第二章 19 掃き溜めにて
昨夜、ノエルとリア、そしてセバスちゃんにも仮面コレクターに心当たりはないかどうか聞いてみたのだが、残念ながら色よい返事は帰ってこなかった。
それどころかノエルが「やっぱり無茶だわ、陛下に直談判してくる!」と勇ましく乗り込んで行きそうになったので、どうにか誤魔化してその場を収めるというワンイベントまで発生させてしまった。
やれやれ、ここで変に心配させてどうするってんだって。
これはもう絶対に失敗できないと改めて肝に銘じて、俺は朝食を済ませると早々に街へと向かったのである。
「というわけで、助けてレーヴくーん!」
「…いや、だから分からないって。」
朝一でおっさんの所には来るなと言われていたので、俺は昼まで大人しくレーヴの所に居ようと思う。
ついでに雑談がてら、商人に伝手が無いかも聞いてみたい。
べ、別にアンタに会いに来てるわけじゃないんだからね!勘違いしないでよね!!
「実はさ、昨日話した仮面のお使いが上手くいってないんだよぉ!」
「あぁ、仮面500個だっけ?やっぱりその量を集めるのには苦労するんだね。」
「そうなんだよ!鬼神族の仮面なんだけどさー、どうやら今は民族衣装の方が流行ってるみたいで行商人たちがあんまり在庫抱えてないみたいなんだよ。」
「鬼神族の、仮面…?」
「お、もしかして心当たりある?たくさん持ってる人を知ってたりする!?お客さんの中に常に仮面を着けた変人さんが居たりするの!?」
「…いいや、申し訳ないけど心当たりはないね。常に仮面を着けている人なら、おそらく今も僕の前に居るんだろうけど。」
ちぇ、うまい事返されてしまったな。
でもそっか…。レーヴなら客商売だからそういう知り合いがいないかなって思ったんだけど…
やっぱり世の中そう上手くは出来てないか。
「うーん、やっぱり行商人がたっぷり持ってきてくれるのを願うしかないのかー…」
「思ったんだけど、その話断れないのかい?もしくは期日を延ばしてもらうとか。仮上司に直談判してみれば、意外とすんなり解決…なんて事にはならないのかな?」
「はは、同じような事をノエルにも言われたなぁ。でも、それが無理なんだよぉ。どうしても明日の昼までには揃えなくちゃなんねぇんだ。」
「…。その仮上司っていうのは、もしかして貴族なのかな?」
「うん?あー、貴族っていうかなんて言うか…」
王族です、とはさすがに言えないよな。
でも下手に嘘ついてもレーヴには気づかれるような気がするんだよなぁ。
かと言って本当の事を話すわけにもいかないし…。んんー。
「な、なんで貴族だと思ったんだ?」
「いや、普通に考えて平民が買えるような量じゃないからね。それにそういった珍しいものを集めたがるのは、金と暇を持て余した貴族くらいだろうと思ってね。…でも、ナユタさんを困らせてしまうのなら今の質問は取り消すことにするよ。」
「…悪いな。」
「…。そういえば、あれからヴィーさんには会ったのかい?」
「んーにゃ。昨日はあのまま管理局に入り浸ってたからな、会えずじまい聞けずじまいだ。そもそも家がどこなのかも分からないし、虱潰しに探すのも何か…変質者じみてて憚られるからな。」
もし道端で声をかけてこの間のように悲鳴を上げられたら、俺のこれからの人生が豚箱での生活になってしまう。
それだけは全力で回避したいから、怖くて行けないってのもある…。
「家…は流石に知らないけど、ある程度の場所なら特定できると思うよ?」
「え、なんで?」
「昨日彼女が持って来た花だよ。あれはあまり日の当たらない場所に生息する種類なんだ。この街ではよく城壁の下の影になるような所に咲いていたりするよ。ナユタさんは彼女を家の近くまで送ったんだろう?なら、その周辺で昨日の花が咲いている所を探せばきっと見つかるはずだ。」
「な、なるほど、探偵みたいだな…。でもそれなら、街の東側を壁沿いに探せな見つけられるかもしれないな。うん、折角だから探してみるよ。このままにしておくのも何か嫌だしな。…それにしても、よくそんな花の事まで知ってるな…はっ!もしかしてこれもエルちゃ」
「あの花は葉っぱが火傷の薬になるし、花は乾燥させればお茶になるんだよ。それを知っていたから、彼女は僕にあの花をくれたんだと思うけど。…ところでナユタさん、何か言ったかい?」
「いいえ、本職の人を冷やかそうとしてすみませんでした。」
でもさ、ここまで過敏に反応されると逆に疑いたくならない?
