第二章 43 犯行現場
少し短いですが切がいいので
申し訳
城の一角、本来ならば賓客に宛がわれる部屋の一つ。
美しく保たれているはずのその部屋にはあるべき秩序がなく、あるのは見るも無残な残骸だけだった。
入り口から寝室にかけてまるで何かから逃げようとしていたかのように荒れ果てている。
棚に置かれていたであろう調度品は床の上で砕け散り、部屋を彩っていたはずの草花はその役目を果たせず朽ちている。
元がどのような部屋であったのかは知らないが、少なくともここまで混沌とした状況ではなかったはずなんだ。
この原型を留めることが出来なかった平穏が、被害者の苦痛と恐怖を際立たせている。
そして極めつけがこの絵だ。
荒れ果てたこの部屋自体には一滴の血も残されていないというのに、被害者が見つかった場所―――寝室の壁だけには被害者の血を使ったであろ不気味な絵が恐怖を駆り立てるようにまざまざと残されているのだ。
これが何を意味しているのかは分からない、しかし何かを意味している事だけは分かる、そんな絵だった。
「…また、これですか。絵なのか文字なのか分かりませんが、まったく悪趣味この上ない。こんなものをいちいち残す神経が分かりません。」
「当たり前だ。だいたい、こんな物を生み出す奴と同調なんてしたくもねぇだろ?…だが犯人を特定するための重要な証拠でもある。しかしまぁ…悪趣味、だよなぁ。ここまでして何を伝えたいんだか…、自己顕示欲の高い奴は大変だなぁ。」
「まったくです。毎度こんな物を残されてたら嫌でも同一人物の犯行だってわかりますし…、もう舐められてる気しかしませんね。」
「まったくだなぁ。あーあ、ったくこっちも色々忙しいってのに仕事増やすなよなぁ。これじゃサボれもしねぇよ、なぁアルフレッド?」
アルフレッドはこの事件をずっと担当し調査を続けてきた若い騎士だ。
騎士団にしては珍しく机仕事を得意とし、良くも悪くも細かい事に気が付く非常に優秀な男である。
もちろん騎士団に身を置くからには戦闘の方もそつなくこなす奴なのだが、細かくまじめな性格と読み書きや計算が得意だった事を買われ、次第に事務仕事を押し付け…ごほん、任されるようになり、いまじゃ騎士団には欠かせない机の上の鬼となったのだ。
これに関しては本人も納得の上で仕事しているので何の問題もないんだが、なまじ優秀で気が利くもんだから、これは騎士団の次期参謀だー!などと周りが騒いで仕方がない。
はて、この騎士団に参謀なんていた記憶はないんだがな?
まぁそういう性格と実力もあって、このいわゆる”粛清者”に関する事件の調査と記録をアルフレッドに任せていたのだ。
任せきり…と言っても過言ではないのかもしれんが。
しかしこの騎士団結成以来史上最悪ともいえる難解な事件、なかなか犯人を特定できずに被害を拡大させてしまっているせいか、次は我が身の貴族たちから苦言を呈されるようになってしまった。
アルフレッド本人はあまり気にしていないようで、黙々と資料をまとめているようなんだが…。
さすがにそれを知っていて何もしないわけにもいかず、今回の被害者の事もあり俺も調査に加わることにしたのだ。
正直この場では何の役にもたてんかもしれんが。
「まったく、サボらないで下さいよ団長。知ってるんですからね、いつもそうやってサボっては散歩に出かけていること。テレスさんからも何か言ってくださいよ、ひよっこの僕からじゃ全然効果ないんで。」
「アルのいう通りですよ、団長。あなたがサボったら下の者たちに示しがつきません!もう少し団長としての自覚を持ってください。…ですが、そうですね。団長のお気持ちもわからない私ではありませんので、ここは仕方なく私が代わりに。でもどうか安心してください。私、必ず生きて戻ります。待ってくれている人を置いて居なくなったりするような薄情者ではありませんから。それでも、もし戻らなかったらその時はっ!………いいえ、この話はよしましょう。さ、私に構わず団長はしっかり仕事してください。私は…大丈夫ですから。ね?」
「テレス…」
「はい…」
「何ちょっといい話風に言ってんだ。通らんぞ、んなもん。」
「…はぁ、テレスさんに言った僕が馬鹿でした。反省して改めます。」
「まったくまじめねぇ。そんなんだから実力あるのに出世しなくていまだに事務仕事の童貞なのよ?」
「待ってください?僕が事務を引き受けているのはこっちの方が性に合ってるからですし、僕の体が清らかである事は誇る事こそあれなじられるいわれはありませんよ?なんです、まるで恥ずかしい事のように。」
「………アルフレッド、お前のそういう妙に自身満々なところ、俺は好きだぜ?」
「団長に好きとか言われても嬉しくありません、いいから仕事してください。」
「団長しょんぼり。」
大げさに傷ついたような態度をとってみたが、誰一人として見ようとしない。
おいおかしいだろ、こいつら俺が団長だって事忘れてんじゃねぇのか?
