第二章 41 予期せぬ事態
さて、結局最後まで不満そうだった子供たちとは『明日また来るから!絶対来るから!だからはーなーせー!!』という微笑ましい(の一言で終わらせるにはあまりに長い)やり取りをしたのちに別れることとなった。
まったく、子供たちがこんなにも疑り深くなったのは間違いなく各々の両親が原因だろう。
これは早いうちに家庭訪問を行い、厳正なる調査の下、上の者に労働環境と待遇に関して物申さねばならないかもしれないな。
いくら住み込みだからって仕事とプライベートの境界を曖昧にさせるのはよろしくない。
俺みたいな独り者ならまだしも、ティムたちのようなまだまだ甘えたい盛りの幼子の気持ちを犠牲にしてまで働かせるなんてブラック以外の何物でもないだろう。
未来ある子供をすくすくと育てるためにはまず、親が側に居なくてはな。
「とは言っても、俺には何の権限もないんですが。」
悲しきかな、俺はただの小間使い。
今だって王様からのお使いを頼まれてやってるだけの、派遣社員みたいなものだ。
偉そうに物申したところで「誰だお前」の一言で終わりそうな気がする。
そうだな…唯一の強みと言ったら国の上の人たちと少々顔見知りなくらいか。
それもなんだかなー。
知ってるだけで親しいわけではないっていうのが俺のダメなところよねー。
小物感に拍車をかけるっていうか、「俺の父ちゃん、大企業の社長なんだぜー?」って自慢してる小学生以下みたいな?
まぁ実際問題、俺が周りの人間と釣り合ってないのが悪いんだよなぁ。
「いや、釣り合うも何もないんだけどさ。」
王族や貴族にでもなれば釣り合いも取れるんだろうけど、そういうの向いてないっていうかそれ以前に器じゃないっていうか…ねぇ?
ちょっと想像してみたが何とも言えない滑稽さだったので脳内にそっと仕舞っておこう。
本物の王様を目の前で見た事あるのに、どうして俺の想像はカボチャのパンツに白タイツなんだ…。
乏しいなんてレベルじゃない想像力の無さに絶望を覚える。
「っと、着いたな。ここが騎士団の詰所…か。なーんか思ってたよりずっとデカいな。」
城の裏手にある騎士団の訓練場。
それよりも少し手前側、城と隣接して建てられている白くて大きなこの建物がどうやら騎士団の本部であるようだ。
入り口と思われる所に騎士の姿はないようだが、なんだか格式高い感じで近寄りがたいな。
…勝手に入っても大丈夫なのか?
「ま、いきなり切られるような事もないだろう。適当に人を見つけて話しを聞いてみるとしますかね。」
そう意気込んで突撃したのはいいんだが、石造りの入り口をくぐり中庭のような場所に出ても人っ子一人居やしない。
留守…なんて事あるのか?
今しがた素通りしたが入り口にはきちんと受付のようなものはあったが、そこにも誰もおらず飲みかけのお茶だけがゆらゆらと湯気を発していた。
まるでちょっと用を足しに出ただけのような感じだ。
…やっぱりおかしい。
じっと周りの様子を窺うと微かに人の気配はする。
しかし姿はおろか影さえ見ない。
これは何だ?
あれか?みなさんまとめて休憩中みたいな。
いや、それにしては不用心が過ぎるか。
確かに騎士団の本部、いわば猛獣の檻の中みたいな場所に好き好んで不法侵入するようなバカは居ないだろうけど。
それにしたってこの警備の薄さは軽率過ぎない?
これで爆弾でも仕掛けられちゃったら笑い話じゃすまないでしょ。
まぁ爆弾があるのかどうかは置いといて。
「んー、とりあえずもう少し待ってみて、誰も来ないようなら時間ずらして…」
「舐めた事言ってんじゃねーぞ、この粗○ン野郎!」
「ままままて、落ち着けえええええええええ!!」
「え?」
激しく怒気を含んだ女性の声と共に二階の扉が吹っ飛んだかと思えば、そこから一人の男と巨大な斧が吹き飛んできた。
男はそのままほぼ真下に落ちていったのだが、巨大な斧は勢いをそのままに俺の真横すれすれを通過して後ろの壁に突き刺さった。
あまりに一瞬の出来事すぎてこの状況をうまく理解できずに佇んでいると、吹き飛んだ二階の部屋から二人の女性が出てくるのが見える。
一人は泣いているようで、手で顔を覆いもう一人の女性に支えられるように肩を抱かれている。
よく見ると不自然にお腹だけ大きい、妊婦さんなんだろうか?
