第二章 59 正義の在り方
門番の大丈夫という言葉を信じていいのか些か不安に思いつつ俺は言われた通りに屋敷の扉を叩いた。
さすがにこの段階で追い返されるようなことはない…と思いたいけど一抹の不安は過ぎる。
いや、たとえ断られても出来るだけ粘って話だけでも聞かせて貰うくらいの図々しさを持って挑もう!
なんてったって男爵は重要参考人なのだから!
…いやでも具合が悪いなら日を改めようかな。
そうこう考えていると執事らしき人が扉を開けて顔を覗かせた。
「あの、門番の方に通して頂いたのですが、グスターさんでいらっしゃいますか?」
「はい、確かにわたくしがグスターでございます。して、どういったご用向きでしょう?」
「突然の訪問お許しください。私はナユタと申しますが、昨夜クフィミヤン男爵がお怪我をされたと伺いまして。大変な時とは思いましたが私も男爵にはお世話になった身、居ても立ってもいられずこうして馳せ参じた次第です。もし、ご当主様のご気分がよろしければ、少しで構いませんのでお話しできませんでしょうか?」
「…左様でございましたか、こうして訪ねていただき我が主もきっとお喜びになる事でしょう。それではお入りになって少々お待ちください、主に確認してまいります。」
「はい、お願いします。」
そういうとグスターさんは一度俺に頭を下げ屋敷の奥へと向かった。
特に嫌そうな顔はしていなかったが、やはり事前にアポを取っておいた方が良かっただろうか?
貴族のマナーとか考えずに来ちゃったけど、あのクフィミヤン男爵の事だ、無礼だなんだとお説教が始まるかもしれない。
それならそれで元気な証拠だからいいか…怖いけど。
そんな自給自足の不安に胃を痛めていると、グスターさんが戻ってくる。
「お待たせいたしました、主がお会いになるそうですのでお通しいたします。」
「あぁ、良かった!どうぞよろしくお願いします。」
「はい、ただ一つだけ。ご存じのとおり主はいま傷を癒す為静養しております、あまり長い時間はお話しできませんのでご容赦のほど。」
「あ、それはもう。こちらこそ無理を言ってしまい申し訳ありません。」
「いいえ、それではどうぞ。」
グスターさんに促されるまま、俺は屋敷の奥へと歩みを進める。
さすがというか、この屋敷の中はクフィミヤン男爵らしく華美な調度品は少なく割と質素なもので統一してあるようだ。
質素、しかし決して貧相に見えない辺りセンスを感じる。
っと、あんまりキョロキョロしてるのも田舎者丸出しで恥ずかしいな。
手に入れた覚えはないけど貴族としての威厳を発揮する時だ、顔だけでもキリッとさせとこ。
そうしてしばらく歩いていくとグスターは大きな扉の前で足を止めた。
どうやらここに男爵が居るようだ。
今更ながら緊張してきた俺は、気づかれないように深呼吸して心を落ち着かせる。
「主様、ナユタ様がお越しくださいました。」
「うむ、入って頂きなさい。」
「し、失礼します。」
扉を開けてもらい中に入ると、大きな天蓋付きのベッドに座るクフィミヤン男爵の姿があった。
先ほどまで横になっていたのか上着を肩にかけてどこか気だるげな様子だ。
顔色もどことなく悪い気がする。
「このような姿で申し訳ないが、どうかこのままで許していただきたい。」
「いいえ、こちらこそこんな時に…。その、傷の具合はどうなんですか?」
「良くはない、が悪くもない。完治には時間が掛かるだろうがその程度の傷です。」
「そうですか…良かった。って言って良いのか分かんないですけど。」
「命はありましたので。…して、本日はどのようなご用件でございましょうか?陛下からの信頼の厚い導使節どの直々に見舞いとは、嬉しい事ではありますがそれだけではございませんのでしょう。」
「あ、はい。実はそうなんです。いや、心配だったのは本当ですよ?クフィミヤン男爵にはお世話になったしたくさん助けて頂きましたから。だから本当に無事でほっとしました。」
「…それは、ご心配をおかけした。どうやら我が人生の幕引きはまだ遠いようで。」
「男爵にはまだまだ頑張って頂かないと。街の人たちも男爵が居なくなったら悲しみますし、俺だって悲しいです。…それで、お聞きしてもいいですか?その傷の事。」
「…ナユタ殿はこの傷についてどのように聞いておられますか?」
「胸に、火傷のような深い傷があったと。それはまるで…」
「粛清者の被害者のようだ、と?ナユタ殿は私が粛清されるような人間だとお思いになられましたか?悪しき事を行っていたのではないかと。」
