第二章 51 家庭教師ごっこ
しまったな…昨日の内に聞いておけばこんな事にはならなかったのに。
部屋に戻り朝食を平らげた俺は、仮面を着けて場内に住む子供たちの元へ向かおうとしていた。
昨日の約束を果たすべく戦利品を携えて出発し、しばらく歩いてから気が付いた。
俺はどこに向かってるんだ?
昨日は子供たちの方から独自性に富んだアグレッシブな声のかけ方をしてきてくれたのでどこからやってきたのかは見ていなかったし、別れる時も俺の方が離脱したので子供たちがその後どこへ向かったのかを知る術はない。
よって俺は、あの子たちが普段どこに居てどんなことをしているのかを全く知らないのだ。
昨日と同様に外に居ればまた向こうから見つけてくれたかもしれないのだが、あいにくと今日は雨だ。
今朝すれ違ったメイド達の話によると、どうも今日あたりから本格的に雨季に入ったようでおそらく今日中にこの雨が止むことはないだろうという事らしい。
くっ、ナユタ一生の不覚!
せめて家がどこにあるのかだけでも聞いておけば、中島君よろしく遊びに誘えたのに…!
これじゃせっかくの新しいおもちゃが日の目を浴びられないじゃないか!文字通り!!
「はぁ~…どうしよう。」
昨日の別れ際、今日も必ず遊ぶからと約束したのに。
これじゃまた子供たちに大人は嘘つきだという印象を与えてしまう。
さぞがっかりする事だろう…
「…いいや、それだけはダメだ!俺は必ず見つけ出して約束を果たさなくてはならないのだ!じっちゃんの名にかけて!!」
「お兄さんのおじいちゃまは偉い方なの?とイブは思うの。」
「ちくわぶ!!あーびっくりした…ってイブ!?どうしたこんな所で…、まさか俺を迎えに来てくれたのか!?」
「ううん、イブはお母さんのお手伝いをしてただけ。…とイブ思う。」
「そっかー…いやでもよかった。実はな、俺はいま絶賛迷子中なんだ。よければみんなの所に案内してくれないか?」
「うん、わかったの。」
助かった。
これでちゃんと約束を果たせそうだ。
それにしても、このイブという少女はまだこんなに小さいのにお母さんの手伝いができるんだなぁ。
俺がこのくらいの時なんてなぁ………どんなだったっけ?
ま、いいか俺の話は。
「イブは今日どんなお手伝いをしたんだ?」
「今日はお母さんが洗ったお皿を拭くお仕事。イブのお母さんはメイドだから、イブも大きくなったらメイドになる。とイブ思う。」
「そっかー、偉いんだなぁ。お母さんも鼻が高いだろうよ。」
「お鼻が高くなるの?どうして?とイブ思う。」
「あー、そういう慣用句っていうか…。つまり、そのくらい嬉しくなっちゃうって事だよ。」
「…お鼻が高くなったら怖い、とイブ思うの。」
「ごもっともで。」
言葉のチョイスを間違えたな。
さっきからイブは自分の鼻を触っては首を捻っている。
妙なトラウマを植え付けてなければ良いんだが…
「ここ。」
「ん?ここがみんなの居るところなのか?」
「そう。今日は雨だからお外に行けないの。だからみんなここでお勉強したりご本を読んだりするの。ご本を読むのは楽しい、とイブ思う。」
「そうだな、ご本は楽しいよな。わくわくしたりドキドキしたり、いろんな体験をその場で出来るようなもんだしな。」
「お兄さんもご本が好き?とイブ思う。」
「ん?あぁ、好きだよ。子供の頃から暇を見つけては良く読んでたなぁ。」
漫画だけど。
ま、読書には変わりないんだから別に嘘では無いだろう。
そういえば小学生の時、朝の読書の時間に漫画を読んでたら先生に叱られたことがあったなぁ。
本は本だろう、何が悪いんだと拙いながらに抗議したけど全く取り合ってくれないくて。
それ以来どうしたらバレずに漫画を読めるかって友達といろいろ考えたもんだ。
はは、懐かし。
「…あの、ね。」
「うん、どうした?」
「イブは…まだ読めないご本がたくさんあってね。だからね、お兄さんがイブに読んでくれる?忙しかったら大丈夫だけど…とイブ思う。」
赤くなりながらも一生懸命お願いして、それでも大人を気遣う気持ちも忘れないなんて…!
