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確かに俺は最強だった。  作者: 空野 如雨露
第二章 王都編
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第二章 23 天才魔具師・レオン



レオンと呼ばれたこの女性は煙草を机に押し付けて火を消すと、頭をガシガシと掻きながらこちらに向かってくる。

うわー、何というか…全体的に不潔さんだぁ。

ボサボサの髪はもちろん着ている白衣はあちこちが汚れているし、顔は青白くて目の下にはガッツリと隈がある。何日寝ないでいればこうなるんだよ…


それにしても、俺はてっきりレオンと言う名前から怖い感じの無口でがたいの良い男を想像していたんだけど…いやー、全然違いましたなぁ。

むしろ真逆と言っていいほど白くてヒョロくてもやし…、いやカイワレみたいな女の人だ。

言っては何だが、完全に名前負けしている…。


「んー、んんー?コイツは…。」


「あ、初めまして。俺はナユタといいま…」


「鬼神族の仮面か。ふーん、悪くない細工だな。単純だが効率的だ、こういうのも嫌いじゃない。」


「ええーっと。」


「ふぁー…」


レオンは俺の着けている仮面をジロジロ見ては感想を述べ、あとは興味ありませんと言わんばかりにあくびをしてイスに腰掛けた。

おうおう、完全に無視ですかぃ?

研究にしか興味ない理系の典型ですか?人付き合いはしないタイプなんですかぁ?

そんなんじゃ立派な社会人には成れないんですからね!ぷんぷん!


「もう!お願いよレオン、彼は陛下の招待でパーティーに参加するの。きちんとした服が今すぐに必要なのよ!」


「へぇ、それはご苦労な事で。よくもまぁ、あんな五月蠅いだけの場所に行こうと思うね。すごいすごいー。で?それってアタシには少しも関係ないよね?この子に手を貸してアタシに何の得がある?…時間の無駄だよ、帰りな。」


「お願いよ、レオン!」


「あ、あの。俺からもお願いします。あなたしか頼れる人が居ないんです!」


「それは違うね。アタシしか頼りにできる人が居ないんじゃない、アタシすら頼りにするべきではないんだ。始めからアタシを候補にいれてる時点であんたの思惑は外れてるんだよ。だいたい、なんで初対面のアタシが力を貸してくれるなんて思うのさ?どういう思考過程を経たら、そんなずうずうしい結論に至るのか甚だ疑問だね。あんたみたいな甘やかされて当然、みたいな奴は嫌いだよ。」


「レオン、そんな事言わずに…」


「帰れ。」


「……………、わかったわ。」


これ以上何を言っても無駄だと判断したのか、ノエルは黙って俺の手を引くとレオンの部屋を後にした。

石造りの階段を上って城の廊下を進む間、俺の前を歩くノエルは一度も口を開かず、ただひたすらに歩き続けていく。

落ち込んでいる…のだろう。

思えばレオンという女性は一度だってノエルを見なかったし、姫様相手だというのに敬語も使ってなかった。

加えてあの冷たい態度だ、ノエルのような優しい人間にはさぞ堪えるだろう。


城に仕えてる人間としてはあまりに非常識な態度の人だったが、あの少しの会話だけでもあの女性が良くも悪くも常識に捕らわれるような人間でない事は理解できた。

一つ間違えば不敬罪で打ち首になってもおかしくないのにそれがまかり通っているという事は、あの人はかなりの実力者なんだろう。

しかし、だからと言っていたずらに他人を傷つけていい理由にはならない。

”他人の心がわからない”、と以前王様は言っていたけど、あの人の場合は”他人の心など知ったことか”って感じだ。

本人はそれでもいいかもしれないが、周りの人間は堪ったものではない。

俺だってそうだ。

こんな風にノエルを傷つけられて、平気でいられるほど俺は出来た人間ではないのだ。


「ノエル、俺はもう一度レオンの所に行ってくるよ。行ってガツンと一発お見舞いしてくる!あ、もちろん暴力的な意味じゃないぜ?ただ一言文句を言わないと気が済まないんだ。」


