第二章 15 解決の糸口
翌朝、俺は朝食を済ませるとすぐに街へと向かった。
余談だが、昨夜俺の部屋にノエルはやってこなかった。と言うのも、晩餐のあとあの美しいドレスを身にまとったノエルに声を掛けられた俺は、どうにもテンパってしまい「とりあえず今日はもう寝るよ!明日も頑張らなきゃだし、ノエルも疲れてるだろ?じゃ、お休み!グンナイ!」という謎テンションでやんわりとお断りしてしまったのだ。俺のバカ…
というわけで、半ばヤケクソ気味の俺は王様から預かった手紙を手に勇ましく街へと繰り出したのである。
「何にしても、店のおっさんに在庫の状況を教えて貰わなくちゃ話にならないんだよなぁ。もし大量に在庫を抱えてくれてれば何の問題もなくこの件を解決できるんだけど…」
果たして世の中そんなにうまくいくものだろうか…?
淡い期待を抱きつつ、昨日仮面を買った店へと歩みを進める。
「よぅ、誰かと思えばユエルの兄ちゃんじゃねぇか!朝一で来るなんて殊勝な心がけだねぇ、さすが厳格の貴族様だな。」
「俺は貴族じゃないし、名前はナユタだよ。はい、じゃあ約束の銀貨3枚な。無理言って悪かったな、おっさん。」
「ヘイヘイ、確かにっと。まぁ、なんだ。俺が言うのも変な話だけどよ、今度からしっかり金持って歩けよな!基本的に信用買いなんてさせる店は無いと思ってるくらいが丁度いいんだからよ。ま、今回はユエルの名前と俺の懐の深さに感謝するんだな!なっはっは!」
「あぁ、それに関しちゃかなり感謝してるよ。仮面もかなり気に入ってるしな。着けてるの忘れるくらい着け心地良いし(そのおかげで色々あったけど)、かなり重宝させてもらってるよ。」
「おぅ、そうかい。満足してもらえてんなら売った甲斐があったってもんだぜ。でも忘れるなよ?兄ちゃんは城で俺の店の宣伝をする約束があるんだからなっ!一生困らないくらい儲けさせてくれよな!」
がっはっは!と豪快に笑うおっさんは、嬉しそうに俺の背中を叩いてくる。
うふふふ、この紙を見てもまだ笑っていてくれるのかしらぁ?
俺は痛む背中をさすりながら、例の手紙をおっさんに差し出した。
「えーっと、その件なんだけどさ。ちょっとこれを見てほしいんだよなぁ…」
「お、なんだ?もしかしてもう宣伝してきてくれたのか?嬉しいねぇ、昨日の今日で注文とってきてくれる…なん、て…」
「………………………………。」
「…………………………………………。」
「………お、おっさん?」
紙を開いて目を通していたおっさんは、それはそれは分かりやすく顔を顰め見る見るうちに青くなっていった。
いや、もう…本当に申し訳ないと思っています。
俺もまさかこんな事態を引き起こすなんて夢にも思ってなかったんだよ。
「なぁ…、兄ちゃん。」
「なんだい、おっさん。」
「ここに押されてるのって…御名御璽、だよな?」
「…そうだな。」
「でもこれって注文書だよな?」
「間違いなくな。」
「俺の目がおかしくなってなけりゃ、俺の店の面を買い取りたいと書いてあるように見えるんだが。それも鬼神族が作ったものに限るってな。」
「そう聞いてるな。」
「注文数が500ってなってるんだが、何かの間違いか?」
「それは…」
初耳だ。
仮面を500って、今回のパーティーにはそんなにたくさんの人を招待しているのか…
自国を入れて6国が参加するって事は、一国につき80人ちょい来る計算になるのか。多いなぁ。
しかもそれをこの小さな店で賄えって言うんだから、本当に無茶ぶりだよね。
「うーん、500。500かぁ…。」
「あー、やっぱ難しいよな?昨日だって人気だからすぐ売れるみたいな事言ってたもんな。珍しいものだって言ってたし、在庫なんてほとんど無いんだろ?無茶ぶりだってのはわかってんだ。でも、何とか協力してほしい!仕入先とか、同業者とか当たってみたら何とか用意できないか?」
腕を組んだおっさんは、首をかしげて黙ったままだ。
分かるぞ、その気持ち。何せ王様直々の無茶ぶり…もとい命令だ、おいそれと断れやしないだろう。その上この量の注文となると…、最悪この街から逃げざるを得なくなってもおかしくないだろう…。
くっ、すまんなおっさん!俺が王様にあんな提案したばっかりに、おっさんにまでとばっちりを受けさせることになっちまって!
