第二章 33 初めての仲間
適度な疲労感を感じつつスイーツ片手に先ほどの席に戻ると、そこには相も変わらず甘味を貪るお嬢様と偽名のモイモイお姉さんが座っていた。
ただ一つ変わっているとすれば、先ほどまでは無かったはずのスイーツの山がテーブルの上に生み出されていることだろうか。
まさかあれを一人で食べるんじゃないよね?
「あ、戻ってきた。」
「よぉ、まだ食べてたのか。それにしてもすげぇ量だな、これ全部をその小さな体のどこにしまうつもりだ?」
「…脇腹?」
「豚バラです、お嬢様。」
「そう、それ。」
「あっはっはー、また俺一人でこれにツッコむのー?」
疲れた体に追い打ち掛けるようなボケの洗礼、本当にありがとうございます。
さっきまでの俺なら早々に泣き言を言っていたかもしれないが、しかし今の俺には強い味方が居る。
そう、俺の心と体を癒してくれる魔法の一皿。
「あれ、なにそれ。妾が見た時はそんなの無かったのに。」
「ふふん、ちょうど追加されてたから持って来たのだ。今の俺にぴったりのスイーツ、”私を元気にして”でおなじみのティラミスさんだ!」
「じゅるり…」
「ん、なんだ食べたいのか?しょうがねぇな、一口だけだぜ?」
「いいの?では、あーん。」
「え…。」
「あーん…」
シルドは目を閉じて口を大きく開けて待っている。
これはもしかしなくても俺が食べさせてあげる流れですか!?
大丈夫?これ、後でセクハラで訴えられたりするやつじゃないよね!?
戸惑いを隠せない俺はモイモイさんに助けを求めるように目線を送ったが、にっこり笑って流されて終わった。
そんな殺生な…
えぇい、子供の無邪気なリクエストに応えずして何が大人だ!ド畜生ぉ!!
「あ、あーん!」
「遅いからもう自分で食べた。妾はもっと甘い方が好き。」
「………さいですか。」
俺は行き場を失ったティラミスを口に放り込んでよく味わう。
うん、ほろ苦くて美味しい。これはお子様には分からない味だよな。
別に寂しくなんて事はないぞ?
俺のティラミスはもともと俺一人で食べるつもりで持ってきたんだし、同じ感動を分かち合いたいだとかそんなことは微塵も考えてなかったし!
「ほろ苦いのが美味しいんですよね、ティラミスって。」
「も、モイモイさん…!」
「うふふ。ところでお嬢様、私はこの方と少しお話がありますのでしばらく席を外させて頂きますね。」
「うん、いってらっしゃい。」
「はい。それでは…よろしいですか?」
「え、はい。」
急な話で困惑しつつも席を立つモイモイさんの後に着いていく。
なんだろう、さっきの”あーん”についてダメだしとかされるんだろうか。
さすがに他国のお嬢様に対して気安い態度をとりすぎたかな?
いや、今までの流れからして何かボケをかますつもりなのかもしれない。
それもわざわざ席を立たせるという事は、それはそれはドデカいやつをお見舞いしてくるに違いないぞ。
うん、そのつもりで覚悟を決めておけばどんなボケにも対処できそうだな。
さぁ、来るなら来い!
「うーん、ゆっくりお話をするとなるとバルコニーが良いですね。少し冷えるかもしれませんが、いいですか?」
「えぇ、俺は大丈夫です。どんなに寒いギャグだろうと切り返してみせますよ。」
「…?では、こちらへ。」
そう言うとモイモイさんは俺が入ってきたバルコニーとは別の窓を開けて外に出る。
風は少し冷たいが、ダンスで火照った体にはちょうどいい爽やかさだ。
さて、この爽やかな風をどんなブリザードに変えるつもりなのか、お手並み拝見と行きましょうか。
「こんな所に呼び出してしまってごめんなさい。でも、どうしても二人きりで話したいことがあったんです。聞いて頂けますか?」
「えぇ、もちろんです。俺も覚悟は決めておきましたから、バシっと気兼ねなくぶっ放して下さい。」
「あ、ではやはり貴方も気が付いていたんですね。よかった、総スルーだったのでかなり鈍い人なのかと思ってました。」
「総スルー?はて、逐一ツッコんでいたつもりでしたが、満足のいくものではなかったって事ですかね?すみません、精進します。」
「……。あの、何のお話しですか?」
「え?ボケとツッコミの話では?」
「………。」
「………。」
何、この沈黙。
なんか呆れられてるような視線がビシビシ飛んでくるんだけど、俺は何か選択肢を間違えたのか?
