第二章 17 文殊の知恵には1足りない
俺は思わぬ訪問者に驚いてしまいしばらく放心状態だったんだが、なぜだかヴィーの奴も目を見開いたままピクリとも動こうとしなかった。
ど、どうしたんだ?目は合ってるのに、なんだけど焦点が合ってないというか…。
色んな事を考えていて動けずにいる、みたいな感じだ。
結局俺はどうしていいのか分からず、驚いた状態のまましばらくヴィーと見つめあう事になった。
「…えっとぉ、ヴィー?偶然だな、またここで会うなんてさ。」
「っ!…は、い。」
「…………。」
「…………。」
会話が続かない!!
どうしたんだ、ヴィー!昨日は吃りつつもちゃんと会話を成立させてたじゃないか!それが今やこんなに無口になっちゃって…。
レーヴを訪ねてきたら俺が居たから驚いてるのか?
そんなにびっくりせんでも、俺はどこにだって行くんだぜぇ?
それにしても、と俺はヴィーの足元に落ちている花束を見て考える。
花屋で売ってるような感じじゃないな、自分で摘んできて束にしたのか?
昨日のお礼…のつもりで持って来たようにも見えるけど…
なんで何も言ってくれないのぉ?うぅ、この沈黙が気まずいよ…
「その花、レーヴにか?綺麗だな…」
「っ!?」
…避けられた。
別に何かしようとか、卑しい事を考えていただとかは一切なかったのに!えぇ、珍しく何も考えてなかった!
それなのに、花を拾おうとしただけでこの避けよう。
何でだよぅ。
これじゃまるで、昨日出会った時の反応と変わらないじゃな…いか…
あ!
「わ、悪い、また仮面着けたままだったな!わざとじゃないんだぜ?これ、着けてる感じあんまりしないからすぐ忘れちゃうんだよ。…にしても、まったく俺は何回このネタをやれば気が済むんだろうなぁ、参っちゃうぜ!あははは、は。」
「………。」
再びの沈黙。
なにぃ、怖いんだけどぉ!?俺何かしちゃいましたかねぇ?
そこまで警戒される心当たりは全くないんですけども。
「えっと、ヴィー?」
「…。そ、その、花、レーヴさんに…。お礼、や、やっぱりした方がいいって、お兄ちゃんが…。そ、それ、で。」
「そっか、摘んできてくれたんだな。きっとレーヴも喜ぶと思うよ。うーん、いい匂いだ。」
「あ、あの、お兄さん、は、も、しかして…。」
「ん、なんだ?レーヴならお茶を淹れに行っててな、そろそろ戻ってくると思うんだけど…。」
「い、いえ、私…、その、用事がある、ので。し、失礼、します…!」
「あ、おい!」
俺の呼び止めも虚しく、ヴィーは足早に去って行ってしまった。
うーん、何か様子が変だったけど、やっぱ仮面着けたままだったのが良くなかったのかなぁ?
一度ならず二度までも、学習しない奴だと呆れられてしまったのかもしれない。
しかしこの仮面…今の所あんまり役に立ってる気がしないんだけど、着けない方がいいかなぁ…
「ナユタさん?何か話し声が聞こえたけど、もしかしてお客さんが来たのかい?」
「んー、いや…客と言えば客なんだけど…。」
「なんだい?ずいぶん歯切れが悪いじゃないか。…おや、何かいい香りがするね。これは、花かな?」
「あぁ、これだよ。今しがたヴィーが来てこれを置いて行ったんだけど…。」
「へぇ、律義な子だね。それで、何がそんなに引っかかっているんだい?」
俺はレーヴに、仮面を着けてヴィーと話してしまった事と仮面を外してもヴィーの様子が変わらなかった事を話した。
レーヴは最初こそ俺を茶化すような態度をとっていたが、俺が珍しくまじめに話している事に気づくと真剣な様子で話しを聞いてくれる。
「…つまり、君と彼女が会った時には、既に態度がおかしかったんだね?」
「うん、たぶん。昨日みたいに悲鳴を上げるわけでもなく、ただ…俺を避けてるって感じで。」
「そうか…。」
もし昨日のように仮面に怯えていたというのなら、それこそ悲鳴を上げているはずなんだよな。
それなのにヴィーの態度は、怯えているというよりはむしろ…
「驚いてた…ような気がする。」
「驚いていた?怖がっていたのではなく?」
「そう、俺を見てただ驚いていたっていうか。まさか!!みたいな顔してたな。」
「…。それなら答えは一つじゃないのかい?」
「え!わ、分かるのか雷電!!」
「らいでん?…えっとね、彼女はきっと君がここに居ることに驚いていたんだと思うよ。」
「は?」
「ここに君が居ることが予想外で、思わず絶句してしまう程驚いた…んだと思うよ。」
「いや、言い直さなくても聞こえてるって。…いやいや、意味わかんねぇよ。何で俺が居るとヴィーが驚くんだよ。昨日だってここで会ってるんだし、別に不思議な事なんか何にもないだろう?」
「うーん。彼女が驚いたのは君がここに居る事じゃなくて、ここで君と遭遇してしまった事…だったらどうだろう?」
んん、どういう事だ?
