第二章 44 まさかのエンカウント
静かな場所、落ち着いて考えるのに適した場所と思案した結果、以前一度だけ来たことのある城下に行く途中の大きな教会が思いついた。
あそこはまったく人通りがないわけではないのだが、緑が多くて比較的静か且つベンチのある場所という事で決定した。
前回はこのベンチにも先客がいたんだが…よぉし、今回は誰も居ないようだな。
周りをざっと見回してみたが人影も無いようだし、集中するのにはうってつけの状況だな。
俺は城を出る際にメイドが持たせてくれたサンドウィッチとお茶を口にしながら、持って来た資料に目を通すことにした。
「そういえば…俺のマント、どこに行っちまったんだかなぁ?」
騎士団本部から部屋に戻る途中で昨夜マントを引っかけた辺りの垣根を調べてみたんだが、なぜかそこにあるはずのマントが無くなっていたのだ。
風で飛ばされてしまったのか誰かが持って行ってしまったのか、この状況では憶測しかできないのだが散々探しても出て来なかったんだ、もう手元に戻ってくることはないのだろう。
あんなところに放置した俺が悪い、仕方のない事だ。
…そう頭では理解しているんだけど、実は結構ショックだったりする。
俺の服のほとんどはノエルが気を利かせて用意してくれた物で、件のマントも「もうすぐ雨季に入るから」とノエルがわざわざ用意してくれた物だったのだ。
俺が風邪を引かないようにって…
あーぁ、無くしたなんて言ったらノエルはなんて言うかなー。
きっと気にしなくていいなんて言って笑うんだろうけど、それでもなぁ…。
「はぁ…。」
「んー、ため息ぃ?何か悩み事があるなら僕が聞いてあげよーか、おにーさん?きっししし」
「うわっ!?お、お前…!」
「おっひさー!なーんだ、元気じゃーん。もっと絶望に打ちひしがれてくれてた方が嬉しかったなぁ、僕。」
帽子を深く被っていて口元しか見えないが…確かに見覚えがある。
この声この喋り方この笑い方、間違いない。
あの時、王都へ向かっていたあの時、俺たちを襲ったあの子供だ。
俺にナイフを突き立てて無邪気に笑っていた、俺が最初に精霊を宿して戦った相手。
名前はそう…
「ヴィヴィ、お前生きてたのか。」
「うん!」
そう、ヴィヴィだ。
あの時と同じように無垢な笑みを口元に浮かべ、決して良いとは言えないが整った身なりで俺の目の前に立っている。
怪我…はどうやら治っているようで安心した。
ノエルの話だと、どんな攻撃を加えても平気な様子で向かって来たらしいが、如何せんこんな子供にあんな攻撃をしまったので若干の焦燥と心配が腹の底で渦巻いていたのだ。
しかしそれも杞憂に終わったみたいだな。
どんな魔法なのかは知らないが、聞いた通りのタフボーイであるようだ。
「…そっか。」
「えー、なぁにーその反応?もっとこう、無いの?『貴様、死んだはずじゃ!?』とか『何しにきやがったテメェ!』みたいなさー?なんで一言しか言わないのー?ねーねー、つーまーんーなーいーよぉ。」
そうは言われても突然の事でどうにもアドリブが効かないんだから仕方なかろうよ。
目の前に命を狙ってきた殺人鬼が居るっていうのに、元気そうだなとか傷は大丈夫だったかなとか、そういう事が頭に浮かんできて自分でも困惑してるんだし。
何でだろうな。
王都に来てからこのくらいの年頃の子供と接する機会が多かったせいでいらん親心みたいなものでも生まれちまったんだろうか?
…そりゃまずいな。
殺人鬼相手にこんな腑抜けた対応してたら、命がいくつあっても足りないだろ。
―――やぁ、久しぶりだな!
―――そうだね!元気そうだから殺すね!
―――うわー!!
…ありえる!!
容易に想像できるぞ、アホの子な俺!
