第二章 56 魔道具
寝不足で昨夜は早めに休んだという事もあり今朝も早めに目が覚めた。
今日の天気は曇天。
雨粒こそ落ちていないが、いつ降りだしてもおかしくない分厚い雲が世界を覆っている。
今日も今日とて真っ暗ですな。
俺はカンテラに火を灯し、昨日と同様に部屋を出る。
昨日と違う事と言えば、今回は目的地がはっきりしているということだ。
「レオンー、居るかー?」
「居ない。うるさい。帰れ。」
「はは、今日もレオンはレオンだなー。」
「当たり前だ、アタシがアタシじゃなかった事なんて一瞬たりともありはしない。だから失せろ。」
「前後の文が繋がってないけどそこがレオンって感じだよなー。あはは、罵倒が心地良し。」
「…何かあったのか?」
「…聞いてくれるか?」
「いや興味ない、それにアタシは忙しい。夜明けまでには固めたいんだ。」
「もう夜明けですよ…ってこの件、昨日もやりましたよ師匠。まぁそう冷たい事言わずに休憩がてら話だけでも聞いてくださいよー。」
「断る。」
「チョコレートもありますけど。」
「…聞くだけだぞ?」
素気なく作業に戻ろうとしていたレオンの手が止まり、死んだ魚のような目を輝かせながら振り返る。
ほんと、チョコを前にした時だけ顔つきが変わるよなぁ。
涎まで垂らして…しょうがないなぁ。
―――
――
…
「…という感じで、怒ってるって言うよりは見限られたみたいな。絶望的な溝が出来ちゃったような気がしてさ…、どうしたらいいと思う?」
「話はそれで終わりか?なら帰れ、チョコレートもなくなったし丁度いい。」
「そりゃないぜ師匠、確かに聞くだけって話だったけどさ。もっとこう…助言みたいなのない?」
「ない。」
「えー…」
「というか、相手にアタシを選んだ時点でお前の判断は間違っている。このアタシがお前の言う”まともな人間関係”を構築してきたように見えるか?」
「あー…。」
「もしアタシがお前の立場だったら間違いなくその相手を切り捨てているし、それをすることに未練も罪悪感もない。諦めろ、聞いたお前が馬鹿だった。」
「ぐぅの音もでない謎の説得力だな。」
「…アレの事を考えるだけ時間の無駄だ、お前はもっと別の事に時間を使え。人の時間は有限だ。」
「それでレオンは寝る間も惜しまず研究開発ですか、ご精が出ますねぇ。」
もう話す気は無くなったのか、レオンは作業台に置かれた箱を漁り始めた。
これはもう何を言っても無視か生返事コースだな。
なら邪魔だと言われる前にさっさと撤退しましょうか。
俺が踵を返し部屋から出ようと思ったその時、珍しくレオンが呼び止めてくる。
「アレは劣等感の塊だ。自分にはその資格がないと、奪われる前に手放している。だから関わりを恐れている。だがアレが人に劣る事など有り得ない。アタシの創った中では最初にして最後の失敗作だが、それでも上手く使えば人になど劣るわけがない。…アレはそう思っていないようだがな。」
「ん、え?なんだよ急に…、何の話?」
「昨日、お前が帰ってしばらくした後、珍しくアレがアタシの前に姿を現した。アタシは見たくもなかったから無視していたが、アレは勝手にしゃべり始めた。…お前、誘拐されたんだってな。」
「へ?あ、あぁ、そんな事もあったな。…え、ていうかさっきから何の話してんの?」
「さっきも言ったが、アレが人に興味を示しかつ関わりを持とうとするなど非常に稀だ。ましてやこのアタシに向かって頼みごとをしてくるなんて、今までにない行動だ。なぜあの様な行動を取ったのかは未だに分からないが…、優先順位の低いことは後回しだ。だからほら、お前にこれをやる。」
「うおっ!?な、なに、指輪…?」
レオンが投げて寄越したそれはシルバーのシンプルな指輪だった。
一見するとただの指輪のようだが、よく見ると内側に何かが彫られているようだった。
んー、細かすぎて何が書かれているのかは分からないなぁ。
「アタシはあまりアレに関わりたくないんだが…。それをはめて魔力を込めろ、そうすれば指輪を介して魔力が圧縮されそれを放つことが出来る。威力はさほどないが、肉を貫く位は可能だ。いざという時はそれを使え。指輪なら着けていても怪しまれないだろう。」
「し、ししょお~!」
「ひっつくな、鬱陶しい。」
なんて中二心をくすぐるアイテムをくれるんだ!
