第二章 20 騒動と風の精霊
管理局の前まで来た俺は、呆然と立ち尽くしていた。
「これは…、すげぇな。」
門の前には街の商人たちが列を作っていて、唯一の出入り口には昨日もいた門番の他に数名の役人がその対応に追われているようだった。
あちゃー、これはもしかして入るまでに時間が掛かるやつですかねー?
列を辿って最後尾を探すが、どうもここからでは見えない所まで続いているようだな。ちっ、最後尾はこちらってプラカード掲げるくらいの気遣いを見せろや。コ○ケを見習え。
しかし参ったな。これじゃ中に入れたとしておっさんを見つけられるかどうか。
よく考えたら待ち合わせ場所も時間も具体的に決めてなかったし、またおっさんの名前を聞き忘れてる…。
はぁ、とりあえずこの列におっさんが居ないか見に行って、居なかったらその時は大人しく最後尾に並ぼう。
果てして日暮れまでに入れるんだろうか…。
「…ん?なんか中が騒がしいな?競りでもやってるのかと思ってたんだけど、どうも怒鳴り声のようにも聞こえるぞ?」
これだけ人がいるのだから自然と声が大きくなるのは分かるけど、どうにもそんな呑気な感じには思えないような怒気を含んだ声が聞こえてくる。
トラブルなのか喧嘩なのかは内容が聞き取れないので判断が付かないけど、門番と一緒に居た役人たちが中に引っ込んで行ったのを見るにどうも大事になっているようだ。
…今がチャーンス!
「よぉ、門番君。昨日ぶり。」
「え、誰っすか?」
「あぁ、ローブ来てるから分からないか。ほら、これなら分かるだろ?この見事な狐面には見覚えがあるはずだぜ?」
「えぇっと…、んん?」
「…いやー、昨日は本当に世話になったね。その事は上の者にも伝えておくからね。それで本題に入るんだけど、実はクフィミヤン男爵に呼ばれている的なあれでね。急いでいるんだけど、ここを通してもらえるかね?」
「え、クフィミヤン男爵にっすか?分かったッス!ではここにお名前を頂戴します。………、はいこれで大丈夫ッス!では、お通り下さいッス!」
「あぁ、ありがとう。」
「お疲れ様ッス!」
チョロイ、あまりにチョロイぞ門番君!
こんな怠惰な仕事ぶりでよく今までやってこれたな!
しかし、君のお蔭で無事入れたから、この事は誰にも言わないでおくよ。
しっかりやれよ、門番!
門を潜るとすぐに怒声が響いてくる。
どうやら向こうの人だかりから聞こえてくるようだが、果たして喧嘩なのか何なのか。
俺はローブを被り直してその人だかりに近づいてみる。
「おい、ふざけんなよ!こんな所で召喚なんてしやがって!クフィミヤン男爵が黙ってないぞ!」
「そうだそうだ!なんて礼儀知らずの坊主だ!さっさとお供にやめさせろ!」
「お前たちの意見なんか聞いてないんだぞ!僕ちゃんたちはただ積み荷に紛れて馬車に乗ってただけなのに、お前たちが勝手に騒ぎにしたのが悪いんだぞ!」
「勝手に乗ってた上に積み荷の果物も食い散らかした奴がよく言うぜ!それで弁償もしないなんて言われちゃ、黙ってられるわけねぇだろうが!」
「お前たちの言っていることは意味が分からないぞ?なんで僕ちゃんが果物を食べただけで何かを渡さなくちゃいけないのだ?」
「このガキっ!」
ははぁーん、なるほどなぁ。
無賃乗車と車上荒らしをしでかしたあの坊ちゃんが、天然なのか何なのか知らないけど見事に周りの商人を煽ってる訳ね。
そんで坊ちゃんを守ろうとしているお供の奴が、あろうことが召喚魔法を使ってきたものだから辺りもさらにヒートアップ…と。
まぁ、子供の喧嘩に大砲持ってくるようなもんだもんな。周りの商人も堪ったもんじゃないだろうさ。
…にしても。
「なぁ、あのお供が召喚してるのって…」
「ん?あぁ、シルフだよ。ったくよりにもよって何でこんな場所で召喚しちまうかなぁ、頭おかしいんじゃないのかアイツ等?」
やっぱり、少年の姿を模して妖精のような羽を持っているあれはシルフなのか。
何というか物語でもよく見かけるような、これぞまさにシルフと言った風貌だ。
そしてシルフ!シルフという事はきっと…
なぁ、シルフ。俺の声って聞こえるか?
あれれ?
人が僕に話しかけてくるなんて珍しい事もあったものだなぁ。
何か用かい、無垢なる星の子。
おお、答えてくれた!…あー、ごめん。特に用は無かったんだけど、イグニス…イフリートと話ができたからシルフとも話せるか気になってさ。
へぇ、イフリートに名前を付けたんだ。
…ふぅん、面白いなお前。それで?僕と話せた感想は?
えぇと、ずいぶん流暢にしゃべるんだな?