こんな無様な死に方したら死んでも死にきれねぇよ!
つーか申し訳なさ過ぎるっ!
警戒心、警戒心を持つんだ俺。
子供相手だからと油断して刺されたあの時の事を思い出せ…!
…ん?そういえばコイツ、なんで俺の事殺さないんだ?
さっきまでの俺は完全に油断していたし、何ならコイツは後ろから俺に声をかけて来たのに。
今だって俺のサンドウィッチをつまみ食いしてるだけで襲ってくる気配がまるでない。
なんだこれ、油断させるための罠か?
いや、それにしては様子が…。
「むぐ、なーにー?僕のことじーっと見ちゃったりしちゃったりして。あ、もしかしてお兄さんてそういう趣味なのー?いやーん。」
「はぁ!?ちげーよ…お前、何してんだ?」
「ん、何ってお兄さんのご飯を食べてるんだけど?さすがお城に住んでる人はいいもの食べてるねぇ。…あぁ、だから怒ってるのー?やだなー、一個くらい良いじゃんケチー。細かいこと気にしてるとぉ、えーっと、なんかアレがアレしちゃうぞー?きっししし」
ヴィヴィは無邪気に笑いながらもう一つサンドウィッチを手に取って口に運ぶ。
その所作に殺意はもちろん打算的な物は何も感じなかった。
ただ本当に単純に知り合いが居たから話しかけて、お腹が空いてるから食べている…それだけのようにしか見えない。
おいおい、もしこれが演技だったら役者になれるなんてレベルじゃないぞ。
「んー?なぁんか警戒してるー?…あー!なるほどなるほど、お兄さんは僕の事が怖いんだねー?きっしし、なるほどそういう。だーいじょうぶだよ、安心して。お兄さんたちを殺すって話、アレ流れたから。」
「…は?な、流れた?どういうことだよ、それ。」
「どういうもこういうもないよぉ?僕らがお兄さんたちを殺せなくて、それどころか逆にボッコボコにされちゃって。あー、あれは痛かったなぁ。そんで怪我が治ってからもう一回行こうかなーって思ってたらー、なんかねー、もう良いんだってー。えぇっとー、あー…別の仕事、頼まれてさ。お兄さんたちには何もしなくていいんだってー。まぁ僕的にはー?お兄さんたちにやられた分はやり返したかったんだけどぉ、もうお金貰えるわけじゃないし、また怪我して痛い思いするのは嫌だし、別にいっかーってなったワケ。お分かったかい、おにーさん?」
「あー…、つまりお前はもう襲ってこないのか?」
「そゆことー。」
…果たしてこの話、信じても良いんだろうか?
正直、今のヴィヴィを見ていると本当に何もする気がないように思える。
最後のサンドウィッチに手を付ける様は無害な子供そのものだ。
てかおい。
どんだけ食うんだよ、俺のだぞそれ。
お茶まで啜って優雅にランチしてんじゃねーよ、人の飯だぞ。
………なんか調子狂う。
緊張してピリピリしてる俺が馬鹿みたいに思える程度にはおかしな空気だ。
しゃーない、コイツの話を100%信じたわけじゃないがとりあえず事を構える気がないなら放っておこう。
殺そうとしてきた奴と飯を食うなんてどこの変人だよって話だけどな。
「はぁ…なんか一気に疲れた。俺にもお茶くれ。」
「わー、馴染むのはやー。僕が言うのもなんだけど、お兄さんはもう少し警戒心ってやつを持った方がいいよー?でないといつか本当に死ぬよー?」
「あーあー分かってますよ俺だって。でもなー、なんでだかお前を警戒できないっていうか…。いや、警戒はしてるけど。なんつーか、お前の事全然知らないけど知ってるような気がする…みたいな?」
「へー、頭大丈夫?」
「テメェ…。」
「きっししし!冗談だよ、じょーだん!全然バカになんてしてないから安心していいよー。わぁーお兄さんやっさしー!そんけー!」
「よしよし、お前の考えはよーく分かった。歯ぁ食いしばれ…!」
「こわーい。色んな意味でお兄さん怖すぎー。これでも本当に感心してるんだよぉ?直感っていうか、意外と侮れないのかなーってさ?」
「わけわからん!」
「だよねー、ぼくもー。きっししし」
そう言ってヴィヴィはベンチに置いてあった資料を拾い上げパラパラとつまらなそうに見始める。
暇なんだか知らないが大人で遊ぶのは感心せんな。
こっちはこれでも仕事中なんだから、子供は大人しく家に帰りなさいって…あれ?
