第二章 12 偶然か、必然か。
しっかし、どうして突然目の前に現れたりしたんだろうなぁ?
確かに何もいなかったはずなんだけどな。
まぁ、細かい事は後にしよう。まずはこの子の容体を確認するのが先決だ。
「おい、大丈…うっ!」
とにかくこの子を藪から出さなきゃと思って一度仰向けに寝かせた時に気が付いた。
その子の体は半分くらいが真っ赤にただれて所々に水泡ができていた。
ひどいな…、これは火傷か?
しかしこんな所で寝ていたのにも関わらず、体に土や葉っぱが付いていないのはどういうことだろう?
まぁ何にしても、これは早めに処置した方がよさそうだな。
「って言ってもどうするよ。俺は治癒魔法使えないし、この辺りに医者がいるのかも分からないし。」
セバスちゃんに貰った地図を見れば見つかるかもしれないが、土地勘のない俺ではすぐに辿りつけるかどうか…
いや、とにかく先にこの子を藪から出そう。体全体の火傷の程度を知っておきたいし。
「んー、詳しいわけじゃないけど、お腹の辺りは結構ひどそうだな。そこから右肩にかけてが真っ赤だ。…顔も、か。」
何をどうしたらこんな事になるのか皆目見当もつかないが、これを自分でやったって可能性は低いだろうな。
服はほとんど焼かれて体中が火傷だらけで、おまけにまるで誰にも見つからないようにするみたいに藪の中に寝かせるなんて…。
どこの誰だか知らないが、年端もいかない女の子にこんなひどい事を出来る奴が居るなんてまったく信じられない事だぜ。
もしこの犯人を見つけるようなことがあったら、必ず一発はぶん殴ってやる。
「いてっ!」
「おっと、すまない。まさか人がいるなんて思いもしなくて。大丈夫かな?怪我はないかい?」
「あ、いや大丈夫。こんな所に座ってた俺も悪いし。」
突然尻辺りを棒のようなもので叩かれた時にはかなりびっくりして大きな声を出してしまったが、良く考えてみればここは道の途中だしこんな所で座ってたらそりゃ邪魔にもなるだろうよ。
それにしても、何で棒?
声を掛けてきたこの男はずいぶん背が高いけど、なんでこんな棒を持って歩いているんだ?
街中だし、護身用ってわけじゃなさそうだけど…ってそれ所じゃないんだった!
「あ、そうだ!なぁ、この辺りに医者はいないか?すげぇ急いでるんだけど。」
「医者?そうだな…ここからだと城門の所が一番近いと思うけど。やっぱりどこか怪我をさせてしまったかな?」
「いや、俺じゃなくてこの子だよ。早く医者に診せたいんだけど…城門か。」
地図を見て確認するがやはり結構距離がありそうだ。この子を担いで行ったとして、果たしてどのくらいかかるのか…。
いや、考えてる暇があったらまず動こう。
今こうしてる間にもこの子は苦しんでいるんだから。
「ありがとな、とりあえず城門まで行ってみることにするよ。」
「待って。その子…というからにはもう一人いるのかい?怪我をしているの?」
「え?あぁ、見ての通りひどい火傷なんだ。早いとこ医者に診せないと…。」
「火傷か…。うん、それなら僕が力になれるかもしれない。僕の家においで、薬をあげよう。」
そう言うと男は持っていた棒を左右に揺らしながら地面を確かめるように歩き始めた。
あ、もしかしてこの人は…。
「あんた、目が見えないのか?」
「ん?あぁ、生まれつきね。それでもこうして歩けるし、何とか生活できているよ。そんな事よりその子だ、急ごう。」
何でもないようにそう言った男は慣れた足取りで歩き始める。
目が見えないのに歩くの早いな、この道はよく使うんだろうか?
そしてあの棒、障害物の有無を確認するためのものだったんだな…すごいなぁ。
…って感心してる場合じゃないな。
俺は女の子を横抱きにして前を歩く男の後に続いた。今はあの男を信じて行くしかない。
しばらく歩くと、ぽつぽつと疎らに家が建つ住宅街のような所に着いた。
少し寂しい雰囲気のそこは、昼過ぎだというのに人っ子一人見当たらない。
もしかしたら空き家が多いのかもしれないな。
前を歩いていた男は、その中でも割と大きめな家に入って行った。
「お、おじゃましまーす。…ん?ここは店、なのか?」
中に入ると壁沿いにいくつかの棚が設置されていて、謎の液体が入った瓶や乾燥された植物らしきものが置かれている。
カウンターっぽい物もあるし、このよく分からないものを売ってるのだろうか?