付き合ってないにしても、お互いに意識しては居ると思うんだよなぁ。
レーヴは歳の差がどうとかって言ってたけどさ、それってつまり歳の差がなければアリって事なんじゃないの?
ふぅー!相思相愛フラグきたー!!
もしエルちゃんに会う事があったら絶対聞いてみよう。レーヴの事どう思ってますかって!
うーん、楽しい!
「…また良からぬ事を考えていないかい?」
「!?なななな何を根拠に言っているのかね!?ちょっと失礼だよ、きみぃ!」
「やれやれ…。まぁ、とにかく思い当る場所があるのなら、探してみてもいいんじゃないのかい?」
そう言うとレーヴは立ち上がり、上着を羽織って杖を持ち出してきた。
あれ?もしかしなくても出かけちゃう感じ?
「どこか行くのか?」
「うん、これからお客さんの所にね。というわけで、ここは閉めるから出てもらってもいいかい?」
「はぁーい。」
残念、どうやら今日のレーヴは忙しいようだ。
ま、お仕事なら仕方ない。着いて行くわけにもいかないし、レーヴの言った通りヴィーの家を探しに行くとしよう。
いや、別に家まで探す必要はないのか。本人さえ見つかればいいんだから。
「それじゃ、ナユタさんも気を付けて。仕事が上手くいくように祈ってるよ。」
「あぁ、ありがとうな。レーヴも気を付けて行けよ。」
そうしてレーヴとは店の前で別れて、俺は前回ヴィーと一緒に行った街の東側へと向かう事にした。
っと、その前に。この仮面はとっておいた方がいいだろうな。
どこでヴィーと会うかも分からないし、また出会いがしらに驚かせたら可哀想だもんな。
仮面を外すに当たり、シャルルの知り合いに会わないようにする為の他の手段が必要になった。
一目でシャルルだと分からないように、しかしヴィーと会っても怖がられないような…そんな条件を満たすものがあるとしたらそれは…!
「ま、ただローブを被るだけなんだけどね。」
この街は王都というだけあって人の出入りがかなり多い。
その中には冒険者のように厳つい装備の者や、現代日本でなら職質ものの怪しい恰好をしている人間が少なからずいる。
つまり、俺が丈の長い真っ黒のローブを目深に被っていても誰も怪しいなどとは思わないのだ!
「それにしても、見た目はまるっきり黒魔導師だな。魔法の使えない黒魔導師ですけどねー…くくく。はぁ、笑えね。」
自分で傷口に塩を塗ったようなもんだな。
いや、まったく使えないわけじゃないし、きっとこれから成長するとは思うんだけど…たぶん。
毎日寝る前に魔法の練習をしてはいるんだけど、今のところ何の成果も得られていない。
俺の才能の開花には、まだ時間が必要なようだ。
街の東側、食品街を通り過ぎて壁の側まで歩いて行く。
この辺りは石畳が敷き詰められたきちんと舗装されている道で、花どころか雑草一本生えていないんじゃないかと思う程綺麗に整備されている。
石畳が痛んでいる様子もないし、定期的に改修しているのだろうか?
「うーん、この辺りではなさそうだなぁ。日当たりも悪くなさそうだし…。」
チョコレートを買った店の近く…だったよな?
城壁沿いに歩いて来たから現在地がいまいちよく分からないんだけど…うーん、少し行きすぎちゃったかもしれないな。戻るか…
「おう?なんだあの家、やけに低いような…一階建なのか?…あぁ、なんだ、下にも道があったのか。なるほど、ここからだと二階部分しか見えないから違和感があったのか。」
ん?待てよ?
確かヴィーに道案内してもらった時も下の道に降りて行った…よな?
おお、ならヴィーの家も下の道沿いか!!
なるほど、下なら日陰になってるところも多そうだし、あの花が咲いていてもおかしくないよな。
「そうと分かればさっそく…。んー、ここってどこから降りられるんだ?」
それらしい階段も坂道も見当たらない。
これじゃ俺みたいに下に降りたい人が居ても、簡単にはいけないじゃないか!
