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確かに俺は最強だった。  作者: 空野 如雨露
第二章 王都編
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第二章 38 情報整理と汚部屋探検

   本当にあった怖い話

気が付いたらクリスマスが終わってた。




あの場は俺が帰還したということで解散になり、今はノエルとクロエと共に俺の部屋で情報共有を行っている。

時間が時間なのでそんなに長い間拘束するわけにはいかないが、それでも少しでも情報を知っておきたくて無理を承知でお願いした次第だ。

ありがたい事に二人とも二つ返事で了承してくれたので、その好意にありがたく甘えさせてもらっている。


「さて、時間もない事だしさっそく本題に入りたいところなんだけど、最初に一個だけいいか?」


「えぇ。時間はあまり気にしなくて大丈夫だから、何でも聞いて。」


「ではお言葉に甘えて…。クロエの魔法って何なんだ?見た感じだと影を使っているようだが、移動したり通信したりもできるものなのか?俺を探してくれたのも関係してるみたいな感じだったけど…。」


ノエルは事前に知っていたようだが、クロエの魔法はかなり万能だろう。

なんたって攻撃はもちろん移動や通信、遠見や擬態などなど…影で出来そうな事を上げたらキリがないだろう。

もしそのすべてを出来るとしたら、この魔法はチートと言っても差支えないくらい最良の魔法と言える。


「はい、ナユタ様が今おっしゃった通り、私は影魔法という特殊な属性の魔法を会得しています。ナユタ様のお姿を探し当てたのもこの魔法によるものです。しかしあの場に明かりがなければ見つけることはできなかったでしょう。この魔法は強い明かりの下や、明かりのない闇の中では何もできない欠陥品なのです。」


「なるほど、確かにあそこは真っ暗だったもんな。俺を殺しに来たんだとはいえ、あの三馬鹿君には感謝しないとな。結果的に俺が助かるきっかけを与えてくれたんだもんな。」


「…やっぱり殺されかけていたのね。本当に無事でよかった…。それにしても、どうしてラプラント公爵はナユタを攫ったりしたのかしら?」


「あー、それだよな。俺を何かに利用するつもりだったのか、それとも単に気に入らなくて殺そうと思っていたのか。今となってはすべてが謎のままだ。」


「少なくとも後者はないんじゃないかしら?いくら気に入らなかったとしても、初対面の人を殺そうだなんて飛躍した考えを持っているような人ではなかったはずだもの。もしそんな事をして世間に知れたら糾弾は免れない、ならそんな危険を冒さずに権力を使って地方へ飛ばすなり適当な罪状をあてがって幽閉してしまえばいいんだもの。」


「あ、権力を利用したゲスい事はするんだ…、いや、何となく分かっちゃいたけどさ。んー、それじゃまずはその辺りから教えてもらおうかな。殺されたラプラント公爵がどんな人間だったのか。知ってる限り教えてほしい。」


俺が話した時は酔ってたみたいだし、あれじゃ普段どんな人なのかまるで分らない。

もしかしたら普段からああなのかもしれないし、あるいは本性をうまく隠した猫かぶりなのかもしれないけど、それでも別の角度から見た公爵の印象を知るのは大事な事だろう。

名探偵は些細な情報からでも答えを導き出すことが出来たりするかもしれないのだ。


「そうね…。ラプラント公爵は陛下の叔父に当たる人で、王都に一番近い街・ジェンムを治める領主でもあるわ。良くも悪くも正直な方で、何度か陛下とも衝突しているのを見かけたわ。特に政治面には熱心な方だったから、方針の違う陛下とは馬が合わなかったみたい。とはいっても、陛下はあんまり気にしていなかったみたいだけれど…。」


「王様らしいな…。んー、だとすると、あの公爵は王様への嫌がらせの為に俺を誘拐したって事なのかな?みんなの前で俺を広告塔みたいにしたから、俺が失踪すれば王様のメンツ丸つぶれ…みたいな。」


「残念だけれど、その可能性は高いわ。ラプラント公爵は他国との同盟をあまり快く思っていなかったようだから、友好の象徴たるナユタの存在を邪魔に思ってもおかしくはない。もしかしたらナユタ誘拐を他国の陰謀として公言していたかもしれないわね。…あくまで可能性の話だけれど。」


