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確かに俺は最強だった。  作者: 空野 如雨露
第二章 王都編
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第二章 35 きっかけ



ダンスを終えた俺たちが壁にもたれて話をしていると、女性を連れた一人の男がこちらに手を上げ歩いて来る。

ん、どこかで見たような風貌だな…


「あぁ、やっと見つけた。姫様も、今宵はいつにも増してお美しゅうございますね。」


「あ、その声はリュカか!いやー、意外と仮面一つで分からなくなるものだなぁ。」


「ありがとうございます、リュカさん。それと、そちらの女性はもしかして…。」


「あー、この女性はですね…」


ノエルの言うとおり、リュカの影に隠れるようにして一人の女性が立っている。

背はヒールのせいもあるが結構高めで、仮面で顔は分からないがなかなかスレンダーな感じの美人と見た。

おいおい、リュカ兄さんも隅に置けないなぁ。パーティーに女性同伴で来て、それが従者でなければ残るはあと一つでしょうに。

そうかそうか、リュカにはこんな良い人が居たんだなぁ。

…あれ、でもこのドレスには見覚えがあるような?


「…あ!貴女はアンリさん!」


「ぶーっ!」


「うわ、どうしたんだよリュカ。紳士にあるまじき事故だぜ、それ?」


「ごっほごっほ!すまない、少し席を外す。姫様も申し訳ございません。」


「いえ、私の事はお構いなく…。」


そう言うとリュカはアンリさんの手を引いて部屋の端の方まで行くと何か言い合いを始めた。

どうしたんだろ、なんかまずかったか?

恋人にしろ婚約者にしろ、自分の与り知れないところで他の男との面識を持たれるって言うのはやっぱり褒められた事ではなかっただろうか?

大丈夫かな、アンリさん。俺のせいで破局とかになったら申し訳なさすぎる…!!


―――――…


「どういうことだ!?ナユタには内緒にしたいって言ってたのはアンリだろう?」


「や、止むに止まない事情があるんですよ!幸い私の事は別人だと思っているみたいなんで、そのつもりで打ち合わせ通りお願いします!」


「…もう素直に話せばいいんじゃないのか?隠す意味が俺には分からんのだが…。」


「ここまで来て今更教えるのも癪じゃないですか!本人が自分で気づいて初めて、私は勝てるんです。それまでは私から言う訳にはいきません!」


「いや、君はいったい何と勝負しているんだ?」


「細かい事は気にしないでください!とにかく、今の私と従者としても私は別人です。坊ちゃんはそのつもりで対応してくださればいいんです!いいですか?いいですね!?」


「はぁ、わかった。最後まで付き合うよ…。」


「そうこなくては!では、戻りましょう。最初が肝心ですからね!」


意気揚々と言っている割には、リュカの影に隠れるように歩くアンリ。

それを見てさらに深いため息をつくリュカ。

果たしてナユタはいつになったら気が付くのか…

特に意味のない勝負の火蓋が今、切って落とされたのだった。


―――――――…


「えっと、お待たせして申し訳ない。あー、彼女は父方の叔母の娘の子供の知り合いの親戚の近所の娘さんで、今ユエルの家に勉強に来ている…アンリさんだ。」


「どうぞよろしく。」


「そっかー、ユエルの家に勉強に来てるのか!いやー、俺はてっきりリュカの恋人か婚約者かと思ったよ。あぁびっくりした。改めてよろしく、アンリさん。」


「え、えぇ。」


「えぇっと、初めましてアンリ、さん?」


「あれ?ノエルは知り合いじゃないのか?」


「え!?ど、どうして?」


「いや、実はノエルの部屋までの行き方を教えてくれたのってアンリさんなんだよ。だからアンリさんとノエルは知り合いなんだと思ってたんだけど…。」


「え、そうだったの?えぇっと、この場合は…」


「私は姫様にご挨拶をと思いお部屋に窺ったのですが、お仕度中でしたのでそのまま戻ろうとしていた途中でナユタさんとお会いしました。ですので、私と姫様も初対面で間違いありません。」