「あぁ、まぁ少しね。それよりもこっちへ来て、ここに怪我人を寝かせてくれ。」
「おう。」
言われるがまま奥の部屋に行くと、男は寝台のようなものに白いシーツを被せていた。
俺は言われた通りに腕に抱えた女の子をそこへ下ろす。
するとその子は小さく呻き声を上げ苦しそうに顔を歪めたが、どうやら意識は無いようでその目は未だに閉じられたままだった。
眠る少女はその小さな額に脂汗を滲ませている。
相当苦しそうだ、早く何とかしてやらないと。
「なぁ、これからどうするつもりなんだ?」
「うん、まずはこの子の容体を見てみる。」
「見てみるってどうやって…。」
杖を置いた男は寝台に近づき女の子の上に手をかざした。
特に何かが起こっているようには見えなかったが、男はしばらくそうしていた後どこか納得したような顔をして戸棚からいくつか薬を出してきた。
その動きはあまりに淀みなく、この男の目が見えないことを忘れてしまう程だった。
「さ、この薬を塗れば大丈夫だろう。まずは服を脱がせて体の汚れを取らないと。悪いけどそれはお願いしてもいいかい?」
「え!?ふ、服をでありますか!?」
「うん。え?何か問題があるのかい?」
「い、いやー、だって女の子の服を脱がすなんて経験、今まで一度も無かったから…。」
「あぁ、この子女の子なんだね。そうか…。うん、でもやっぱり脱がさないと薬は濡れないし、そうなると辛いのはこの子だろう?そこは覚悟を決めてほしい。僕がやってもいいんだけど、この場合怪我に障るかもしれないからね。」
ぐぬぬ、確かにそれはそうなんだけど…。
まだ幼いとはいえ初対面の女の子の服を脱がせるなんてそんな…。
いやまて、これは立派な医療行為なのだ。
そこに下心がなければ何の問題もない!そう、いわばこれは合法だ!
覚悟を決まるぞ、俺。
この子には俺しかいないんだからな!
「ふ、ふぉー!…………………やっぱ無理!」
「え!?無理なの?」
無理無理無理!いくら医療行為でも絵面がヤバすぎる!
寝ている女の子の服を優しい手つきで脱がしていくなんて、どこをどう見ても犯罪者です!
きっと女の子だって、こんな童貞野郎に服を脱がされるのはプライドが許さないはずだ。
ただでさえ布のほとんどが焼き切れててパンクな感じのきわどい衣装と化してるのに、これ以上辱めを与えることが出来るだろうか!?いいや、出来ない!!
無理だ…俺には出来ないよぉ…
「き、傷が大きすぎて脱がすのは難しい…です。」
嘘をついた。
だって本当の事を言ったら怒られそうな気がするんだもん。
「…そう。うーん、じゃ鋏で切ろうか。いつまでも薬が塗れないと可哀想だし。」
「え、それもどうなの…?」
俺の声も虚しく、男は何処からか鋏を持ってくるとそれを俺に手渡した。
って結局俺が切るんかーい!!
「いや、僕がやってもいいんだけど…やっぱり知り合いの方がこの後この子が起きた時に説明しやすいだろう?どうしたって僕は初対面のオジサンだしね。」
それを言うなら俺だって初対面の(中身)オジサンなんだけど…。
でもこれを言うと話がどんどんややこしくなりそうだし、ここは黙っていた方が良さそうだな。
…うっし、今度こそ覚悟を決めよう。
仕方ないんだ、これは医療行為なんだ…!
「おりゃあ!!」
ジョキ…という音と共に彼女の服は布きれと化した。
やった、やり遂げたよ俺!