「いいえ、クフィミヤン男爵に限ってそれは無いと思いました。俺は男爵と長い時間を共に過ごしたわけでも、たくさんの言葉を交わしたわけでもありません。ですが少し話しただけの俺でも分かる事はあるんです。」
「ほう、それは何でしょうか?」
「クフィミヤン男爵は正義の人です。弱きを助け強きを挫く、そう言ったお人柄だと今でも思っています。」
「あぁ、そういえばパーティー会場でもそうおっしゃっていましたね。確か…ヒーローでしたか?」
「そうです!俺はクフィミヤン男爵に決して悪を許さないヒーローのような正義感を感じたんです。だから、クフィミヤン男爵が粛清者に襲われるなんてことはありえない。むしろ粛清者を懲らしめる側の人だと思ってます。」
「ずいぶん、買い被って下さいますね。私に言わせればあなたの方こそ正義の権化に見えますが。…ナユタ殿、あなたは粛清者についてどう思われるか?」
「え、粛清者を…ですか?そうですね…正直な話、気持ちは分かるんです。」
「ほう。」
「特に粛清された人たちは正義とは真逆の事をしてきた人たちですから、そういう人たちを裁ける人が居ないのなら…と思う気持ちは分かります。あ、すみません…息子さんの事を悪く言うつもりは。」
「いいえ、我が愚息は間違いなく悪でした。それを訂正する必要はございません。どうぞ、続けてください。」
「…はい。気持ちは分かるんですが、どうしたってそれは正しくない。人ひとりが居なくなるって本当に悲しいことで…人の命はそんな簡単に扱っていいものではないんです。その人にも大切な人はいるし、その人を大切に思う人もいる。それを粛清者は分かってない。その人がどんなに悪であっても、誰かを助ける正義の光だったかもしれないんです。だから、誰が何と言おうと俺の中で粛清者は悪です。どういう結果を残そうとそれは変わりません。」
「そう、でしょうな。えぇ、そうでしょう。…、ナユタ殿。」
「はい。」
「あなたは正しい。やはり、あなたが正義だ。」
「え、あ…いやなんか。すみません、熱く語りすぎました…」
クフィミヤン男爵が真剣にそんな事を言うので俺はなんだか途端に恥ずかしくなった。
そんな俺を眩しそうに目を細めてみているクフィミヤン男爵と何となく目が合わせづらくて視線を彷徨わせていると、ふと本棚にある一冊の本が目に留まった。
なんだか懐かしいような、でも最近似たような感覚に襲われたような…
「あ!?」
「どうされた?」
「だ、男爵!この本はどこで!?」
そう言って本棚から一冊の本を抜き取る。
妙な手触りの錠前が付いた本、その表紙にはこう記されていた。
”Book of Eibon”
エイボンの書。
俺でも聞いたこと位はある有名な魔導書の名前だ。
そう、俺のいた世界の本。
「あぁ、それは街へ行った際迷い込んでしまった不思議な雰囲気の店で店主に無理矢理購入させられたものです。」
「こ、これ読みましたか?あれ、開かない…この鍵は?」
「店主の話だと鍵は無くしたとか。私も開けもしない本を買う気はなかったのですが、購入しなければ店から出せないなどと言われ渋々…。」
「その店には同じような本は置いてありましたか!?」
「ん…えぇ、確か数冊見た記憶があります。」
「その店の場所は!?」
「それが不思議と良くは覚えていませんで…、繁華街の路地を入ったところまでは記憶にあるのですが。」
「ありがとうございます!俺、とりあえず行ってみようと思います!慌ただしくてすみません、どうぞお大事に!!」
「ナユタ殿、最後に一つだけよろしいか?」
「はい、なんでしょう?」
「貴殿はこの本の文字がお読みになられるので?」
「あ、はい。少しだけですが。えっと、ではこれで。」
「えぇ、とても有意義な時間を過ごせました。…ありがとう。」
最後にもう一度男爵に礼を言って屋敷を飛び出した。
有力な情報、粛清者に続く手がかり!
男爵があの本を買った店を見つけて店主に話しが聞ければ、何か分かることがあるかもしれない。
「リア!行くぞ、急げ!!」
「え!?は、はいなのです!」
「ええ!?もうお帰りっすか!?」
「世話になったなありがとう、じゃあ!」
驚きの声を上げる門番に走りながら礼を言う。
決して褒められた行為ではないが、今は一刻も早く件の店に向かいたい。
やっと見つけた粛清者に繋がるかもしれない手がかりだ、つい気持ちが逸ってしまうのも仕方ないだろう、どうか大目に見てもらいたい。
そうして俺とリアは男爵の言っていた繁華街へと向かった。