「そ、そういう事みたい…。」


「なるほど、そうだったのか!いやー、変なこと言って申し訳ないです。」


「…どうぞお気になさらず。」


それにしてもずいぶん奥ゆかしい人なんだなぁ、アンリさんって。

初対面の時はキリっとしたキャリアウーマンって雰囲気だと思ってたけど、あの時は気を張ってたのかもしれないな。

今はリュカの影に隠れたままで小さくなって話してるあたり、なんというか三歩後ろを歩く大和撫子的なお淑やかさを感じる。

同じ名前でもアンリとは大違いだぜ。

ま、性別って言う大きな壁があるんだから当たり前っちゃー当たり前なんだけどね。

それにしても、ユエル家に勉強しに来てるアンリさんが、わざわざ王都で開かれるパーティーにまで来るなんて相当勉強熱心なんだなぁ。

というか、そんな人を護衛しないなんてアンリの奴はいったいどこで油売ってるんだか。


「なぁ、従者の方のアンリはどうしてるんだ?リュカについてないなんて、よっぽど大事な用でもあったのか?」


「あー、それはだな…。当主の命で別の仕事をしてるんだ。アンリはああ見えてなかなか優秀だから、いろんな仕事を任されているんだ。」


「へぇ、そっか。うーん…居ないから言うけどさ、実はちょっと会いたかったんだよね。」


「っ!?」


「あの憎まれ口が恋しいって言うか…。あ、いや、別にそう言う趣味はないんだけど。せっかくの機会だし、会えたら良かったなぁとか思ったりして。あ、内緒な、これ。」


「………。」


「えぇ、私もその気持ちはよく分かるわ。友人ですもの、当然よね?」


「あぁ、アンリもきっと会いたかったと思うよ。絶対に、な?」


「はは、アイツの事だから絶対口には出さないだろうけどな!」


「確かに…」


「っ~~~!!」


「あ!」

「あ…(逃げたな)」

「あ、(逃げたわ)」


突然顔を真っ赤にしたアンリさんがリュカの後ろから飛び出すと、一直線に出口へと向かって走って行ってしまった。

ど、どうしたんだ!?

何か気に障ったのか?それとも急に具合が悪くなったのか!?

何にしても女性があんな高速で脱兎のごとく走り去るなんて異常事態だ。

急いで後を追いかけないと、何かあったら大変だぞ!?


「リュカ、急いで後を…」


「あぁ、いや、大丈夫だよ。私が行くからナユタは姫様と居てくれ。」


「え、でも…」


「大丈夫。あれは、その…、おそらく良心の呵責に耐えきれなかった結果だろう。自業自得だからナユタは気にしなくていい。」


「自業自得って…。本当に大丈夫なのか?」


「あぁ、任せてくれ。良くも悪くも、もう慣れたからな。それでは姫様、私はこれで失礼いたします。」


「えぇ、本日はお越しいただきありがとうございました。その、アンリさんにもゆっくり休むようお伝えください。」


「…はい、しっかり伝えておきます。ではな、ナユタ。もう少したったら屋敷の方にも顔を出してくれ。」


「あ、あぁ、必ず行くよ。」


リュカは大きく頷いてみせると、アンリさんを追って会場を後にした。

なんだかずいぶん落ち着いた様子だったけど、もしかしてよくある事なのか?

慣れているって言ってたし、アンリさんは極度の上がり症とかそう言う話なら良いんだけど。

あ、そういえば最初にアンリさんに会った時も逃げるように走って行ってしまったな。

ということは癖…なのか?


「…次はちゃんと話せると良いわね。」


「ん?あぁ、そうだなぁ。」


三度目の正直という事で、次までには逃げられない会話術を身に着けておきたいところだ。

いや、そんな会話術があるのかは知らないけど。

…ん?なんだか出入り口の近くでこちらに手を振っている人が居るな?

あれは…、シルドを抱えたユノか。どうやら何人かのお供も連れてるみたいだな。

なるほどね、そんな気はしてたけどやっぱりシルドの奴は起きなかったのか。

ユノはしきりに申し訳ない気持ちをジェスチャーで伝えてくるので、俺もそれに片手を上げて答えた。

なぁに、子供は寝るもの仕事だから気にすんなって。

え、なに?

  隣に  居るのは  彼女ですか?

んなわけあるか!こんな女神を捕まえて人風情の彼女なんかに出来るわけねっだろが!

  残念  知ってた  わろすわろす…


「あのアマァ…」


「あら、あの人は知り合いなの?ナユタったらいつの間にエルフ族と仲良くなったのね。」


「今、その絆に若干のヒビが入ったところだけどなぁ!」


「え、とっても仲良さそうなのに…」


ニヤニヤと笑いながらユノ達は扉の向こうに消えて行った。

知るもんか、あのアンポンタン!!

自分で分かってることでも人に指摘されると腹立つんだよ!ワロスじゃねーつの!

だいたい、お前が俺とリュカで変な妄想してたの気づいてるんだからな!

それでいて彼女が云々とかぬかしてんじゃねぇよ、思ってもいないくせに!

次会った時は覚えておけってんだ!


