第二章 49
平成最後の投稿です。
令和でもよろしくお願いします。
「それにしても申し訳なかったね。急に解呪なんてしたから驚いただろう?」
「そりゃそうだって!あんな苦いもん飲まされた上にあの気持ち悪さだぜ?そら驚かない方がおかしいって!呪われてるなんて話も寝耳に水だしよぉ…。」
それにしても、一体俺はいつ呪われたんだ?
もし俺がこの世界に来る前からこの体は呪われていたっていうのなら、その呪いを貰ったのはシャルルって事で一安心できるんだけどな。
ほら、今この体は俺だからシャルルを恨んでの犯行だったのなら再度呪われるようなことにはならない…よな?
………。
いや、それは無いか。
中身が俺であろうとなかろうと、相手が俺をシャルルだと認識すればまた呪いをかけてくる可能性はゼロじゃない。
というか、そもそも俺がこの世界に来た段階で呪われてたんならレーヴと最初に会った時点で指摘されてるはずだよな。
って事は俺、かぁ…。
なんで俺が呪われなきゃいけないんですかねー。
この世界に来てから良くも悪くも何もしてないと思うんだけど?
それとも気づいてない内になんかしちまったのかなぁ?
人に恨まれるような、呪ってやろうと思われるような…
頭を抱えて考えを巡らせていると、目の前に湯気の立ち上るカップが差し出される。
先ほどの薬とは違い、琥珀色のさわやかな香りが心地良いお茶だ。
「気分は…まぁ、良くはないだろうけど。まずはお茶でも飲んで落ち着いてみたらどうだい?冷静に考えてみればおのずと何かに思い至るかもしれないよ?」
「………………。」
「ナユタさんに掛けられていた呪いは直接的に死に至らしめるようなものではなかったし、イタズラ…にしては少しやり過ぎだけど、その程度とも取れるような弱いものだったよ。」
「……………………………。」
「だからそう落ち込まないで。きっと嫌がらせみたいなもので、命を狙うほど恨まれているわけではないと思うから。」
「…………………………………………。」
「…それはただのお茶だよ。」
「っあぁ、良かった!では遠慮なく頂きます………くぅっ!こっちのお茶はうめぇなぁおい!」
「そんなに警戒されると僕だって傷つくんだぜ?それに、あれは薬だって言っただろう?もう飲ませる意味はないんだから出す意味もない。」
「お前ねぇ、さっきの今で信用もクソもないだろ?お茶淹れてくるって言って出てきたがあのクソ苦い薬だったんだぜ?んなもん警戒するなって方が酷だろうよ。」
「クソって…口が悪いよナユタさん。あれはなんて言うか…ほら、薬って言うとどうしても飲むのに抵抗あるだろう?だからつい癖で嘘を吐いちゃったんだよ。…すまなかったね。」
「べ、別に謝るような事ではないけどさ…。まぁ、なんだ。とりあえず、助けてくれてありがと…な。」
「どういたしまして。あぁ、もちろんお代は頂くけどね。」
「しっかりしてるな!」
商魂逞しいというか若干押し売りみたいになってしまった感が否めないが、きっちりと助けてもらったのだからそれ相応の報酬は支払うべきだろう。
親しき仲にも礼儀ありってやつだ。
そして話題は俺に掛けられていた呪いの話になった。
どうやら俺に掛けられていた呪いは二つ、どちらも効果は弱い物だったみたいだ。
一つ目は弱体化の呪い。
弱い呪いであった為にそこまで影響はなかったようなのだが、二つ目との兼ね合いで多少周囲に人間には効果があっただろうという事だった。
そう、俺ではなく周囲なのだ。
俺に掛けられていた呪いの二つ目は魅了。
それも”俺が何かに”ではなく”周りが俺に”魅了される呪いだった。
うっかり「それって呪い?普通に欲しいんだけど」と漏らすとレーヴは何とも言えない顔で窘めた。