それにしても、ますます状況が分からん。
とりあえず足の震えを抑えるべく深呼吸を繰り返す。
よく漏らさなかったな、俺!
「ほら、あんたも泣いてばかりいないで何か言ってやりな。これからは守られる立場から守る立場になるんだよ、ここはひとつその子に強い所を見せてやるといいわ。」
「うぅ、そうですよね。泣いてばかりじゃだめです、よね?この子を守れるのは、私しかいないんですもの。頑張らないと!…っ、あ、あなたなんてもう知らないんだから!この子は私が一人で生んで、一人で育てていきます!あなたが居なくたって全然大丈夫です!二度と私たちの前に顔を出さないでください!あなたなんて、あなたなんて………大っ嫌いだわ!!」
お腹の大きな女性が声を震わせながら叫ぶそうにそう言い放った。
下に落ちた男はその様子をどんな顔で見ていたのかはわからないが、その背中にはどこか困惑と寂しさのようなものが感じられた。
「あっはははは、よく言ったわ!だそうよ、残念だったわね。こぉんなにいい女を逃してちゃって、本当あなたは馬鹿な男だわ。これに懲りたら、せいぜい男を磨きなさいな!口だけで生きていけるほどこの世は簡単じゃないんだからね!」
「う、ぐぐぐ…」
何これ。
修羅場?修羅場なの?
話しの流れ的に、落ちてきた男が何かやらかして制裁を加えられた感じのようだけど。
それにしたってえげつな…、斧って。
何をやったら斧で吹き飛ばされるような事態に陥るんだよ。
いや、察するに恐らくこの男に同情の余地はないんだろうけど。
「…ん?なんだそこのお前。変な仮面着けてるあんただよ。客…の割にはおかしな雰囲気じゃなの。何しに来た?」
「あ、俺は王様の…ひっ!」
俺が事情を話そうとした瞬間、後ろの壁に刺さっていた斧がまるで巻き戻っていくかのように二階にいる女の手元に飛んで行った。
そういう武器なのか魔法なのかは知らないが、わざわざ俺の真横スレスレを通す必要があったのかだけは聞いておきたい!どうせ碌な理由じゃないんだろうけど!
…まずいな。
女性のただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、先ほどまで姿が見えなかった騎士たちがぞろぞろと出てきた。
てか、ほとんどさっきのドアが吹き飛んだ二階の部屋に居たようだ。
参った参った、これじゃ完全に不審者扱いだ。
これは対応を誤れば豚箱行きもありえちゃうぞぉ…。
とりあえず両手を上げて無害アピールをしつつ、何とか弁解してみよう。
「あー、自分は決して怪しいものではなくってですね」
「だろうね、怪しい奴が素直に言ってくれれば私たちの仕事ももっと楽になるってものだもの。」
「えーと、そうですよねぇ。心中お察しします。でもですねぇ…」
「そうね、あんたには感謝しないと。そんなにわかりやすく不法侵入して、顔までご丁寧に隠してくれちゃって、それで怪しくないなんてほざくんですものね?」
「いや、不法侵入では…ないつもりだったんですけど。結果的にそうなっちゃったというかなんというか…」
「あら、言い訳がましいのね。私としてはもっとはっきりした男が好みだわ。馬鹿な男も嫌いじゃないけど。でもその不完全な庇護で乗り切れるなんて思ってるほどお馬鹿だと萎えちゃうわぁ。お馬鹿すぎてこっちが侮辱されてるのかと思うく・ら・い?」
「ん、んん?ちょっと話が分からなくなってきたんですが、あー、とりあえず騎士団長はいます?実はあいつ俺のダチで…」
言い終わる前に強い衝撃に襲われ俺は勢いよく尻もちをついた。
恐る恐る目を開けると、俺の足元には先ほどの大きな斧が深々と突き刺さっていた。
ひえ…
「あー、ごめんごめん。あまりにムカついものだから、うっかり投げちゃったわ。で?誰が誰のダチだって?」
口元は笑っているが、その目は完全に瞳孔が開いていて殺気がビシビシと伝わってくる。
なんだよコイツ、こえぇ…
つか何で怒ってるの?俺がジークとダチだって言ったから?
しょうがないじゃん事実だもん!って言っても全然信じてくれそうにないか。
そう言おうものならその瞬間、俺の首が吹っ飛んじまいそうだ。
つか、それ以前にチビりそう。
だって本当に凄まじい殺気なんだもん!手足も震えちゃって動けないくらい怖いんだもん!