「なるほど…。とりあえずラプラント公爵がどういう人だったのかは大体分かったよ。で、だ。どうしてラプラント公爵は殺されたのかってところなんだけど、あの人って…例えば誰かから賄賂を貰ってたとかそう言う汚職問題があったりしたのか?」


「どうかしら…、少なくともそんな話は聞いたことがないわ。あの方は実力と家柄重視で他人(ひと)を評価していたから、賄賂なんて渡したらきっととても怒られると思うわよ。何があったのかは知らないけれど、とりわけ卑怯者と権力を持つ女性を蔑視していたようだから。そういう事もあって、私も直接お話ししたことはあまり無いの。」


「そうか。となると、殺された理由はもっと別な事なんだろうな。そういえば、いままで粛清者に殺された人たちの特徴っていうか、共通点みたいなのはあるのか?あと死因も分かれば教えてほしい。」


「うーん、詳しい特徴までは…ごめんなさい。噂程度の話しか私の耳には入っていなくて、騎士団に行けば詳しい話を教えてもらえるかもしれないけれど。でも遺体の特徴だけなら聞いているわ、とても印象に残る奇妙で残酷な話だったから。」


「へぇ、それはどんな話だ?」


「被害者は全員、心臓がなく(・・・・・)なってる(・・・)のだそうよ。」


「心臓が、なくなってる…!?」


「そう。胸の…このあたりに焼け焦げたような小さな穴が開いていて、詳しく調べてみると心臓だけが無くなっているんですって。始めは魔物の仕業かと思われていたのだけれど、それにしては襲われた数が少なすぎるし、何より悪事を働いた貴族や豪族だけを的確に殺める事なんて不可能だという事になって、結果的に人為的な物だろうと結論付けられた。それからこの話が噂として街まで流れていき、誰が言い始めたのか”粛清者”という通り名までつけられた…というわけよ。」


なるほど、それで外道を働いた者を殺すから粛清者…ね。

動機は時代劇のお偉いさんみたいな人情を感じるけど、殺しちゃってるのがどうもなぁ。いくらなんでも殺すのはやり過ぎだと思うのは、現代日本人の生ぬるい感覚なんだろうかね?

それに的確に心臓を破壊して相手を殺すことが出来るなんて、いったいどんな魔法なんだ?てかそんな魔法存在するんだろうか?

心臓…心臓、ね。

やっぱりただ殺すのではなく、心臓を破壊するって行為に意味があったりするのかな?

確実に殺したいだけならもっと簡単な方法があるだろうし、わざわざ傷口を小さくしてまで慎重に心臓だけを破壊するには意味があるような気がするよなぁ。

あ、そう言えば傷口が焼け焦げていたんだったか?

…あー、だめだ。情報が少なすぎて何も分からない。

もうこれは明日にでも騎士団の詰所に行って、何かしら情報を聞きだすしかなさそうだな。

王様から導使節なんてよく分からない称号を貰ったけど、こういう時に役に立ってくれるんだろうか。

それも騎士団に行った時に確かめてみるかな。

ま、もしきょとんとされたとしても、ジークに頼めば話くらいは聞いてくれるだろうし。

困った時の人頼み、使えるものはなんでも使いますよ、俺は。


「よし、今日はひとまずお開きにして休もうか。二人とも疲れてるだろうからゆっくり休んでくれな。それと改めて、今日は助けてくれて本当にありがとう。」


「うふふ、どういたしまして。でもね、私たちも嬉しいのよ?ナユタが無事で居てくれた事、ナユタを助けられた事、全部ね。クロエもそうでしょう?」


「はい、姫様。私は姫様のお役に立てたこと、ナユタ様のお力になれたことがとても誇らしいのです。…こんな感情は初めてです。主でもない、家族でもない方のお役に立てることがこんなに嬉しい事だなんて思いもしませんでした。」