女性の服を脱がすよりも先に切るという謎の経験をするとは、昨日の俺は夢にも思っていなかっただろうな。
「できたかい?それじゃタオルで軽く拭いてからこの薬を塗って…」
「塗って!?それも俺がやるの!?柔肌に、触れるの!?」
「…君は何を考えているんだい?」
「ナニも考えてないよ、童貞やぞ!?」
「……………。わかった、薬は僕が塗るよ。それでいいかい?」
「う…うん、お願いします。」
俺の情けない声を聞いた男は一つため息をつくと、女の子の火傷に薬を塗り始める。
先ほど余計な事を口走ったような気もしたけど、この際忘れてしまおう。
ナユタは後ろを振り返らない男のだ。
「さ、終わったよ。あとは包帯を巻いておけばいいかな?」
「お、すまん。色々と…。」
「気にしないでくれ、困った時はお互い様さ。」
「あぁ、ありがとう。そういえばまだ名乗ってもいなかったな、俺はナユタだ。あんたは?」
「ナユタさん、だね?僕はレーヴ。ここで解呪師をしている者だ。」
「解呪師?てっきり薬屋かと思ったけど、それってどういう仕事なんだ?」
「薬も売ってるよ。解呪だけじゃ食べていけないからね。解呪師っていうのは…まぁ、そのままの意味だよ。人や物に掛けられた呪いを解く専門家って言ったら聞こえはいいかもしれないけど、人の不幸を飯のタネにしている卑しい男さ。」
ほほー、呪われた人を助ける仕事なのか。いい仕事だなぁ。
しかし呪い専門とはなかなか渋いですな。こういうのって医者みたいな人が治療と並行して受け持ってるんだと思ってたぜ。
「全然卑しくねーよ、格好いい仕事じゃん。自分だって目の事で相当苦労してるだろうに、それでも他の人の助けになろうなんて!さてはお前はいい奴だな?」
「そう言ってもらえると嬉しいけどね、別に誰かの為に解呪の勉強をしたわけじゃないんだ。この目をどうにかしたくて、何とか見えるようにならないかと色々調べている内に呪いについて詳しくなっちゃったんだよ。結局この目は光を写さないままだけど、せっかく得た知識を腐らせておくのも勿体ないし、こうして解呪師として仕事をしているというわけさ。薬だってそうだよ。自分の為にやってきたことの副産物に過ぎないんだ。」
「それでもすごいって、自分の力を誰かの為に使おうって思った気持ちに嘘はないんだから。こうして見ず知らずのこの子にも親切にしてくれてるし、レーヴは間違いなく良い奴だよ。」
「…ありがとう。そこまで言われてしまうとなかなか気恥ずかしいものがあるけどね。」
そう言ったレーヴは照れたのか、誤魔化すように頭を掻いた。
目が見えないとか、レーヴには関係ないんだな。
困ってる人が居たら助ける、悩んでいる人が居たら力を貸す。
こういう当たり前の事って実はすごく難しいのに、レーヴはなんて事もないようにやってのけられるんだ。
世の中こういう奴ばっかりだったら、もっと優しい世界になるんだろうけどなぁ。
「おっと、お茶も出さずにすまなかったね。少し待っていてくれ。」
「あ、いいよ。お構いなく!」
そう言ったのだが、レーヴは片手をあげて隣の部屋へと行ってしまった。
優しい上に気配り上手かよ。
どんだけ良い奴なんだ、こいつは。
「う…うう…。」
「お、目覚めたか?おーい、気分はどうだーい?」
うっすらと目を開けた女の子に、俺は出来るだけ無害アピールをしながら手を振った。
怖くないよー、ただの通りすがりのお兄さんだよー。
めっちゃ怪しいかもしれないけど、何もしないよー。
しかし俺の努力は見事に徒労へと変わってしまったようで、俺を見た女の子は目を真ん丸に見開きそれはそれは大きな声で叫んだのだった。
「い、いやああああ!!ごめんなさい!ごめんなさい!!」
「うぇ!?ちょ、落ち着いて!な?何もしないって!人畜無害のお兄さんだって!!」
「どうかしたのかい、ナユタさん!?」
「この子が急に…!」
女の子は恐怖におののき俺から距離をとろうと後ずさり、その結果寝台から見事に落ちる事となった。
ドサッと大きな音がしたので慌てて駆け寄ろうと近づいたんだが、それに気づいた女の子が再度悲鳴を上げるという最悪な結果を生むこととなった。
もう、どうしろってんだ。
「大丈夫だよ、落ち着いて。僕たちは君の怪我を治療しただけで、君が怖がる事は何もしないよ。大丈夫、さぁ落ち着いて。」
レーヴは女の子が落ちた音で大体の位置がつかめたようで、彼女に近づいて膝をつくとさっきよりも優しい声音で女の子に話しかけた。
女の子は最初こそ背の高いレーヴに驚いていたようだけど、レーヴの優しい声を聞いて安心したのか若干ではあるが落ち着きを取り戻したように見える。
よし、今ならいけるか…?
