第二章 45 ユノの見解
しばらく待っているとあの視界が白で埋め尽くされるような濃い霧が綺麗に晴れた。
ヴィヴィの動向も気になったが俺がどうこうできるとも思えなかったので、とりあえず本来の目的である捜査資料を読むことにした。
この資料、表紙には『連続殺人事件・通称粛清者に関する報告』と書かれていて、その下にはこの資料を制作したであろう人物の名前が記されていた。
さっきも見たが、この人が一連の資料を制作した人物なのだろう。
警察でいう所の担当刑事ってやつか。
パラパラと捲ってみたがかなり細かく書き込まれていて、この人物の真面目さが滲み出るようだった。
これは集中して読まないと時間掛かるな。
「アリスが居るところでなんて永遠に読み終わらなかっただろうな、これ。………ん?なんだこれ、ダイイングメッセージか?」
資料のページを捲っていくと一枚の絵が挟まれていた。
絵に付属した説明を読むに、これは現場に毎回残される犯人からのメッセージの様なものらしい。
恐らく被害者の血を使ったであろうその模様は、何を意味するのか何故残されているのかも不明で、呪術に詳しい人物に鑑定させても解明できなかったと記されている。
意味があるのかないのか、あったとしてどういう趣旨の物なのか、これが解明できれば犯人の手掛かりになりえるだろう…だそうだ。
なるほど、確かにこれは不気味だが、無意味である様には思えないな。
呪術師に見せたみたいだけど用途は不明…か。
もしこの絵に何の用途もなくて、ただのシンボルだとしたらその意味はなんだろうな?
「…まぁ、わかんないけど。道路とかトンネルによく落書きしてある絵と大差ないっていうか、すっげぇ中二病患ってるガキが妄想膨らませて書きましたって感じにしか見えん。」
描いてる奴にしてみればアートなんだろうけど、少なくとも俺にはあの良さが分からんですな。
周りに迷惑かけてまで我を通す俺かっこいい…みたいなものもあるんだろうけど、それって信号無視かっこいいと思ってる小学生と何も変わんなくね?
ま、そういう青さみたいなのが後にいい思い出になったりもするんだろうけど。
それをきちんと思い出に出来ない大人のなんと多い事か…。
って説教じじいか、俺は。
話が逸れに逸れまくったな、閑話休題。
「六芒星、六芒星ねぇ…。陰陽師…は五芒星か。魔法陣っぽさはひしひし伝わってくるけど、真ん中の目玉みたいな模様のせいで不気味さマックスだなぁ…」
まるでこっちを見つめているかのような不気味な目。
じわじわとSAN値を削ってきそうな不安を駆りたててくるそれに、思わず恐怖を覚えるのは至極自然なことだろう。
実家の畑にも鳥よけとして目玉を模した風船を設置してあるけど、それとは比べ物にならないくらい気味が悪い。
一言でいえば超キモい、だな。
これは写しだけど、本物は血で描かれてるんだっけ?
こんなのが毎回現場に残されてるとか、このアルフレッドとかいう人の正気度が心配になるぜ。
誰か精神分析持ちが近くに居ることを願うばかりだ。
「む?むむむ!?この模様の下、小さくて気づかなかったけど何か書いてあるな。文字…かな?えーっと、これは…”MEMENTO・MORI”?んー、はて?聞いたことあるような…、メメント・モリ、メメントモリねぇ…。……………ん!?」
え、待って待って。
おかしくない?おかしいよね!?
こんな事ってありえるのか!?
だってこれ…この世界の文字じゃない。
俺は確かにこの文字が読めるけど、頭の中では違和感が生じている。
この体は知っているんだ。
これはこの世界のどの文字とも違う、この世界にないものだって。
「待て待て落ち着け…。じゃ何か?この模様を描いたやつは俺と同じ世界の人間って事か?この絵が魔術的な何かじゃなくてただのシンボルだったとしたらその意味っていうのはもしかして…」
同じ世界出身者の事を探している…?
いやいや、落ち着けそうとは言い切れないだろう。
俺たちを探しているんだとしても殺人をする必要はないし、何よりこの絵の事は関係者以外には知らされてもない。
もし誰でも知っていたのなら街の住人たちだって噂するはずだからな。
なら、ではどうしてこんな物を書いている?
そもそもこれってどういう意味なんだっけ?
メメント・モリ…どっかで聞いたことあるんだけどなぁ。
「…よし、こういう事は同胞に聞こう。話しぶりから察して余りある腐女…オタク感溢れる優秀な人材、その知識をお借りするとしよう。」
確か隣国の賓客以外は数日間滞在すると言う話だったはずだ。
昨日の騒動で危機感を感じて予定より早めの帰国していなければきっとまだ居るはずだ。
果たして俺のような貴族でも王族でもない輩がホイホイ会いに行っていいのかは分からないが、これも捜査の一環だと言えば許してもらいるだろう。
きっと。
「うーん、たぶんゲームか何かで聞いた事あるんだと思うんだが、その手の話題もいける口だと良いなぁ。」
唯一の同郷にして同志、長命美形でおなじみのエルフへと転生した彼女に協力を願うべく、俺は城へと戻ることにした。
――――
「ふむふむ、なるほどですね…。」
宍倉鳴こと現エルフのユノは、俺が渡した例の絵を見ては神妙な面持ちで頷いている。
どこから持って来たのかハンチング帽にパイプまで咥えて…コイツ、形から入るタイプか。
本来ならこんな恥ずかし格好をしている人に近づいたり隣に腰掛けたりなんて絶対にしないのだが、今回は頼みごとをする立場である事と、ここが人目のない塔の上である事を踏まえて何とか妥協したのだ。
この人、普段からこんななのか?