「え?もう一度レオンの所に行くのは賛成だけれど、どうして文句なんて言う必要があるの?」


「どうしてって…。だってレオンがあんな冷たい態度をとったから、ノエルは傷ついたんだろ?俺もあの態度は人としてどうかと思ったし、一言ぶちかまそうかと。」


「あら、私は傷ついてなんかいないわよ?」


「え!?だって…、じゃあどうして黙ったままだったんだ?」


「あ、そっか。心配かけてごめんなさい、ちょっと考え事していたの。レオンがいつも以上に機嫌が悪かったから、どうやって宥めようかしらって。」


「宥めるって、猛獣使いですか…。っていうか、あの態度はただ機嫌が悪かっただけなのか?通常運転ではなくて?」


「うん。まぁ、確かにいつも辛辣だけど、あそこまでじゃないわ。きっと切らしてるのね…。うーん、でもどうしようかしら?今から買いに行ったとして間に合うかどうか…。」


「切らしてる?ニコチン…じゃないよな、さっきまで吸ってたし。買いに行くって、何が必要なんだ?」


「レオンが気に入っているチョコレートがあるの。街の東側にあるお店にある物で、ひとつひとつが丁寧に作られてるとても美味しいチョコレートなの。レオンはいつもそれを買い置きしているんだけど、あの様子だときっと無くなっちゃったのね。」


「街の東側…、チョコレート…?」


およ?なーんか覚えがあるんだが。

もしかしてあれ、なのかな?


「ノエル、あのさっ!」


―――――――…


「性懲りもなく来るなんて、アタシの言った事が理解できなかった?」


「違うわ、今回はナユタからレオンに贈り物があるのよ。」


「アタシに…?」


「あの…、貰ってくださいっ!!」


俺は思い切り頭を下げてその箱(・・・・)をレオンに突き出した。

この街に着いた日にヴィーと行った、セバスちゃんおすすめの店のチョコレート。

本当ならノエルと一緒に食べるはずだったんだが、何かと忙しくて手つかずのままだったのだ。


そしてただ渡すだけなのも面白くないと思って、まことに勝手ながら脳内で設定を考えておいた。

イメージはこうだ。

三年間片思いしていた同級生が卒業後進学するため引っ越してしまう事を知り、なけなしの勇気を振り絞り最後のバレンタインにチョコを渡す大人しい系女子。

もう会えないかもしれないという焦りと三年間温め続けてきた高まる気持ちに背中を押されて、やっと用意したチョコ…。

どうか私の気持ち、受け取って下さい!!


「こ、これは。………ありがとう。」


「っ!!」


あぁ!やった!!

やっと伝えられた、私の気持ち…。

レオン君、ありがとう。

卒業しても元気でね?


「…ユタ。…ナユタ、どうしたの?顔が真っ赤だわ。」


「うわぁ!び、びっくりした。あぶな、のめり込み過ぎて戻って来れないかと思ったぜ。」


「?」


あっぶねー。

ついバックボーンを掘り下げすぎて役になりきっちまった。

俺の高校時代の妄想がこんな所で活躍するなんて、世の中何が起こるか分からないもんだなぁ。

しかも渡す側が俺って…

貰った事も無いのに渡す方を経験するなんてな、まったく虚しいぜ。


そんな虚無感を抱いている俺とは対照的に、鼻歌交じりに箱に施されたラッピングをびりびりと破いていくレオン。

包装紙なんてただのゴミだと言わんばかりに床に散らかしては足で端に寄せていくという作業をしている。

なるほど、こうしてこの部屋は汚れていくのか。


「ん…、ちゅぱ、んぐぐ、むふー!!うまいっ!」


「うわー、さっきのテンションとえらい違いますねー…」


「そうなの。レオンは甘いものを食べてる時だけ、幸せそうな顔をするのよ。」


「へー…」


ここまで無感情な相槌もなかなか無かろうよ。

さて、こうなると食べ終わるまで何を言っても聞いてないらしいので、暇つぶしがてらこの部屋の中をぐるりと見回してみる事にしよう。

とは言っても全体的に暗いくてかなり汚いので、床に積み上げられているのかゴミなのかそうでないのかのか判断が付かない。

ただのゴミ屋敷にしか見えないんだが、本当にここで服を作れるのか?

天井も壁も石で出来ているから全体的にひんやりしているし、作業台と思しき上には何やらよく分からない装置のようなものが無数に置かれている。

設置されている本棚は難解な本で埋め尽くされているし、よく見るとゴミの中に宝石のようなものが混じっている。

カ、カオスだ…。

こんな所で服なんて作ったら、変な魔術が付与されちゃういそうじゃない?


