第二章 6 知られたくない事もある
その後、雑談を交えつつヴィヴィという刺客と奇襲の可能性について話していると、どこからともなく地鳴りのようなくぐもった音がこの室内に響き渡った。
なんて低くて長い音なんだ。
いまだに鳴り止まないこの音に俺は警戒し身構え、ノエルとリアは驚いたように目を見開き呆然と俺を凝視していた。
硬直するのも無理はない、こんな不気味な音が突然聞こえてきたら誰だって戸惑う事だろう。
しかし大丈夫だ安心してくれ、何があっても俺が二人を守ってみせるから…!
「ナユタ…今のは…」
「…すごい大きなお腹の音だったのです。空腹を訴えるにしても、もう少し控えめにお願いしたいものなのです。」
「くすくす、今日は色々あったものね。特にナユタの消耗は大きかったと思うから、体が栄養を欲しているのでしょうね。それにしても、ふふ、大きな音だったわね。」
「………………お腹空いた!!」
「改めて言わなくても十分理解できましたのです!まったく、姫様を目の前にして何て無礼な…。ちょっとそこを退くのです。」
そう言うとリアは向かいに座る俺を立たせて何やら座席をいじり始める。
なんだ、座席の下に食料でもしまってあるのか?
確かに何かを収納できるくらいのスペースはあるな。
リアはごそごそといじり終えたかと思えばおもむろに座席を上にあげた。
「お、おぉ!?なんだこれ、どうなってるんだ?」
座席を上げ足元の板を倒すとそこから下に続く階段が現れ、その奥には部屋らしき空間が見える。
何これ、トリックアートか何か?
明らかに地面より下まで部屋が続いてるように見えるんだけど。
「ふふん、なのです!これはお母…師匠が作った特別な魔道具なのです。もちろんこの中にも師匠の力作をしこたま使った部屋があるのです。いうなれば姫様用特別室なのですね!この階段を下りた奥には厨房と居間、寝室と小さいお風呂もあるのです!どーだ、なのです!」
「す、すげぇ。魔法ってこんなこともできるんだ…!」
「ちっちっちっです。同じことが出来るなんて思わない方がいいのですよ?こんなすごい魔道具が作れるのは世界でもただ一人、リアの師匠だけなのですから!師匠はあらゆる魔道具の発明と実用化を実現させてきた稀代の天才なのです!」
世界に一人だけの天才…。
やっぱりこの世界にもそういう特別な才能を持った奴が居るんだな、それもこんな身近な奴の知り合いに。
…というか、ずっと気になってたんだけど、その稀代の天才でリアの師匠っていうその人はリアの母親…なんだよな?
何度か自分で言いかえていたけど、外では母ではなく師匠と呼ぶように教育されてたりすんのかな?
まぁ、家庭の事情に他人が首を突っ込むわけにはいかないから特に何か言うつもりはないんだけど、どうにもなんか…気になってな。
しかし人の心配を余所に鼻を膨らませてドヤ顔のリアはノエルを連れて階段を下りて行った。
…思ってるほどそんなに深刻な家庭環境でも無いのかもな、あのムカつくドヤ顔キメてるくらいだし。
俺はひとつため息を吐いて二人の後に続いた。
下の部屋に着くと、俺は改めて魔法の万能さを目の当たりにする事になった。
小さいながらも必要最低限のものが揃ったキッチン、二人掛け用のテーブルとイスに奥にはドアが二つ。
恐らく寝室と風呂場なのだろう。
もはや上の馬車の方がおまけなんじゃないかと思うほど充実した生活スペースがそこにはあった。
下手したら俺の住んでたアパートの部屋と同じくらいあるんじゃないか?