「はぁ、まったく。兄ちゃんは運がいいぜ。」
「………え?」
「いや、こんな言い方したら不謹慎なんだろうけどな。」
「ど、どういう事だ?もしかしてあるのか、鬼神族の仮面500個!」
「いや、ない!!」
無いのかよ!今の話の流れはある感じだったじゃねーか!思わせぶりな態度とっておいてそりゃないぜ、おっさん…。
肩を落としてあからさまに落ち込む俺を余所に、当のおっさんは一度店の奥に引っ込んでごそごそと何かをあさり始めた。
「あぁ、あったあった!ほれ兄ちゃん、これを見てみな。」
「んー?おぉ、これはっ!!………なんだ?」
「はっはっは!まぁ、わかんねぇよな!こりゃな、王都に出入りしてる業者の名簿だ。そんで、ここだ。この3つの業者だけが鬼神族の工芸品を街まで運んできてるんだ。」
「は?こんなにたくさんの業者が居るのに、たった3つだけなのかよ!少ねぇな、それだけ貴重なものなのか?」
「確かに貴重だし希少だ。ただそれも、この王都に限った話だけどな。」
「は?それはどういう事だ?」
「…ところで兄ちゃん、”粛清者”って知ってるか?」
「粛清者…?」
ん?どこかで聞いた事あるような気がするな。粛清者…、そう、確かこの街に来てからだ。
………思い出した。あれは城に着いた時だ、御者の男がノエルに言ったんだ。「昨晩例の粛清者の動きがあったようで…」って。
そしてノエルは注意するって答えてたっけ。
まさかこんな所でもう一度聞くとは思わなかったけど、そう言えばあの場で詳しく話を聞くことはできなかったんだよな…。
「知らねぇのか?まぁ、兄ちゃんみたいな善人を絵にかいたような男には関係無いかもしれないけどな。”粛清者”って言うのは通り名でな、本名はおろか誰もその姿を見たことはねぇんだ。それは何もかもが謎に包まれた恐ろしい殺人鬼って話だぜ。」
「殺…人鬼。」
「そう。だが、ただの殺人鬼じゃねぇぞ?これはあくまで噂なんだがな、その粛清者は腐った貴族しか殺さねぇらしいんだよ。」
「腐った…貴族?そりゃどういう意味だ?」
「どうもこうもねぇよ。貴族として、人として道を反れた奴限定の殺し屋だって話だぜ?今までにも外道を働いた貴族が何人も殺されてるって話だ。」
「んー、義賊…みたいなものか?人に仇なす鬼畜外道をバッタバッタとなぎ倒す正義のお奉行みたいな?」
「あー、おぶぎょうってのが何かはわかんねぇが、大体そんな感じらしいぞ。だからついた通り名が”粛清者”だ。」
なるほど、腐った貴族って言うのはそういう意味か。
汚い金にまみれた奴、罪のない人を殺したり陥れた奴、そんな権力を笠に着た誰も手が出せない屑どもを文字通り粛清している奴…それが”粛清者”。
うーん、やり方はともかくその気持ちは何となく分かる気がするな。
権力を持った外道っていうのはどこの世界も厄介極まりないものってことだ。
うん、粛清者の事はわかった。しかしなんで今その話になったんだ?仮面と粛清者に何か関係があるのか?
「そしてその粛清者だがな、実は一昨日も行動を起こしてるんだよ。いや、正確には粛清者と思われる事件が起きたって話だが…。なんせ証拠も凶器も分かっちゃいねぇから断定しようがねぇんだってよ。…おっと、話が逸れたな。その一昨日の事件の被害者、こいつはとある貴族の跡取り息子だったんだがな?そいつが死んだことによって、俺のような商売人もこいつらみたいな行商人もこれからもっと生きやすくなるんだ!」
「へぇ、そりゃよかったな。そいつはいったい何をやってたやつなんだ?」
「分かってねぇな、兄ちゃん?これこそがあんたを運が良いと言った理由なんだぜ?」
「え?どういうことだよ?」
「いいか?この貴族って言うのは、とある国からの輸入品を管理してる奴なんだ。もちろんそれだけやってるわけじゃないんだが、とにかくこの貴族は規律に厳しく融通の利かない頑固野郎だったのさ。ところが数年前、その頑固貴族が後継者たる息子に何を思ったかこの輸出入の管理の一部を任せちまった。そこでまぁ、察しはついてるだろうがこのドラ息子は、出入りする業者に賄賂を要求するようになったのさ。おかげでこの街にその国からの工芸品やらを持ってくる業者は減っちまって、賄賂を払った業者は減ったのを良い事に高値で取引し始めやがった。だからこの街では鬼神族の工芸品は滅多にお目にかかれない高級品となっちまったのさ。」
はー、なんかドラマや漫画の世界の話みたいだな。
その貴族の跡取り息子って言うのは絵にかいたような屑野郎だったわけか。そりゃ粛清されるわけだ。
そしてそのドラ息子が一昨日殺されたもんだから、賄賂を要求してくる奴が居なくなって、晴れて元通りの商売ができるようになった行商人たちが戻ってこようとしている…と。
いやー、それはめでたい。息子さんを無くされたその貴族には申し訳ないけど、これはもう喜んでいい案件と言えるでしょう。
しかし、だ。これで俺が運の良い奴って話になるのかね?