なんて優しくて可愛い子なんでしょ!ラブリーポイント100万点あげちゃうっ!
こんな風にお願いされたら俺みたいな単純な男はなんでもほいほい聞いてあげちゃうのよ?
「俺もイブとご本読んだら楽しいだろうなーって思ってたよ。一緒に読んでくれるか?」
「…うん!」
「うわ!なんだよビックリしたぁ。イブと…兄ちゃん!?なになに、本当に遊びに来てくれたの?」
「よぉ、ティムは朝から元気だな。もちろん遊びに来たに決まってるだろ、俺は約束を守る男だぜ?」
「やったぁ!早く、入って入って!!」
扉を開けて出てきたティムに手を引かれ部屋の中へ入る。
そこは小さな机と本棚があり、イブの言った通り子供たちの勉強部屋であるようだった。
黒板もしっかりあるな。
しかし肝心の教師は不在なようで、黒板には大きく”自習”と書いてある。
こんな小さい子たちに自習は難しいんじゃないか?
「あ、きのうのおにいさんだ!またおあそびするの?」
「いいね!なーなー、昨日のぐるぐる回るやつやってくれよー!」
「あー、いーけないんだー!算術の宿題をやってなさいって言われたのに、サボって遊んでたら絶対怒られるんだぞぉ!先生に言っちゃおーかなー!」
「だめ、お兄さんはイブとご本を読む約束してる。早い者勝ち、とイブ思う。」
「えー!ずっりぃよ、俺だって兄ちゃんと遊びたい!」
「宿題はどうするんだよ、ティム。言いつけちゃうぞー!」
「うるさいキペック!そんなに言うならお前だけやってればいいだろ!」
「な、なんでそんな言い方するんだよ!俺はみんなが怒られないようにと思って…」
「だー!喧嘩すんなら帰るぞ、俺は!まずはみんな宿題をする!それがちゃんと終わったら約束通り遊んでやるから!ちゃんと勉強しないとこのおもちゃは持って帰るからな?」
「「「「おもちゃ!?」」」」
食いつきハンパねー…
さっきまでマジで喧嘩する5秒前だった二人も目を今じゃ輝かせて喜び合ってる。
こういうのって子供の特権だよなぁ。
「んじゃま、さっさと宿題終わらせて遊びますか!」
「よぉし、みんな頑張るぞー!」
おー!と声を揃えた子供たちは、席が決まっているのか各々机に向かい勉強を始めた。
こっそり覗いてみると、各自違った内容の算数のプリントを解いている。
うわ、これ全部手書きだぁ…
どうやらここの先生はそれぞれに合ったレベルの問題を作っては、こうして教材として使っているようだ。
そんなマメな先生が自習とは、よほどの急用があったんだな。
「なぁティム、今日みたいに自習の事ってよくあるのか?」
「うーん、あんまりないけど先生がどうしても来れない時は自習かな?」
「そっか。」
「あ、でも今日はいつもと違って途中でいなくなったんだよ。知らないおじさんが来て何か話してたと思ったら急に自習になったんだ。」
「せんせいびっくりしてたよ。とってもいそいでた!」
「そうそう!『あなたたちはこれで自習していなさい』って真っ青な顔で!どうしたんだろうねー?」
ほほう、これは何かわけありの予感がしますな。
真っ青な顔でって事だから決していい話ではないんだろうけど。
いかんいかん、人の不幸を詮索して楽しむようなゲスい事はゲス野郎に任せて俺はまず子供たちの事を考えよう。
今はとにかく子供たちに不安を与えないようこの話は軽く流すことにしよう。
「おや?そう言えば、今日は一人少ないんだな?」
「え?少ないって誰の事?」
「ほら、昨日は居ただろ?お前らと同い年くらいの女の子。儂とかなのじゃ!とか武士みたいな特徴的なしゃべり方の。」
