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確かに俺は最強だった。  作者: 空野 如雨露
第二章 王都編
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第二章 34 ラストダンス



テーブルに戻るとそこには山のように積まれ崩れかけている皿と、すやすやと気持ちよさそうに眠るシルドが居た。

…いや、おかしいだろこれ。

この量を一人で平らげたって言うのか?明らかに体の体積よりも多いこの量を?

いかん、感覚が麻痺してきた。

これが普通なのか?十代前半の女子っていうのはスイーツを前にすると胃袋が宇宙になったりするのか?

なにそれ怖い、世界の心理でも見たかのような不安が俺に襲いかかってくる。

ぐっ、だめだ見てるだけで胃がもたれてきた…


「あらあらお嬢様ったら、食べてすぐ横になってはいけないとあれほど申し上げたのに。お嬢様、起きてくださいまし。こんな所で眠ってはスーリール家の名に傷がつきますよ?」


「うーん、むにゃむにゃ。だめ…それは妾のお菓子だぞ…。」


「嘘…夢の中でも食べ続けているの…!?恐ろしいわ、エルフ女子の胃袋!!」


「一応言っておきますけど、ここまで食べるのはお嬢様だからですよ?エルフはもちろん、女子がみんなこんなに食べると思ったら大間違いです。」


「そうなの?それを聞いてちょっと安心。…うぷ。でもかなり胃もたれしちゃったから、ちょっと飲み物取ってくるわ。」


「はい。お戻りになる頃にはお嬢様を起こしておけるよう努力はします。ダメそうなら部屋へ連れて帰りますので。」


何とも弱気な発言だ。

ついでに積み上げられた皿も片づけておいてもらえると助かるんだけどな、俺のメンタル的な意味で。

込上げてくる胃液を何とか押し戻しながら、水を貰って一息ついた。

胃がスッと冷たくなってだいぶ気分は良くなってきたんだけど、あの皿の山を見たらぶり返しそうなのでもう少し落ち着いてから戻るとしよう。

そういえば王様に連れてこられたのもこの辺りだったよな。

あの時は余裕なかったけど、実はちょっと気になってた物があるんだよね。


「あったあった、このでかい氷だ。おぉ、近づくとかなり寒いな…。さっきはじっくり見る暇も無かったけど、一体どうやって持ち込んで…、え?」


見上げた氷の中には、どこか見覚えのある黒くて大きなものが入っていた。

そいつ(・・・)は光のないその目をこちらに向け、今にも動き出しそうな恐ろしい姿で時間を止められたかのようにそこに居た。

その恐ろしさは見ている者の心をざわつかせ、その恐怖を今一度知らしめるのには十分な効果を及ぼすだろう。

しかし俺はそれではない。

俺が怒ってる(・・・・)理由はそこではない。


「なん、なんで…。どう、して…」


止めて、どうして…と心の中で誰かの叫び声がこだまする。

それに呼応するように俺の中から激しい怒りが込み上げてきて、頭の中があっという間に真っ白になった。

こんな非道を働くから、いつまで経っても私たち(・・・)は…


「ヒック…、おいそこの者、何をしている!」


「………………。」


「おい、お前に言っているんだぞ返事をしろ!」


「………はっ!あ、あれ?俺、今何を考えて…」


「なんだぁ?怪しい奴だな、貴様はいったい何者だ!…おや、その出で立ち。誰かと思えばシャルル殿の弟を名乗っているとかいう不埒者ではないか!」


「な、なんだよ、いきなり…。俺はれっきとしたユエル家の…」


「あー、いらんいらん。そんな小細工に惑わされる儂ではないわ。…貴様、偽物なのであろう?」


「…は?」


「貴様は陛下に取り入るためにユエル家が用意した替え玉なのだろう?まったく、あの女がしそうな手だ。どこで見つけたかは知らぬが、上手くやったものだな。」


「あんた、いったい何を言って…」


「なぁ、ユエル家はいったい何をするつもりなのだ?お前のような偽物を用意してまで、何を企んでおる?どうせ権力と新たな土地が欲しくて、このような卑しい手を思いついたのだろうな。今は上手くまとめているようだが、あの土地は呪われている。女の身でいつまで耐えられまい。泣き言を言って来ればまだ可愛げもあるが…、いや、あの女にそんなものはないのだったな!ふははははは!」