こんな不親切な作りで住民から苦情が来たりしないのか?
「……………えいっ!」
誰も見てないし、降りれる所も近くになさそうだったから一思いに飛び降りてみた。
高さは割とあったけど、身体強化を使ってしまえば何でもない高さだったので、ダメージ一つ入らず無事に着地。10.0!!
さて、とりあえず花を探すとしますかね。
出来るだけジメジメしてそうな所を探して歩いていたんだけど、どうもこのあたりの雰囲気は不穏だ。
例えるならそう、某有名魔法学校の世界にある夜想曲横丁みたいな感じだ。
怪しい店こそないものの、どこを見ても柄の悪そうな奴らがコソコソと話しながら彷徨いている。
おいおい、ヴィーはこんな治安の悪そうな場所に住んでるのか?
どう考えたって子供を育てる環境としては最悪と言っていいだろう、この雰囲気。
…まさかああ見えて、皆さん子供好きの世話焼きお兄さんたちだったりするのかな?
「ってさすがにねぇは、そりゃ。」
例え心優しいお兄さんたちだったとしても、ナイフをチラつかせてニヤニヤしたり、明らかにヤバめのお薬を売り買いしてるのはいかがなものでしょうかね。
どんなに心の綺麗な優しい人だとしても、それやってる時点で子供の教育にはよくないからなぁ。
「…お?おぉ!!見つけた、あの花だ!」
出来るだけ壁に寄りながら歩いていると、壊れた家屋の隣に群生している花を見つけた。
うん、間違いなくこの花だな。…となると、この辺りにヴィーの家があるのかな?
あんまり気は進まないけど、ここまで来たら道行く人に聞いて回るのも手かもしれないな。
「ちょっとそこのアンタ!そんなところで何やってるのサ!!」
「うぅえ!?いや、自分は決して怪しいものじゃ…。」
「はぁ?ここいらじゃ怪しくない奴の方が怪しいんだヨ、さてはアンタよそ者だネ?いいサ、言わなくても分かってル。で?ここには何しに来たんだィ?」
キセルを咥えた露出度の高いお姉さんが捲し立てるように訪ねてきた。
な、なんてけしからん服を…、じゃなくてなんて怪しい奴なんだ!
いや、ここでは怪しくない奴が怪しいからこの怪しいお姉さんは怪しくないのか?んー、ややこしいっ!!
「お、俺はただ人を探しに来ただけですよ。その子が持っていた花が咲いていたから、この辺りに住んでいるんだと思うんですけど…ご存じありませんか?」
「はっ!ずいぶん育ちの良さそうなしゃべり方だネ。大体それが誰なのかも分からないのに、ご存じもクソもないだろうガ。育ちは良くてもバカなんだねぇ、アンタ。」
「…失礼しました。俺はヴィーという女の子を探しています。お姉さん、ご存じありませんか?」
「なんだい、女にこんだけ言われて言い返さないなんテ。アンタ、もしかして玉ナシかい?ぎゃはははは!」
「………。」
「今度はだんまりカイ?面白くない男だネ。」
「知らないのなら結構です、他を当たります。」
「知らないなんて言ってないじゃないのヨ、まったく…。ヴィーってあれだろ、イカれた兄妹の片割レ。あのガキなら昨日からいないさネ。どうせまた仕事だろ?今日中には帰ってこないだろうサ。」
「…仕事?」
ふーっと煙を吐いた女は狐のような細い目をさらに細めてニヤリと笑った。
なんだこの女、ただ笑っただけなのに妙に蠱惑的だ。
怖いと感じているはずなのに、なぜだか目が離せない。
ふわふわしてドキドキして、何だこれ…俺はどうしちまったんだ?
こんな女狐なんて、どうして、こんな、とても…魅力的だ。
「アンタも仕事、あるのかイ?当てが外れたんならそれ、アタイが引き受けてやろうカ?」
「い、いや、俺は。お、俺、は…。」
「んー?」
体が熱い、心臓がうるさい。
少しずつ近づいてくる女から目を離すことができない。
なんていい女なんだ…、いや!違う、そういう事を考えたいんじゃなくてっ!
でも、歩き方も揺れる髪も香るキセルの匂いも全部、何もかもが魅力的で。
あぁ、もしかしたら俺はこの人の為にこの世界に来たのかもしれない。
いや、絶対そうだ、間違いない。あぁ、やっと会えたんだ、俺の運命の人!!
