第二章 54 聞き込み調査は足で稼げ!
街で聞き込みを初めて早一時間ちょい、いったい何人に寒くないのかと聞かれた事か。
そのたび修行ですのでお気になさらずと答えてどんだけ冷ややかな視線を送られた事か。
まったく、俺は特殊な訓練を受けていたからよかったものの、常人だったらものの3秒で逃げ出していたところだぜ?
例の如く街に着くとリアの ユニークスキル:人見知り が発動して俺の後ろから出てこないし。
俺に向けられる冷ややかな目線の半数はリアのせいもあるんだからな?
マジで職質レベルの怪しい人だよ、俺。
「お?おーい、ナユタの兄ちゃん!どうしたんだ、この雨の中外套も着ないで…風呂の代わりか?」
「よぉ、リュークのおっさん。開口一番にずいぶんなご挨拶じゃねーの。なにか?俺は雨で身支度を整える倹約家の色男に見えるってか?」
「そう睨むなって、ちょっとした軽口じゃねーか!挨拶代わりだよ、挨拶代わり!んで…、その後ろに居る可愛子ちゃんは…兄ちゃんの子供か?」
「はっ倒すぞ。こんなでかい子供が居るようなモテ男って揶揄ってんなら容赦しないぜ?」
「あぁ、すまんかった。相手がいなけりゃガキなんかこさえられんよな!がっははははは!!」
「よし殴ろうすぐ殴ろういま殴ろう!」
「おーこわいこわい!ちょっとした冗談だって、本気にすんなよ。この俺が、恩人相手に失礼働くわけねぇだろ?」
「あ?恩人?何の話だよ。」
「おいおい、もう忘れたのかよ?鬼神族の仮面の件で、俺にうまい汁を吸わせてくれたじゃねーか!あの後クフィミヤン男爵とも連絡を取るようになってな、いろいろ良くしてもらってんだよ。」
「クフィミヤン男爵と?へぇ…ま、それは何よりだけどよ、俺が恩人っつーのはちょっと違うような気ぃすんだけど。どっちかってと巻き込んじまった側だし、それこそ俺もクフィミヤン男爵に助けられただけって感じだし…。だから恩人って言うなら俺じゃなくて男爵に」
「だーっ!ぐだぐだうるせー!いちいち説得しようとすんな、しち面倒臭ぇ!アンタが何と言おうと俺がアンタに恩を感じるのは俺の自由だ!そこは変わらねぇし譲れねぇ!あんたは俺を巻き込んだ、結果俺はあんたに恩を感じた。それだけの話だ!迷惑だって言われても俺は俺の考えを変えるつもりは無いからなぁ!」
「…頑固おやじ。」
「うぐっ!…それ、出てった息子にも言われた…。」
「え、悪ぃ。そんなつもりじゃ…」
「う、うるせーい!分かってんだよそんな事たぁ!」
「…おっさん、息子と喧嘩してんのか?」
「あ?あぁ、まぁな。…アイツは俺の顔なんざ二度と見たくないだとよ!ったくどんだけ苦労して育ててやったと思ってんだよなぁ?勝手に騎士になって自分からは手紙の一通も寄越さなかったくせに、いざこっちから書けば押しかけて来やがって…。じゃあどうすりゃ良かったってんだ!だからアイツはいつまで経ってもガキなんだってんだよ!なぁ、兄ちゃんもそう思うだろう?」
「いや、俺はおっさんの息子に会ったことないから知らないけど。でもまぁ、なんだ。いつどこで誰が死んでもおかしくないご時世だし、あんま意地張ってないで会いたいなら素直に仲直りした方がいいと思うぜ?」
「また説教か?かーっ!どいつもこいつも…。第一なぁ、俺は会いたいなんて一っ言もいってねぇんだよ。…まぁ、アイツがどうしてもっつーなら会ってやらんこともないけど。」
なんだこれ、ツンデレ?ツンデレなの?
オッサンのツンデレって一体どこ向けのコンテンツ?
典型的な素直になれない頑固おやじは逆に新しいのかもって?
いやいや俺は頑固親父もシブオジも守備範囲外なので結構です。
閑話休題。
それにしても、おっさんの息子って騎士団に居るのか。
さっきはとっさに知らないって言ったけど、もしかしたらすれ違ったことくらいならあるのかもしれないな。
えっと、たぶんおっさんが30後半から40歳位だから、騎士団に入ってる息子は大体10代後半くらいか?
だとすると…あー、確か先日父親になった例の騎士見習いが17歳とかいう話だったから、もしかしたらおっさんの息子もまだ見習いかもしれないな。
だとすると息子が帰ってこない気持ちも分かる気がするなぁ。
実家を継がずに騎士になったからには、せめて一人前にならないとーとか思っちまうもんだよ。
それが10代っていうなら尚更意地にもなるってもんだ。
出て行ってどのくらい経つのか知らねぇけど、便りがないのは元気な証拠っていうし気長に待ってやるべきなんじゃねぇのかな?
「あのな、おっさん。息子を想う気持ちは分かる、わかるよ?けどな、もう少し息子を信じて待っててやってもいいんじゃないか?華の10代、好きにさせておくもの親の甲斐性だと思ってさ。」
「あ?何言ってんだ。俺の息子は24だぞ?」
「…はぁ!?24歳!?え、え?じゃあ、おっさんは?おっさん今いくつだってんだよ!」
「俺か?俺はいま51だ。娘が二人に末っ子の息子が一人、どうだ?まったくそんな風には見えんだろう?がっはははは!!」
衝撃的すぎて言葉も出ない。
何、この世界。若作り多くない?