「てめぇ、黙って聞いてりゃ好き放題言いやがって!」


酒臭い男の胸ぐらを掴んで力いっぱい引き寄せた。

こんな酔っぱらいのいう事なんて笑って流せばいいんだろうけど、なんでか自分でも分からないくらい今の俺はとても怒っているのだ。

こんな風に勝手に評価されて、勝手に押し付けられて…

それでどんなにあの子(・・・)が傷ついたことか…!!


「な、何をするつもりだ!?…しかし。がはは、化けの皮がはがれたな。シャルル殿ならこんな事は絶対にせん。彼のお方はご自分の立場をよく理解された賢い方だったからな!それがどうだ?貴様のこの態度、知性の欠片も見られんな。これこそシャルル殿の弟ではない証拠だ!」


「だったらなんだよ、お前には関係ないだろうが。お前たちがそんな風に甘えているから、竜だってずっと、ずっと…」


「…竜?」


なんだ?俺は何を言っている?

誰かの強い感情が波のように俺の中に流れてきて、すごく嫌な感じだ。

俺は何でこんなに怒ってたんだっけ?すごく、すごく腹が立ってて、それで…

やめろ、俺の頭で騒ぐんじゃねぇよ。

何にそんな怒ってんだよ、何がそんなに悲しいんだよ。

わかんねぇよ、俺には何も…


「き、貴様、何を泣いている!?気色の悪い!」


「え…?あれ、本当だ。どうして、俺…」


「何なんだ貴様は!竜がどうとか…怪しい奴め!おい、そこの騎士!この怪しい男を捕まえろ!!!」


「はい…?え、しかしこの方は確か先ほど陛下が…」


「陛下も騙されているに過ぎん!コイツはかなり怪しいぞ!下手をしたら邪竜の生み出した魔物が化けているのかもしれん!早急に牢へぶち込むべきだ!」


「し、しかし…」


「何を騒いでいる?」


「…ほう、クフィミヤン男爵か。久しいではないか、息災であったかね?」


冷たい風が吹き抜けるようなクフィミヤン男爵の声に、俺の頭は一気に冷静さを取り戻した。

いままで怒っていたのが嘘かのように、俺の心はしんと静まり返っているように穏やかだ。

うわ、なんか恥ずかしー。

酔っぱらい相手にムキになった挙句泣いちゃうなんて…。

とりあえず涙だけでも拭いておかなきゃ恥ずか死んじゃうぜ。


「…、ラプラント殿はこちらで何を?」


「クフィミヤン男爵、貴殿ほどの男がこのような失態を犯すとは全く残念でならないよ。ラプラント公爵、そう呼びたまえよ?」


「…よもや陛下のお客人に失礼を働いておられたのではあるまいな?」


「口を慎みたまえ、男爵。商人上りが陛下のお心を推し量るなど、烏滸がましいにも程があろう?その態度、改めなければ次に粛清(・・)されるのは貴殿かもしれぬなぁ?息子の次とは泣ける話ではないか、んん?」


「お前、いい加減に!!」


「どうやら公爵殿は少々飲み過ぎていらっしゃるようだ、お部屋に戻って休まれては如何か?」


「ふん、余計なお世話だ。儂はこの不審者に問い詰めねばならんことがある、貴殿こそ部屋へ戻られてはどうかね?」


「その方は陛下直々に招かれた客人、加えてあの勇者シャルル殿の弟君でいらっしゃる。であるのならその身分は疑いようもないはず、何を怪しむ事がありましょうか。」


「はっ!それこそ怪しむべき話だろう?貴殿はシャルル殿に弟が居たなんて話を聞いたことがあるのか?百歩譲っていらしたとしても、シャルル殿が亡くなられた後になってから出てくるなど怪しむなという方が無理があろうて。」