はは、僕は人と寄り添うものだからね。
イフリートとは違うのさ。
そういえば、しばらくイフリートとも話していないなぁ。
健在だったかい?
あぁ、以前の様子は知らんけど、弱ってるようには思えなかったぜ?
…お前は全然臆さないなぁ。
普通は高次元の存在と会話しようものなら、
発狂してもおかしくないんだけど。
そうなのか!?知らず知らずの内に危ない橋を渡っていたのかよ、俺。狂わなくて良かったぁ。
まぁ、お前がこちら寄りっていうのもあるんだろうけどね。
で?どうするんだ?
え?何が?
お前は僕にも名前を付ける気なのかって聞いてるんだよ。
…友達になってくれんの?
さて、それはどうかな?
まぁ、イフリートの盟友だから
いささか興味を引かれるのは事実かな。
しかしお前は面白そうでも、趣味が合うとは思えないんだよね。
そうだな…もしお前が風を自由に操れるとしたら
その力を何に使う?
風の力を自由に使えたら?うーん…………………………スカートめくり、かな?
は?
あ、すみませんごめんなさい。つい出来心で…
最高じゃないか!!
え…?
まさかここまで趣味が合うとは
さすがの僕も予想外だったなぁ!
いいよね、女の子の衣服…
中でもスカートが捲れる時のあの快感!
僕もたまに可愛い子を見つけるとやるんだけど
まさかお前もその良さが分かるとはなぁ!
うん、気に入ったよ!つけていいぞ、名前。
僕がお前の力になってやる!
え、あぁ、うん…。ありがとう。えっと、じゃあ…ウィンディでどうだ?本当はラテン語で統一したかったんだけど、ちょっと風をなんていうのか知らなくて。だから英語で”風が吹く”という意味のウィンディ、だ。
…へぇ、なかなか良いね。
僕の力を制限しない、いい名前だ。
うん、では問おう。
僕の盟友たる汝の名は!
俺はナユタだ。よろしく頼むぜ、ウィンディ。
ウィンディとの会話が終わると、途端に周りの喧騒が耳に届く。
なんだか今まで二人きりで話していたような錯覚さえ覚えるほど、いままで周りの音が一切耳に入ってこなかった。
余程集中していたのか、本当に別の場所に意識が飛んでいたのかは分からないが、どうやらさほど時間は経っていないようだった。
やれやれ、まだ言い争ってるのかよ。
「いいから食った分と馬車賃を払えって言ってんだよ!それさえもらえりゃ自警団に引き渡さないでおいてやるからさ!」
「だから、なんで僕ちゃんがそんな事しなくちゃいけないのだ?僕ちゃんの口に入っただけ有難いと思うところなんじゃないの?」
「はぁ!?ちっ、ダメだこのぼんぼん。今までどんだけ甘やかされてきたのかは知らねぇが、この歳で性根が腐ってやがるぜ。もうとっとと捕まえちまおう。」
「な、なんで僕ちゃんが捕まらなきゃいけないのだ!?ペッコ、やっつけて!」
「…はい、坊ちゃま。」
「おおおおいおい!こんな所で魔法使うなよ、商品が飛ばされちまうだろ!!」
「誰かアイツ等を止めろ、他人事じゃねぇぞ!!」
ペッコと呼ばれたお供はシルフに魔力を送り始め大規模な魔法を行使するつもりのようだ。
こんな所で魔法を使っちまったら、商品どころか人まで吹き飛ばされるぞ!
俺は慌てて人を掻き分けると、出来うる限り手を伸ばした。
「ウィンディ、その魔力全部こっちに回せ!!」
風が巻き起こりウィンディと共に魔力が俺の中に流れ込んでくる。
この感覚、イグニスの時と同じだ。
どうやらまた俺の体は精霊を纏っているようだな。
風でローブがずれないように手で押さえて周りの被害を確認する。
うん、どうやら怪我人は出てないみたいだな。何人かすっころんで呆けてはいるみたいだけど、驚いたようにこちらを見ているだけでどこか痛めている様子はない。
よしよし、ぶっつけ本番だったけど、どうやら俺の体にも特に問題は起こっていないようだな。
しいて言うなら体の周りに風を纏っているので、始終ローブがはためいているのが気になるくらいかな?
