第一章 5 質問攻め
四日間、そんなに寝てたのか…。
体の調子とか髭の感じからてっきり昨日のことだとばかり。
さわさわ。
うん、やっぱり4日でこれは短すぎる気がするなぁ?この体あんまり髭とか生えないのかな?
「あの神殿は、契約の地・テオウォルム。かつて人と竜が血の盟約を交わした場所と言われています。しかしその盟約も…」
「ん?何?」
「いえ、何でもありません。」
クロエは口に軽く手を添えて目を反らしたまま黙ってしまった。
なんだろ?このうっかり口を滑らせちゃった感。
もやもやするなー。
気になるところではあるんだけど、このまま聞いても教えてくれそうにない…か。
完全に心閉ざされてる空気だわ。
くそっ!この信用されてない感じが実に寂しい!
もう少し好感度上げられればこんな悲壮感とはおさらば出来るのか?
でも好感度ってどうやってあげるの?
ははっ、それ分かってたら年齢=彼女いない歴にならないでしょー。
もう、おバカさーん。
あれれ?目から何か変な汁が…
「ぐすん。」
「えっ、どうなさいました…?」
「いえちょっと、経験値の低さに軽く絶望しまして…」
「経験値…ですか?それはどういう…」
「ふっ…こういう時は笑えばいいと思うよ?」
「え?は、はい…にっこり?」
可愛すぎる!!!
戸惑いがちに下がった眉と少し照れてるのか赤くなった頬。
自分でも正解なのか分からない感じに疑問形なオノマトペ。
そして何より、笑顔を強調するために頬を指差した両手と小首をかしげる仕草ぁー!!
あざとい!あざとすぎるっ!!
俺の寂しさなんて今ので木端微塵ですわー!
「~~~っ!リアルメイド、最っ高…」
俺、今日からメイド萌えになる。
クロエ限定の。
「あの…ナユタ様?」
「あ、ごめん悦に浸ってた。愉悦最高イエ―イ!」
「いえーい?」
「ごほん。話を戻そうか。えっと、契約の地…ね。なーんでそんなところに居たんだろうなぁ、俺。」
そもそもさ、何で俺ってば他人の体にいるんだ?
こういうのって自分の体のまま召喚されたりするもんなんじゃないの?
いや、異世界転移のセオリーなんてものがあるのかは知らないけど。
転生だって言うならまだわかるよ?
けどさ、そもそもこの体で生まれて育ったって記憶がないんだよね。
日本のちょい田舎に生まれて都内の平凡な大学行ってそのまま就職して、普通に生活して普通に肉まん食ってた記憶しかない。
うん、やっぱり俺は俺で、体と俺は別物だな。
となると気になる事が二つ。
一つはこの体のもとの持ち主だ。
シャルル、とか言ったかな?あいつはいったいどうしたのか。
二つ目は俺自身の体の事だ。
俺がここに居て、でも俺の体じゃないってことは体だけがまだ日本にあるって事になるよな?
それって大丈夫なのか?魂の抜けた体ってそれはもうだたの死体なんじゃ。
…もしかしてそっちにシャルルがいる?
いやー、そうだったとしても意味が分かんないんだよなぁ。
シャルルと俺が入れ替わったとしてだ、何の為にそんなことする必要がある?
だってもうドラゴンは倒したあとだったわけだろ?
ドラゴンから逃げる為だとか、倒すためだとかで呼ばれたならまだわかるよ?(倒せって言われても無理だけど)
でももう倒したあとでこの後は賞賛の嵐が待ってるだけみたいな状況なのに、何で俺と体を取り換える必要があるんだ?
まさかシャルルってやつは究極のシャイボーイなのか?
パレードとか恥ずかしいから異世界の誰かに変わってもらっちゃお!みたいな。
…お手軽か!!
それかあれだ、最悪シャルルってやつの意識は…
いやいや怖い怖い!それだと俺の元の体は抜け殻ってことになっちゃうじゃんか!
それって絶対よくない状態ですよねー!?