「そうだよー。俺もレーヴも悪い人じゃないよー?怖くなーい、怖くなーい。」
「ひっ!」
失敗したようだ…
俺の顔を見た女の子は途端に顔を青く染め上げ、化け物でも見るかの如くその目に涙を浮かべた。
これは結構ショックだぞぉ…。
言ってしまえば俺よりレーヴの方が全然強面なのに、なんで初対面でこんなに嫌われちゃってるのぉ?
俺って童女に嫌われるような顔してるのかな?そこんとこどうでしたか、シャルルさん?
「彼も怖い人じゃないよ。大丈夫、優しい人だよ。」
「で、でも…。」
「ん?なんだい?」
「か、仮面が…」
「仮面?」
………忘れてたー!
あまりに着け心地が良すぎてすっかり忘れてたけど、買ってすぐに付けたままなんだった!
そりゃ怖いよね、目を覚ましたら目の前に仮面を着けてる男がいたなんて、不審者以外の何物でもないよね!
チクショウ、完全に俺のせいじゃねーか。
「ナユタさん、仮面着けてるの?」
「…はい。忘れてました。」
「えっと、差支えなければ外してもらえるかな?」
「はい…。」
俺は面にそっと触れて顔から外す。
なんか情けない…
高性能仮面がこんな所で仇になるなんて露程も思わなかったよ。
「ど、どうかな?これなら怖くない…?」
「は、はい。…あの、ごめんなさい。わ、私、勘違いしてたみたいで。てっきり…」
そこで女の子は手を強く組んで祈るように震えはじめた。
んー、仮面に何かトラウマでもあるのかな?
あの怖がり方は尋常じゃなかったし、とりあえずこの狐面はしばらく封印しておいた方がよさそうだな。
「大丈夫だよ、あのお兄さんもきっと気にしてないから。さぁ、お茶をどうぞ。気分が良くなるよ。」
「あ、ありがとうございます。」
レーヴからお茶を受け取った女の子はそれにゆっくりと口を付けると、不安を吐き出すようにホッと息をついた。
ふー、よかった。どうやら本当に落ち着きを取り戻してくたようだ。
もしあのまま事態が収束しなかったら、近所の人が通報して晴れて俺たち犯罪者になってかもしれないからな!
本当に良かったぜ☆
「えーっと、自己紹介していいかな?俺はナユタ、で、あっちのでっかい兄ちゃんはレーヴ。君のお名前は?」
「え、あれ?君たち知り合いなんじゃないのかい?」
「いや、実は俺は倒れてるこの子を見つけただけで、名前も歳も何も知らないんだよ。ほっとく訳にもいかないから、側に居ただけっていうね。」
「…君も大概良い奴だね。」
「ふふん、なのです!」
フッっとクールに笑うレーヴに声真似をして答えたら苦笑いされた。やめろよ、スベったみたいになるだろ。
確かに全然似てなかったし、下手に裏声使ったから若干オカマ味出ちゃったけど!
そんな生々しいリアクションされると心が折れちまうぜ…
「おっと、話がそれたな。それで…君の事はなんて呼べばいい?」
「わ、私の名前はヴィーといいます。あの、助けてくれたみたいで…それなのに悲鳴をあげちゃって、ごめんなさい。」
そう言ったヴィーは深々と頭を下げた。
いやいや、悲鳴の原因は大体俺だったし、気にしないで貰いたいな。
しかしヴィー…ね。
んー、どこかで聞いた事あるような気がするんだけど、何だったけな?




