の挑発や揺さぶりは通用しないか!?


「…正直驚きましたよ、ここまで察しが良い人間は初めてです。やはりあなたはどこか違いますね。それに通信手段、とは…言いえて妙ですね。図らずしもなのでしょうけれど、我々にぴったりな言葉です。」


「…じゃあ認めるんだな?仲間が居て、俺たちの言動を注視していることを。」


「はい、認めます。我々はあなたの存在に気が付いた時からあなたを観察していました。今日はたまたま人通りの少ない所へ向かわれていましたのでお声を掛けさせて頂いた次第です。」


「…ちなみになぜ俺を観察していたのかは言えるのか?」


「もちろん言えません。それに、我々の通信手段もお教えすることは叶いませんのであしからず。」


「秘密主義集団かよ…。あぁもういいや、考えないって決めたから!」


「おや、よろしいので?あなたが油断している時を狙ってプスリと()るつもりかもしれませんよ?」


「それなら最初に出来ただろ。さっきの俺は急いでいたからまるっきり油断してたし、言われるがまま流されて人気のない所まで着いていってたし…って我ながら危ない事してんな、俺。」


「おやおや、なかなかどうして賢しい方ですね。えぇ、御見それしましたとも。それで、我々の事には深入りせずに力だけ貸せ…という事でしょうか?」


「貸せなんて言ってねぇよ、あくまでお願いだ。もしさっき言ったような店を知っているなら教えてくださいってだけだよ。」


「…それだけでよろしいので?」


「あぁ。知ってるなら教えてほしいし、知らないなら…さようならだ。」


「うーむ、ここまで我々に興味を示されないと妙な気分になりますね。人間にとって我々のような未知との遭遇は探究心をくすぐる事象だと思っていたんですが…。案外我々の方が構って欲しかったのかもしれませんね、私たちの姿を正しく視認できるあなたに。」


「こういう状況じゃなきゃ違ってただろうけどな。…で?急かすようで悪いんだが、知ってるのか?俺が探してる店がどこにあるのか。」


「えぇ、知っていますとも。」


「お前…さっきは知らないって言ったくせに。」


「申し訳ございません、あれは嘘です。お探しの店は来る者を選び去る者を拒む異境の店ですので、お教えしたところで辿り着けないだろうと思っておりました。」


「過去形…って事は教えてくれるんだな?どこにあるんだ?この近くなのか?」


「えぇ、近くでございますよ。あなたの真後ろでございます。」


「え…?」


翼人族の男にそう言われ咄嗟に振り向いてみると、先ほどまで民家の壁だったところに一件の店が佇んでいた。

その店は正面がガラス張りで、本当に営業しているのか心配になるほどボロボロだ。

中を覗いてみても殆どの物に布がかけられていて、それにも埃が積もっている。

もし何も知らずに前を通ったら確実に素通りしていただろう。

それくらい入るのに勇気のいる寂れた店だ。


「な、なぁ…本当にここで合ってるのか?とても営業してるようには見てないんだが………なぁ!」


なかなか返事が来ないのでしびれを切らして振り返ると、そこに居るはずの男の姿が見当たらない。

というかリアはもちろん、路地の向こうにすら人影一つ見えなかった。

なに、これ。


「おーい、誰か居ないのか!?リア―!おーい!!」


どんなに声を張り上げても答えは返ってこない。

来るものを選びってこういう事?

俺だけが選ばれてこの店に来たの?


一人という事実が途端に俺の心を重くする。

”来る者を選び、去る者を拒む”

あの翼人族の男が言った言葉が本当なら帰れないかもしれない…のか?

そんな不安に押しつぶされそうになりながらも、せっかくのチャンスを逃すわけにはいかないと自分に言い聞かせて重い足を何とか踏み出す。


「ご、ごめんくださーい…」


扉を開け中に入るとなぜかとても懐かしい匂いに包まれた。

例えるならそう、久しぶりに帰った実家の自室のような、新学期が始まったばかりの教室のような…

そんな望郷の念を抱かせる雰囲気に思わず店内を見回した。

見たことのないものばかりなのにどれもどこか懐かしい。

積もった埃を指ですくい上げると何とも言えない痛みが胸を軋ませ…


「はーい!どうもいらっしゃーい!!よく来たねぇ、さぁこっちこっち!ねぇ君、名前は?歳は?どこから来たの?そうかそうか、よく来たねぇ!!どうぞ楽しい時間を過ごしてくれたまえよー!!」


「うるせー!?なんだなんだ、いきなりハイテンションで話しかけてきやがって!なまじ(ふけ)ってた分俺の心臓の跳ね具合がヤバかったぞ!誰なんだお前、名を名乗れ!!」


「おーおー元気だねぇ!元気なのは良い事だよナユタ!元気があれば大抵の事は忘れられるからね!でも忘れちゃいけないことまで忘れてしまうから用心するんだよぉ?んー!実に良い日だねー!!」


「話を聞け!お前がこの店の店主なのか?…まぁいい何でも。この店の関係者なら誰だって同じだ。で、だ。実は聞きたい事があってここに来たんだけどちょっと話を…待て。お前いま、俺の名前を呼んだか?」


「男爵に売った本なら同じものはないよ、あの一冊だけさ!同じような魔導書なら何冊かあるけど、それを買ってった人の話が聞きたいんだね?ところでナユタは異世界の人間なんだね!珍しいなぁ、ボクもまだ数回しか会ったことがないんだよ!ん?リアリスニージェの事は大丈夫だよ、君が決断すれば上手くいくさ!」


「は!?ちょ、何なんだよお前。なんでさっきから…。あーもう!!どれからツッコんでいいのかわかんねぇ!!」


何なんだこの男!