「クロエ…。あなたにそう思ってもらえる事が私にとっても誉だわ。ありがとう。」


「はい、姫様。」


「あー…クロエ、俺もそのぉ…」


「姫様ぁ!!」


「きゃっ!り、リア…?」


「やっと見つけましたのです!こんな時間まで夜更かしなんて、めっ!なのですよ!!ささ、一秒でも早くベッドに入るのです。」


「ま、まって、リア。ほら、ナユタが無事に見つかったのよ。リアも何か言ってあげて?」


「……………?その男はどこかに行っていたのですか?」


「………。」


「………。」


「あー…、ただいま。」


「お帰りなさいです?」


うん、通常運転でむしろ安心したわ。

ノエル以外に興味を示さない、それこそがリアリスニージェの本質だからな。

そりゃ寂しさがないって言えば嘘になるけどさ、ここで下手に心配でもされてたら逆に俺がリアのこと心配になるわ。


「もういいのですか?リアは姫様のお世話で忙しいのです。では姫様、お部屋に帰りましょうなのですよ。」


「えぇ、分かったわ。それじゃ先に休ませて貰うわね、また明日、ナユタ。クロエは、もう戻ってしまうの?」


「え!?そうなのか、クロエ?」


「はい。明日も仕事がありますので、このままお屋敷に戻るつもりです。非常に残念ではあるのですが…。」


「そう…。では、また今度ゆっくりお話しましょうね。今日のお礼もその時に改めて。」


「お礼は不要です、姫様。私はただ、お役に立てたというだけで十分ですので。」


「…そうよね、クロエならそう言うわよね。では言い方を変えます。クロエ、次は友人として招待しますから、その時はとことん私に付き合って下さいね。約束ですよ?」


「っ!!…はい、楽しみにしております。」


「ふふ、私もだわ!それじゃおやすみなさい、良い夢を。」


「はい、お休みなさいませ姫様。」


「お休み、ノエル。」


ノエルとリアが出て行くと、途端に部屋の中が静かに感じる。

こういう沈黙って割と気になって適当に話して場を繋ごうとしちゃうタイプなんだけど、なにぶんトーク力皆無なもので大抵はますます空気悪くして終わるんだよね。

しかしここは異世界だ。

心機一転、軽快なトークでこの場を盛り上げてクロエに気持ちよく帰ってもらえるように頑張ってみちゃうぜ☆


「ドゥフ、ふ、二人きりだね…?」


「………。」


無言んんん!?

いや当然だよな、気持ち悪い以外の感想が出ないほどの醜悪な顔をしてしまったしセリフも最悪だ。

なんて空気の読めないクソ野郎なんだ、俺は!

思えばクロエには初対面の時からいろいろとやらかしてる気がする。

基本的に気持ち悪い事を言って、きょとんとされるのがオチだったけど…。

いや、待てよ?

もしかしたら今まで我慢してくれてただけで、本心じゃ一分一秒でも早くこの場を立ち去りたいって思ってるんじゃないのか?!

うわ、そうだよ。そうに決まってるじゃんか!!

最低だ俺、もう余計な事しないように黙ってよう…。


「…今回は逆、ですね。」


「…へ?」


「前回はナユタ様が王都へ向かわれるという事で反故になってしまいましたが、今回は私の都合で約束が果たせないので立場が逆だな…と思いました。」


「反故…果たせない…。あぁ、そうだ!ヌコにモテる秘術を伝授するって言ったわ!確かに、せっかく会ったのにまた果たせないな。」


「申し訳ございません、せっかくの機会でしたのに。」


「いやいや、仕事なんだから仕方ないって!クロエは頑張ってるだけなんだから謝るなよ!それに、ノエルとも約束してただろ?その時に俺との約束も果たそうぜ!!」


「…はいっ。」


あ、笑った。

いつもの無表情から少し口角が上がった程度だけど、これは嬉しいとか楽しいって思ってくれてる時の笑顔だ…たぶん。

こんな風に表情を崩してくれる瞬間があると、仲良くなれたんだなって実感できて何とも言えない幸福感に満たされるなぁ。

その日が来るのが楽しみだ。なんならノエルとリアも一緒に四人で出かけてもいいかもしれない。


「…と、そういえばあれは良かったのか?ヌコっぽい獣人族を見るってやつ。さっきの場には居なかったけど、パーティー会場では見かけたから影を伝えば見に行けるんじゃなぇか?」


「うっ、確かにそれは心残りと言いますか、この機会を逃すのはかなり惜しいのですが…!しかし、さすがにお客様のお部屋まで影を伝って覗き見するのは無礼の度を越していますので。本当に、本当にっ、残念なのですが…!」


