第二章 11 オロールグルメと人の声
城を出る際、跳ね橋の所に居た兵士に「シャルル様!お戻りになられていたのですね!」と声を掛けられた。
嬉しそうに寄って来てくれた所大変申し訳ないんだけど俺はシャルルの双子の弟です、と出来るだけ丁寧に説明すると「シャルル様の、弟君!?それは大変失礼をいたしました!あまりに似ていらっしゃったので…。いえ、申し訳ございませんでした。」と深く頭を下げられる結果となった。
んー、なんだかなぁ。
どっちが悪いって話でもないはずなんだけど、ここまで萎縮されて謝られるとこっちも申し訳なくなるんだよなぁ。
「…髪でも切ってみるかな?」
もともとシャルルの髪は長めなので、少し切れば印象も変わってくるかもしれない。
それか思い切って染めてみるとか!
…この世界に染髪料があるのかは知らないけど。
のんびりと30分ほど歩くと城下の街へ到着した。
途中には田園畑や教会のようなものがあって、なかなか飽きずにここまで歩く事ができた。
しかしこれ、下り坂だったからよかったものの帰りは結構きつそうだぞぉ…。
今まで歩いていた城までの道を見てしみじみ思う俺なのであった。自転車が欲しいな。
「おぉ!さすが昼飯時、なかなかの賑わいじゃないですか!」
大道りに面している店からはかなり威勢のいい掛け声が響き、道行く人もそれにつられるように活気づいているように見える。
それしても店の人に負けじと客の方もでかい声で話しているもんだから、近くに行かなくても鼓膜が激しく揺れる。
すげぇ、これが市…ってやつか?
「さぁ、いいもの揃ってるよ!買ってってくれよぉ!」
「ダメダメ、これ以上はまけられないよ!これでも買わないなら余所行ってくれ!」
「焼き立てだよー!今上がったばっかりだよー!うまいよー!」
行きかう人の波に押しつぶされながらよろよろと歩く俺の耳に、各店の掛け声が届く。
うぉおぅ、満員電車かこりゃ!
それにしても値切るのってアリなんだぁ、ちょっとやってみたい。あとめっちゃいい匂いするのは、あの店かな?くんくん、いい匂いするぞぉ…!
匂いにつられて腹がいい感じに鳴ったので、このいい匂いの元である店に押し込まれるように入ってみた。
「へい、いらっしゃい!悪いけど席はいっぱいでね、包んでやることもできるけど…どうする?」
「あ、じゃあ包んでもらおうかな。えぇっと…」
んー…、メニューを見ただけじゃ何の料理なのか全っ然わからん!
思えばいままで食べてきた料理も一つ一つ名前を言われて出されてたわけじゃないから、何て言う料理だったのか全く知らないじゃん。
どーしよ、なかなか決めないからおばちゃんが変な顔しだしちゃったよ。
「あー、このいい匂いのやつを一つと、この店のおすすめがあったらそれも包んでよ。」
「あいよ。ならタオブとゲルデルだね!合せて銭貨17枚だよ!」
ここでちょっと値切ってみようかとも思ったけど、食事で値切るってあんまり聞かないしちょっと威勢のいいおばちゃんにビビったのもあってやめておいた。
後ろにほかの客も控えてたししゃーない、しゃーない!値切りはまた今度ってことで!
俺はおばじゃんに銭貨を渡して、飯を受け取ると店の外へ出た。
うーん、うまそうだなぁ。問題はこのいい匂いを放つ二つの宝をどこで食べるかだよなぁ。
俺は人通りの少ない道に避難してから、セバスちゃんからもらった地図を広げる。
うーんと、適度に人が居なくて見通しが良くて…できれば公園みたいにのんびりできそうな所はーっと。
「お、ここが良さそうだな。ちょっと戻ることになるけど、ここからそう遠くないし。…よしっ!」
この暖かい飯が冷めないように抱え直して、もう一度大通りに出る。
今から目指すのは、市場を過ぎて少し城の方に向かったところにある教会っぽい建物の近くだ。
恐らく城から歩いてくる途中で見た小高い場所にある大きい建物のとこだと思うんだけど…。
あそこなら開けていたし草木もあって、食事をするには最適だろう。
「ん?これ…。」
「よぉお兄さん。何か気に入ったのか?それとも彼女への贈り物でも探してるのか?」
「いや、ちょっと良さそうなのがあったんでね。」
そう言いながら俺が手に取ったのは狐のような獣を模した顔の上半分が隠れるお面だ。
こういうのなんて言うんだっけ?ドミノマスク?