気が付いていた、総スルー、鈍い人…?
なんだ、俺は何に気が付いていない?
「はぁ、やっぱり鈍い人認定は継続ですね。」
「えぇ!?なんかすみません…。それで、何の話だったんですか?」
「………わかりました、最大のヒントを出します。これで分からなかったら一回殴らせてください。」
「ペナルティ着き!?りょ、了解です…。」
「………………………ぬるぽ」
「がっ!………え、まさか貴女は!?」
「やっと分かってもらえましたか。何度かこの世界にない言葉を使ったんですけど完全にスルーだったんで、もしかしたら私の勘違いだったのかひやひやしましたよ。」
そう言われてみれば確かに!
偽名からしてもそうだ、”モイモイ”はフィンランド語だし”グーテンターク”はドイツ語じゃないか!
思い返せば至る所にヒントを散りばめてくれてたんだな。
うわー、これは鈍い判定喰らっても文句言えないわ。
でも、なんでこの人は俺が異世界から来たって分かったんだ?
初会話の時にはすでに分かっていたみたいな言い方だったけど…。
まさか初対面の奴ら全員にやってるのか、これ?
「貴女はいつ頃、俺が異世界の人間だって気が付いたんですか?」
「最初は興味本位で見ていただけだったんですが、昼食会で貴方がお連れの方に”アバンチュール”と言っていたのを聞いて、これはやっぱり私好みの案件…失礼、この方は異世界から来たのではないかと思ったんです。アバンチュールはこの世界にない言葉でしたので。」
「案件?………ってあれか!あの時の微笑みウインクエルフ!あの時のエルフがモイモイさんだったんですね!!」
「そんな認識されてたんですね、お恥ずかしい。でもそうです、あの時からパーティでは絶対話しかけようと思ってました。もしかしたら同郷かもしれないあなたに、ナユタさん。」
「…そういえば、俺はまだ貴女の名前を聞いていませんでした。俺は九城那由他です、貴女のお名前は?」
「私は宍倉鳴といいます。こっちでの名前はユノ・トレーズです。」
こうして俺は初めての同郷の人間に出会ったのだった。
宍倉鳴という明らかに日本人であるその名前は、不思議と俺の心を落ち着かせた。
なんだかんだ言いつつ、俺は日本が恋しかったのかもしれないなぁ。
しかし喜んでばかりもいられない。
この人が本当に日本から来た異世界人なら、確かめないといけない事がたくさんある。
例えば…
「どうして違う名前を名乗っているんだ?」
「どうして前世と同じ名前を名乗っているの?」
「前世…?」
「違う名前?」
「………。」
「………。」
ここでお互い何かが違うのだと気が付いた。
同じ世界の同じ国からやってきたと思しき俺たちだが、どうやらそのルーツは違うようだ。
俺は手短にこの世界へ来た経緯を話し、この体が俺の本来の体でない事と元の世界には帰れない事を明かした。
「そっか、召喚…。そんな事もあるんだね。私は転生だからまだ諦めもつくけど、突然召喚されたんじゃ納得するのに時間が掛かるよね。」
「まぁ、ね。正直どうして俺なんだとは思ったけど、今ではだいぶ吹っ切れたかな。幸い、周りの奴らが良いやつばっかりだったもんで。鳴…、いやユノか。ユノの方こそ大変だったな、転生って事は日本では…」
「…うん、死んじゃった。あの時はやっぱり怖かったしこの世界に生まれてすぐの頃はかなり戸惑いもしたけど、私も今じゃすっかり吹っ切れたよ。もうこっちの人生の方が長いしね。」
「頼もしい先輩が居て助かるよ。エルフ族は異世界召喚に造詣が深いんじゃないかとちょっとだけ期待してたんだけど、ま、そんなうまい話はないよなぁ。ちなみに俺たち以外にも異世界から来た奴っているのか?」
「残念ながら、あなたが私の最初の仲間よ。前世の記憶を持って生まれる人間の記録はいくつか残っているみたいだけど、大抵は変人扱いされて碌な目に合わずに死ぬのがオチみたいね。あなたも話す相手は慎重に選んだ方がいいわよ。」
「ま、そうなるわな。俺もトラブルは御免だし自分から宣言する気はないよ。それにしても…」