どうしよう、このままじゃ何もしなくても殺される…!
「あ、あぁ、の…」
「はっ!情けないねぇ。それでもあんた付いてるの?なんなら私が取ってあげようかぁ?」
「ひぃ!!」
取られる!現状俺の大事な未使用品が、無慈悲に無情に刈り取られてしまう!
動け俺の手足!出ないと、ここから逃げないとぉ、俺の可愛いムチュコタンがあっ!
「あっ…」
「あ。」
「ん?どうし…た…」
短い悲鳴のような声と共に微かな水音が辺りに響く。
惜しげもなく周囲に殺気をまき散らしていた女性は、突然の事で振り返ってから状況を把握するまでにラグがあったようだが、高さがあるとはいえちょうど対面に居た俺は何が起こったのか正しく把握できていた。
思えば確かに予兆はあった。
会話や状況から察して余りあるストレス。
か細い体に不釣り合いな大きいお腹。
そして普通に生きていれば向けられることのない強い殺気。
俺たちが会話している時から不自然なほどお腹を擦っていたのは気になってたんだが、なるほどそういう事だったか。
なんて我慢強い…、いや、一人で母になると宣言していたほどだ、これも覚悟のなせる技なのかもしれないが…。
それにしたってこの時ばかりはもっと早くに助けを求めるべきだったろうに!
先ほどまで威勢よくシンママ宣言していた身重の女性は、真っ青な顔で自分の足元を凝視している。
その視線の先、女性の足元には大きな水溜りが出来ていた。
破水、したようだ。
「あ、あぁ、ど、どうしよう…、わ、わた、わたし、」
「っ!し、しっかりしな!ほら、私に掴まって!」
「あ、ああ、赤ちゃん、たすけ、っ!」
「え!?あ、あぁ、もちろんだわ、私に任せて!えっと、ま、まずは…えっと…!」
「まずは産婆か医者を呼んでください。それから清潔なタオルとたっぷりのお湯を用意して。」
「な!?あなたいつの間に!不審者がっ!近づくんじゃない!!」
「大きな声を出すなよ。それに今はそんな事言っている場合じゃないだろ、人命第一。ましてや母親と赤ちゃん、二人の命が掛かってるんだ。ちんたらしてないでこの人をベッドに運んでくれ。」
「っ…、分かった。ただし、少しでも怪しい動きをしたらタダじゃおかないわよ!」
ビシッ!っと効果音が付きそうなほど勢いよく俺を指差した女は、その物騒な発言とは裏腹に優しい手つきで妊婦を抱え上げた。
とりあえず一時休戦という事でよさそうだが…。
むしろここからが本当の戦いなのかもしれないな。
――――
「ひっ、いたっ、痛い痛い!!」
「頑張って!えっと、が、頑張るのよ!」
「いやっ死んじゃう!痛い、痛いよぉ!」
「死なないわよ大丈夫!あなたが赤ちゃんを守るんでしょう?!が、頑張るのよ!」
部屋の中から悲痛な叫びと、何とも頼りない励ましの声が聞こえてくる。
心もとねぇー…。
そういう俺はというと、部屋の外でボロボロになった暫定父親と野次馬騎士に交じって中の様子を窺っている。
部屋の中に居るのは先ほどの二人の他に何人かの女騎士。
タオルやらお湯やらを持たせて送り出したはいいんだが…、会話を聞く限り狼狽しているだけのようだ。
まいったな、誰もこの手の経験なしか。
産婆を連れてくると言って出て行った騎士もまだ戻って来る気配はないし、中はこんな状況だし…。
「………しゃーなし、だな。」
「お、おい!何するつもりだよ!?」
「何って、お前も中の様子を聞いてただろ?このままじゃ危ないから助太刀に行くんだよ。」
「な!?お、お前、男だろ!?男が行っても役に立つものか!それに、彼女は今…ゴニョゴニョ」
「あーあー、何言ってるか聞こえません!言いたいことがあるならもっとはっきり言いましょうね、このタコ!それにな、変な想像してるならお前は絶対入るなよ!この先は新たな命が生まれる神聖な場所だから!邪な考えが浮かぶ人はお呼びじゃない!じゃ!」
「あっ!」
まだ何か言いたそうな暫定父を振り切って部屋の中に入る。
父と言っても二十歳過ぎてるか怪しいくらいの若い兄ちゃんだったが、認知するかはともかくこれから親になるっていうのに情けないやつだ。
