第二章 26 国の事情はいろいろあるね。
各国の顔合わせも兼ねた昼食会は立食方式で行われていた。
これに参加しているのは開催国であるクレアシアの王族と近隣の領地を任されている貴族、そして各国の王族とその貴族たちである。
挨拶も兼ねての会食なので滅多なことがない限りは全員参加なのだが、中には国際関係の都合上などから昼食会だけ不参加ということも…まぁ、あるようだ
というのも、簡単に言ってしまうと他種族間の仲があまり良くないのだ。
例えばエルフ族は獣人族に対して野蛮だ劣等種だという差別的な考えが昔から根強くあるようだし、逆に獣人族はエルフ族を軟弱で臆病な種族だと揶揄している。
もちろんその種族のすべてが同じ考えを持っているわけではないのだが、そういう長い年月を経た確執は簡単に無くせるものでもない。
そう、その確執が今も目の前で物理的な距離として現れているのだ。
つまるところ、獣人族とエルフ族がめっちゃ距離開けてお互い関わらないように食事や会話を楽しんでいる。
正直こんなところまで来てやることがこれなのかと、かなり呆れてしまった。
せっかく待ちに待った亜人族との出会いだったのに、なんだか感動が薄れてしまうなぁ。
それぞれの魅力を理解し合えないなんて、こんな勿体ない事があるだろうか。
ちなみにじゃあ人族はどうなのかというと…、表面上は友好的な関係を保ちつつ裏では腹の探り合いをしているのだそうだ。
その人が治めている国というのは全部で三つある。
獣人族と隣接した誉れ高き騎士の国・クレティカシア。
二国と海に囲まれた叡智の国・ユグドラシア。
そして我らがクレアシア王国だ。
この三国は邪竜という共通の宿敵が居るからこそ、大規模な戦争を起こさず仮初の和平を結んで協力し合えていられたらしいのだが…。
どうやらクレティカシアという国は、何かにつけて侵略まがいの喧嘩を吹っかけてくるのだそうだ。
やれ領地がどうの、関税がどうのと…まったく、国同士の約束を簡単に破ろうとするなんて、国民の命を預かっている者のする事じゃないぜ。
血の気が多いんだ野心家なのかは知らないが、今からこれでは先が思いやられる。
特に邪竜を完全に討伐してしまったその時にこの国はどう動くのか…。
ちなみに叡智の国・ユグドラシアは秘密主義の謎国家らしいので、こっちはこっちで警戒した方がよさそうである。
つまり全然休まる気がしない。あれ?これって邪竜倒さない方がいいんじゃね?
さて、それでは改めで会場内を見てみましょう。
あー…、やっぱりエルフと獣人たちは対角線上にそれぞれ集まって各々人族に挨拶しているようですねぇ。
人族は…その辺り関係ないのか、特に偏った風には見えませんねぇ?
さすが、表面上は平和な関係を築いているだけあって、にこやかに話していますね。
あの笑顔の裏にはいったいどんな闇を抱えているのでしょう、考えたくもありませんねぇ?
ん?おやおや?会場内に鬼神族の姿が見えません。彼らはまだ到着していないのでしょうか?
そこのところ詳しく聞いてみましょう。
「では中継が繋がっています。現場のノエルさーん?」
「…え、私?!急にどうしたの、何の話?」
「おっとごめん、初めての他種族と複雑な国同士の関係に現実逃避してた。いやー、世の中一筋縄ではいかないんだねー。もっと簡単にしてもいいと思うんだけどねぇ…ってあれ、リアはどこ行った?」
「あ、リアは…こういう場には来ないから。…それで?何の話だったの?」
「あー、鬼神族の姿が見えないけど、どうしたのかなーって。」
「あぁ、鬼神族は…。なんというか、その、気まぐ…えっと自由な思考の方々だから。気が向かないと、こういった場にはいらっしゃらないわ。夜のパーティーは流石に来る…と思うけど。」
そんな感じで大丈夫なの?!
これって一応、国同士の大事な会談だよね?
ずいぶん緩く構えてる国もあるんだな、気まぐれで自由奔放な猫みたいなやつらだ。
ちょっと会ってみたいかも。
「姫様、こちらにおいででしたか。」
「まぁ、リュカさん!よくお越しくださいました。」
「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます。それと申し訳ございません、本来なら当主自らご挨拶に伺うべきところなのですが…」
「いいえ、事情は把握しております。よくおいで下さいましたね、どうか楽しんで行って下さい。」
「はい、ありがとうございます。…それで、こちらの方は?」
「え?」
「えぇ!?」
「あ、あの?失礼を、どこかでお会いしていましたか?」
「…お、俺を忘れるなんてひどいじゃないっすか、アニキ!俺ぁ、アニキの事一瞬だって忘れた事ねぇのに…。あの夜のアバンチュールも忘れたって言うんっすか!!」
ガタッ
「あぁ、その変な話し方はナユタか。驚いた、全然気が付かなかったな。服…いや、仮面のせいかな?」
「冷静だなー、リュカは。もう少し取り乱してくれた方が、仕掛けた側として楽しめたんだけど。」
「それはそれは…悪い事をしてしまったか?すまないな、次からは善処しないよ。」
「しないのかよ!…あれ?そういえば、アンリは来てないのか?」
「あ、あぁ…。アンリは来て、いない…?」
「なんで疑問形?ま、来てないなら仕方ないな。アンリにも会いたかったけど、リュカとまた会えたから今はそっちを喜ぶことにするよ。」
「ふ、私も同じ気持ちだよ。元気そうだな、ナユタ。」
ガタッ
「リュカも相変わらずそうで何よりだよ。」
数日ぶりの再会なはずなのに、なんだかもっと長い間会ってなかったような気分だ。
実はそれだけ恋しかったって事なのかね?何にしても、また会えてうれしいぜ!