何というか…エルフ族はみんな大人しそうに見えるから、こんなはしゃいだ格好をしているのがあまりに不自然で。
大丈夫かな、エルフの中で浮いちゃったりしてんじゃないんだろうか?
ちゃんと上手くエルフ付き合いできてるのか本気で心配だよ。
あまりにこの世界にそぐわないノリに、思わず俺の中のわずかなオカン属性が顔を覗かせてしまった。
これじゃまるで小学校に上がったばかりの子供を持つ親みたいじゃないか。
こんな大きくて美人で腐ってる子供の親なんて絶対に嫌だ!つか順番が違うわ!
伴侶も居ないのに子供が先に出来るなんて童貞街道まっしぐらもいいとこだぞ!
「はぁ…。」
「なんです、深いため息なんてついて?妙に疲れたような顔までしていますけど。」
「いや、なんでも。…で?何か分かるか?」
「ふっふっふ。初歩的な事だよ、友よ。」
「そういうのいいから。」
「ちぇー。」
ユノは頬を膨らませてつまらなそうに不貞腐れている。
うわ、顔が良い………じゃなくて。
ふざけはじめたら永遠に話が進まなくなるに決まってる。
どんなに可愛くお願いされようが、心を鬼にして話を軌道修正させるぜ。
…もう少し見ていたい気持ちがないと言えば嘘になるが、仕方ない。
「ここのこれ、英語…ではないんだろうけどアルファベットだよな?俺はこの世界に来てまだ日が浅いから絶対とは言い切れないんだが…、なぁ、これって…」
「”メメント・モリ”…、確かにこれはこの世界の文字でも言葉でも、まして魔術でもありませんね。」
「やっぱりか…、ん?魔術?これ魔術的な何かなのか?」
「えぇ、そうですよ。気づきませんでしたか?この文字はもちろんですけど、この魔術式もこの世界の物ではないです。いったいどうしてこんなものが…。」
「………。」
「ダビデの星に瞳の模様…これはあのボイジャーたちが使っている物に酷似していますね。ナユタ君も聞いたことくらいあると思いますが、彼らは人を人とも思わない魔術を求めるただの鬼です。新たな魔術を手に入れる為ならどんな犠牲も厭わない…、本当に怖い人たちです。もしこれが彼らの物で、この世界へも干渉してきているのだとしたら…。どうしました?」
「いや…話が見えないなって。」
「確かに途方もない事です。もし彼らの力がこの世界にも届くのだとしたら、私たちの存在を根底から覆す」
「いやいや、そうじゃなくて。」
「…?あぁ、失礼。もしかしてナユタ君は魔法学が苦手でしたか?それならもうすこし噛み砕きますね。まずこの一番上にあるユルですが…」
「そういう事でもなーい!」
「え?」
「…魔術、あったのか?元の世界にも。」
「…………………おぅ?」
ハトが豆鉄砲喰らったような顔…というものを初めてみたような気がする。
どうもさっきから話がかみ合わないと言うか、前提条件からおかしい。
「ナユタ君も聞いたことくらいあると思いますが」だって?
いやいや、知らないよ!聞いたこともない!
ボイジャー?何それ温かそうだネ!
つーかそもそも俺らの居た世界って魔法とか魔術とか、そんなファイナルなファンタジーじみたとんでも要素無かったはずだぞ。
俺が知らないだけだったのかもしれないけど、少なくとも二十数年生きてきた中でその片鱗を拝んだことは一度もねぇ。
それがどうだ?
同じ世界から来ているはずのユノの口から魔術だの魔法学だの当然のように…
さも義務教育でしたが?と言わんばかりの口ぶりで放たれるとは。
これはまさかというか、ほぼ確定したと言っても過言ではないと思うんだが…
俺たち、勘違いしてる?