まぁ、その呪い自体も一つ目同様かなり弱く、よほど魔法に抵抗の無い人くらいにしか効かなかっただろうという事だった。
しかしここからが困ったお話。
この二つ、実はめちゃくちゃ相性が良かったらしく奇跡的にマッチングしてしまい、相乗効果よろしく悪さをしていたという。
レーヴ曰く、”庇護欲の呪い”
俺の弱体化と魅了が合わさって、何ともいえない庇護欲を誘う魅惑の男になっていたんだそうだ。
確かに思い当る節はいくつかある、今思えばだが。
レオンの勧誘、子供らの襲撃、騎士団での一件…
とんでもなく困った事態にこそならなかったが、呪いのせいで誰かの心を惑わしてしまったのかと思うと…罪悪感が生まれるのは必然的といえようさ。
レーヴは、少し興味を引く程度で本心と逆の事をさせるまでの事は出来なかったはずだと言ってくれた。
だから仲良くなれたのなら、それは相手がそうなりたいと少しでも思っていたからに過ぎない…と。
俺はそれを聞いて心底安心した。
レオンも子供たちもみんな、俺の事を気にかけてくれていたんだ。
それが全部嘘だったらと思うと、さすがの俺でも立ち直れない。
だから本当に良かった…、この呪いがこんなにも弱いもので。
誰かが俺を本気で呪おうと思ったらこうはならなかっただろうからな。
うん、きっと事故か何かでうっかり呪いのツボでも触っちまったんだろう!
あるある!俺なら十分ありえるぜ!
………うっかり、呪われる?
「あっ、あの時か!?」
「おや、何か思い当る事があったのかい?」
そうだよ、そう言えばアイツもそんなような事言ってたじゃなーか!
レオンの工房の掃除をしてた時、呪いがどうとかって。
うわ、ぜってーそうだ間違いない。
くそっ…まさか本当に呪われグッズが紛れ込んでたのかよ!
しかも二つて………
「ナユタさん?」
「いや、誰のせいとも言えん案件だった。悲しい事故だったんや。ほんとにもう…呆れるやら情けないやらで何も言えん。」
「そう…。ともかく悪意あるものでないのなら良いんだけど。」
「あぁ、それは保障するよ。アイツはただずぼらで危機管理のできない残念な天才だっただけなんだ。」
「えぇっと、お疲れ様…?」
「…おうさ。」
そう答えるのが精一杯だった。
とにかく俺が言いたいのはこれだけだ。
部屋は綺麗に。
危険物は専用の場所を用意してきちんと管理しようね?
そしてそれらを扱う場合は専門家と一緒にしよう、俺はそうする。
「そういえばまだ聞いてなかったね、ナユタさんがわざわざ雨の日に僕の店に来てくれた理由。解呪が目的じゃなかったとしたら、残るは何かな?」
「お、そうだった。色々ありすぎて肝心の目的を忘れるところだったぜ。そう、レーヴに悪いけど今回の俺は客として来たわけじゃねーのだ。」
「まぁ結果的にはお客さんだったけどね。それでは改めて、どんなご用件かな?」
「実はな、俺はいま王様に頼まれて粛清者を探してんだ。」
「…え?」
「ほら、前に来た時レーヴも言ってただろ?今この国を騒がせてる連続殺人鬼。貴族ばっかりを狙うとかいうさ、覚えてるか?」
「あぁ、うん。そんな話もしたね…。それで、どうしてナユタさんが陛下直々にそんな事を頼まれるんだい?」
「いやー、それは話すと長くなるんだよなぁ。ザックリ説明すると、俺を誘拐した貴族が粛清者に殺されて、そんで坂を転がった石は容易には止まれないから…って意味わかんないよな?安心してくれ、俺も分からん。だた俺はいま城で世話になっててその恩もあるし、とりあえずやれることはやってみよう…みたいな感じで引き受けたわけよ。拒否権無かったし。そんでなんやかんやで王様の前に粛清者を引きずり出すべく今こうして話を聞きに来たって事。あーもう、思い返せばあの人は無茶ぶりばっかだな!」