「ん、なぁに?」
「エルフ族って人とはやっぱり違うのか?」
「あぁ、そういう。うーん…そうね、まず、ありとあらゆる部位がやたら美しいわ。顔もそうだけど、髪とか肌とか…もう前世での苦労は何だったのかと思うくらい何もしなくても綺麗よ。あとやっぱりすごく長命ね。大人になるまでにすごく時間が掛かる…と言えば感覚的に伝わるかしら?子供の様に見えてもその実、その辺のオジサンとそんなに歳が変わらなかったりするわ。」
「そ、そんなに!?えっと、ちなみにユノさんはおいくつで…?」
「…この世界でも女性に歳を聞くのはマナー違反よ。」
「すみません…。あー、それじゃせっかくだからぶっちゃけた話を聞きたいんだけど、獣人族についてどう思う?」
「ふかふか、超モフりたい。」
「…できればエルフ目線で。」
「そうねぇ…。触れてはいけないもの、かしらね。特に嫌悪感や憎悪と言った感情は持っていないわ、良くも悪くも淡白な種族だからね。でもだからこそ獣人族に対しては、いつ噴火するか分からない活火山のような感覚を持っているわね。目の上のタンコブとまでは言わないけど…。」
「ん?それじゃもし、獣人族から和解を申し込まれたら?」
「うーん、すぐにとはいかないだろうけど、受け入れる可能性は極めて高いわね。」
やっぱりそうだ。
エルフ族と獣人族の確執ってのは、実はとっくに薄れていて残滓のようなものに辛うじて縋っているような感じなんだろう。
事の発端と言われるエルフ族がこう言うんだからほぼ間違いないと思っていいだろう。
そして増々濃くなる黒幕疑惑な。
エルフ族と獣人族が争う事で得をする奴が居たんだろうか?
もとは仲のいい種族だったけど、それが妬ましくて二つの仲を裂きたかった奴…とか?
うーん、これは憶測の域を出ないしひとまず保留でもいいかな。
今大事なのは、エルフ族に和解の意志があるって事だ。
さっき話した感じだと、獣人族の方も心から憎んでいるって感じではなかったし。
これはもしかしたら、一回話し合いの場を設ければあっさり仲直り出来ちゃうんじゃね?
「むふふ…。」
「あらなぁに?ずいぶん厭らし笑い方するじゃない。何を企んでるの?」
「いやー、獣人族とエルフ族が仲良くなれるきっかけを作れたらなぁと思いましてね。」
「それで今の笑い?ものすごく下心のありそうな雰囲気出てたけど…。でも仲直りするのは良い事だと思うわ!そうなれば私も大手を振ってモフれるわけでしょ?」
「いや、確かにそうなるかもしれないけど、上手くいくとは限らないぜ?とにかく変なフラグ建てないように、発言には十分気を付けるように!」
「イエッサー!でもまぁ、何とかなるんじゃない?人類みな兄弟、もしかしたら祖先は同じアウストラロピテクスかもしれないじゃない!」
「え?人類の祖先ってサヘラントロプス・チャデンシスじゃないの?」
「サヘ…え?なにそれ、呪文?」
「確かアウストラロピテクスってちょっと昔の教科書に載ってたやつだった気がする。」
「………。」
「ユノってもしかして…」
「さて、そろそろ戻りましょうか!お嬢様も退屈している頃でしょうし、私も職務を全うしなくては!」
「…。そういえば、置いて来ちゃって大丈夫だったのか?」
「それは大丈夫よ。気づいてなかったかもしれないけど、お嬢様の周りには護衛が何人も付いてるのよ。何かあってもきちんと対応してくれるわ。」
そう言って足早に会場に戻っていく辺り、誤魔化したかったのがもろバレなユノである。
どうやら俺と宍倉鳴にはそれなりの世代差があるみたいだな。
まぁ、俺より先に転生してこの世界に居る時点で、それは当たり前なんだけどね。
いやでも待てよ?この世界の時間の流れと、日本でのそれが同じとは限らないのか?
こっちでは一ヶ月経ってても、帰ってみたら三日しか経ってなかった…みたいな。
…もしそうなら、帰っても被害が少なくて済むなーとか考えつつ、まだ帰れるなんて希望を持っていた自分に少し驚いた。