どうして何も話してないのに次から次へと…

声はデカいしテンションは高いし、全然会話の主導権が握れねぇ。

それでいて俺の疑問や不安をわかったように話し出しやがって…どうすりゃいいんだよ!

コイツとの距離感がまったく掴めん!!


「あぁ、あの魔法陣かい?アレは誰に売った本に書いてあったんだったかなぁ?異世界語で書かれた本を買わせたのは確か、忠臣の男爵と碧腕の女性と殺し屋の少年と無能な青年だ!誰に売った本かは忘れたけど、このどれかには書いてあったはずだよ!え?君の無くした外套かい?アレは厳重に保管してあるみたいだから誤解が解けたら返してもらうと良いよ!!」


「あー…とにかく。忠臣の男爵って言うのはクフィミヤン男爵の事だよな?そんで他には碧腕の女性と殺し屋の少年と無能な…、殺し屋の少年?」


そう口にして一人の少年が浮かび上がった。

俺を殺そうとした暗殺者、霧の魔法を得意とする少年。

もし、彼がそうなんだとしたら…。

そう考え始めると色んな事がいっきに結びついた気がして鼓動が早まる。


「話を…とにかく話を聞きに行かなくちゃ。」


「光という概念を知らないというのは非常に稀だよね、だからきっとそれは運命だったんだろう!あぁでも悲しきかな、光は必ずしも降り注ぐだけではないのだった!…ところで彼は彼女の宿命を知っていると思うかい?ボクは絶望する様を見るのは嫌だなぁ!」


「わりぃけどもう行くわ!今度ゆっくりその辺の話を聞かせてくれ、じゃあ!!」


未だにしゃべり続けている店主に一方的に別れを告げ俺は店を飛び出した。

飛び出し…

え?ドアが開かないんだけど。

押そうが引こうが一向に開く気配がない。

何故だ!入ってきたときはすんなり開いたのに!!

もしかして帰る時はスライドさせるのかと試してみるが、結局徒労に終わる。

何だこの扉は!!


「おい、開かないぞ!!お前いつの間に鍵かけたんだよ!?」


「えー、もう帰るつもりなのかい?おぉ、ずいぶん焦ってるんだねぇ!動揺しすぎてごちゃごちゃになっているよ?あぁそーかそーか、じゃあどれにしようかなぁ!」


「あ、おい!どこ行くんだよ!ドアを開けろって!!なぁ!!」


店主は俺の怒気を含んだ呼び声にも応えず品定めするように店内を歩き回っている。

何してんだよ、焦ってるのが分かってるならさっさと帰らせてくれってのに!

…こうなったら最後の手段だ。

幸いこの店はショーウィンドウのようになっている。

店主には申し訳ないが、帰さないと言うならこのガラスを割ってでも俺は外に出てやる!

素手…ではリスクがデカいので上着を脱いで腕に巻こう。

多少怪我をするかもしれないが仕方ない、覚悟を決めてぶち破…


「お待たせー!!」


「ぎゃー!!!!!」


「君はなかなか波乱万丈だからずいぶん悩んだんだけど、これにしたよ!さ、手を出して!!」


「は?何これ…ジッポじゃん。」


俺の手に置かれたのは正真正銘まごうことなくジッポだった。

ジッポ…オイルライター…火をつける道具。

で?


「銀貨三枚だよ。」


「高っ!金取るのかよ!つーか要らねぇよ!俺タバコ吸わんし、火なら魔法で事足りるだろ。」


「あ、どんなにその体を強化してもそのガラスは破れないよ?そういう風に作られてるからね!この店から出るにはここの物を何か一つ買わなくちゃいけないんだ!だから、はい、銀貨三枚!」


そう言って店主は俺に手の平を出し金を催促する。

なるほど、男爵の無理矢理買わされたって意味がようやく分かった。

人柄的に押し売りされたら説教で返すタイプの男爵が無理矢理買わされるなんて一体どういう事だと思ってたが…そりゃ帰れないって言われて本当に出られないんじゃ流石の男爵でも買わざるを得ないよな。

何を言っても通じなさそうだし、ここの店主。

にしても、百歩譲って買い物しないと出られないのは良いにしても、買うものを自由に選べないっていうのはどうなの?

そこの自由は欲しかったなぁ。

まったく…ずいぶんあこぎな商売してるなぜ。

こんな事ばっかりしてるといつか後ろから刺されるんだからな?


「あーもう!分かったよ!!ほら、銀貨三枚。これで出られるんだな?帰っていいんだな!?邪魔したな!!」


「毎度アリ~!あ、それと鍵は必要ないんだよ、あれは必要とする者に与えるだけだから!」


「は?今度は何の…」


店を出て振り返るとそこに先ほどまで居た店はなく、ただ建物の壁だけが静かに佇んでいた。




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