「そういえば、あの時ナユタはどうして窓から入ってきたの?陛下と示し合わせてたって感じではなかったし、パーティーの前に部屋まで呼びに行ったけど居なかったわよね?」


「あー、それは申し訳ない。ちょっと野暮用があって出かけてたんだが、出先でちょっとした手違いがあってな、遅刻したんだ。そんでこっそり窓から入ろうかと思ってたんだけど、王様にはバレバレだったみたいであぁなった。いきなり引きずり込まれた時は本当にビックリしたよ。」


「あれはやっぱり引きずられていたのね…。なんか、ごめんねナユタ。その事も、演説で言っていたことも。」


「そう、それだよ!あまりに急な事だったんで話のほとんどが呑み込めなかったんだが。王様は結局何を言いたかったんだ?」


「…陛下は、ナユタを戦いの象徴にするつもりなのよ。”邪竜の躰は我々が倒した、残滓の方も我々だけで対処できる。しかしこちらには共闘する意志もある。どちらで構わないが、我々だけで倒した場合、その恩恵はもちろん我々だけのものだ”という姿勢を示すためにも、ナユタのいう象徴はとても分かりやすかったのね。」


「わかりやすい?別に俺が居ても居なくても、邪竜退治には大した差なんて出ないんじゃないのか?」


「いいえ、ナユタはとても重要な役目を果たすわ。だってナユタはシャルル様の(・・・・・・)双子の弟(・・・・)ですもの。邪竜の躰を倒した人のいわば半身がこうしてここに居るという事は、それだけで人々を鼓舞するのよ。」


「それじゃ、王様は俺を邪竜討伐に向かわせるつもりって事なのか?」


「…それは、正直な所分からないわ。普通に考えればそうなんだけど、あの言い方が少し引っかかるというか…。ごめんなさい、上手く言えないわ。」


人類最強の勇者であるシャルルが居なくなって先行きが怪しいと思っていた所に、俺という存在が現れたことは確かに一見救いのようにも思えるだろう。

しかし、実際の俺は最強なんて肩書きには程遠い存在で、王様だって初対面の時にそれは見抜いてるはずなんだよな。

それなのにこの場であんな風に祭り上げるっていうのは、いったいどんな意図があっての事なのか…。

分からないな、無駄にガッカリさせるだけだとしか思えないんだけど。

…分からないと言えばもう一つ。

見るだけでざわざわと心が落ち着かなくなるあの氷の中身。

どうしてあんな…


「なぁ、どうしてあいつはここに連れてこられたんだ?」


「あいつ…?」


「あれだよ。あのデカい氷の中に閉じ込められてるアイツ。」


「…あぁ、あれね。うん、あれは私も反対したんだけど、”事実を事実として受け入れる為には必要な事だ”って陛下がおっしゃられて。大聖教会の人たちを説得して無理やり持ち込んだみたいね。このやり方には賛成できないけれど、この場に居る全員が事態を正しく認識するのには効果的だったとは思うわ。決して気分のいいもので無いのは確かだけれど、ね。」


「事実を事実として受け入れる為…か。変な話だよな、事実を事実として受け入れるなんて言っても、それが本当に正しいのかなんて誰にも分からないのに。」


「…ナユタ?」


「むしろ事実は受け入れるんじゃなくて疑うべきなのに、どうして誰も分かってくれないんだ?事実なんてものは、結局受け取る側がどうあって欲しいかで簡単に変えられてしまうじゃないか。そんな都合のいい解釈でいったいどれほどの命が救えるというの?また悲しい連鎖が生まれるだけなのに…。このまま報われないずに終わりを迎えるくらいなら、いっそ…!」


「ナユタ!!」


「っ!あ、れ?おれ…、また変な事言ってた?」


「…そうね、確かに良く分からない事は言っていたわ。」


「…そっか。なんかさっきから変なんだよなぁ、おれ。あの竜を見てから、頭の中がくちゃくちゃだ。急に怒ったり悲しくなったり…。はは、更年期かな?」


「私にもよく分からないけど、きっと慣れない場所で疲れが出たのよ。…もう部屋で休んだ方がいいわ。」


「いや、でもそれだとノエルが…」


「私なら大丈夫。それに、他にもご挨拶に行かなきゃいけない人もいるのよ。これでも一国の姫だから、ね?」


「ふ、そうだった。それじゃ、お言葉に甘えて今日はもう休ませてもらおうかな?」


「えぇ、そうした方がいいわ。おやすみなさい、ナユタ。良い夢を。」


「あぁ、おやすみ。」


笑顔で手を振っているノエルに笑い返すと俺は出口へと向かって歩いて行く。

いつの間にか俺は強い眠気に襲われていて、目なんかはもう半分も開いてなくらいに落ちてきている。

どうやら本当に疲れてるみたいだな、体が重くて今すぐにでも横になりたいくらいだ。

ちら、とあいつを覆っている氷に目をやる。

…やっぱり駄目だ、あれを見ると無性に叫びたくなる。慌てて目を背けて扉を開ける。


なんで俺はこんな事になっちゃってるんだろうか。

お前はどうしてそんなことになっちゃったんだろうか。

どんなに考えても、俺の意識はゆらゆらしていて考えなんて全然まとまらない。

えっと、それで?俺は今何を考えていたんだっけな?


「む、貴様は先ほどの…」


「?」


「ふむ、これも女神ツェリアのお導きか。」


連れていけ、という言葉を最後に、俺の意識は完全に失われた。

これを気絶と呼ぶべきか睡眠と呼ぶべきかは定かではないが、一つ言わせてもらえるのなら…

この世界、俺の意識を刈り取る機能が充実し過ぎぃ!!



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