「こりゃすごい、ここなら全然住めるじゃねーの。食材だってこんなにあるし…、もしかして始めから野宿する予定だったのか?」
「まさか。ここにあるものは全部、もしもの時の為に常に用意してあるものなのよ。本当なら最初に言った通り、日暮れ頃には王都に着いているはずだったんだもの。」
「そうなんだな…。ん、そう言えば今ってどの辺りなんだ?ヴィヴィの奇襲で時間を取られたのは分かるけど、王都近くまでは来れてるんだろ?」
「そうね、確かにヴィヴィという少年の奇襲によって私たちの予定には少し誤差が生じたわ。でも彼との戦闘で失われた時間はここまでの遅れを生じさせるようなものではなかったの。むしろ私たちの予定に大幅な狂いが生じた原因はもっと他にあるわ。」
「え、そうなのか?うーん、なんだろ…。何かあったっけ?」
「ふふふ、そんなに難しい事じゃないわ。私たちが戦っていた時に起きていたことが予想以上の影響を及ぼしていたってだけの話だから。」
うーむ、俺たちが戦ってた時に起こっていたことで、その後も影響を与え続けていることっていうと…。
「…雨?」
「正解!どうやらあの時の雨は思っていたよりも広範囲に降っていたようで、どの道もかなりぬかるんでいたみたいね。普段よりも揺れが強かったからそれは間違いないと思う。そして雨がもたらした影響はそれだけじゃないわ。この車を引いているイフリートが雨に打たれたせいで弱ってしまっていたのも遅れが出た原因の一つと考えられるわね。先の戦闘で御者の魔力も削られていただろうし、再召喚も魔力補充もできないまま何とか王都へ向かっていた…と言った所かしら?」
なるほどねー。
それもこう暗くなってしまえばさすがに限界がきて、仕方なく野営をすることになったという訳か。
いくつかの原因が重なったことによって大幅に遅れる結果となって、その上、野宿で夜通し見張りもしなくちゃいけないなんて御者も大変なんだな。
多少の無愛想にも目を瞑ってやろう。
「それでも明日になればすべて解決だわ。道もだいぶ良くなってるだろうし、御者の魔力も回復するだろうし…。朝方出立したとしたら、昼前には王都に着くんじゃないかしら?」
つまり明日の朝までが勝負ってわけだな。
今夜を無事に過ごすことができれば、明日にはドキドキの王都へ到着か。
やばい、緊張してきたぞ?
王様、俺に何の用なんだろうなー…
「ささ、お話ししている間に夕食の支度が出来たのですよ。姫様の好きなもの、たくさん作ったのでたーんと召し上がれ!なのです!!」
「はやっ!!」
ここに降りてきてまだ10分くらいしか経ってないっていうのになんて速さで飯を作るんだこのロリっ子は…!
まさか、レトルトをチンして出した的なご飯なのかな?
そう思って椅子に掛けたのだが、次々と並べられる料理はとてもレトルトとは思えない細かく綺麗に盛り付けられた豪華な料理の数々だった。
いやいや、レトルトじゃないにしてもこんな短時間でこれら全部を作るなんて不可能だろ。
しかもたった一人で!
どんな料理の達人でもこれを10分で完成させるのは物理的に無理だって!
…もしや野菜とか生煮えだったりするんじゃないのか?
「ありがとう、リア。うーん、とてもおいしそうだわ。」
「…い、いただきます。」
ぱくぱくとおいしそうに食べるノエルを横目に、若干訝しげに料理を口に運ぶ。
大丈夫だよな?ちゃんと火は通ってるんだよな?
この際味はなんでもいいから、せめて腹を壊さないようなもので頼む…!
「…………、…………!……………?……………!!?」
「いや、何か言えなのですよ。表情ばっかりコロコロ変わって、言葉を失うほど美味しかったらちゃんとそう言うのです!」
いや、言葉を失ってたら言えないだろ。
しかしそんなツッコミをする気さえなくなるくらい、この料理達はべらぼうにおいしかった。
な、なんだこの濃厚なスープは!
こんなコクをたった10分足らずで作り出したというのか!?
スープだけじゃない、他の料理だってこんな短時間で仕上げられないほど綺麗な上にうまい。
なんだこれ、こんな奇跡をこのロリっ子がやってのけたってのか!?
「オーマイガー…。」
「はい?」
「あぁ、すまん。あまりに美味くて意識が世界を超えた。」
「…ますます意味が分からなくなりましたのです。でも美味いと言ったのでよしとしてやるのです。」
満足そうにそう言ったリアはキッチンに戻りまたもや何か作りまじめた。
まだ作るのかよ。
楽しそうで何よりなんだが、果たしてこれらすべてを完食することは出来るのだろうか…。
俺の胃袋が今、試される…!!
ん、そういえば…
「俺がお前の作った料理食ってるのに、何も言わないのか?クッキーの時は散々言ってきたじゃないか。」
今回はクッキーの一枚や二枚なんてちゃちな話じゃないっていうのに、嫌がるどころか感想を言って欲しいみたな反応までしていた。
今までの絡みで多少は打ち解けられたと思うけど、何も言わずに手料理を振る舞ってくれるほど、こいつが俺に優しいはずがないのだ。
それがどうだ、ノエルと同じ食事を用意してくれる所まで来ちゃったんだぞ?