鼻から上が隠せるタイプの木で出来たこのマスクが何となく目に留まったんで、つい立ち寄ってしまったのだけど…なかなか良くできてるなぁ。
「おぉ、お兄さんお目が高いねぇ!それは世にも珍しい鬼神族が考案した面なんだぜ!魔法が刻まれてるから紐がなくても付けられるし、目に埋め込まれた魔力結晶のお蔭で自分の魔力は消費しなくていいんだ。すげぇだろ?」
「確かにいい品のように見えるな。しかしこれ、目に魔力結晶?が埋め込まれてるんじゃ前が見えないんじゃないのか?」
「いやいや、それは着けてみりゃわかるって。ささ、遠慮しなさんな!」
店主に促されるまま狐面を顔に当ててみる。
うわ、すげぇ。本当に紐なしでくっついた。これなら着け外しも楽でいいなぁ。
そして問題の目の部分だけど、いやー驚いた。
本当に着けているのか疑いたくなるほどよく見える。というか着ける前と全然変わらない景色の見え方してるんだけど、どういう原理なの?
これも魔法、なんだよな?
「どうです、お兄さん?鬼神族が作っただけはあるでしょう?」
「確かにすごいな。どういう原理なんだ?」
「へ?いやいやそんなの分かる訳ねぇだろう?これは鬼神族が作ったもんだって言ってるじゃねーか!がはははは!」
店主のおっさんは豪快に笑って俺の肩を思い切り叩く。
痛いって!つかよく分からん物を売るんじゃありませんよ…もう。
これで何か呪いでも貰ったら溜まったもんじゃないでしょーに。
…でも、いいなぁこれ。
顔は隠せるし視界の邪魔にならないし何より…
格好いい!
このクールな目元、シュッとしたフォルム。くーっ!たまんねぇなーおい!
いやー、この世界に来てからというもの、俺の中に眠っていた中二魂が息を吹き返したような気がするなぁ。
というわけで、ぜひ欲しい!
「どうだい、兄さん。今なら銀貨3枚で。」
「高いっ!!」
うわ、全然足らねぇ!
いや、城に戻ればあるんだけど。今の手持ちじゃまったく足らねぇよ。
く、取り置きしてもらって明日取りに来るとか出来ないかな…。
「なんだ?兄さん身なりはいいのに金ないのか?ったくしょうがねぇな、じゃ銀貨2枚と銅貨6枚でどうだ?」
「え、あ、そういう事じゃなくて。今手持ちがないんだよ。戻ればあるんだけど…。これって明日まで取り置きとかしといてもらえたりする?」
「はぁ?そんなもんしねぇよ。売れる時に売る、それが俺の商売だ。金がないなら悪いけど帰ってくれよ。」
「ぐぬぬ…どうしてもダメか?」
「ダメだね。この辺の面は人気が高いんだ。見ず知らずの兄さんの為に取り置きして下手に売れないよりは、さっさと売って儲けちまう。そういうもんだ。商売ってのは慈善事業じゃねぇんだぜ?こっちも生活掛かってるからな。わかったろ?ほら、もう行けって。」
くそぅ、確かにリスクを冒してまで俺に売るメリットがおっさんには無いもんなぁ。
しかしこのお面、どこか違和感…というか変な感じがするんだよな。
悪い感じではないんだけど、何というか…この縁を逃しちゃダメな気がする。
どうする、俺!
「………そうだ!信用買いさせてもらえないか?代金は明日、必ず払うから!だからこれを譲ってほしい!」
「あのなぁ、兄さん。俺の話聞いてなかったのか?見ず知らずのあんたにこれを渡して、もしあんたが金を払いに来なかったら俺はどうなると思う?誰がそんな危険を冒すっていうんだよ?」
「見ず知らずじゃなければ、どうだ?」
「はぁ?俺はあんたなんか知らねぇぞ。」
「確かに初対面だ、それは間違いねぇよ。でも俺は必ずおっさんに金を払わなきゃならない義務がある。」
「なにを訳のわかんねぇ事言ってんだ?」
「これを見てくれ、おっさん。」
「あ?こりゃ………、ユエル家の紋章!?なんだあんた、貴族だったのか!?道理で身なりがいいと思ったぜ。」
「いや、俺には何の権限もないんだけどな。それでも俺はユエルの名を貰ってる。だからここでおっさんに金を払わないとユエルの名に傷がつくことになるんだ。俺としてもそれは避けたい…、だから俺は必ず金を払いに来る。絶対だ!だから頼むよおっさん、この面を俺に譲ってくれ!」
おっさんは訝しげに紋章を手に取ってまじまじと見た後、腕を組んで悩み始めた。
さすがに貴族であっても信用買いは難しいか…
せめて今日譲ってくれなくても、明日まで取り置いてくれるならそれでもいいんだけど…
「はぁ。わかったよ、俺の負けだ。ただし値引きはナシ、最初の銀貨3枚でしか売らねぇぞ。それでもいいか?」
「おぉ、もちろんだよおっさん!ありがとうな!…でもさ。俺が言うのもなんだけど、本当にいいのか?おっさんの言うとおり初対面の俺にこんなことして。」
「やめろ、変に決意を鈍らせるようなこと言うなって。俺だって悩んだ末の判断なんだから。…いいか、明日絶対に金を持ってくるんだぞ?それが出来なきゃユエル家が盗みを働いたって噂をばらまくからな。」
「怖い事言うなよ…絶対持ってくるって!」
「当然だ!…あのな、言っておくが他の貴族だったら断ってた話だぞ?兄さんが他でもない厳格で有名なユエル家の人間だっていうから、特別に信用買いさせてやるんだからな?それを絶対に忘れるなよ?」
「あぁ、ありがとうなおっさん…!明日絶対に持ってくるから!なんならこの店の宣伝も城中にしておくから!!」
「はぁ!?お前さん城にも出入りしてんのかよ。………、よし、そんだらもってけ。」
そう言っておっさんは狐の面を放り投げた。
ちょっ、品物はもっと丁重に扱えよ。落としたりしたらどうすんだよ!