だってそれって一昨日の話でしょ?
この国から鬼神族の国までどの程度離れてるかは知らないけど、普通の行商人が荷物を持って王都に来るまでにいったい何日かかるのかって話だよね。
まさか残り二日でたどり着ける距離って事はないんだろうしな。
ま、行商人が麒麟使いって言うなら話は別だけどさ。
「この街に入ってくる鬼神族の商品が多くなるのは分かったよ。でもさ、だからって二日後までに仮面500個を集める事って出来るのか?鬼神族の国って言うのはそんなに近くにある国なのか?」
「ははーん、なるほどね。浮かない顔をしてると思ったらそう言うわけか。兄ちゃん俺の話をちゃんと聞いてなかったな?」
「な、なんだよにやにや笑いやがって。話なら聞いてただろ?その上で間に合うかどうか心配してんじゃねーか。」
「いやいや、そこじゃねーよ。…ドラ息子が任された仕事は何だって言ったか覚えてるか?」
「…鬼神族の国からの輸入品の管理、だろ?」
「その一部、だ。あいつが任されていたのはこの街に入ってくる商品類とその関税の管理だけだ。つまり…」
「つまりこの街以外にはある程度の品が輸入されている!?」
「その通りだ!」
なるほど!それなら早ければ今日中にいくつかの商品がこの街に入ってくるはずだ。
そしてその中にはきっと仮面もあるんだろう。
パーティーまであと二日、それまでに数を揃えられる可能性が見えて来たぞぉ!
「…なぁ、兄ちゃん。一つ確認だが、陛下はこの仮面500個を言い値で買ってくださるんだよなぁ?」
「え、うん。そう言ってたけど…。おっさんまさか法外な値段吹っかける気なのか!?」
「吹っかけねぇよ!さすがにそこまで屑じゃねぇ!…ただ輸入量が増えるからと言って、今の時点ではまだ希少である事に代わりねぇからな。ましてやこの量だ。数が集まったとしてもいったい幾らになるんだか、俺には想像もできねぇよ。」
「あぁ、そういう事か…」
そりゃ持ってくる側も利益があるからわざわざこのタイミングで王都までくるんだもんな。
今まで以上の価格になることはない…と思いたいけど、それなりのお値段になることは必至だろうなぁ。
「ま、大丈夫だろ。もし買い付ける金が足りないって事になったら、その時は俺が責任もって王様に金を貰いに行くからさ。」
「あ、あぁ。そん時はそうしてくれると助かるよ。…つーわけで、俺は今からいくつかの業者と連絡を取ってみる事にするわ。今日中に着く連中らは知り合いも多いから、そう困った事態にはならないはずだ。これもあるしな。」
そう言っておっさんは王様からの注文書を掲げてみせた。
王様直々の命令だからな、よほどの変人でもない限り買い付けを断ったりしないだろう。
ふぅ、どうやらこの一件はこのままおっさんに任せておけば丸く収まりそうだな。
「んー、一応聞くけど、俺って何か手伝う事ある?」
「ねぇな!むしろ素人がウロウロしてたら邪魔でしょうがねぇよ。はっはっは、まぁここは俺に任せておけって。兄ちゃんが持って来たデカすぎるこの仕事を見事やってのけてみせるぜ!」
「…助かる。本当にありがとうな、おっさん。あと、ごめん。迷惑かける。」
「まぁ、確かに無謀な注文ではあるが…。これを成功させれば俺の店にも箔がつくってもんよ!念願の二号店も夢じゃねぇなこりゃ!よぉし、無事に納品が終わったら飯でも食いに行くか、兄ちゃんの奢りでよ!」
「ははっ、そこはおっさんの奢りだろ。」
「がっはっは!」
ふざけているのか本気なのか分からないが、この一件が終わったらこのおっさんに酒の一杯でも奢らないといけないなぁ。
不思議な感覚だ…、昨日あれだけテンパっていたのが嘘みたいに落ち着いている。というか、かなり安心した。
よかったぁ、これでユエル家の名前に泥を塗るようなことにはならなそうだな。さすがにこんな短時間で恩を仇で返すようなことは避けたかったから本当に一安心だぜ。
それも全部、あのおっさんのおかげだな。
俺は小さくなっていくおっさんの背中を見つめながら、深く感謝の念を送ったのだった。
………え!?ちょ、この店誰も居なくなるけど大丈夫なの!?