「…驚きました。その様子だと嘘でも冗談でもないんですね?本当に、魔術のない世界であった、と。」
「あぁ、少なくとも俺の知る常識の範囲内に魔術なんてものは存在しなかった。」
「…そう、ですか。そう…」
「………。」
重い沈黙が俺たちを覆う。
なんだか目の前にいるユノが、突然まったく知らない人のように思えて仕方がない。
同郷の人間というワードがどれほど心強いものであったのか、まさかこんな形で思い知ることになるとはな。
幻滅…っていうとは違うけど、少なからず落胆してる自分が居る。
別にユノが悪いわけでも、ましてやこれまでの出会いや関係が変わる訳ではないんだけど。
なんだか、すごく気まずい…
「……………。」
「………、あー。あの、さ。」
「…まぁ、そうですよね。」
「ん?」
「そもそも転生先で同じ世界の人と会うなんてどんな確立?みたいな。それって運命の人なんじゃない?前世から繋がった赤い糸なんじゃない?なんて勘違いしてもおかしくないっていうかむしろ自然?みたいな?別に全然恥ずかしくないですしむしろ納得ていうかそんなもんよねー的な。」
「早口すぎてまったく聞き取れないんだが…。」
「いいんです聞き取れなくて。はー、そうですかそうですか。そうですよね知ってますそんなに世間は甘くないですよねー。期待してた方が阿呆なんですよねー、だ。別にいいですしわかってましたし傷ついてなんてないですし全然平気ですしお寿司。」
「し、宍倉氏?」
「気にしないでくださいただの愚痴です。…で、つまり私たちは限りなく近い発展をしたまったく別の世界から来たって事でオーケー?」
「お、おーけー…。」
何がオーケーなのかまったくわからないが、荒んだ目でそう迫られたら何も言い返せない。
これ以上美女の目からハイライトを奪わないためにもここは穏便に済ませよう。
それにしても、いつの間にか気まずさなんてどこへやら。
マシンガントークに困惑していたら元通りの雰囲気になったので一件落着って事にしておこう。
余談ではあるが、エルフ美女から睨まれることによって新たな扉が開きかけた事をここに報告しておく。
参考までに。
「話しを戻しますよ。…えーっと、どこまで話したんでしたっけ?」
「とりあえずこの魔術式?がユノの居た世界の物と似てるのは分かった。それで?これはどういった魔法なんだ?」
「さぁ?」
「…は?」
「いや、分からないので。」
「マ?」
「ん?」
マジか。
俺の一言、つか一文字?にキョトン顔なのは世界が違うからだという事にしておいて。
話しぶりからしてすっげぇ詳しそうだったのに、ここに来て結局用途不明かよ。
いや、初めから全部解明できるなんて思っては無かったけどさ。
期待はしちゃうじゃんよ。
一気に容疑者特定できちゃうかもとか思っちゃうじゃんよ!
「断定はできませんが、ある程度なら読み解けますけどね。」
「そういう所だぞ宍倉氏!大好き!」
「ふっふっふ、当然です!とは言ってもあくまで予想ですからね?頭の隅に置いておく程度に留めておいてくださいね?」
少し照れたように胸を張ったユノは、それでもどこか自信なさげに言葉を続けた。
まぁ、これが本当にユノの世界にあったものと同じような意味合いとも限らないし、それに関しては俺も分かっているつもりだ。
あくまでも参考として、そして手がかりになるかどうか熟考して、慎重に答えを導き出さねばならない。
「では…コホン。まず最初に、私の世界で悪事を働いていたボイジャー。彼らが神より使い魔を賜う為に用いていた魔術式がこれと酷似しています。私も詳しくは分からないのですがダビデの星に瞳のシンボル、周りに刻まれたルーン文字からもこれは使い魔召喚に使用しているのではないかと思います。しかし…」
「しかし?なにか引っかかることがあるのか?」
「はい。詳しい手順は把握していませんが、この召喚には必ず生贄が必要であったと聞いています。その…複数の女性だとか、子供だとか、ですね。ですがこの事件、殺された貴族以外に死者や行方不明者は報告されていないんですよね?旅人や奴隷を使用していればまだわかりませんが、それにしたって毎度たった一人を殺すためにこれは…手間をかけすぎているように思います。」
ふーむ、確かに。
たった一人を殺すために前もって何人も攫って殺しておく必要があるなんて二度手間どころじゃないっていうか、本命殺した方が早くね?って話だ。
そりゃ相手は貴族や豪族だし、警備的な意味合いでも必要な手順なのかもしれないが、なんていうか…リスク高すぎん?
それだけの人を集めて殺していたら街の様子はもっと荒んでいるものなんじゃないのか?
しかし現状、この街の人たちは今も平穏に暮らしている。
粛清者の噂だけが出回りどこか義賊のように感じている以上、少なくとも街の住人に被害らしい被害がないんだろう。
それだけの人が居なくなったのなら誰かしら騒ぎ出すはずだしな。
となると、やっぱり召喚魔法って線はないのかなぁ?
「んー、じゃあこの件は召喚魔法っぽいけど違う何かって事で一回保留にしておくか。えーと、あ。そういえばこの”MEMENTO・MORI”っていうのは何なんだ?」
「そうですね…確かラテン語で”死を忘れるな”的な意味だったと思います。誰しもいつかは死ぬんだぞーみたいなニュアンスですね。これに関しては完全にメッセージだと思いますね。この魔術式との因果関係はないでしょう。」
「へぇ、メッセージね。死を、忘れるな。………え?待て、メッセージ?それってじゃあやっぱり…?」
「えぇ、私たちと同じように異世界から来た人間が絡んでいる可能性が高いと思います。」
マジかよ…。
もしこの事件の犯人が俺たちの様な異世界出身者だとしたら…、俺はそいつにどう接すればいいんだ?




