第二章 31 仮面舞踏会での出会い
目を覚ますと、そこは知らない天井だった。
この感じ久しぶりだなー…。
そんで、なんだっけ?
寝起き特有の靄のかかったような頭では、どうにも思考が捗らないな。
俺ってどうしてここに居るんだっけ?
うん、こういう時の十八番はやっぱりあれだよな。
自分の手の平を見つめ憂いを帯びた瞳を細め、悲しいような呆れたような絶妙な表情を浮かべて皮肉っぽく笑う。
俺も薄幸系クール美男子なので、こういうのが似合ってしまうのだよ。
ついでにそれっぽいセリフも呟ければ完璧。
「また…生き延びてしまったか。」
「お目覚めになられましたか?」
「おはぎっ!!…おぉ、驚いた。まさか人が居たとは思わなんだ。………えっと、聞いてた?」
「………い、いいえ。」
「うん、その優しさが逆に辛いかなぁ!でも、この衝撃のお蔭で思い出したぞ、俺がここで何をしていたのか。…それで、俺は何日寝てたんだ?」
「え?いいえ、何日などという事はありません。四時間ほどでございます。」
「え!?そんなもんだったの?あら早い。…ふむ、以前より魔力回復量が上がったのかな?」
「先ほどまでは騎士団の方々もいらっしゃったのですが、なにぶん表彰式の時間になってしまいましたのでお戻りになられました。」
「表彰式…。という事は俺は不戦敗した訳か。」
「残念ながら、そうなります。しかし、魔法・召喚部門での優勝は変わりませんので、報酬と騎士団への入団権は与えられます。表彰式も今から向かえばまだ間に合うかもしれませんが、起きれますか?」
「あぁ、大丈夫だ。そうだな、折角だし少しだけでも参加し…。」
「…?いかがなさいましたか?」
「…四時間、って言った?」
「え、はい。マスカレード仮面様が気を失われてから四時間弱経っております。」
やっぱり聞き間違いじゃなかったか。
それに気が付いた瞬間、俺の背筋にひんやりとした汗が伝った。
四時間、あれから四時間たったという事は…。
「やばい…。やばいやばいやばい!!パーティーに遅れる!遅れてる!?」
「あ、お待ちください!騎士団長がお話ししたいとおっしゃられて…!」
何か呼び止められたような気がしたけど、今の俺にそんな余裕はない!
ベッドを飛び出す段階から身体強化をフル活用して、仕切りのカーテンに引っかかりつつも全力ダッシュで城へと向かう。
幸いここは城の裏手だ、全力全開で走れば1分くらいで到着できる距離だ。
「あとはしれっと、始めから居ましたよーって顔して立ってればいい!!急げー!!」
ええい、ローブが邪魔で上手く走れん!
サクッと脱いでこの辺の垣根にでも掛けておくか、明日回収すればいいし。
「あらよっと!」
よし、走りやすいな。
これならこのまま城の中を走り抜けても大丈夫…、いや待てよ?
城の中はメイドや騎士たちが行き来していて、とても全力で走れるような状況ではないだろ。
うん、かなり危険な気がする。
それなら…。
よし、外から回ってバルコニーまで跳ぼう。
一気に会場入り出来る上に一番目立たないだろ、これ。
ははっ、天才かよ。
「ナユタ、いきまーす!!」
そうと決まれば善は急げ。
中庭まで駆け抜けて華麗なジャンプをご覧に頂きましょう!
…誰も居ないけど。
「よいしょっと…」
華麗にコソコソ到着したが…、この後はどうしたものか。
本当ならこのまま突入して何食わぬ顔でパーティーに参加したいところなんだけど、演説中とかみんなが動いていない状況だった場合、かなり目立つことになりそうだよなぁ。
身体強化で高速移動したら風圧で大騒ぎになりそうだし、四つん這いで見つからないように移動したとしても、万が一見つかった時に変態扱いされそうだし…。
おや、意外と八方ふさがりかな?
「とりあえずカーテンの隙間から中の様子を覗いてみるか…。」
ん?なんだろ?
暗くてよく見えないな…、うっすら紫色っぽいような気がするけど。
照明?演出?何にしてもこんなに暗くてダンスなんて踊れるのか?音楽も聞こえないような気がするが。
…まさか!!この国のパーティーってそういう大人の社交界的なアレなのでありまするか!?