「…発言には十分気を付けられよ。それでは陛下を疑うも同義ですぞ?」


「…ふん、脅しのつもりかね?しかしな、最近の陛下は特に何をお考えになられているのか疑問を抱かざるを得ない事が多い。何百年と仕えている公爵家の私にさえ今回の話は届いていなかったのだぞ、怪しまない方がおかしかろう?やはり名君だなどと言われていても、所詮は人だ。老いもすれば間違えもする。しかしそれを諌め正しい道にお導きするのも忠臣の務めだ、貴殿もそれは十分分かっておいでだろうな?」


「それに関しては我々の意見は正反対の様ですな。貴殿の話も一理あるとは思うが、度が過ぎればただの反逆になりかねん。もちろんそんな事をする不埒な輩は陛下の下に居らぬと思うが…。貴殿が真に陛下の忠臣であることを願うばかりです。」


「…私の憂いなど、男爵風情には分からんだろうな。ふん、酔いが醒めた。私はもう少し楽しませて頂くとしよう。男爵殿はその怪しげな弟君(・・)をせいぜい見張っていてくれたまえ。」


そう言うと公爵は不機嫌そうに立ち去った。

迷惑な酔っぱらいに絡まれたと思ったら、ガチな貴族の言い争いにまで発展してしまった。

もう少し俺がうまく対応できていたら、こんな事態にはならなかったんじゃないかと思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

しかし牢屋行にされずに済んだのは一安心だが、あの様子だと当分は絡まれるかもしれないな。十分に気を付けるしよう…

それにしてもあの人、公爵って事はかなり地位の高い人なんだよな?

そんな人が王様に対して、なんというか…不信感を抱いているっていうのは果たして大丈夫なんだろうか?

確かにあの王様は、言葉選びは最悪だし人の神経を逆撫でするような事を平然と言ってのけるけど、それでも正しくある人だと思う。

あの酔っぱらいは間違えることもあると言っていたが、俺はあの王様に限って間違えるなんて選択をするとは思えないのだ。

…いつの間にこんな絆されたんだろうか?


「不愉快な思いをさせてしまって申し訳ない、お客人。」


「え!?いえ、そんな滅相もない!むしろ助けて頂いてありがとうございました。危うく牢屋にぶち込まれる所でした。」


「…罪を重ねようとしている者を見逃すわけにはいかなかった、それだけの事です。それに、私にも配慮いただいたようだ。」


「え?あぁ、粛清者の…。あれは、さすがに人としてどうかと思ったのでつい声を荒げてしまいました。しかしあれでは思う壺でしたね、男爵が止めてくれなかったら今頃どうなっていた事か…。」


「あの方の悪い癖ですので、慣れているだけです。どうぞお気になさらず。」


「なんかヒーローみたいですね、クフィミヤン男爵は。」


「ヒーロー?失礼、聞き慣れない言葉ですがどういった意味でしょうか?」


「あぁ、えっと…正義の味方って言うんですかね?弱きを助け強きを挫く…みたいな感じです。」


「ほう、それは実に興味深いですな。強きを挫く…実に良い響きです。」


噛みしめるようにそう言った男爵は、ニヤリと少し黒い笑みを浮かべていた。

うーん、さすが商人上り。貴族になっても野心は捨ててない感じなんだろうか?