まぁ何にしても、怪我人も被害も出なかったみたいで安心したぜ。
…でも、これで終わりには出来ないよなぁ。
「なぁ、そこの坊主。お前、もし自分の大事な物が知らない奴に盗られたら…どうする?」
「む?…それはもちろん怒るのだ!僕ちゃんの大事なものなんだから、それを盗ったらそいつは盗人なのだ!」
「そうだな。じゃあ聞くけど、この人の大事な物を勝手に食ったお前は盗人なんじゃないのか?」
「う…それは、そう…かも?でもでも!こいつは僕ちゃんにお金を要求したのだぞ?僕ちゃんが食べたのはお金じゃないのにっ!これはおかしいと思うのだ!」
「お前は食べた物を元通りに返せないだろう?だから代わりになるものを要求されてんだよ。金さえ払ってしまえば、お前はこれを買った事になる。それならお前は自分の物を食っただけだから、何の問題もない事になる。ここまで分かるか?」
ま、本当なら賠償金だとか慰謝料だとかが発生してもおかしくない案件なんだろうけど、そこは当の商人が金さえ払えばいいと言ってるんだから下手にややこしくしないで良いだろう。
そしてそんな俺の言葉を聞いた坊ちゃんはというと、どうも話を理解するのに時間が掛かっているようで腕を組んで頭を捻らせている。
ナウローディング…
「…。うん、理解できたぞ!どうやら僕ちゃん、ちょっと間違えてたかもしれないのだ。ペッコ、お前も分かったか?」
「…はい。」
「さすが僕ちゃんのペッコなのだ!よくできましたなのだぞ!うーん、でも困ってしまったのだ。僕ちゃんお金なんて持ってないのに…。ペッコは持ってるか?」
「…いいえ。」
「そうか…。おい、そこの親切なお前!こんな時はどうしたら良いのだ?また教えろなのだ!」
「え!?あーっと、そうだな…。金がないならそれに代わる別の物で支払うとか?例えば宝石とか。」
「なるほど、教えてくれてありがとうだぞ!ならば、これでどうなのだ?僕ちゃんの宝物、キラキラの石なのだ!きっとすごい値打ちがあると思うのだぞ!」
「どれ、見せてみろ。」
坊ちゃんがカバンから取り出した石を、近くに居た商人が鑑定し始める。
嫌な予感しかしないが、俺も坊ちゃんもその様子を固唾を飲んで見守ることしかできない。
いや、俺が固唾を飲むのもおかしな話なんだけど。
「…ダメだな、どこにでもある石英だ。銭貨一枚にもならねぇよ。」
「な、なんだと!?それは安い、のか?…なぜなのだ!これは僕ちゃんの宝物だぞ?とっても綺麗でキラキラなのだぞ!?」
「んな事言われてもなぁ…。ん?お前さん、その首から下げてる小さい袋はなんだ?ちょっと見せてみろよ。」
「む、これか?これは母様にいつも持たされている物でな、困ったことがあったらこれを使いなさいと言われていたのだ!」
「どれ。…なんだ、金じゃねぇか。ほら坊ちゃん、これで支払えばいいんだ。うん、こんだけありゃ全然足りるな。」
「そう、なのか?」
商人は袋から何枚か硬貨を出すと袋を坊ちゃんに返し、それを最初に騒いでいた商人に手渡した。
二人はしばらく言葉を交わしていたが、どうやら丸く収まったようでにこやかに握手を交わしている。
和解…したみたいだな。
「今回の事は許してくれるとよ。で、残りは大事にとっておけよ?どうせ帰るときも必要になるんだからな。それとな、次からは黙って馬車に乗ったりすんなよ。それが見つかったら、最悪乗せてた方も捕まるんだからな。」
「うむ、心得たぞ!感謝する、そっちのふわふわしているお前もな!僕ちゃんはまた一つ成長したのだぞ!な、ペッコ!」
「…はい。」
「まったく、大丈夫かね…こいつらは。しっかし、そっちの兄ちゃんもなかなかやるねぇ!一時はどうなる事かと思ったけど…、あれも風魔法の一種なのかい?」
「え、あー…まぁそんな感じだ。そ、そんな事よりも、あんたはこいつらの知り合いなのか?ずいぶん親身になってやってるみたいだけど。」
「いいや。でもな、俺の息子もコイツくらいなんだよ。そう思うとなんか、放っておけなくてな…っ!」
そういった商人は目頭を押さえて俯いてしまった。ふむ、どうやら情に厚い人のようだな。
こういう人が居てくれたおかげで騒ぎを終息させることができたと言えるだろう。
ナイスだぜ、熱血商人!ラッキーだったな、お坊ちゃま!
「そこの者ども、これはいったい何の騒ぎだ!!」
「げ、この声はクフィミヤン男爵!?」
この状況で遭遇するのはまずいぞ!
一応クフィミヤン男爵に呼ばれてる風を装って入ってきちゃったからな、ここで下手に関わっちまうと話がややこしくなる。
こいつら放っておくのも心配なんだが、後の事は熱血商人に任せよう!
今は一刻も早くここを立ち去らないと…!
ウィンディ、俺を空高く飛ばしてくれ!ほとぼりが冷めるまで身を隠したいっ!
ふーん、よく分からないけどいいよ。
任せな。
「うわ、なんだ!?」
「旋風か!?魔法か!?」
被害が出ないように細心の注意を払って俺は上空へと飛び上がった。
すぐ近くまでクフィミヤン男爵が来ていたけど、ローブを被っていたからたぶん身バレはしないだろう。
さて、適当な建物の影にでも降りて時間を潰さないとな。
おっさんは今頃どうしてんのかなぁ…