おいおい、まさかここに来て好感度急上昇しちゃったりしたのかー!?俺とのフラグ建っちゃったのかなー!?
「はい?あなた何回そのくだりやれば気が済むんです?あんまり姫様の気を煩わせるものではないのですよ。もう少し大人になったらどうなのですか?」
まったく微塵も優しくなかった。
何かむしろ生徒という立場になったのもあって偉そうな態度に拍車がかかったような気さえする。
ロリっ子に大人になれと言われる二十代の男って…。
「はぁ、女の子ってのはすぐ大人になっちまうんだな。ちょろかった頃のリアが懐かしいぜ。」
「また何かよく分からない話なのですが、馬鹿にされているという事は大体分かりましたのです。罰として食後のお菓子は没収なのです。」
「いやー、それだけはご勘弁を!ご慈悲ですリア先生、それだけはどうかお許しください!」
「手のひら返しが早すぎるのですよ…。ま、まぁ仕方ないのです、今回は特別に許してあげるのですよ。出来の悪い生徒を持つ先生は大変なのです。」
ため息こそついているが、口元はだらしなくにやけている。
良かった、まだ多少のちょろさはご健在ようだ。
こんなに料理が美味いのなら食後のデザートだってそれはそれはうまいに違いないのだ、食べないわけにはいくまい?
とは言ったものの、まだかなりの量の飯が残っているんだが…。
はぁ、仕方ない。残すのも勿体ないし頑張って詰め込むとしますか。
「ん?そういえばリアは食べないのか?結構な量があるとはいえ、これって二人分だろ?お前はいつ食べる気なんだよ?」
「…………、リアは後で頂くのです。」
「え、なんで?一緒に食べた方がうまいだろ?それに片付けるのだってそっちの方が楽だろうし。」
「…この机とイスは二人掛け用なのです。それに、リアは姫様の従者なのですから一緒に食事を出来るような身分ではないのです。」
「身分なんてそんなの今は気にする必要ないだろ?俺たちしかいないんだし。それに詰めればお前くらいどうとでも…」
「しつこいのです!後でいいと言っているじゃないですか!もう、リアはお風呂の準備をしてくるので失礼しますなのです!」
そう言うとリアは風呂のある部屋へ足早に入っていった。
な、なんであんなに怒ってるんだ?
そんなにしつこくしたつもりは無かったんだけどなぁ…。
「ごめんね、ナユタ。リアにもいろいろあるの。今はそっとしておいてあげてくれる?」
「え、あぁ、わかった。それは別にかまわないけどさ。」
「ありがとう。それと…リアの事嫌いにならないであげて?リアもナユタの事が嫌いであんな風に言ったわけではないの。」
「ん?あぁ、それは大丈夫だよ。別にこんなことで嫌いになんてならないから。女の子には女の子の事情ってのがあるんだろ?繊細な問題に野郎はご法度ってのはどの世界でも共通だな。特に俺は大雑把だからなぁ、リアにはそういうのが癇に障ることもあったんだろうよ。悪いことしたぜ。」
「…ナユタのそういう優しい所は、きっとリアも分かっていると思うわ。今回はたまたま深い部分に触ってしまっただけで、私は二人ならもっと仲良くなれると思っているもの。」
「はは、そうなれたらいいなぁ。ま、あとで折を見て俺から謝ってみるから、そう心配すんなよ。ノエルお姉さん。」
少しふざけたようにそう言うと、ノエルは面食らった様に一瞬キョトンとしたがすぐに「ナユタの方が年上でしょ!」と笑ってくれた。
よかったよかった、ノエルまで悲しい顔してたらせっかくの夕食が美味さ半減しちまうぜ。
リアが作ってくれた美味い料理を最高に美味いまま食べるにはやっぱり笑顔も大切だよな。
楽しくおいしくご飯を食べる、それが作り手に対して俺たちができる最大級のお返しだと思うからさ。
食事を終え後片付けをしていると、風呂場からおずおずと出てきたリアが風呂の支度が出来たことを伝えてくる。
俺は遠慮するノエルに先に入るように言って、そのまま後片付けを続けることにした。
ちょうど最後の皿を拭き終わった時に風呂場の方からきゃっきゃと楽しそうな声が聞こえはじめ、二人が一緒に入浴しているという事実を知った俺は目の前の現実に心から感謝した。
若い女子がイチャイチャしているという事実、それだけで儂のような男は元気になれるというものですじゃ。ふぉふぉふぉ…。




