第二章 25 俺は男子の必修科目にダンスがなかった世代です。
無事エントリーを済ませ部屋に戻った俺は、それから一時間ほど魔法の練習をしていた。
そうそう、模擬戦にエントリーする時なんだけど、本名でなくとも構わないという話だったのでちゃっかり偽名で登録しておいた。
いやー、偽名登録OKって言われたらそりゃ、ねぇ?
本名を名乗らないヒーローって憧れるものじゃん?蝙蝠マン然り、蜘蛛マン然り。
ま、初戦敗退なんて事になったら恥ずかしいから保険も兼ねてなんだけどね。
そしてここで朗報だ!
俺の魔法、ちょっと上達してた!
イグニスとウィンディに力を貸してもらったのがいい刺激になったのか、火魔法の他にも風魔法が使えるようになったのだ!
威力はそよ風程度だったけど、使えると使えないじゃ全然違うからなー。
そしてライター程度だった俺の火魔法は、たいまつ程の火力まで出せるようになっていた。
なんとなく魔力の性質云々が感覚としてわかってきた気がする。
まぁどちらも実践ではまだまだ使えない威力だけど、それでもちゃんと成長していることが分かったのはかなりいい!これからの訓練も捗るってものだ。
よぉし、ガンガン鍛えて普通の魔法使いを目指すぞー!
「ナユタ、いる?」
「お、ノエルか。どうぞー。」
軽いノックの音と共にノエルの声が耳に届く。
どうやらお着替えは終わったみたいだな。
女の子の支度は長いって噂を聞いてたからもっとかかると踏んでたんだけど…意外と早かったな。
そしてあの騎士はきちんと俺の伝言をノエルに伝えてくれたんだな。
正直かなり怪しまれてたから、期待はしてなかったんだけど…。
意地悪そうだなぁなんてこっそり思ってたのは訂正させてもらうよ。
ごめんな、騎士。お前の事は3分くらい忘れないよ。
そうして俺が心の中であの騎士に謝罪をしている間に、部屋の扉が開かれてノエルとリアが入ってきた。
「待たせてしまってごめんなさい、思っていたより時間が掛かってしまって。」
「もう!リアはもっと姫様を着飾りたかったのに、あなたのせいで切り上げられてしまったのですよ!」
「もう十分綺麗にしてもらったわ、これ以上はやり過ぎよ。」
「そんなことないのです!どうせ来賓の方々だってゴッテゴテのぴっかぴかに着飾ってくるんですから、やり過ぎくらいが丁度いいのです!」
「もう…リアったら。それにしても、とても似合っているわよナユタ。やっぱりレオンに頼んで正解だったわね。」
「え?母さ…師匠がこれを?」
「そうよ?さすがは稀代の天才魔具師ね、とても細やかで美しいわ。ね、ナユタ。………ナユタ?」
「ぼー…。」
「何を呆けているのです?そのだらしなく開いた口は、虫を呼び寄せているのですか?さすがの虫さんも、あなたの口の中だけは嫌だと思うのですよ?………………ダメなのです、完全に聞こえてないのです。」
「どうしたのかしら?…ナユタ、大丈夫?熱でもあるの?」
「ぴぁっはぁ!はい、いいえ!大丈夫であります!ノエル様におかれましては本日も大変お美しく!!」
「び、びっくりした…。もう。ナユタったら、急に大きな声を出さないでよ。ふふふ、でもありがとう。」
「ひゃ~…」
ノエルの柔らかい手の平が俺のおでこに触れた感触で意識が急浮上した。
いやー、びっくりした。てっきり目の前に女神が舞い降りたのかと思って、天に召されかけちゃったぜ。
最近はノエルの美しさもだいぶ見慣れてきたなと思ってたけど、まったく…勘違いも甚だしかったな。
大体美しさには果てがないってのに、何が見慣れてきただっての、烏滸がましい。
悟ったつもりになって得意げになるのも大概にしとけよ、小僧。
俺は新しい美しさを知った新しいナユタ。そう、言うなれば…ネオ・ナユタ!!
「顔がうるさいのです。」
「いぎっ!」
顔がうるさいと言いつつ的確に足の小指を狙って踏んでくるのは何なんですかねぇ?
箪笥の角に小指をぶつけた時の10倍は痛いんですけどねぇ?確実にダメージ入れるのはやめてくれないか?
ま、お蔭で完全に目が覚めましたけど!
…それにしてもすごいな、ノエルの美しさは天井知らずかよ。
何よりこのドレスだ!
前回の夕食の席で着ていたドレスが”すっきり大人系”だとすると、今回のは”ゆるふわ天使系”ってところかな?
いやもう、これを見た奴は間違いなく貫かれるよ。ノエルというキューピッドに、心を!!