微かに相手が確認できるような薄暗い照明の中、あらゆる手段も辞さない大人たちによるめくるめくR18の世界…!!
こ、これはきちんと確認する必要がありそうですなぁ!
「遅いぞナユタ、何をしておった!!」
「ぎゃー!お、王様!?」
改めて会場の様子を確認しようと覗いていた窓から離れた瞬間、突然窓が開かれて中から王様と思しき仮面の人物が現れたのだった。
その人物は驚いて動けずにいる俺の腕をがっしりと掴むと、ずるずる引きずるように会場内に歩いていった。
な、なんだ、何が起こってる!?俺ってばどこに連れて行かれちゃうのー!?
俺は何度か転びそうになりながらも王様の後についていき、気が付くと大きな氷の前に立たされていた。
どうやらこの会場に居る全ての視線が俺たちに向けられてるようだ。
何、この状況。こわ…
「お待たせしたな。しかし許されよ、この者を連れてきたのにはわけがあるのでな。では、紹介しよう。ここに現れしは勇者シャルルの双子の弟、名をナユタ・クジョウ・ユエルと申す。この者は彼の勇者に代わり、必ずや邪竜の残滓を消滅させる鍵となるであろう。先ほども話した通り、我らの悲願が叶う日はもう手の届くところにあるのだ。」
「え、えぇ!?何言って…、つか、何の話を…」
「そうそう、皆が着けているこの美しい仮面だが、これらは全てここに居るナユタが用意したものだ。というのも、先日この者と食事をした折に、今回のパーティーはどうしても鬼神族の仮面を皆に着けてもらう一風変わった新しい形のものにしたいと言いおってな。急ではあったが、余もこの美しさには心を奪われておったので特別に許したのだ。今こうして皆の顔に仮面があることは、この者にとっても誉であろう。よくやったぞ、ナユタ。さて…今宵はこの仮面が皆の憂いも覆い隠そう、ゆるりと楽しまれよ。」
「ちょ、王様!?」
言いたい事は以上だと言わんばかりに王様が両手を広げると、途端にどこからか音楽が響きだしパーティーが始まった。
いや、てか何の話?俺一人置いてけぼりなんだけど。
ちゃんとした説明をプリーズ!
なーんかいいように使われてる感が否めないんだが、そこん所を詳しく聞きたいっすねぇ…
「って居ないし!!」
いつの間にか隣に居たはずの王様は、すでに離れたところで女性と踊っていた。
お上手ですねぇ、何もかも。これも計算の内ってやつですかい?
はぁ、もういいや。
とにかく詳しい意図は今度聞くとして、今は俺もパーティーを楽しませてもらおう。どうせ今聞いてもはぐらかされるだけだろうし。
そうと決まればとにかく飯だ!ディナーだ!!
いやー、実はすごくお腹空いてたんだよねー!戦ったせいか、猛ダッシュのせいか分からんが干からびる寸前?みたいな?
あははは、とにかく食おう!最低限のマナーだけ守って食いまくろう!
「頂きます…!」
ビュッフェ方式で基本立ち食いみたいだけど、俺は皿に盛れるだけ盛ってから端の方に設置されたテーブルに向かった。
やっぱり食事は座りながら落ち着いて食べたいからね。
それにしても、どれもうまい!うますぎる!!
さすが王族、貴族に出されるメニューは一味違うよなぁ。
くぅ!五臓六腑に沁み渡るぅ!