それも威力はさほどないとか言いつつ肉を貫くとか!その矛盾大好物です!
何より嬉しいのは、俺が誘拐されたって話を聞いてこれをくれた事だ。
なんだよ、散々悪態ついておきながら実は心配してくれてるんじゃーん!
こういうツンデレはほんと大好きよ、俺。
ありがたく頂戴してさっそくはめさせて頂きます!
「ふふーん、どうだ?似合ってるか?」
「似合うも何もないだろう、阿呆か。アタシからは以上だ、ささっと行け。」
「なんだよクールだなぁ。むっふふ、超カッコいいなぁこれ。ありがとうレオン、大事にするぜ!」
「大事にするな、使え。道具なんて使わなければゴミと同じだ。」
「くぅっ!さすがは師匠!肝に銘じておきます!…そう言えばさっきの話、結局良く分からなかったんだけど?話しの流れ的に誰かが俺の事レオンに話すくらい心配してくれてたって事か?誰なんだ?俺の知ってる人?」
「あ?アレは道具だ。確かノエルはなんて呼んでいたか………、忘れた。」
「え?何を忘れったって?ノエルが…え?」
「名前だよ。確かノエルがアレに名前を付けてたはずなんだが…あまりに興味なくて忘れた。まぁアレが自発的に来たとは考えにくいし、ノエルが何か吹き込んだんだろ。礼を言いたいならそっちにしな。」
さっぱり分からんが、とにかくノエルが何かを使ってレオンに俺の事を知らせた…って感じかな?
話ぶりからしてレオンの魔道具みたいだけど…
まぁノエルはお姫様だし、王様に献上される魔道具を使ってても不思議はないよな!
どんなアイテムなんだろ?
ノエルは最近忙しいってリアが言ってたし、暇が出来たときにでも見せてもらおうかな!
「うん、とにかくありがとうなレオン。ノエルにも改めて礼を言っておくことにするよ、会えないけど。」
「なんだ、ノエルの奴まだ見合いだなんだと揉めているのか?どいつもこいつも暇人だらけだな、そんなにいらないならその時間をアタシに寄越せって言うんだ。」
「ちょっとまって、今とても聞き捨てならない単語が聞こえた気がするんだけど!見合い?見合いってどういう事!?」
「うるさい、アタシの時間をこれ以上奪うな。さっさと出て行きな!」
「そんなご無体な!レオン、教えてくれよ!レオーン!!」
―――
結局何も答えてもらえないまま工房を後にした俺は、悶々とした思いを抱えたまま子供たちの勉強部屋まで来ていた。
今日は曇りだから外で遊んでいるかもしれないと思ったが、一応近くまで来たのでついでに様子を見てみることにしたのだ。
それにしても、見合い…かぁ。
そりゃそうだよな、あんなに美人で優しいお姫様にそんな話が一つもない方が不自然だろうよ。
それは分かるんだけどさぁ、納得できるかっていうと話は別なのよねぇ。
ノエル…婚約するのかなぁ…。
「はぁ…。って俺がここで落ち込んでても仕方ない!その話は今度直接聞くとして、今は子供たちとの約束を守ろう!」
俺は自分の気持ちを誤魔化すように気合を入れて勉強部屋の扉をノックした。
返事がなければ外へ行ってみて、一昨日会った辺りを探してみればいいだろう。
そんな風に考えていると、目の前のドアが控えめに開かれた。
しかしそこから姿を現したのは俺の知るどの子でもなく、目を赤く腫らした一人の女性だった。
に、睨まれてるんですが…
「何か?ここは今、子供たちが勉強で使っているのですが?」
「あ、はい。存じ上げてます。あー俺、いえ、私はその子たちの友人で…」
「あ!ナユタの兄ちゃんだ!先生、さっき話してた兄ちゃんだよ!入れてあげてよ!!」
「あぁ、あなたが。………。」
上から下までゆっくりと舐めるように観察される。
非常に気まずい空気が流れる中、少しでも印象が良くなるように精一杯笑っておこう。
怪しい者じゃありませんよー、ただ子供たちと仲良くしたいだけの男ですよー。
「…いいでしょう、私からもお聞きしたい事がいくつかございますので。どうぞ、お入りください。」
「し、失礼します。」
どのくらいの時間そうしていたのか分からないが、結構な時間悩んだ結果どうにか入れてもいいだろうという判断をしてくれたようだ。
日頃の行いの賜物だなと胸を張ろうと思ったが、よく考えればさほど良い行いに心当たりがなかったので忘れることにした。
過去ばかり振り返るな、肝心なのは今でしょ!
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