第二章 30 観客席から眺める者。
俺が生まれるよりもずっと昔、当時はこういった祭典等に”模擬戦”などという規則に則った催し物は存在しなかった。
もちろんそれは、規則に則っていない催し物はあったって意味だ。
そう、腐敗した貴族たちによる奴隷を使った殺し合い、およそ道徳心とは無縁な外道の行い。
その時代を生きていた貴族たちは名や姿を偽り、夜になると他国の貴族を交えて用意された奴隷たちを戦わせてはその命が散る様を楽しんだ。
腐った貴族たちの腐った遊びだ。
しかしその温床はもっと深くにあった。
そもそもこの奴隷制度を制定し導入したのは当時の王であったのだから、大体の予想はつくだろう。
当時の王は傀儡だった、と我が王は言った。
諸官の顔色を窺い、大臣の話を鵜呑みにし、言われるがままの政治を行い、その結果自分を失っていった哀れな傀儡であったのだと。
その傀儡も、最後は自身の息子に首を落とされその生涯を閉じたのだそうだが。
さて、なぜ俺が今このような話を思い出していたのかといえば、この惨状を目の当たりにしてしまったからだろうな。
規則も関与できないような圧倒的な力。
相手の命さえ奪いかねない無慈悲な暴力。
それを向けられた相手がまさに傀儡になりかけている哀れな男であったのだから、無意識に関連付けてしまっても仕方ないだろう。
今回の模擬戦だが、前例にないほどの参加人数が集まった為に急遽参加者を三組に分けて対応することにした。
騎士に必要な対応力や応用力を試せないという意見も少なからずあったのだが、代案もなかったので仕方なく強行した形だ。
だからこそ課題も多く見つかったんだが…、一番の問題点が今ここに提示された。
実力のある奴は大きく分けて二種類いる、と俺は思う。
一つは自分の力を自覚し、尚且つ他者との差を見せつける奴。
二つ目は自分の力を自覚してはいるが、発揮することに消極的な奴。
ピエールというガキは前者に見せかけた後者だろう。
無理矢理その役柄を演じさせられているような違和感が拭えないのは、あのガキなりの抵抗なのかもしれないが。
ま、あの家にもいろいろ抱えている問題があるのは承知しているし、それに他人が介入するのは野暮というものだろう。
その権化たる取り巻き達は負けたとわかるとすぐに姿を消したし、あのガキが大変なのはきっとこれからだろうな。
俺には関係ない話だが。
俺の問題はむしろあっちだ。
ピエールと話していた会話を聞く限りこっちもガキなんだろうと思うんだが、なにぶんローブをすっぽりと被っているため正確な事は分からない。
名前も明らかに偽名だろうし、身分を隠さなくてはいけないような人間なのか、それともお尋ね者なのか…。
まぁ、そこはいい。偽名を許可したのは運営だし、優勝するような奴なら実名を聞き出せばいいだけの話だからな。
だからここで問題なのはコイツの魔法だ。
ピエールは自身の召喚魔法が消されたと思ってたようだが、ここから見ていた俺たちにはピエールのシルフが自らあいつの下に向かったように見えた。
精霊の懐柔?
しかし人の身にそんな事は可能なのか?
そもそもあの魔法はなんだ?
詠唱に意味はあったのか?
であるのならあいつはエルフ族なのか?
しかし人族だけならまだしも、獣人族まで出入りするこの場にエルフ族が来るとは思えない。
そして何より、なぜ魔法を使用した本人でさえその威力を把握していない?