これならいくらでも食べられるぜ~。
「うん、やっぱり疲れた時は肉&炭水化物だよなぁ…。」
「妾は甘い物さえあればいいと思うけど。もぐもぐ…」
「あー、甘いものなぁ。頭使う仕事とかしてると、無性に欲する時あるよな。がぶがぶ…」
「妾は常に欲しているけど、それって常に頭を使ってるって事?まぁ、妾は文武奔放だから同然かな。ごっくん」
「文武奔放ってなんだよ、出来るのか出来ないのか判断しづらいわ。それを言うなら文武両道な。………いや、ナチュラルに会話してたけど、お前誰だよ。」
食事に夢中で気付くのが遅れたが、いつの間にか俺の隣に並んでスイーツを貪っている少女が居た。しかもエルフ族。
顔の左半分を隠すようなタイプの仮面を着けているので少々食べずらそうにはしているが、甘味を口に運ぶ速度は異様に早い。
よくこの速度で食べながら俺と会話してたな…。
「妾のこと?妾はシルド・ラ・スーリール、スーリール家の長女だよ。父様と一緒に遊びに来たんだ。」
「お嬢様、遊びに…では些か聞こえが悪いかと。」
「そうか、じゃどうしようか…。視察…いや、見学でもないし…挨拶?うーん…、わかった!御礼参りだ!」
「それです!」
「いや、違うだろ!どんなヤンキーの報復だよ!お前も”それです”じゃねーよ!全面的に違うだろうがっ!」
「果たして一概にそうだと言えるでしょうか?本当に我々がお礼参りに来ていたとしたら…?」
「え…。まさか、そんな…!」
「えぇ、もちろん嘘です。」
「なんなんだよっ!!」
くそ、なんでこんな全力でツッコんでんだ、俺…。
ていうかおかしい、俺のイメージしてたエルフとこいつらがあまりにかけ離れすぎてる。
エルフって言ったらもっとこう…気位が高くて優雅で、人嫌いで排他的な…とにかく閉鎖的な一族だと思ってたんだけど。
昼間の獣人族との確執の話を聞いた時だって、あぁやっぱりそういう感じなんだなって思ってたんだぜ?
それがどうよ、これ。
下品ではないにしてもとても優雅とは言えない食いっぷり、妾とか言ってる割には子供っぽい話し方。
そして何より、このツッコミ不在のボケ通しな感じ!まったくエルフ味を感じない!!
いや、エルフにはエルフがツッコんで欲しいとかそういう話じゃなくてね、俺にエルフをツッコませないで欲しいんだよ!
何でこんな事になってるの?!憧れのエルフ族との初絡みがこれなの?
なんでこんなことで理想と現実の違いを痛感しなくちゃいけないのさ!
「ていうかお前も誰だよ!さっきから自然に絡まれて、なかなか度肝を抜かれてるんだけど。」
「うん?これは妾の従者で、名前はユ…」
「初めまして、モイモイ・グーテンタークと申します。」
「ぶっ!」
「…なんで急に偽名なの?モイモイって何…。」
「いえ、折角の仮面舞踏会ですので、偽名を使うのも面白いのではないかと思いまして。仮面舞踏会とは本来、身分を隠して楽しむための物ですから。」
「そうなの…?」
「いや、そうだけどさ。」
だからって…、もう少しバレ難い偽名にすればいいのに。
こんな一発で分かっちゃう偽名に意味はあるのか?
いや、俺も人の事言えないけどさ…。
「だったら妾も偽名にする。えっと…」
「チョコレート・ムゲングイと言うのは如何でしょう?」
「もう少し可愛いのが良い。」
「では、シルド・アット・カンミチュウなどはどうですか?」
「うーん、賢い感じも欲しいかな。」
「ならばボウイン・ボウショクチャン。」
「それだ!」
「もうやめてくれ!!」
追いつかない!ツッコミが全然追いつかないよ…!
もう何をどうすればいいのか分からない、誰かこいつらを止めてくれ。
大体2対1なんて多勢に無勢すぎるだろ。
ただでさえ初対面&初他種族なのに…、もう情報過多すぎて頭がオーバーヒートしそうだ。
誰か、助けておくれよぉ…
「なんや楽しそうやね、うちも一緒にえぇ?」
「へるつ!あ、はい。どうぞ…」
「そないに固くならんでええよ?ふふ、可愛い子やね。緊張してはるの?鬼神族と話すんは初めて?」
「えっと、そう、です。鬼神族ともエルフ族とも初めて話します。」
「そうなんやねぇ。ほな驚いた?うちらの国やと少し言葉がちごうてくるから。」
「えっと、驚きました。それはもう…」
なにせ関西弁…というか京都弁?で話しかけてくるんだもんな、そりゃ驚くなって方が無理だろ。
たぶんこの人が言ってる意味の驚いたではないんだろうけど、とにかく鬼神族は京都弁という事実は今日一番の驚きと言っていいかもしれない。
そしてもう一つ驚いたのは、鬼神族が着ているドレスだ。
多少改造してあるみたいだけど、それでもこれのベースになってる物はすぐに分かった。これは間違いなく着物だ。
胸元ははだけてるし下はスカートみたいにひらひらしてるけど、生地や帯の感じがまんま着物のそれだ。
これといい京都弁といい、もしかして鬼神族って日本人寄りの種族なのか?