これが上司にとる態度とは到底思えんのだが…?
置いてけぼりをくらう俺を完全に無視して、俺の優秀な部下たちは黙々と仕事をこなしていく。
これは本当に要らないな、俺。
貴族への体裁上、俺がここに居ることに意味はあるんだが、それ以外は本当に役に立てん。
ため息を交えつつ、改めて壁に描かれた絵とその下に書かれた文字のようなものを見る。
毎度現場に残される印、同一人物の犯行であるとわざわざ教えるような証拠。
こんな足の付きそうなものを残してまで犯行を重ねる理由はなんだ?
自信か?嘲笑か?
何にしてもこれは…
「…舐められてる、よなぁ?」
「はい、完璧舐められまくってます。」
「ですね。私としては舐められるのも悪くはないのですけど。どうにもこういう陰湿な反抗は可愛げがなくて嫌ですわ。」
「…ツッコまねぇぞ?それにしても面倒な奴だぜ。もうその無駄に高い自己顕示欲とやらで名乗り出てくれりゃーいいのに。」
「そうですね、相手が馬鹿ならあるいは。さ、ふざけるのはこの辺にして仕事しますよ。シャキッとしてください、騎士団団長ジーク・シーク。」
「はぁ~あ、しゃーねーな。」
観念して現場を確認するがどうせ何もありはしないだろう。
毎度のことではあるのだが、殺された現場にはこの壁に残された絵の他にこれと言った証拠は残されていない。
被害者の形跡ならごまんとあるんだが、犯人(もはや人の犯行かも疑わしい)が確かにここに居たと証明できる物が何一つないのだ。
いやーまいった、普通なら足跡なり何なり残ってるもんなんだが。
まるでこの部屋には被害者以外何も居なかったんじゃないかと思うくらい不自然に何もない。
それならそれで、呪いの類だろうと調査の方向を変えるんだが…。
呪いにしては部屋の荒れ方がなぁ。
これは被害者がもがき苦しんだ結果というより、迫りくる何者かから身を守ろうとしてこうなったという感じだ。
被害者の焦りや必死さみたいなもんがひしひしと伝わってくる。
それに毎回ご丁寧にこの絵を残してるって事は、ここに誰かが居たって事でほぼ間違いないだろう。
しかしそうなってくると話が戻る。
あー、本当に面倒な事件だ。
なまじ被害者の身分が高い分、本当に面倒臭い。
身分の高さはそのまま自尊心の高さに等しい…とは一体誰の言葉だったか。
「やれやれ、せめて姫様を見習ってもう少し謙虚になってもらいたいものだぜ。」
正体不明・凶器不明・動機不明と嫌な三拍子の揃ったこの事件。
解決の糸口も見つけられないまま犯行を続けられてちゃ騎士団の信用もがた落ちだ。
ただでさえ昨日の模擬戦でも怪しい奴を獲り逃してるんだ、これ以上失態を重ねたくはない。
うーん、これは次の犯行を未然に防げないと騎士団への風当たりがますます強くなるな。
ましてや今は外国の賓客も多い。
これで他国の貴族から被害者を出してみろ、俺の首だけじゃ済まなくなるぞ?
「お?やべぇな、俺たちだいぶ窮地じゃねぇか。」
「はい?何か言いましたか?」
「…いや、何でも。」
アルフレッドの問いかけに慌てて誤魔化して捜査を続ける。
俺が焦ってちゃ士気も下がる、か…。
やれやれ、ほんと俺には向いてない。
ただの騎士だったころの方がよっぽど気楽でいられたのに、まったく妙な役回りを押し付けられたもんだぜ。
適当に鍛えて、適当に仕事して、適当にサボれてた何も知らないあの頃の俺が羨ましい。
…だが、ま。
決めたもんはしょうがない。
二度とあんな事が起きないようにするには、これが一番いい答えだったんだ。
誰かがやらにゃならんのならその誰かに押し付けるだけなんだが、こればっかりは他の誰かにゃやれねぇよ。
俺がそうすると決めたんだ。
それなら俺は、ただ進むだけだ。
…うっし、そんじゃ働きますかね。
さっさとこの事件を解決して、美味い酒でも飲みながら花見にでも出かけてぇもんだぜ。