「なんか、あれだな。すごく汚い魔法工房みたいだな。」


「みたいは余計だ。ここはれっきとしたアタシの魔法工房だよ。」


「あ、食べ終わったのね。…口の周りはチョコレートだらけだけど。」


「ん…。とにかく馳走になった。やっぱりこれがないと生きていけないな。」


「袖で拭くなよ、落ちなくなるぞ?えっと、これで少しは話を聞いてくれる気になった?」


「ん?あぁ、服の件か。……………………………………………………………………分かった、引き受けるよ。」


「ものすごい熟考したな。そんなに嫌なのか?」


「嫌というか、単に面倒なだけだ。服なんて専門外だし、今本業(こっち)が少し行き詰ってるっていうのもある。」


「行き詰ってる?」


「新しい発想が出てこないとも言うな。まぁ、別の事をして息抜きすれば、おのずと作りたいものもでてくるだろう。」


「そういうものなのか。」


「そういうもんだ。それよりも、時間がないんだろ?コイツの服は作ってやるから、ノエルも仕度してきたらどうだ?」


「あ、いけない!リアを待たせていたんだったわ!それじゃレオン、ナユタの事お願いね!!ナユタ、お昼に会いましょう!!」


ノエルはそう言うと慌ただしく走って行ってしまった。

ポツンと残された俺は、なんだか急に気まずくなってしまい、何を話せばいいか分からなくなった。

あれ?俺ってこんなに人見知りだったっけ?

チラリとレオンの様子を見てみると、何を考えているのか分からないぼーっとした表情を浮かべたまま俺の事を凝視している。

ね、寝てるわけではないよな?

試しにレオンの前でひらひらと手を振ってみる。


「馬鹿にしてるのか?」


「滅相もございません!」


普通に怒られた。

だって全然瞬きしないんだもん、寝てるのかと心配になるじゃん。


「ならさっさとしろ。」


「な、何が…?」


「採寸するんだよ。さっさと脱げ。」


「脱ぐ必要あるの!?服の上から測ればよくない!?」


「あ?それだと誤差が出るだろうが。アタシにそんないい加減な仕事をしろって言うのか?」


「ひっ、ごめんなさい!すぐに脱ぎます!」


あまりの剣幕に俺は急いで服を脱ぎ始めた。

せめて更衣室を用意してほしい所だが、そんなことを言ったところできっと理解してはくれないだろう。

恥じらいとかなさそうだもんな、この人。


「ぬ、脱ぎました!」


「…お前、やっぱりアタシを馬鹿にしているだろ?そうなんだな、んん?」


「えぇ!?そんな全然まったく!誠心誠意真心込めて脱がせていただきました!!」


「それでこの体たらくか?それともそれ(・・)はあんたの体の一部だとでも言うつもりか?」


「それ…?それって言われても、全部脱い、…。え、下着(これ)も?」


「当たり前だろう?アタシはあんたの服を作るって言ったんだ。当然それ(・・)も含まれてるに決まってる。」


「い、いや。さすがにこれはっ!ちょ、やめやめ…引っ張らないで、見えてしまいます!ナユタ君のナユタ君がっ!あ、あぁ!!」


こうして俺に残った最後の要塞も、レオンの手によっていとも簡単にはぎ取られてしまうのだった。

正直、この後の話はあまりしたくない。

あんな恥ずかしい格好であちこち測られて…。

なんかこの世界に来てからの俺は、女性に素肌を晒す頻度が急上昇している気がするんだが…


「…こんなもんか。じゃあそのまま少し待ってな。」


「そのままって、このまま!?さすがにそれはどうかと思うんですけど!一回服着ても問題ないですよね!?」


「どうせできた服に着替えるんだから、そのままでいいだろ?黙って待ってろ。」


全然よくないですけど!?

あなたも全裸の男を部屋に置いておく事に、もう少し抵抗を見せてもいいんじゃないでしょうか!?

しかし俺の抗議はもはや聞こえていないようで、レオンは作業台の上にあったよく分からないもの達を乱暴に床に落とすと木炭のようなもので台の上に直接何かを書き始めた。

あれは魔法陣、だろうか?

