第二章 47 雨の午後へ
あの後も散々ユノと検討しあったのだが結局謎が深まるばかりで話しは進まず、今日の所はお開きにしようという事になった。
というのも、俺が何とも言えないモヤモヤ感を拭いきれず、話に集中できなかったのが主な理由なのだが。
ユノはそんな俺に気づいてくれたようで気を利かせて中断してくれたようだ。
申し訳ない気持ちで一杯だが正直な話、上手く頭が回らなくてどうにもならなかったので素直に甘えさせてもらう事にした。
「では、この事は私の方でももう少し調べてみます。何か分かったらすぐに連絡しますね。」
「サンキュー、助かるぜ。悪いな、忙しいのに。」
「なぁに、どうって事ありませんよ。あ、そうそう。お嬢様がナユタ君に会いたいと言っていましたよ?良ければ近いうちに遊びに来てください。きっと喜びます。」
「シルドが?ははーん、さては俺に惚れちまったなー?会いたくて会いたくて震えるって奴だ。ったくしょーがねーなー、人気者はこれだから辛いぜぇ!」
「え?あっはい、そですねー。」
「棒読みすぎん?もうちょっと頑張れただろ。」
「ナユタ君はこれからどうするんですか?」
「うーん、安定のスルースキル!気持ちいぃ!あー…そうだな、一回部屋に戻ってゆっくり考えをまとめてみるよ。本当は街まで行ってみようと思ってたけど、なんか疲れたわ。」
「そうですね…。一度にいろいろ話してしまいましたし、今は整理する時間が必要かもです。」
そう言ってなぜかユノは俺の頭を撫でる。
何故の子ども扱いですかねぇ…。
ユノはユノで満足気だし、俺は俺でドッキドキだし。
何がしたいんだわよ。
「よし、満足しました!では私はこれで!」
「お、おう!ありがとな!」
ユノは飛び切りの笑顔で大きく手を振りながら去っていく。
心なしか早足な気がしたのは気のせいだろうか?
照れてる?ってんな事ないか。
「あー…もしかして他に用事でもあったのか?なんだよ水臭いな、言ってくれりゃーいいのに。」
頭を掻きながらそう溢してみたが、誰に届くわけもなく虚しく消えた。
冷たい風が吹き抜けてふと顔を上げると、上空には今にも雫を落としそうな暗い雲が立ち込めていた。
「さぶっ。雨も降りそうだし、さっさと部屋に戻るか…」
冷たい風に促されるように塔の階段を下りていく。
―――――
「あ!やーっと帰ってきたのです!まったくどこをウロチョロしていたのですか、待ちくたびれまくったのですよ!」
俺が部屋の前に着くと、そこには見知った顔の女の子が両手を腰に当てて可愛らしく怒っていた。
わー怒った顔も可愛いなーうふふー。
どれ、ここはひとつ可愛いリアちゃんの頭でも撫ででやろうか。
愛しの娘を慈しむ父親のような慈愛に満ちた笑顔でリアの頭に手を伸ばす。
しかしその手は無情にもふり払われてしまうのだった…無念!
これが反抗期の娘を持った父親の感覚なのかしら?
悲ちぃ…
「いきなり何なのですか気持ち悪いのです!待たせた上にこの仕打ち、万死に値するのですよ!」
「そんなに!?なんだよ、ずいぶんご機嫌斜めじゃねーか。待ってたって言うけど、俺何か約束してたっけ?記憶にないんだけど…。」
「約束はしてないのです!でもリアが待ってたのですから早く来るは当然なのですよ!そんな事も分からないなんて、まったく仕方のない人なのです。」
あまりにも理不尽な物言いに開いた口がふさがらないが、小さい女の子の我儘を笑って流す出来る大人であるところ俺なので許してやるとしよう。
あー、さすが俺。
まさにキングオブ紳士!優しい男と書いて優男!
だが現実とは悲しいかな。
俺の意志とは裏腹に、闇の力に乗っ取られた右手が勝手にリアの額を捉えてデコピンの準備を始めている。
何だこの腕は!止めさせたいのにびくともしない!
くそ、これが完成された紳士の代償なのか!?
光が強いほど闇もその深さを増していくように、俺の完璧すぎる紳士スキルがこんな所で闇を生んでしまうなんて!
逃げてくれリア、俺にはこれを止められないっ!!
「ってわけで喰らえやおらぁ!!」
俺の中指が確実にリアの額を捉える。
ありったけの力を溜めこんだその一撃は、対象と接触することによって鈍い音を発しながら凄まじい衝撃波を生んだ。
その二つの間に生じる真空状態の圧倒的破壊空間はまさに歯車的砂嵐の小宇ちゅ…
「ってぎゃー!なんだこの強度はっ!指がっ、ゆびがぁ!!」
「何をやっているのですか、バカバカしい。まったく、どうしてリアがこんな人と。姫様の頼みでなければこんなお馬鹿さんの付添いだなんて瞬時に願い下げなのです。」
リアの額に解き放った俺の中指が未だにズキズキと痛みを訴えている。
およそ人のそれとは思えないほどの石頭だったのか、俺の指はまるで鉄球にデコピンしたかのようなダメージを受けていた。
うわ、爪のとこなんか内出血してるよ…いってぇ。
ふーふーと息をかけて何とか痛みを軽減しつつリアの様子を窺う。
正確にはその額の、だが。
ふむ、どうやらダメージはおろか微かな赤みさえ見受けられない。
なんて装甲だ、俺のデコピンを受けてダメージ皆無だなんて!