男が役に立たないなんて言い訳してないで、側に寄り添って励ましてやりゃ良いのに。
ま、彼女がそれを望んでいるかは分からないけど。
騎士団本部まで身重な彼女が来たのは、お前をぶっとばす為だったわけじゃないだろうに。
「ちょ!あなた何入ってきているの!?男の人は出て行きなさい!」
「お前…!何考えているんだ!」
「聞いてらんないんだよ、お前ら。…ってタオルもお湯も放置してんじゃねーよ!お前ら本当に何も知らないのか!?」
「こ、これは!まだ赤ちゃんが生まれたわけじゃないし、使わないと思って!」
「そ、そう!それに、お湯の温度はちゃんと一定に保てるように魔法をかけておいたから大丈夫よ!」
「…それで妊婦をベッドに寝かせて、お前らは周りで見てるだけって?」
「は、励ましてた!」
「………はぁ、わかったもういい。よく見たら若い子ばっかりだもんな。」
「偉そうに!お前に何が出来るっていうんだ!」
「とりあえずあんたは汗を拭いてやれ。それからお前、腰を擦ってやってくれ。あんたは他の部屋から枕をいくつか持ってきてくれ、背もたれにするから。」
「え…。」
「ほら、早く!」
「「「は、はい!!」」」
「何を勝手な…!」
「よぉ、痛いよな?でも赤ちゃんも生まれて来ようと頑張ってんだ、もう少しだけ一緒に頑張ろう。ほら俺の真似してみ?ひっひっふー、ひっひっふー」
「ひ、ひ、ふー、ひ、ひ、うっ!い、いーっ!!!」
「力むなー、ゆっくり、息するんだ。もうすぐ産婆さんが来てくれるからな?ほら、ひっひっふー。」
「んっ!ひっ、ひっ、ふー、ひっひっふー…」
「上手上手。ひっひっふー、ひっひっふー。…何ボーッとしてんだ、お前もやれよ。」
「え、何で私も!………ひっひっふー?」
「そうそう。ほら力を抜いてひっひっふー、ひっひっふー。」
「ひっひっふー…ひっひっふー…」
しばらくそうして部屋に居る全員でラマーズ法を実施していると、枕を抱えた女騎士が産婆と一緒に戻ってきた。
これでようやくお役御免かと部屋を出ようと思ったが、懸命に頑張ってるお母さんが俺の手を握ったまま離さなかったので結局最後まで立ち会う形になった。
産婆は妊婦の呼吸法に首を捻っていたが、容体が安定していることに気が付いたのか途中から一緒にやっていた。
ラマーズ法…、この世界にはないのかな?
しかしそこからはあっという間で、産婆が来て5分もしない内に元気な女の子が生まれた。
産声を聞いた暫定くんは飛び込むように部屋に転がり込むと、母親の腕の中に居る赤ん坊を見て膝から崩れ落ちた。
ぽろぽろと泣きながら這いずり寄ってきたが、赤ん坊に触ろうと伸ばした手を叩かれると絶望の表情に変わる。
しかし彼女の「………手、洗って来てよ。そしたら抱かせてあげるから」という言葉を聞くと喜々として立ち上がり目にも止まらぬ速さで部屋を飛び出していった。
この様子なら意外と二人は大丈夫かもな。…いや、もう三人か。
「さてさて、御後がよろしいようで。俺はこの辺で…」
「待て。」
「…で、ですよねー」
どさくさに紛れてこの場を後にしようとした俺の襟首が乱暴に掴まれ引っ張られる。
振り向かなくても分かる殺気の持ち主に両手を上げて降参の意を表す。
良い雰囲気だったしこのままほのぼのと立ち去れると思ったんだけどなぁ、そうは問屋が卸さなかった。
これから荒んだ大人の時間(R18G)が始まるのかな…。
「お前は…」
「アリスさん。」
「ん、どうかした?」
「その方、悪い方ではないと思います。いいえ…悪い方ではないです。」
「…。」
「あとでその方とお話ししたいので、用事が終わったら教えてください。」
「あんたはまだ歩いちゃダメよ。」
「では連れてきてください。」
「…。」
優しく、でもどこか凛々しく笑う彼女に観念したように「わかったわ」と呟くと、俺を引きずりながら部屋を出て行った。
部屋から出る時、ベッドの上の彼女が小さく手を振ってくれた。
俺はそれに軽く手を上げ応じたが、同時にドアが閉まったので伝わって無いかもしれない。
クソドア、お前も吹っ飛ばしてやろうか…