どこに転がってるか知らんが無事でいてくれよ、俺のからだぁ!
「シャルル様は…。シャルル様は人々の平和を脅かす悪しき竜を討伐するため、お一人で彼の地にへと向かわれたのです。皆もシャルル様ならば必ずや成し遂げてくださると信じておりました。しかしノエル様はシャルル様の身を案じ、一人後を追われたのです。そして…」
そして辛くも勝利したが、シャルルの中身が俺になってた…と。
なんかそれだけ聞くと、俺がシャルルの体を乗っ取った悪魔みたいじゃね?
え、もしかして疑われてる?
まさか監禁されたり拷問されたり、ましてや殺されたりしないよね?ね?
「あのー、ちなみにさっきいた人たちって…?」
「先ほどいらっしゃったのは当主シュヴァリエ様の他に、大賢者ノアヴィス様、姫巫女ノエル様、近衛騎士団団長ジーク様、ユエル家当主代行リュカ様、そしてその従者のアンリ様です。」
うわーカタカナのおなまえおぼえきれなーい。
とりあえずあの美少女がノエルで、老人の方はノアヴィスというらしい。
ていうか大賢者!?大賢者とかいるの!?
さすがファンタジー、剣と魔法の世界には賢者もいれば騎士もいるのね。
それはともかく姫巫女って言うのは初めて聞いたな?
姫な上に巫女なのか。
「姫巫女っていうのはどういう称号?」
「姫巫女様というのは、王家の血を引く特殊な魔導師または召喚士に与えられます。現代ではノエル様がそれに当たりますが、長い歴史を見てもノエル様ほど才覚に恵まれた方はいらっしゃいませんでした!姫様は我々国民の宝なのです!」
後半かなり興奮気味に言われた。
どうやらクロエはノエルのファンであるようだ。
それもそうだ、あんな美少女が戦場に出て戦うってんだから。
ギャップ萌えは世界を超えるか…
「なるほどなるほど。近衛騎士団ってのはまぁ分かるとして、ユエル家っていうのは?」
「ユエル家はシャルル様のお父君のご実家でございます。シャルル様は本名をシャルル・モマン・ユエルと申しまして、ここより少し西に在ります”ブリュムド領”を治められるミストラル伯爵の甥にあたるのです。シャルル様は早くに母君を、3年前に父君を亡くされており、今はミストラル伯爵の下に身を寄せておられるとか。」
うわー、何か想像してたよりだいぶ複雑。
両親いなくて叔父の家に居て、その叔父は偉い人なわけか。
すごいなそれ、俺ならグレるかも…プレッシャーで。
「ん?代行ってことはリュカっていうのは?」
「ミストラル様のご子息、次期当主と言われている方です。従者の方は…申し訳ございません、存じ上げません。」
「全然オッケー。ありがと。つまりお偉いさん方と身内なわけね。」
こえー!!マジこえぇよこの状況!
お偉いさんが集まって何話し合ってるのぉ?!
どうなっちゃうんだろうな、俺。
…ダメだ、怖すぎて心臓がバクバクしてる。
落ち着いてる場合じゃないかもだけど、このままじゃ心臓が持たない!
「あ、あのさー。鏡とか持ってない?」
「鏡、ですか?手鏡でよろしければ私の物をお持ちいたしますが…?」
「頼む。」
「…かしこまりました、少しお待ちください。」
クロエは一礼すると足早に部屋を出て行った。
手間を掛けさせてしまって申し訳ないが、どうしても確かめたい。
ずっと気になってたんだ、この顔。
シャルルってやつがどんな奴なのか、顔を見たくらいじゃわかんないかも知れないけど。
でも性格は顔に出るって言うじゃん?
自分がどんな奴の中に居るのか目視できれば、何も分からないより少しはマシになるような気がするんだよね。
あとは、心構えと息抜きも兼ねて。
もしかしたら一生付き合うことになるかもしれない顔なわけだし、早めに知っておくのもいいかなーってね。
もう知らない事とか分からない事とか多すぎて混乱の極みだから、少しずつ分かるところから消化していこう。