もしそうならぜひお伺いしたいな、”あなたの国に味噌や醤油はありますか”って!
いやー、日本にいる時は特別好きでもなかったんだけど、いざ食べられないと分かると恋しくなるものなんだよね、日本食。
もし存在するならぜひ分けてほしいなぁ。あと米とか海苔とかあるともっと嬉しい。
「んー?なんや知らんけど、急にあんたはんの雰囲気がやらかくなったなぁ。ふふ、どないしはったの?」
「いえ、故郷にその言葉を話す人が居たので懐かしくなって。」
「うちらの?へぇ、鬼神族でもないのにうちらの言葉を話すやなんて、けったいな人もおるんやねぇ。でもまぁ、それであんたはんの気持ちが軽なったんやったら、うちもその人に感謝せなあかんやろな?」
「え、どうして?」
「そら、あんたはんが笑ってくれたんは、そん人のおかげなんやろ?人族の中にはうちらを怖がる人も少なくないから、こんな風に初対面で笑ってくれはるのは珍しいことなんよ?だからうち、嬉しゅうて…」
そう言ってその人はそっと俺の手に触れる。
柔らかくて少し冷たいその手が触れた場所から俺の体はどんどん熱くなっていった。
うわ、なんだこの気持ち。すげぇドキドキしてる。
こんなボディータッチなんて、そういう店以外でされたことないからなんかまた緊張してきたぞぉ。
え?ていうか、え?この人もしかして俺に気があったりする感じなの?
急に話しかけて来たし、こんな風に手に触れてくれてるし…。
もしかして俺、人生初の逆ナンってやつをされてるんじゃないだろうか!!
ど、ど、どうしよう!どうしたらいいんだ!?
俺の反応として何が正しい選択なんだ!?
手を握り返す?それとも何もしないで気づかないフリをしたらいいのかな!?
んあー!ググりたい!!
逆ナンされたらどうすればいいのかググって知恵袋で質問したい!!
至急!逆ナンされた時の対処法!!
「ぷ、くくく…。」
「え?…笑ってます?」
「あかん、堪え切れんかった…。こないに可愛い反応されたら我慢できへんわぁ。ふふ、ちょっと意地悪やったかな?堪忍しておくれやす。うちも悪気はなかったさかい、ね?」
「うぐ!」
あざと可愛い!
上目づかいで小首傾げられるのダメだわ、本当に弱い。
例え純情な男心を弄ばれたんだとしても、これ一回ですべて許してしまうわ。
いやむしろお礼をするべきなんじゃない?一瞬とはいえ夢を見せて貰えたんだからお金を要求されても仕方ないんじゃない?!
むしろ自分から払うべきなんじゃない!?
「お金は払わなくていいと思いますよ。」
「はっ!な、なぜわかった…?」
「乙女の勘です。」
そう言ってモイモイさんはサムズアップを決めて笑った。
あれ、この笑顔どこかで見たような気がするな。
すごく最近で…、良い笑顔と言ったら…。
「おい、マスカレード仮面とかいう奴はどうした?」
「それが…。起きてすぐに走って行かれまして…。」
「何!?待たせておくように言っておいただろう!」
「申し訳ございません!呼び止めようとしたのですが、魔法で強化していたのか恐ろしい速さで立ち去られまして…」
「ちっ!なんなんだよ、マスカレード仮面。増々怪しいじゃねーか!」
「その子はどっちへ行ったの?」
「ええっと、おそらくは城の方へ向かったのだと思いますが…」
「そう。ならとりあえず追いかけてみますか?何か手がかりが残っているかもしれませんし。」
「そうだな。いくら逃げ足が速くても、痕跡までは消せんだろう。徹底的に探すぞ!間違っても要人には近づかせないようにな!」
「はい。…はぁ、早い男なんて興味ないんだけど。」
「…見つけても何もするなよ?」
「!?」
「なんで意外そうな顔すんだよ…。」