それにしても、改めて見てもいい品だ。
この顔にフィットする感じもかなり良い。
「本当にありがとうなおっさん。大事にするから!」
「おう!くれぐれも、明日忘れるなよ!それと城中に俺の店の宣伝も忘れるなよ!」
「お、おう!任せておけって!」
ちゃっかり宣伝も任されてしまった。
まぁ、だいぶ無理を言ったし宣伝するくらいどうってことないけどさ。
俺はおっさんにもう一度礼を言ってから仮面を着けて歩き出す。
うーん、この着けてるのに着けてない感じがいいなぁ。
これでシャルルの知り合いに遭遇しても気づかれることはないだろう!いい買い物したぜ。
おっと、まだお金を払ってないから過去形にはしちゃダメだったな。
面を買った店からしばらく歩くと、小高い丘の上に建つ教会へたどり着いた。
ふへー、近くで見るとなかなかデカいんだなぁ。
ステンドグラスがはめられた、いかにも教会って感じの建物だけど、屋根に十字架がついてない辺りが元の世界との唯一の違いって感じかな?
教会の周りには森…とまではいかないにしても、何本か木が植えられていて公園のようにベンチまで設置してある。
折角だからそこで食事をと思ったのだが、残念ながら先約が居たようで別の場所へと移動する。
うーん、座るってなるとこの丘を登るときに通った階段くらいしかないかな?
もう少し辺りを見て回ったけど、やっぱり落ち着いて食べれるのはその階段くらいしかなさそうだったので観念してそこで食事を始める。
言ってしまおう。
タオブとゲルデル、めっちゃうまい!
タオブは肉まんを油で揚げてバター醤油で表面をカリッと焼きましたって感じで本当に香りがいい。そして食べた時はカリッカリなのに、中がふっくらしていて具があまりにもジューシー。これならあと3つは食えるぞ。
次にゲルデルだけど、正直この名前を聞いた時はゲル状の何かを想像してちょっと買うのをやめようかと思った。しかし実際ふたを開けてみれば、タコスのような薄い生地に野菜と肉を炒めた物を挟んであるめちゃくちゃ美味い固形物だった。何よりこのソースが破壊的に美味い。
やばいぞこの街のグルメ。気が付いた時には食べ終わってる…!!
今度また食べに行こう…絶対行こう。
「うっ…」
ん?なんか今、人のうめき声みたいなの聞こえなかったか?
辺りを見回してみたが、人影のようなものは見当たらない。
聞き間違い…?
「うぅ、く…」
「やっぱり聞こえる!」
聞き間違いなんかじゃない。
確かに人の、子供の苦しそうな声が聞こえる!
「おい、どこだ?聞こえたら返事しろ!」
「うぅ、誰…か…」
「そこか!」
その声は教会に向かう途中の藪の中から聞こえてきた。
俺は藪をかき分けて声の主を探したが、なぜかその姿を見つけることができなかった。
おかしいな、確かにこの辺りから聞こえた気がしたんだけど…?
「おーい、どこだー?」
「う、ここ…です。」
「!?」
おかしい…
声が目の前から聞こえる。
そこには木の根と土しかないはずなのに、明らかに声はそこから聞こえた。
…埋まってる、のか?それともものすごく小さい人が居るとか?
俺は声の出所を探るべく少しずつ地面に顔を近づけていく。
お、なんかこの辺りから息遣いのようなものが聞こえるぞ?
んー、もう少し近くかな?
「…うぇへ?」
気が付くと目の前3㎝くらいの所に人の顔が現れた。
って近すぎぃ!?
あまりに近くに居たせいで一瞬何が目の前に現れたのか分からなかった。
ふー、危なくキスするところだったぜ…。