「…へぇ。」
「まぁ、それでさ。とりあえず騎士団に協力してもらって今までの事件の資料を見せてもらったんだけど、それがまたどうにも分からない事だらけで。それで考えに考え抜いた結果、一度レーヴに話を聞いてみようと思ったわけよ。」
「僕は…ただの一般人だよ。何も分かりはしないさ。」
「まぁまぁ、そう言わずにこれを見てくれよ。ってすまん、今のは失言だった。」
「構わないさ。…それで?」
「あ、あぁ。これは毎回現場に残されてる魔法陣なんだけど…こう、三角形が二つ星形になるように重なってて…あー、何て説明したらいいんかな。」
「…ダビデの星?」
「そうそれ!なーんだ、それで通じるのかよ。どうも加減がわかんねぇな…ま、いいか。そのダビデの星を魔術式に組み込んだ、おそらく召喚に関する物だと思うんだけど…何か分かる事ないか?」
こんなザックリとした説明では分かる物も分からないかもしれないが、どうにも上手く説明できない。
図形を言葉で伝えるのって本当に難しいよな。
昔テレビで見たクイズ番組でも回答者が全然当てられなくて散々笑われてたけど、実際笑ってもいられないくらい語彙力が必要な事だ。
言われた方のレーヴも困惑して眉間に深い皺を寄せては悩んでいる。
そうだよなぁ、急にそんな事言われても困るよなぁ。
呪いに詳しいレーヴなら何か知ってるかもと思ったんだけど…
「残念だけど、それだけじゃ何も分からないかな。…他に、何かないのかい?」
「うん?そうだな、他には…星の真ん中に目玉みたいな模様があって、周りにルーン?とかいうのが書いてあって、あとは下に書いてあるメメントモリくらいか…」
「………。そう言えば、ナユタさんはさっき陛下から頼まれたって言っていたけどお城に勤めているのかい?実は偉い人?」
「え?いやいや、俺は全っ然!確かにノエル…あぁいや、姫様とかエルフの令嬢とかと友達ではあるんだけど、俺自身は本当にどこにでもいる何の変哲もないただの一般人だぜ?それに関しては自信がある!」
あれ?なんか改めて口にしてみると俺の周りは凄まじい肩書が揃っているような…
姫様・騎士団長・貴族に他国の要人…、それに比べて俺は肩書のみ一応辛うじて貴族。
うわ、俺の身分…(周りに比べて)低すぎ!?
「ノエル…?あぁ、そう言えば前にも話してた事があったね。まさかお姫様の事だったとは思わなかったけど…仲が良いのかい?」
「あぁ、そりゃもちろん!ノエルは姫様なのにその事をまったく鼻にかけてなくて、むしろ全然話しやすいし。優しいし強いし、でもたまにドジだったり…いや、それも可愛いんだけど。」
「べた褒めだね、…もしかして良い仲なのかい?」
「ばっ、馬鹿言うなよ!そりゃまぁそうなれたらとか考えたことないと言えば嘘になるけどっおおぉ!?いっだだだだだ!!!」
「どうかしたのかい?」
「いや、突然息を吹き返した怪獣に襲われ…まっ!待て待てどーどー、ステイだっ!………ふぅ。」
「…本当に大丈夫かい?」
「大丈夫だ、問題ない。」
俺の影に隠れるように大人しくしていたはずの小さな怪獣は、俺の調子に乗った発言に腹を立てたようでおよそ子供とは思えないほどの圧力で足を踏み潰しにきやがった。
俺の誠意溢れる説得により鎮めることに成功したものの、既に受けたダメージは大きく名ゼリフで虚勢を張るのが精一杯だった。
恐ろしい怪力の持ち主だぜ。
とりあえずリアの前でこの手の話はタブーだな、きっと次は粉砕骨折だ。
「とにかく!俺とノエルは友人です、はいこの話終わり―。これ以上掘り下げるのならお前とエルちゃんの話を聞かせてもらいまーす!」
「…彼女は関係ないよ。ただの、他人だ。」
おやおや?