その事実に少なくとも俺のプライドに20のダメージは入ったぞ!
くそっ!何しに来たんだよ、コイツ。
俺の指とプライドを傷付けるだけ傷付けてくれちゃってよぉ…
ん?
「…付添い?」
「はぁ~、まったく。さっきも言ったのです、聞いていなかったのですか?姫様に頼まれてあなたの付添い兼助手をするように仰せつかったのです!本当は姫様が来たかったそうなのですが、姫様は今お忙しくて…。なので、リアがわざわざ来てあげたのですよ!感謝して泣き崩れればいいのです!!」
なるほど、ノエルに頼まれて嫌々ながらもお手伝いに来てくれたってわけか。
本当に姫様大好きっ子だなぁ、コイツ。
でもなー、付添いって言ってもなー
「別に付添って貰うような事ないと思うんだけど、ノエルは何をそんなに心配してるんだ?」
「…昨日の夜、攫われたのはどこの誰なのです?」
「ギクッ!」
「それに、陛下から勅命を受けているとも聞いているのです。なのにもう部屋にお戻りなのですか?今お昼過ぎなのですよ?終わったのですか?」
「ギクギクッ!!」
「それ見た事か、なのです!いいですか、リアはいわば監視役なのです!あなたがまた変な事に首を突っ込んだり、大事なお仕事をサボったりしないようにきっちり見張るのがお仕事なのです。つまりあなたは姫様にこれっぽっちも信用されてない可哀想な男って事なのです!それが分かったらさっさとお仕事に戻るのですよ!」
「ま、待って…、俺の心は重傷なうだから。マジで虫の息だから優しくして…。」
図星を突かれた上に信用皆無という事実を突きつけられてガチ凹みしている男がここにはいた。
そんなはっきり言わんでも…、ちょっと仲良くなれたと思ってただけにダメージがデカい。
もう毛布に包まっておねんねしたいよぉ…
「そんなところで項垂れてる時間はないのですよ!さ、出かけるのです!まずはどうしましょうか?やっぱりこういうのは街での聞き込みが定番なのです?」
「いや…、ま、確かに街での聞き込みはまだだけどさ。でも、ほら!雨が降りそうだぜ?今日は止して明日に…しない?」
「ん、本当なのです。でも外套があれば何も問題ないはずなのです。リアはもう着てますのであなたも早く着てくると良いのです。」
「あー…、うん。そうしたいのはやまやま、なんだけど…ね。」
「…?なんなのです?もじもじしてないで言いたい事があるならはっきり言うのです!」
「じ、実はねー、ノエルに貰ったあの外套なんだけどぉ………なくしちゃった☆」
「…………………は?」
「やっちゃったんだぜ☆いやー、外の垣根に掛けておいたはずなんだけどぉいつの間にか無くなってたわー。」
「…………………」
「こういう時って誰に相談すればいいんだ?警察…はないから騎士団か?それともそれ専門の機関が別にあるならそっちに…」
「っはぁ~~~~~!?!?何を悠長に構えているのですか!?ありえない、マジありえないのです!!姫様から賜った物を無くす?そんな事ありえなさすぎて驚天動地の天変地異なのです!」
「いや後半意味分から…」
「うるさい、この恩知らず!不敬!不敬!あまりに不敬!!万死どころか5000兆回死んでもまだ足りないのです!本当に信じられない!!っていうかもうここで死ねー!!!!!」
リア、キレる。
正論過ぎてぐうの音も出ないので大人しく正座して止めどない罵詈雑言を受け入れる。
はい、すみません。
そうです、俺の存在意義なんてクマムシほどもございませんです。
恩人からの贈り物を外に放置し、あまつさえ無くすような大馬鹿野郎です。
「申し訳ございません。」
「………言い残すことはそれだけなのですか?」
「ひっ!チャ、チャンスを!どうか挽回する機会をわたくしめにお与えください!かならずや見つけてみせますので、どうかっ!!」
虫ケラでも見るかのような目で恐ろしい事を言い放つリアに土下座で懇願する。
こんな事で絶命したらほんと笑えん!シャレにならん!
さすがのシャルルも真っ青よ?
「………わかりましたのです。この事は一度持ち帰り、姫様に報告したのちに判決を言い渡すのです。それまではせいぜい身を粉にして働きなさいなのです。」
「え、ノエルに言うのは…」
「何か言いましたのですか?」
「滅相もございません!!」
なんて冷たい目をするんだ、この娘。
まるで心のない人形のように冷酷な目だ。
それを直視出来るわけもなく思わず顔を逸らすとチッっという舌打ちが降ってきた。
もうやめて!ナユタのライフはもうゼロよ!!
「時間を無駄にするのはこの辺で終わりにして、さっさと聞き込みというものをしに行くのですよ。」
「え、でも俺の外套は…」
「多少雨に濡れた位じゃ死なないのです。えぇ、残念ながら。わかったらキリキリ歩け、なのです。」
「イエス・マム…」
可愛い女の子の皮を被った怪獣の後に続き、重い足を引きずりながら街へと向かい歩き始める。
あぁ、またあの坂を下るのか…
いよいよ降り始めた雨の中をリアと共に進んでいく。