数多の疑問が頭の中を埋め尽くしては、俺の中にその答えは無いのだと言い聞かせ落ち着かせる。
つまるところ問題点とはそこなんだ。
実力を自覚していない者の暴走、思わぬ才能の開花、魔法同士の偶発的事故。
これをいままで考慮せず運営できていたのは、もはや奇跡としか言えないな。
とにかく、あいつには詳しく話を聞く必要があるだろうな。
魔法の詳細は秘匿される可能性の高い話だろうが、それ以外の話だけでも聞ければ何かわかる事があるかもしれない。
魔法・召喚の優勝者であるのなら、何か適当な理由を付ければ名前くらいは聞き出せるだろう。
…そうだな、賞金を受け取るには実名での署名が必要だとか言っておけば身分の確認くらいは出来るかもしれないな。
そして様子を見つつ取り入って、出来る限り情報を吐かせる。
予想以上に早くこっちの試合が終わったからな、残り二つの優勝者が揃うまで時間はたっぷりある。
なるべく警戒されないように、しかし逃げられないように囲みつつ全部吐かせるか…
「戻りました、団長。」
「おぉ、お疲れさん。」
そう言って隣に腰掛けたのは、先ほどピエールの治療に向かわせたテレスだ。
こいつは騎士団でも有数の治癒魔法使いで、とても優秀な騎士の一人なんだが…。
少々性格に難がある為、騎士団の中では姉と共に悪名の方が轟いている。
こいつらに泣かされた男の数知れず…てな。
「まったくひどいじゃないですか、急に背中を押したりして。そのせいであの男の子に目を付けられたんですからね?しかも、あんな怖い目にあったんですよ?まさか私を抱えて飛ぶなんて思わないじゃないですか!普通します?初対面の女性を抱いて飛ぶなんて!あんな体験初めてですよ、もう!」
「そうかい、初体験おめでとうさん。よかったな、大人の女に近づいたんじゃないか?」
「サイテーです、女をなんだと思ってるんですか?だいたい、私はやられるよりやりたい派ですから!恋人にだって主導権握らせたことありませんし、どんなマグロだって私の手に掛かれば…」
「おい、話がズレたぞ。まずは報告。」
「はーい。まず倒れていた方ですけど、結構深くまで焼かれちゃってましたね。よくあの状態で立っていられたものです。髪はどうにもならなかったんで放置しましたが、体の方は問題ない程度に治しておきました。2、3日もすれば目も覚めるでしょうね。」
「そうか。これからあいつらがどう動くか…、しばらくは監視を着けておくか。…それで?」
「次にもう片方の、私を抱いた幸運童貞くんですが…」
「おい、お前の憶測で話すな。事実だけを伝えろ。」
「事実ですが?」
「…わかった、続けろ。」
「はい、では改めて。彼ですが、顔は見えませんでした。ローブの下に仮面を着けていて、その仮面にも認識遮断の呪が掛けられているようでしたので、確認するには少々骨が折れるかと。」
「ほぉ、ずいぶん徹底してるじゃねぇか。要人か、お尋ね者か、あるいはただのぼんぼんか。お前はどう思う?」
「そうですね…。抱かれた感じだと、なかなか良い体をしていましたよ?魔法使いよりは剣士向きの、夜通しできそうな良い筋肉でした。匂いも清潔感がある石鹸の香りだったし、唇や指も綺麗でしたし…」
「…もっとわかりやすく話せないのか、お前は。」
「でも、言わんとすることは伝わっているでしょう?」
「ま、長い付き合いだからな。」
コイツは何を話していてもいつの間にか下方向に話を進める事ができる天才で、最初にこいつら姉妹が入団した時なんて騎士団全体に激震が走ったくらいだ。
今となっては殆どの者が軽く流せるようになっていて、難ならこいつらのお蔭でその手の話に耐性が付いたと喜ぶ奴まで出てくるくらいなんだが…
それでも苦手な奴は居るので、出来る限り控えるようには言っている。
話が逸れたが、こいつが言いたい事は大体理解できた。
つまり、体は適度に鍛えられていてとても甘やかされたぼんぼんには思えない。
かと言って貴族や金持ちが使うような香水の匂いはもちろん、お尋ね者ような不潔で汚い感じもしなかった…ということだ。
…まったく面倒くせぇ。
「他国の騎士、という事はないですか?」
「…にしては素人くさすぎるな。魔法の威力や身体能力はともかく、あの動き方は明らかに素人のそれだろう。あまりに隙だらけで簡単に殺せそうだ。もしあれら全部が演技だったって言うのなら、脱帽ものだけどな?」
「なるほど、これでは埒があきませんね。では私が体に直接聞いて来ましょう。ついでに食ってきます。」
「いや、食うなよ…。恐ろしほど捕食者体質だな、お前。とりあえずは俺が話てくるから、お前は救護室にでも行っとけ。」
「騎士団団長が一人で来たら警戒されますよ?行くならせめて私もついていきます。美人秘書と言えば、警戒されるどころかうっかり仮面を外して服も全部脱いでくれるかもしれません。」
「そんなことになったら別の理由で連行するわ、お前含めでな。」
しかし、テレスが言うことも一理ある。もちろん前半だけだが。
それに女連れの方が警戒されないというのにも納得できるし、ここはこいつの話に乗っておくか。
問題が増える結果にならないことを切に願うばかりだが。
「あ。」
「あ?」
テレスの目線を追うように会場に目を向けると、件のガキが地面に伏していた。
おいおい、今度は何事だよ…
ちなみに騎士団長とテレスは、サボるために空いてるこの会場に居りました。