この資料って一般人に見せていいものなのか?
…大丈夫、だよな?写しも簡単に貰えたし、持ち出し厳禁だとか極秘資料だとかも言われてないもんな?
………な?
「なにこれー、粛清者の事件じゃーん。わーすごーい、こぉんなにしっかり調べてくれてるんだねー。なになにー、もしかしてお兄さんは粛清者に憧れてるのぉー?尊敬してるぅ?」
「ちげーよ、つか返しなさい!これは騎士団からもらってきた大事な資料なの!これ見て粛清者を捕まえる手立てを考えなくちゃいけないの!」
「…ふーん。」
「まったく。いいか、今見たものは他言無用だぞ?誰にも言っちゃダメだからな?な?」
「…うん、わかったー。」
「絶対だぞ?フリじゃないからな!?」
「わかったってばー。」
ヴィヴィから資料を取り返して念を押す。
これでうっかり騎士団の耳にでも入ったら怒られるだけじゃすまないかもしれないし。
一般人に見られたってだけでも問題になりそうなのに、怪しい仕事を生業にしてる子供に見られたなんて知られたらどうなる事か…。
うん、気を付けよう。マジで気を付けよう。
これ以上ポカをやらかしたら本気でどうなるか分からんからな。
それこそ去勢沙汰だ…
「…ねぇ、おにーさん?」
「ん?なんだよ。」
「その資料さー、表紙に書いてあるのって作った人の名前…かなー?なんて読むのー?」
「あ?あぁ、これか。えーっと、アルフレッド・デイズ…かな?読み方はあってると思うけど、それがどうかしたのか?」
「んー?いいやーなんでもー?字が読めないから聞いただけー。…それじゃ僕はもう行くねー。これからお仕事だからさー。」
「おー…って仕事?お前まさか…。」
「なにー、興味あるのー?きっしし、でも教えてあげなーい。気づいてないならそのままでもいいしぃ?きっしし。」
「…どういう意味だ?」
「さーてね?じゃ、ごちそう様。あ、それと。あの時はありがとねー。」
「あの時…?」
「きっしし、まぁたねー。」
「おい待て…っ!?」
ヴィヴィが林に足を踏み入れた瞬間、突然辺りに深い霧が立ち込めた。
その霧はあっという間に周囲を飲み込み、自分の足元さえ見る事ができない程濃くなっていく。
こんな霧ではヴィヴィを追う事も敵わず、俺は観念してこの霧が晴れるのをじっと待つことにした。
結局アイツは何しに来たんだ?
わざわざ俺を殺さなくて良くなりましたって言いに来たってわけでもないだろうし。
アイツ仕事の事も気になるんだが…、どうにも確認しようがないんだよなぁ。
「またね…か。次に会う時もこんな風に、ほのぼのした雰囲気で話せたらいいけどな。」
始めに会った時は殺し合って、次に会った時は呑気に飯を食った。
なら三度目はどんな状況で会う事になるんだろうか。
出来れば平和な雰囲気の中、和気あいあいと話したいものだ。
そう上手くいけばいいけど。
「ってフラグを建てておけば逆に回収されない説、あると思います。」
不穏なフラグはバシバシ折っていくつもりなんで、期待しといてください。
何なら次に会った時には何でも話せる大親友になってますって、マジで。
え?これもフラグ?
折っときますんで安心してください。