「えー…誰の事だろう?たまに街の子がこっそり遊びに来るからその中の誰かかなぁ?」
あらま、結構ドライなのね。
あんなに楽しそうに遊んでいてもどこの誰なのかは気にならないのか。
…いや違うか、俺にも覚えがある。
旅行先で知り合った近所の子供たちと遊んでて、いざ帰る時になって初めて名前も聞いてなかった事に気が付く…みたいなね。
ふむ、そう考えるとそんなに不思議な事でもないか。
つまりあの子は昨日たまたま遊びに来てて、今日は雨だから来れなかった…と。
ま、この雨の中あの坂を上るのは子供には厳しいだろう。
「ん?どうしたキペック、手が止まってるぜ?」
「だってわかんないしつまんないし…もうやりたくなーい!」
「バカ、ちゃんとやらないと遊べないんだぞ!?」
「じゃあティムは分かるの?楽しいの?」
「そりゃ…先生の問題はいつも難しいし、なかなか進まないけど…。でも何とかして終わらせないと!新しいおもちゃも何なのか気になるし!」
「ぐっ、それはオレも見たい!でもわかんないんだもん!頭が茹で上がりそうなんだもん!!」
「どれ、見せてみ?…あぁ、こういうのは絵を書いて考えてみると分かりやすいぞ?」
「絵?どんな風に?」
「ちょっと待ってろよ…」
俺は黒板の文字を消して絵を書きはじめる。
キペックが躓いているのは割り算だった。
4枚のクッキーを3人で分けるとどうなるのか?
キペックの答え、一人一枚ずつ食べて残りは早い者勝ち。
実際男兄弟だったらそれで正解なんだろうけど、これは算数の問題だからな。
なので実際に絵を書いて説明する。
絵と言っても俺に絵心の無い男なので、丸を四つ書きこれをクッキーに見立てて説明する。
「…というわけで、答えは1と三分の一ずつ食べられる、だ。どうだ、分かったか?」
「分かった…、すごく良く分かった!あはは、じゃあこっちも同じことすればいいんだ!簡単簡単!」
どうやら一つの引っかかりが解けたことで他の問題にも応用できるようになったようだ。
恐らくこれは俺の教え方が上手いとかじゃなくて、もともと頭のいい子だったんだと思う。
理解力も応用力もこの年の子にしてはかなりある方だろう。
他の子もそうだ。
俺がこの子らと同じくらいの頃と比べたら雲泥の差だ。
英才教育ってやつなのかね?
生まれた時から城の中で生活しているせいなのか、人一倍頑張って勉強する必要があったんだろう。
遊びたい盛りだろうに、偉いなぁ…
「ねぇ兄ちゃん。俺もここんとこ良く分かんないんだけどさ…。」
「おう、見せてみな。」
「イブにも教えてほしい…とイブ思う。」
「フィネルもー!」
「よぉっし、順番に見ていくぞ!」
こうして全員の宿題が終わるまで様子を見つつ、躓いた所はヒントを出して自力で答えが出せるように手伝ってやる。
教えている内に分かったのだが、キペックとイブは比較的算数が得意なようで教えるとすぐに理解し応用も効く。
対してティム&フィネル兄妹。
残念ながらどちらも数字に苦手意識があるようで、躓く頻度が高く悩みやすい。
フィネルは最年少という事もあって解いている問題も優しいものが多く、根気強く説明するだけでだいぶ出来るようになる。
しかし最年長であるところのティムはちょっと引っかけ問題が出てくると必ずそこに躓く。
まさに作り手の計算通りに、いっそ清々しく思えるほどだ。
今後の課題はその辺りだな、と密かに記憶しておく。
算数や数学は場数を踏めばおのずと解けるようになるもんだから、何とか興味を持たせていろいろ問題を解かせてみよう。