俺と遭遇して驚いていた、なんてずいぶんな言い草じゃないか。それじゃまるで俺と会いたくなかったみたいに聞こえてしまう。
そりゃ第一印象は良くなかったかもしれないけど、その後きちんと挽回できてたと自負しているのだ。
昨日の今日で会いたくないほど嫌われた、なんて事はないはずだ。
一緒にタオブ食べた時だって嫌そうな感じじゃなかったし、俺が迷子になった時は手まで引いて道案内してくれたし…
うん、やっぱりそんなに警戒される理由が見当たらないわ。
「思い当る節はないのかい?例えば二人で帰る途中に何か言ってしまったとか、してしまったとか…。」
「うーん…、特に思いつかないけどなぁ。むしろ結構仲良くなれたと思うんだけど。ん?というかレーヴ、お前さんさっきから俺がヴィーに何かしたんじゃないかって疑ってるのか?」
「さすがナユタさん、察しがいいね。」
「そんなとこ褒められても嬉しくねぇよ!だいたいなんで俺が変な疑い掛けられてんだよ。あんな幼い女の子に卑しい感情を抱くような男に見えるのか、俺は!」
「少なくとも、そう見られてもおかしくないような言動はしていたよね?」
ぐうの音も出なかった。
うわー、思い返せば確かに誤解を招きかねない発言をしてしまってたような気がするぞぉ?
記憶に蓋をしたくても、そう簡単にはいかないものだよねー。
あの時は色々あってテンパってたって事もあるけど、それを差し引いてもさすがにあれはひどかったよなぁ。
そりゃレーヴ君もドン引きするよね!
「でも信じてくれよぉ、俺は何もやってないよぉ!ちゃんと仲良くしてたもーん!」
「…うん、嘘を言っている感じではないね。君がそう言うなら間違いないんだろう。でもなんだろう、この妙な苛立ちは。」
「信じてくれるのぉー?ありがとう、レーヴ君!!」
「うん、信じるよ。信じるからその話し方をやめてくれないかい?ムカつく。」
どうやら本当に癇に障るみたいなので大人しく元の話し方に戻す。ちょっと可愛くしゃべりすぎたかな?
それにしても、これでは話が振り出しに戻ってしまうな。
結局のところレーヴが俺をロリコンだと思っていた事が分かっただけで、ヴィーの挙動が変だった理由は分からずじまいじゃないか。
「なんだったのかなー、俺なんかしちゃったのかなー?」
「うん、そうかもしれないね。」
「そこは否定しておくれよー、心臓がひんやりするじゃんよー。」
「その例えはよく分からないけど、一つだけ分かることはあるね。」
「え!?なになに、俺にも教えてー!」
「…男二人が頭を捻ったところで、女の子の気持ちは分からない。」
まさしくその通り過ぎるな。
いつの時代でも、どこの世界でも、女心を理解できる男はいないのかもしれないな。
ここは素直に諦めて、次もし会った時は怯えさせないように気を付けながら話を聞いてみよう。
「あ、そういえばさ。海外からの輸入品ってどこに運ばれるのか知ってるか?」
「輸入品?えーっと、確か街の西側にある管理局で詳しい検査をしてから、各店やギルドに運ばれてるはずだよ。何か買い物かい?」
「いやー、買い物って言うかお使いって言うか。仮上司に仮面500個買ってくるように言われててさ、それで。」
「500個とは、またずいぶん多いね。」
「そうなんだよー、困るよなぁ!でも、幸い助けてくれる人が居てさ、何とか揃えられそうなんだよ。その進捗を知りたくて様子を見に行こうと思ってたんだけど、地図を見てもいまいち分からなくてさ。街の西側に行けばいいんだな?助かったぜ、ありがとな。」
「どういたしまして。それにしても管理局…か。確かそこには不正を嫌う鬼のように怖い貴族が居るって話だよ。」
げ、マジか。
下手にウロウロしてたら目を付けられたりするのかな?
いや、別に悪い事しに行くわけじゃないんだから、普通にしてればいいんだろうけど。
にしてもそれを聞いた瞬間、俺の頭の中にぐるぐるメガネをかけた委員長風の男が浮かび上がってきたのは我ながらイメージが貧困すぎる。
ズバリ、想像力が足りないのでしょーう!なんつって。
「その貴族って常に居るのか?部外者が行ったらまずいかな?」
「ん?いや、どうだろうね。実は僕もそこには行ったことがないんだよ、別段用事もないしね。そこの事は人伝に聞いただけさ。」
「…エルちゃんに?」
「…まぁ、そうだけど。」
「そっかぁー。」
「何か言いたいことがあるなら言ったらどうだい?」
「いんやー、別にー。」
これで付き合ってないって言うんだから意味わかんないよなぁ。事あるごとに彼女の名前が出てくるの気づいてないのか?
ま、そんなエルちゃんからの貴重な情報を元に、俺は一回管理局ってところに行ってみますかね。
もしかしたらもう荷物が届いてるかもしれないし、おっさんもそこに居るかもしれないからな。経過確認も兼ねてちょっと様子を見に行ってみよう。
「よし。んじゃ、俺はそろそろ行くわ。お茶ご馳走さん!」
「うん、お粗末様。こちらこそタオブご馳走様でした。」
「いえいえ。ってそうだ!俺、次はお客としてくるって言ったのに普通に遊びに来ちまってたな!」
「あぁ、そんな事か。別に無理してお客さんになる必要はないさ。また好きな時に遊びに来てくれていいよ、僕も話相手が居るのは楽しいし。」
「そうか?んじゃ、また来るわ!じゃーな!エルちゃんによろしくー。」
そう言ってレーヴの店を出ると、俺は地図を広げて現在地を確認する。
確か管理局は街の西側って言ってたよな。
ちょっと距離はあるけど、日没までには帰れるだろう。
今後の方針も固めなきゃいけないし、まずは現時点での入荷量を確認しよう!