うん、悔しいのはすごーく伝わってくる。

なんたってあのクロエが拳を振るわせ眉間に深い皺を作っているんだからな。

ほんと、ヌコの話となるとクロエは目の色が変わるよなぁ。

気持ちは分からんでもないが…


「あー、でも確か騎士団にも居るんだったよな?なら、明日詰所に行くから確認しておくよ。そんで次回クロエが王都に来た時に俺が案内する。それでどうだ?」


「いえ、そんなわざわざ…、でも、お、お願いします。」


遠慮<ヌコ、って感じだな。

うんうん、欲望に忠実なのは良い事だぞ!特にクロエの場合は遠慮しがちだからな。

俺は満面の笑みで了承した。


「それでは、私もそろそろお暇させて頂きたいと思います。」


「おう、またな。次は必ず約束を果たすから!」


「はい、楽しみにしています。…それと、ナユタ様。少し手をお借りしてよろしいでしょうか?」


「ん?おー、いいぜ。」


俺は言われるがままにクロエに手を差し出した。

するとクロエは俺の手を両手で包み込むように握って目を閉じた。

な、な、なんだこの状況!?

俺の手を握ったまま祈るようにおでこを着けるクロエを、俺はどんな心持ちで見てればいいんですか!?


「ク、クロエさん!?何を…いっ!?」


「………申し訳ございません、痛かったですか?少し強めに結びましたので痛みが生じたのかもしれません。まだ痛みますか?」


「いや、もう大丈夫。えっと、何したの?」


「はい、今回のような事が起こった時でもすぐに駆けつけられるように、ナユタ様にも結びを…と思ったのですが。その、思っていた以上に相性が…。」


「いやー!相性が悪いとか聞きたくないー!!」


クロエの口からそんな絶望的な言葉が放たれたら絶対立ち直れない。

三日三晩は寝込む自信があるぞ。

ん、でもさっき結んだって言ってたよな?

ってことは相性悪いけど、最悪ってほどではない!?

おぉ、ちょっと気持ちが浮上した。


「結んだってのは、ノエルと施したなんたらってやつだよな?って事は俺もクロエと通信できたり影を行き来したりできるの!?」


「いえ、それが…。ナユタ様の魔力が…何といいましょうか、とても特殊な形態をしている…とでもいえばいいのか。とにかく不思議な感覚で、結びを施すのにかなり手間取ってしまって…。強めに結びを施したのですが、それでも私がナユタ様の位置を把握できる程度にしか機能しないかと思います。」


「高性能GPS!?」


「じー?」


「えと、つまり俺がどこで何をしているのかクロエには筒抜けになっちゃうって事か?」


「あ、いいえ。そんなことにはなりません。ナユタ様が答えない限りは私の一方通行で終わりますので、ご安心ください。」


ぐぬぅ、なんか今の変にキュンと来た。

実はずっとナユタさんの事が好きだったんです。でも、この気持ちが報われる事がないのは分かってるから…。だから、このままでいいんです。私の片思いが終わるまでは、ナユタさんの事を好きでいても…いいですか?

ってところまで妄想した。

いかんな、自分の妄想でキュンとするなんていよいよ末期か…。

でも、モテたことない男子って夜な夜なこういう妄想ばっかりするよね。…ね?


「ですので、ナユタ様が意識を無くされたり眠られている時など、私の呼びかけに反応できない時は意味をなしません。かなり使い所が限られますが、無いよりはマシくらいに思って頂ければと…。申し訳ございません。」


「なんで謝るんだよ、すげぇ頼りになるじゃん!やっぱりいざって時に助けてくれる誰かが居るってのは違うよなぁ。安心するって言うか心強いって言うかさ!マジそん時はよろしくお願いしますぜ、クロエさん!」


「は、はい、お任せください!」


なんだかクロエの頬が赤みがかってるように見えるけど、きっとこれは気のせいなんだろうな。

やだやだ、これだから妄想男子は現実とフィクションを混同しちゃって困るのよねー。

ちょっと優しくすると気があるんじゃないかとか言い始めたりしてさー。

…すんませんです。


「っと、長らく呼び止めて悪かったな。しっかり休んで明日も仕事がんばれ!」


「はい、ありがとうございます。では、またお会いする日を楽しみにしております。」


そう言って深く頭を下げたクロエは、足元から飛び出してきた影に覆われるとあっという間に消えてしまった。

これはかっこいいやつだ、ぜひ真似したい。

あー、でも影魔法って特殊な才能がないと使えないって言ってたよな?