あなたの為ならこの命だって捧げてみせます!!
ぽたん、と雫が落ちる音が聞こえた気がした。
「ってないないない!俺の運命の人がこんな女狐であってたまるもんですか!俺の命は俺のもんだよ!あー、びっくりした!」
「なっ!このアタイの魅了を跳ね除けるなんて、アンタいったい何者さネ!」
「魅了!?マジか、そんな魔法もあるのかよ…。末恐ろしいな、この世界。でも…、ふはははは!残念だったな女狐、俺を魅了するにはもっとレベルを上げる必要があるみたいだぜ?んんー?」
正直ばっちり掛かってたんですけど、なぜか途中で解けたみたいだしこう言っておけばもう一回やろうなんて気は起こさないだろう。
しかしどうして急に解けたりしたんだろうな?俺の眠れる才能君再び?
「ちっ。ただのガキかと思ったら、魔法耐性持ちかイ!まったく面白くないネ、大人しく落ちてればいいのにサ!」
「要するに、あんたじゃ力不足なんだよ。分かったら大人しくヴィーの仕事の事を教えろ下さい。」
「は?アンタ仕事持って来たボンボンじゃないのかイ?なんだい、魔力の無駄遣いじゃないのサ。やってらんないねぇ…アンタ、お金だけでいいから落としていかないかイ?」
「意っ味わかんねぇよ!俺があんたに金をやる義理なんざねぇだろうが。はぁ、もう教えてくれないなら帰ってくれよぉ。心臓に悪いんだよあんた。」
「…ははぁん、アンタさては童貞だネ?なるほど、それで魔法の効きが悪かったってわけカ。それならいいのさ、アタイは悪くないからネ!で?あのガキの仕事が知りたいなんて、アンタあのガキのなんなのサ。」
「俺は、ヴィーの友達!…候補?」
「いや、アタイに聞かれても困るヨ。でも友達、ネ。ふん、なら本人に直接聞けばいいじゃないのサ。友達って言うんなら教えてくれるもんだロウ?」
「そんな事言ったって、ヴィーは今日中には帰ってこないんだろ?それにあんたはヴィーの仕事を知ってる風だし、ここで教えてくれるなら話が早いじゃないか。」
もしヴィーがこの女の同業で、こんな事をヴィーもやってるんだとしたら、俺は全力でここから助けてやらなくちゃいけない。
もし本人が嫌がったとしても、こればっかりは見過ごせない。
ヴィーはまだ年端もいかない女の子なんだ、こんな環境で今後も生きていかせるなんて…どう考えても俺が耐えられない。
「…。アタイ達はお互いの仕事に関わらなイ、それが掃き溜めでの唯一の決まりサ。それにもしアンタが本当にあのガキのダチで、それなのに何も知らないんだとしたら、それを教えたアタイは間違いなくあのガキに殺されちまうヨ。」
「は?ヴィーがそんな事するわけないだろ。ふざけたこと言ってんじゃねーぞ、コラァ。」
「ふん、本当に何も知らないんだネ。まぁ、あの妹の方は何もしないだろうサ、何て言ったってヤバいのは兄貴の方だからネ。」
「ヴィーの兄…?」
「これ以上は話さないヨ、金にならない事をしててもしょうがないさネ。アンタもこんなとこにいつまでも居るんじゃないヨ。」
「あ、おい。まだ話は…」
女は聞き耳持たないとでもいうように煙を吐くと、暗い路地に消えていった。
なんだよ…。結局モヤモヤが深まっただけで、何も分からないままじゃないか。
ヴィーの奴、いったいどこで何をやってるんだよ。
昨日、用事があるって言ってたけど、まさかそれから一度も帰ってきていないのか?
しかも今日もここには戻らないなんて…。
それっていったいどんな仕事だよ、ヴィー。
「あ!ヴィーは居なくても兄貴なら家に居たんじゃないのか?くっそぉ、やっぱり家だけでも聞いておけばよかったぁ!!」
後悔先に立たず。もう少し早くに気が付いていれば、何かが分かったかもしれないのに…。
俺って本当にアドリブ利かないんだよなぁ。
ま、落ち込んでいても仕方がないし、今は自分に出来ることを片づけてしまおう。
時間もそろそろいい感じだし、おっさんの下へと向かいましょうかね。




