第一章 4 コミュニケーション
シュヴァリエ辺境伯の言葉に、俺だけでなくこの部屋に居る全員が氷ついたかのようにしんと静まり返った。
周りの連中が俺の返答を固唾を飲んで見守っているようだ。
まぁそうだよな。
俺からすりゃお前らが誰だって感じなんだけど、どうも不法侵入したのは俺側みたいだしなぁ。
ん?そういえばさっきは俺の事を存じ上げてるって言ってなかったっけ?
…あぁ、俺が何者か存じ上げないのを存じ上げてるって事か。
言葉遊びかよ、食えないおっさんだな。
まぁいい、要は自己紹介してくださいってことだろ?
別に悪い事をしてるわけではないんだし、お互いの情報交換だと思って素直に応じるとしよう。
「では改めまして、俺は久城那由他といいます。会社から帰宅する途中でどうやら意識をなくしてしまったようで、気が付いた時には昨日の場所に居ました。正直、俺にも何が起こっているのか分かりません。もし、差支えなければ皆さんの知っていることを聞かせていただきたく思います。」
そこまで一気に言うと周りから息を吐くようにあぁやはり、という声が聞こえた。
どうやら彼らも、俺がシャルルじゃないって事にはうすうす気が付いてたみたいだ。
俺の居た部屋やこの部屋に至るまでの道中に鏡がなかったのできちんと確認したわけじゃないんだが、着替えた時に見た自分の体は明らかに他人のそれだった。
俺と比べてしっかりついた筋肉、年数を感じさせる無数の傷跡、ムスコまでは確認する気になれなかったがそれだけでも十分だ。
そうこの体は俺のじゃない。
俺は他人の体で今ここに居るのだ。
信じたくはないんだけどね…もう全っ然。
「…なるほど。お話し、よく分かりました。大変恐縮なのですが、一度我々だけで話し合いたく思います。申し訳ありませんが、ナユタ…殿でしたか?隣室にてしばしお待ち頂いでもよろしいでしょうか?」
そう言ってシュヴァリエは本当に申し訳なさそうに顔を歪め俺に退室を促した。
ここに居るのが赤の他人であることが確定したんだ、そりゃ内緒話もしたくなるのが人情ってもんだよな。
本当の事言うと混乱してるのはこっちも同じなんだから、詳しく話を聞かせろって喚きたい気持ちもあるにはあるんだけど。
しかしなぁ…こうもみんなして捨てられた子犬みたいな顔されたら無下にはできないっていうかさ。
致し方なしって思っちゃうじゃん。
という事で、俺はメイドに連れられ大人しく部屋を移動することにした。
完全に余談であるが、目じりを下げて困った顔の美少女も可愛いかったです。
―――
「それではナユタ様、こちらでしばしお寛ぎください。」
「あ、ちょっと待って!」
隣室に着いたメイドは俺の分のお茶を用意すると早々に退出しようとする。
こんな状況で人恋しくなっていた俺は、何とかして話し相手を確保しようと必死になっていた。
だって全然話させてくれないし!
話しも遮りすぎだろ、何回泣きそうになったと思ってんだ!
誰でもいいから俺の話を聞いてくれよ!
この際天気の話でもいいからさぁ、お話ししてくれよぉ。
「あのさ、えぇっと…月がきれいですね!」
「……………………………。」
ミスったーーーーー!!
えぇ!?何!?急に慎ましやかな告白しちゃったぞ!?
今の俺の口から出てた?こっわ…
確かにかわいい子だなぁとは思ってたけど、ほぼ初対面でそれはねぇよ!
分からない人が居たらごめんね!
”月がきれいですね”って言うのはI love you の和訳として用いやれる日本人特有の隠語みたいなものだと思ってくれていいよ!
ちなみに”星がきれいですね”は”あなたは私の想いなど知らないでしょうね”みたいな意味だったはずだ。
慎ましい日本男子は使ってみてもいいかもしれないな!ただし、使う時は注意するんだぞ!
俺みたいに天気の話をしようとして言ってしまうとすごく恥ずかしい事になるからな!
…待てよ?
落ち着け俺、逆に考えてみるんだ。
今、俺が告白してしまった事によって何とも思っていなかったはずの相手が妙に気になり始めちゃったりしちゃったりするやつかもしれないぞぉ!
そう、言うなれば…「今までただの幼馴染だと思ってたのにいざ告白されたら急に意識しちゃって隣にいるとドキドキがとまらなぁい!」の法則!
そうだ、まだ終わってない。
俺にはまだチャンスが残されている…!
ここから始まる甘酸っぱいドギマギ☆ライフ…満喫してやろうじゃないの!
「ツキ…とは何に事でしょうか?」
「そうきたか―!」
マジか。
まさかの月がない世界…いや、もしかしたら月に近い何かはあるけど名前が違う?
まぁ何にしても、通じてないなら好都合だ。
死ななくてすんだよ、社会的に。
心は瀕死だけどね。
「?」
「いや、ごめん気にしないで。今のはあれだ、俺の居たところの友好的な挨拶って言うか何ていうか…。」
「…そうでしたか。私の知識不足です、ナユタ様が謝罪なさる必要はございません。教えてくださりありがとうございます。」
めっちゃ良い子ー!
俺がゴニョゴニョとバツが悪そうにしてたからか、いままで頑なに無表情だった口元を少し上げて笑顔を見せてくれるサービス付きだなんて。
そしてやっぱり笑うとカワイイー!
この気遣いの出来る性格といい無表情から垣間見える優しさといい…ぜひお友達になりたい!
「ありがとう、だいぶ気持ちが楽になったよ。えっと、君の名前は?」
「はい、私はクロエと申します。」
「クロエ…良い名前だね。じゃクロエ、いくつか聞きたいことがあるんだけど、少しいいかな?仕事忙しい?」
「いいえ、ナユタ様。私はナユタ様の身の回りのお世話をする為にお傍におりますので、御用がございましたら何なりとお申し付けください。」
そう言うとまた無表情に戻ってしまう。
もったいない、普段から笑っていれば良いのに…
「それじゃ遠慮なく。まずはそうだな、ここはどこ?」
「はい、ここはクレアシア王国の東に位置するロヴィル領です。そしてこのお屋敷はロヴィル領を治める我が主、シュヴァリエ様の邸宅となります。」
「なるほど…」
ぜんっぜん知らねー!
いや、わかってましたよ、魔法とドラゴンの居る異世界ですもんねー。
それにしても、さっき座ってたシュヴァリエって人はなかなかに偉い人だったのか。
まぁ確かに偉そうな雰囲気醸し出してたよな、服もゴージャスだったし。
ん?それなら、その横に座ってた美少女と老人も結構な偉い人なんじゃね?
そしてそんな人たちと食卓を囲めるって事は、周りの連中も偉い人?
おや?もしかして俺、権力によって無き者にされそうなんじゃ…。
「顔色が優れないようですが、いかがなさいましたか?」
「な、なんでもないデス…。えーと、じゃ次。昨日俺が居たところは?」
「…正確には4日前ですね。ナユタ様はあの日を含めて4日間、ずっと眠っておられましたから」
な、なんだってー!?