慣れているのか途中で止まることもなくスラスラと書き続け、あっという間に大きな魔法陣を書き上げた。

レオンは持っていた木炭を床に放り投げると、足で床に散らばったもの等をどかしながら何かを探し始める。

どうやら宝石を拾い集めているようだけど、なにせ床にものが多すぎて探すの大変そうだ。日頃片づけておかないからこうなるんじゃないのか?

まぁ俺の苦言はともかくとして、どうやら欲しいものは手に入ったらしく、レオンは魔法陣の上に宝石を並べはじめた。

そうして並べられた宝石の上に手をかざしたかと思えば、眩い光が部屋全体を照らし始める。


「お、おぉ…。すごい…。」


レオンが宝石から出ている糸のような光を指で編むように動かすと、光の糸はみるみる服のような形に集束していった。

なるほど、確かにこれなら昼までには間に合うだろう。でも何だろ…。

もしかしなくても、今俺の目の前で行われているこの行為はとんでもなく規格外の…言うなれば神の所業に近いものなんじゃないだろうか?

宝石から魔力を糸状に取り出して編む?しかもそれを固定して実際の服となんら変わりない物にしてのけるって…

ちょっと何言ってるのか分からなくなってきた…

どんな才能を持ってたらそんな器用な事出来るの?


「ほら、着てみろ。」


「あ、はい。」


完成した服はシルクのような肌触りなのにしっかりとしていて、華美過ぎないが決して地味でもない細かな装飾が施されていた。

これがものの5分で出来たなんて、いったい誰が信じるだろう。

とりあえずレオンが早く着ろと言う視線を送ってくるので、細かい確認はこれくらいにして袖を通してみよう。

というか、全裸の男が着替えるところを凝視するんじゃありませんよ…


「…良さそうだな。」


「すごい。全部ぴったりだ!しかもすごく動きやすいぞぉ!!」


「そりゃ、アタシが採寸して作り上げたんだ。そこらの服と比べる事自体が失礼だと思え。」


いや、マジですごい!

オーダーメイドの服なんて着たことないけど、ここまで動きを邪魔しない服なんてちょっとしたカルチャーショックを受けるレベルだぞ。

装飾だってされてるのに全然気にならないし、何ならこのまま戦闘だってこなせそうだ。

ここまで違うのか、レオンの服!


「こんな服は初めてだよ!専門じゃないとか言ってたのにこの完成度はヤバい!ハンパない!!」


「あんたの語彙力はよく分かったから、用事が済んだらとっとと帰れ。昼まではまだ時間もあるし、ノエルの所にでも行ってきたらいい。アタシは研究に戻るよ。」


「あぁ、そうさせてもらうよ。ありがとうな、レオン。おかげで助かったよ。」


「今回のはチョコのお礼だから、次も助けてもらえるとは思わない事だね。」


「肝に銘じておくよ。…ところでレオンの研究って何やってるんだ?」


「あんたには関係ない。」


「いや、今回のお礼に何か手伝えることがあったらと思ったんだけど。部屋の掃除とか。」


そう言って改めてこの部屋を見回す。

うーん、汚い。圧倒的ゴミの存在感。

俺も仕事が修羅場の時は部屋をゴミ溜めすることはあったけど、ここまでのレベルに達したことはなかった。

もうここまでくると病気になるんじゃないか?

散らかっているように見えてどこに何があるか把握している…ってわけでもないのはさっきの動作でよく分かったし。

整頓した方が作業効率も上がると思うんだが。

そして何より、俺が掃除したい。こんな汚い部屋が存在していることがかなり許せない。


「お礼のお礼なんて意味の分からない事を。………掃除、か。」


「俺はこう見えて整理整頓は得意なんだぜ?ゲームのアイテムボックスだって、常にわかりやすく整えておく派だったからな!」


「そうだな。意味はよく分かんないけど、暇な時にでも掃除してくれるのかありがたい。アタシはそう言うの苦手だから。」


「オッケー!ならまた日を改めて掃除に来るよ。」


「あぁ。」


「んじゃ俺はもう行くな。」


レオンは無言で煙草に火を点け煙を吐く。

俺はそんな姿に苦笑しつつ、レオンの部屋を後にした。

次に来る時までにお掃除グッズを揃えておこう。そしてナユタ主催の大掃除を開催するのだ。



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