どういう原理なのかよく分からないし、こりゃ次会った時に聞いてみるしかないな。

またひとつ、会う時の楽しみが増えたぜ。


―――――


さて、朝食を済ませた俺は真っ先に騎士団の下へ向かった…という事はなく、先にレオンに会ってこのシンプルゴージャスな礼装のお礼をしておこうと城の地下へ足を運んでいた。

ちなみに今は普段着を着ている。

シンプルとはいえあれを普段着にする勇気はない、少なくとも俺は無理。


ひんやりとした石の階段を下りていくと、レオンの工房に到着だ。

相変わらず埃っぽいしジメジメしてるし…キノコが生えていても何の不思議もないな、ここは。


「レオーン、いるかー?」


おや、返事がない。

てっきり工房に籠って作業してると思ったんだけど、部屋に帰ってるのかな?

ざっと見回してみたが人が居るようには見えない。

ここに居ないんじゃ他に当てもないし、残念だけどお礼はまた後日だな。


「それにしても、またずいぶん散らかしてるな。昨日より凄まじいぞ、これ。」


床が見えないどころか所々に瓦礫の山が出来ていて、どうして崩れないのか不思議なほど絶妙なバランスを保っている。

あれは近づかない方がよさそうだな、まさに触らぬ神に祟りなしってね。

それにしても、よく見るとチョコレートのゴミやら煙草の吸殻なんかが一緒に放置されてて、実はかなり危険区域なんじゃないかと思う場所だな。

これでいままでボヤの一つも起こしていないって言うなら感心するけど…、壁の黒ずみを見るに何度かやらかしてはいるみたいだな。

城を全焼させるような火事を起こさないと願うばかりだぜ…


「うぐっ」


「うぐ?…うわぁ!」


足場を探しつつうろうろしていると、白くて柔らかい何かを踏んづけた。

するとそれは奇妙な唸り声をあげて起き上がったのだ。

俺は慌てて距離をとって身構えるが、それはゆらゆらと揺れるだけでそれ以上は何もしてこなかった。

いや、というか…。


「お、おはようございます…?」


「んー…、」


「おーい、レオンさーん。あーさでーすよー。」


「んんー…、ん?」


低血圧かよ。

いくら呼んでも碌な返事が返ってきやしない。

こりゃこのまま話しかけて無駄だな、何か覚醒させる為の決定的なアクションを起こさなければいかんようだ。

任せろ考えてきたから。


「…新しい魔道具の提案があるんだけど、聞いてくれるか?」


「話してみろ。」


予想以上に反応が早くて少しビビったのは内緒だ。

それでもレオンを覚醒させるというミッションは大成功と言っていいだろう。

しかし、いくらキリっとされても寝癖だらけの涎垂らした状態で言われたって困惑するだけなんですよねぇ…困ったねぇ。


「とりあえずは顔を洗って来いよ、話はそれからでも遅くないだろ。」


「顔を、洗う…?」


「う、嘘だろ?まさか、いままで顔を洗った事がないなんて事言わないよな!?」


この汚部屋を見ると自信を無くすんだが、それでもさすがに顔を洗った事がないなんてことはないはずだ。

ない…よな?


「あー…、あぁ、思い出した。そう言えばそんな習慣があったな。安心しなよ、忘れてただけだから。」


あらそう、なら安心…ってそんなわけあるかぁ!

忘れてた!?この人忘れてたって言いましたよ、奥さん!

あ、やっべー!今日顔洗うの忘れてたわー、てへ☆くらいのノリじゃなく、完全に存在を忘れてた感じですよね!?

こわ、コイツの生活習慣どうなってんの?

これだけ習慣化してない習慣もなかなかないだろうに…。

よーし、いい感じに習慣の意味が分かんなくなってきたゾ☆

ゲシュタルト、崩壊、崩壊☆


「別に洗わなくたって死にはしないよ。で?提案ってやつを聞かせなよ、聞くだけ聞いてやるから。」


「…さい。」


「…なんだって?」


「顔洗ってきなさい。今すぐに。」


「別に必要ない。」


「………。」


「………、はぁ。少し待っていろ。」


レオンはいくつか山を崩しながら、しぶしぶといった様子を隠しもせず部屋から出て行った。

まったく、いい歳した大人がだらしないったらない。

確かに命にかかわるような事ではない些細な話なのかもしれないが、もっと別の大事なものが死んでしまうような気がする。

はぁ、とりあえずレオンが戻るまでこの辺りの掃除をしておくかな。



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