あと、何かさっきからガタガタうるさいんだが、いったいどこから聞こえるんだ?
音の出所を探ろうと周りを見回していたら、綺麗なエルフ族の女性と目が合った。
おぉ、さすが美形で名高いエルフ族。この世界は整った顔が多いと思ってたけど、やっぱりエルフは一線を画すなぁ。ノエルは全然負けてないけど。
うーん。…うーん?
というか、さっきからエルフのお姉さんと目が合ったまま離せないんだが。
何?もしかして何か気に障った?五月蠅くしすぎちゃったかしら?ごめんなさいねぇ、これからは気を付けるからねぇ。
…いくら待ってもエルフのお姉さんは俺を凝視したままだ。
どうしよう、とりあえず笑って誤魔化しておくか。
日本人の悪い癖よね、気まずい時に笑って誤魔化すのって。
「ひゃわ!?」
「どうしたの、ナユタ?耳が真っ赤だわ。」
「ん、本当だ。大丈夫か、ナユタ?」
「あ、あぁ!大丈夫だ問題ない。ちょっと驚いたっているかたじろいだって言うか…。とにかくオールグリーン、何の心配もないよ!!」
「そう…?あまり無理をしてはダメよ?」
「姫様の言うとおりだ、具合が悪いのなら部屋で休んでいても構わないんだぞ?大きな声では言えないが、この場は探り合いの下準備をする為にあるようなものだからな。」
「うん。でも本当に大丈夫だから!さ、さーて何食べようかなぁ?」
あーびっくりした。
二人には心配かけちゃったけど、あれは誰だってビックリするって。
凝視してきたエルフのお姉さんに愛想笑いをしたら、満面の笑みでウインクされたんだもん。
なまじ顔が良いもんだから、不意打ちクリーンヒットって感じだった。
ふー、心臓ばっくばくー!
いやはや…何かこの部屋熱くない?俺だけ?
その後、リュカは他の貴族に挨拶に行ってしまい、残された俺は折角だからと空気も読まず食事を貪っていた。
うむ、さすが王宮料理人は格が違うな。
そうして次々と料理に手を伸ばしている間に、ノエルは何人かの貴族たちに声を掛けられていた。
まぁ、ナンパって事も無いだろうから黙って見守っていたんだけど、何度かノエルが苦笑してるのを見るに打算が見え見えの恩恵にあやかり隊たちのつまらない話を聞かされているようだった。
そういったやつらはノエルに脈がないと気づくと、大抵すぐに立ち去っていった。
しかし中にはしつこく迫ってくる空気の読めない奴も居るので、そういう輩には空気の読めない先輩の俺が美味しい料理をプレゼンしてやったのだ。
料理片手にぐいぐいとおすすめしたので、みなさん足早に食事に戻って行かれましたよ。
いやぁ、おいしい料理は世界を平和にしますなぁ。あっはっは!
俺のエアークラッシャーぶりがお気に召したのかクスクス笑っているノエルを伴い、俺たちも美味しい料理をたらふく頂きましたとさ。
めでたしめでたし。
そして現在の状況はというと、昼食会は何事もなく終わりを迎え、その後会議に向かうものとこのまま夜まで自由に過ごすものとで別れる形になった。
ノエルはお色直しがあるとかでリアに連れられて自室に戻ってしまい、残された俺は折角だからリュカと話でもと思っていたんだけど、そのリュカがどこかで見たようなドレスの女性に引っ張られて行くのを目撃してしまったのでそっとしておくことにした。
やるな、リュカ。こんな所で逆ナンとは…
俺がとやかく言うのも変な話だけど、アンリが居ないからって羽目を外しすぎるんじゃないぜ、兄弟?
「別に悔しくなんかないもん…。」
ボッチの俺は一度部屋に戻ってローブを羽織ると、寂しさを隠すように足早に模擬戦会場に向かう事にした。
「私の事、何も話してませんね?!」
「あぁ、言われた通りにしたよ。アンリはここには来てないって。」
「そうですか。…それで、何か言ってましたか?」
「?何かって?」
「別に何でもないです、えぇ、何でもありませんとも!」
「(気になるなら会いに行け…と言ったら怒りそうだな。)」
「あの人達絶対そういう関係でしょ!間違いえなくデキてるでしょ!?…それに仮面の彼の方、どうやら私と同じみたい。ぐふふ、あとで必ず聞き出さなきゃ…色んな事を。」