さすがに先ほどの口ぶりからして、王様にどうこうする気はないんだろうけど。それでもこのままの地位には収まらないぞって感じが伝わってくるようだ。

それに、むしろ危ないのは公爵の方な気がするよなぁ。

あの人はあわよくばこの国の王になりたいと思ってそうだもんな。


「そういえば、あの公爵って…」


「ナユタ!だ、大丈夫だった?ラプラント公爵と、何か…揉めていたみたいだけど…っ!」


「あ、あぁ、大丈夫。ここにいるクフィミヤン男爵が助けてくれたから。…ノエル、なんでそんなに息が上がってるんだ?」


「うん、ナユタが揉めてるのが見えて、私、ダンスの途中で…でも良かったわ、何事も無くて。ふー…。クフィミヤン男爵もお久しぶりですね。」


「はい、姫巫女様。私の顔を覚えてくださっていたとは光栄です。」


「もちろん覚えていますよ、男爵。あなたの評判は良く聞こえてきます。特に市井の人たちには親しまれているようですね?」


「…ありがたい事です。それで、姫様はこの方と随分親しいようですがお知り合いなのですか?」


「えぇ、ナユタとは良い友人関係を築いてもらっています。ですので私からもお礼を言わせてください。友人を助けて頂きありがとうございます、男爵。」


「滅相もございません、たまたまその場に居ただけでございますので。…それでは私は、この辺りで失礼させて頂きます。」


「もう屋敷へお戻りに?」


「はい、失礼致します。」


胸に手を当て一度頭を下げたクフィミヤン男爵は、俺を一瞥したあと何事も無かったかのように会場から去っていった。

うーん、クールな男だぜクフィミヤン男爵。

それにしても、最初に会った時はいきなり怒鳴ってくる説教オジサンって印象だったのに、今日はずいぶん謙った言い方をしてくれたな。

身分でいえば俺の方が遥かに下なのに、王様と接点があると分かったらきちんと敬ってくれるなんてしっかりしてるよなぁ。

普通はあの公爵みたいに偉そうにしたり、怪しんだりしそうなものなのに。

さすが、ヒーローは懐が深いねぇ。


「それはそれとして…そのドレスもよく似合ってるな、ノエル。」


「え?あぁ、どうもありがとう。なんだかナユタに言われると、少しくすぐったいわね。」


そう言って、笑うノエルは、マジ天使。

もうね、川柳でも読んでないと正気を保てないほど美しいんですよ。

昼間よりも落ち着いた色のドレスを着たノエルは、どこか神秘的で少し近寄り難い高貴さが滲み出ていて…。

あぁ、後光が見えるようだ…!

この姿のノエルと踊ってたやつ勇者だな、と心底尊敬する俺なのであった。


「やっぱり大変なのか?こういう社交的な場所だと自由も効かなそうだよなぁ…。」


「あら、そうでもないわ。途中までは私も楽しくお話ししていたんだもの。」


「…途中までは?」


「…えぇ、陛下がダンスに誘ってくるまでは…ね。」


「あっ…(察し)」


なるほど、ノエルと踊れる勇者はどんな猛者かと思っていたけど、なんてことないただの父親特権だったか。

てか、王様はてっきり会場に居ないんだと思ってたけど、そこはしっかりパーティーを楽しんでたわけね。

こんな所でまで王様に振り回されるなんて、ノエルが不憫でたまらない。

しかも王様が相手じゃ、ノエルを誘いたくても誰も誘えないだろーが。

何やってんだよ、あの王様…


「あー、ノエルさんや。」


「ん、なぁにナユタ?」


「もし良ければ、わしとも一曲お願いできませんかのぉ?」


「ふふ、なぁにその話し方。…もちろん、喜んで。」


「では、お手をどうぞ。」


ちょうど曲が始まったタイミングで、ノエルの手を引いて踊りに加わった。

最初に比べたらだいぶ緊張もほぐれて足取りも軽くなってる気がする。

よく考えたら戸惑いなしで踊るのはこれが初めてだな。

うん、いい締めだな。

ノエルに教わったダンスを、ノエルと共に締めくくるなんて。

こんな贅沢な事はないよなぁ。

踊っていると、不意にノエルと目が合ってお互い少し気恥ずかしくなった。

やばい、なんか青春っぽい気がするぞ!

はにかみながらも楽しそうに踊るノエルを見ると、胸の辺りがぎゅっと締め付けられるように軋む。

甘くて酸っぱい青春の痛みってやつかな?

あー、この時間がずっと続けばいいのに…



「団長、これを見てください。」

「どうした?」

「このローブ、おそらくあの仮面君が着ていたやつですよ。」

「なに!?どこにあったんだ?」

「この垣根にひっかけてありました。」

「…これはどっちだ?」

「偶然か偽装かって話ですよね?前者ならただのマヌケ、後者ならやっかいな相手になりそうですね。」

「あぁ、これはなかなか面倒な事になってきたな。ひとまず周囲の捜索に人員を割く、偽装も視野に入れて行動しろよ!」

「「「「「はい!!」」」」」

ちっ…、絶対しっぽを掴んでやるから覚悟しておけよ!


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