何だこの反応…喧嘩でもしたか?
いやでも、さっきエルちゃんとすれ違った時はそんな風には見えなかったよな?
まさかエルちゃんは本当にレーヴの事先生としか見てなくて、楽しげに彼氏の話をしてきた…とか。
うわ何それキッツ―…
それは確かにこんな反応にもなるわよ、可哀想に。
ここは友人として、同じ男として慰めてやるべきだろう。
「あー、レーヴ。人間、傷ついた分だけ強くなるんだぞ?だからあんまり深刻にならずに…」
「雨、弱くなってるのです。もうこれ以上は時間の無駄なのでそろそろ行くべきなのです。」
うわ、しゃべった。
てっきりこの場ではだんまりを決め込むつもりかと思ってたのに。
俺とレーヴの楽しげな会話を聞いて緊張が和らいだのか?
でも言われてみて気が付いたが、確かに外は曇ってこそいるが雨は弱まっているようだ。
いうなれば今がチャンス。
リアもこう言ってるし、これ以上の情報は望めなさそうだから今日のところはお暇するか。
レーヴも今は一人になりたいかもしれないし。
「そんじゃ、俺たちはそろそろ…」
「驚いた…、話せるんだね。」
「ん?あぁ、コイツか?どうも恥ずかしがり屋でな。でもやっぱり気が付いてはいたんだな、挨拶させなくて悪い。」
「城に住む、天才…。そしてこの精密さ…なるほど。………そういう、事なのか。」
「レーヴ?」
「いや、何でもないさ。ナユタさんは本当にすごい人だったんだなって思っただけだよ。」
「なんだよ突然、照れるなぁ。」
「…ねぇ、ナユタさん?もし暗闇に一人きりだったとして、それが今までもこれからもずっとずっと当たり前だったとしたら、ナユタさんはどうする?」
「は?なんだよ、ナゾナゾか?そう、だなぁ…。そこからどうにか抜け出せないか模索する、かな?」
「じゃあそこに突然、光が差し込んで来たら?」
「うーん、安心する…かなぁ?それか驚くか。それがどうしたんだ?心理テスト的なやつか?」
「…いいや。僕と君を分けるのは、きっとそこなんだろうなと思ってね。」
こりゃまずい。
レーヴの奴、そうとう参っちゃってるよ。
そりゃエルちゃんみたいに可愛くて間違いなくいい子にあっさりフラれたら打ちひしがれるだろうけどさ…。
いくらなんでも自信無くし過ぎだって。
俺とレーヴを比べたって仕方ないだろうに。
てかそもそも比べる必要もないんだし。
みんな違ってみんな良いんだよぉ?
「…よし、今度飲みに行こう!そんで全部吐き出そう!そうすればいくらか楽になれるから、な?」
「ナユタさんは本当に優しい男だね。それじゃ悪い奴に付け込まれてしまうよ?」
「なーに、そん時はそん時だって!おっと、そんじゃ俺らはもう行くな?リアの奴が無言で睨んでくるからさ。」
「あぁ、…それじゃ」
「おう、今日はありがとな!また来るよ!」
レーヴに礼を言って先にドアを開けていたリアと合流する。
それにしても意外だったなぁ、まさかレーヴがフラれてるとは。
仲良さそうに見えたけどあれは単なる親愛だったか。
悲しい勘違いだったが、これをバネに強く生きてほしいものだ。
とにかく早いとここの事件を解決してレーヴの話を聞いてやらにゃ。
相当落ち込んでるみたいだし、ここは友人として力になる時が来たな!
「さようなら、光の子」