「大丈夫、ナユタ?」
「あぁ、大丈夫。小指は折れてるかもしれないけど、心は折れてないから。」
「言い回しがムカつくのです。大体、きちんと手加減したのですから、小指だって大丈夫…のはずなのです。」
「そこに不確定要素が含まれるならもう少し謙虚な態度をとれよ!慎ましさを覚えたジャイアンか、お前は。ったく、滅茶苦茶痛かったんだぞ!」
「ふーん、なのです。そんなヤワな体のあなたが悪いのですよー!」
「こら、二人とも喧嘩はダメよ?それにリア、ナユタはパーティーで踊るのだから怪我をさせるようなことはしないであげて。」
「ん?お、踊る…?」
「え?何か変な事言ったかしら?仮面舞踏会なのだから、踊る…でしょう?」
一気に血が下がっていくのが分かった。
そうだよ、舞踏会だよ!シンデレラだってお城の舞踏会で王子とよろしく踊ってたんだから、俺だって仮面を着けるヴァージョンで誰かと踊る事になるよな!
うわー、完全に主催者気分で見守るだけのつもりでいたわー…
参加するってイコール踊るって事ですよね、そらそうだよねー。
むしろ男役ってリードしてあげなくちゃいけないんじゃないの?どのアニメでもそんな感じだったよね?
無理~!絶対できないよぉ。
未経験の初心者が、経験者の女の子と密着する上にリードするなんて出来るわけないじゃーん!物理的に無理ー!!
だいたいさ、女の子の”足を踏んでしまいます”って言うのならまだ可愛げもあるけどさ、俺の場合はただ単に教養のない場違いな男なだけだからね!?ただの見かけが良い恥さらしだから!
オワタ。もうやだ、花瓶になりたい…
「えっと、もしかして踊ったことないの?」
「…うん。」
「一度も?」
「ん。」
「うーん…」
そうだよね、困っちゃうよね。
パーティー用の服だけでなくダンスの練習まで忘れてるなんて、お前はいったい何しに来たんだって話だよね。
もう俺、王様の挨拶が終わった部屋に帰る。布団に包まってメソメソ泣かせて下さい。
それがダメならせめて、”こいつは素人です”って首から下げさせて…
「よし、じゃあ今から練習しましょう!ナユタなら1時間もあれば習得出来ると思うわ!」
「え?で、でもぉ…」
「でももヘチマもないのです!姫様自らご指導して下さるのに、断るなんて選択肢はこのリアリスニージェが与えないのです!大人しく悪足掻けこのマヌケ、です!!」
「リア…ノエル…。」
「うん、一緒にがんばりましょ?」
「…あぁ!」
差し出されたノエルの手に、そっと自分のそれを重ねる。
そうだよな、始める前から諦めてちゃダメだよな?
ごめん俺、弱気になってたよ。
何事も当たって砕けろ、それでも出来なかったらその時に泣けばいいんだもんねっ!
よぉし、いっちょ本気を見せてちゃうぞぉ☆
――――――…
「そう、上手よナユタ。本当に初めて?ふふ、そこはもっと大胆になっていいわ。さ、固くならないで。もう一度…」
お分かり頂けるだろうか?
練習を始めてからずっと、ノエルは俺に優しく教えてくれているんだが…
言葉のチョイスが明らかに、アレなのだ。
いや、邪まな想像をしてしまう俺がいけないのかもしれないんだが、これを密着した状態でずっと聞かされている俺の心中を察してほしい。
むしろよく平静を装っていられるものだと、褒めてもらってもいいくらいだろ?
というか、ノエルはどうしたらそんな的確な言葉選びが出来るのか小七時間ほど問い詰めたい。
まさか他の奴に教える時もこんな風なの?実は根っこはサディストなの??
「こら。ちゃんと集中して、ナユタ。時間がないのだから、詰め込めるだけ詰め込むわよ。」
「はいっ!」
そうだ、折角俺の為に教えてくれてるんだから変な想像するなんて失礼にも程があるよな。
とにかくステップだけでもそれっぽく踊れるように、今しばらくノエルの胸をお借りしよう!
…胸ってそっちの胸じゃないよ!?確かに当たるけど、そういう事じゃないからね!?
「…うん、だいぶ踊れるようになったわね。これなら誰を誘っても失礼にはならないはずよ。」
「はぁ、はぁ、ありがとうございました。」
「どういたしまして。でも、本当に今まで踊ったこと無かったの?とてもそうは思えないほどの上達の早さだったわ。」
「うーん、そうだなぁ。こんな風に踊ったことはないはずなんだけど、体が勝手に動いたというか何となく次の動きが予想できたというか…。だぶんあれだ、シャルルの経験を体が覚えてるってやつだと思う。」
「…そっか。それなら、ちょっと納得…かな。」
「ノエルはシャルルと踊ったことあるのか?」
「まさか。私はいままで一度だって…」
「あ!もう時間なのですよ!そろそろ向かわないと遅れてしまうのです!!」
「…そうね。行きましょうか。」
どこか寂しそうに笑うノエルの顔を見ていると、なぜかすごく胸が痛んだ。
”一度だって”何だったんだろう…
シャルルとノエルは、本当はどんな関係だったんだろう?
今更聞くのもなんだか憚られるような気がしてどうしても言葉にすることができなかったけど、ノエルは何を考えていたんだろう?
ノエルは何を思いだしていたんだろう?
気になって仕方ないはずなのに、へらへらと笑って誤魔化す自分が情けない。
もしノエルを傷つけることになったらと思うと、どうしても足がすくんでしまう。
俺はまだ、ノエルにどこまで踏み込んでいいのか測りかねているのかもしれない。