そしてそんなおっさんの子供たちは、やっぱり年齢より若く見えたりするんじゃない?
おっさんの顔面偏差値も侮りがたい感じという事を鑑みると、これはワンチャンあるかもしれないぞ…!!
「お義父さん、ぜひ娘さんを紹介してください!」
「断る!!」
シトシトと止めどなく降る雨の中、店先で腹から声を出しメンチを切る男が二人。
痛いほど向けられた周囲からの視線と静寂に一瞬怖気づいたものの、ここで黙ると負けだと言い聞かせ俺は大きく息を吸った。
何事も中途半端が一番良くない、やるならとことんやったろうや!
「お願いします、娘さんをぉんがっ!!な、なにすんだ…」
「あんまり目立つことしないでくださいです。」
「だからって腹パンは…」
「しないでください、お願いなのです。」
「わ、悪かったよ。」
「がっははは!もう尻に敷かれてんのか、ざまぁねぇな!おう、嬢ちゃん。ちゃーんと手綱握っておけよ?この手の男はな、影で結構モテてたりするもんだ。目移りしないよう嬢ちゃんがしっかりするんだぞ?…お、どうした?隠れっちまって可愛いねぇ。」
豪快に笑うおっさんと俺の後ろに隠れるリア。
とんでもない誤解をしているというのに訂正せずに隠れる辺り、リアにとって誤解<人見知りのようだ。
しかしこのまま話し続けているのもリアにとってはストレスだろう。
今までの流れをバッサリ切って本題に入る事にした。
粛清者の事や用途の分からない魔方陣の事、とにかく何か知らないかおっさんにも同様に聞いてみる。
…が、残念ながら空振りに終わってしまった。
おっさんから出る話はどれも今まで聞いた噂話の域を出ない物ばかりだった。
ま、そんな簡単に分かったら騎士団が苦労してないよな。
切り替えて次に行こう。
「なんだなんだ、兄ちゃん今度は粛清者の事調べてんのか。はー、手広くやるねぇ。」
「言っておくけど、拒否権は無かったんだ。はぁ、にしても空振り続きだとしんどいなぁ。」
「なーに言ってんだ、人生空振りしてなんぼだろ!失敗は成功のもと、知を知るための無知ってな!なぁに、俺も知り合いにそれとなく聞いといてやるから弱音吐いてねぇで次行きな次!」
「おー!マジかおっさん、ありがてぇ!さすが人生の先輩っす、あざーっす!」
「なんだその変なしゃべり方は、本当に変な兄ちゃんだな。まぁ、期待はすんなよ?聞くだけだかんな?」
「全然オッケー!んじゃ俺らそろそろ行くな。悪いな、店先で長々と。」
「悪いと思うなら今度何か買ってけよ!じゃーな!がっはははははは!!」
豪快な笑い声に見送られながら俺たちはまた聞き込みを再開した。
こういうのはやっぱり数をこなさないとだめだよな。
下手な鉄砲数撃ちゃ当たる…かどうかはわかんないけど、とにかくより多くの人の話を聞こう。
俺たちは移動しつつその都度通行人に声をかけて話しを聞いていった。
「…そういえば、結局どうなのですか?」
「ん、何が?」
「何が、じゃないのです!まったく…。翼、見えるのですか?」
「あぁ、それな。うん、それがなぁ…。」
改めて周りを見回す。
買い物をしている人、世間話をしている人、忙しそうに走り回っている人に遊んでいる子供たち。
雨のせいでいつもより疎らだが、昨日よりは人がいるように思う。
それもそうだろう。
昨日は昼過ぎから突然雨が降ってきたが、今日は朝からずっとこの調子だ。
昨日と違いしっかり準備する時間があった分、今日の方が出歩いている人は多いのだろう。
そう、みんなしっかり準備してあるのだ。
「みーんな外套着ててよく分かんないんだよなぁ。背中が膨らんでる人もいるけど、荷物って可能性もあるだろうし。」
「…そうなのですか。まぁ、それなら平和でいいのです。」
「だな。」
って言っても謎のキラキラは見えてるんだけどな。
まぁ、気にしてても何も解決しないし、特に害もなさそうだから放っておいている。
変に伝えて心配かけても仕方ないしな。
「べっくしょーい!」
「な、何なのです突然!変な声を上げるんじゃありませんなのです!」
「くしゃみだよ、くしゃみ。あー、さすがに寒くなってきたな。」
「くしゃみ?これが?姫様のと全然違うのです…。」
「はは、そりゃそうだ。」
お姫様のくしゃみと俺のくしゃみを一緒にしたらダメよ。
あれでしょ?ノエルのくしゃみって『くちゅん!』とか可愛いやつなんでしょ?
女子ってだいたいの人は可愛くくしゃみするけど、あんなんどうやって制御してんの?
前に一度やろうとしたことあるんだが、唾と鼻水ぶちまけただけで何も可愛くならなかった。
あれは女子特有の謎スキルの一つだと、俺は思うね。
ていうかさ、思いっきり出さないとすっきりしなくない?
出したーって感じがないとどうも不完全燃焼感が残るのよねー。
「へ、へ…へぶしっ!!ダメだこりゃ、鼻水まで出て来たし今日はここまですっか。」
「そう、ですね。これ以上そのうるさくて汚いのは御免なので、今日の所は帰って良しなのです。」
「はーい、ありがとうございまーす。…あ、そうだ。なぁ、リアに一個お願いがあるんだけど。」
「………一応、聞くだけ聞いてあげなくもないのです。」
「そんなあからさまに嫌そうな顔すんなって。大丈夫、難しい事じゃないから。」
そう言って俺はリアをとある店の前に連れて行った。




