第二章 5 リア先生の楽しい授業
今日で連載を始めて一ヶ月となりました。
ここまでやって来られたのも読んでくれる皆さんのおかげです、ありがとうございます。
これからもがんばりますので、よろしければまた立ち寄ってください。
ノエルとリアの二人がイチャイチャと楽しそうに話しているのをただ見ているだけの簡単なお仕事をしていると、突然今まで感じていた小さな振動がおさまった。
どうやら馬車が止まったらしい。
やっと王都についたのかと窓から外の様子を窺ってみるが、いつの間にかすっかり日が落ちてしまっていたようで外は暗闇に閉ざされて何も見えなかった。
はて、王都に着いたのなら篝火の一つでもあっていいはずなのにそれすら見当たらないっていうのは…どういう事だ?
不思議に思いつつノエルに外の様子を伝えようとすると、御者側の窓から声を掛けられる。
「殿下、申し訳ありませんが本日はこちらで野営いたします。我々が見張りを行いますので殿下はそのままお休みください。夜が明け次第、出立いたします。」
「…、わかりました。事情は把握しておりますので、城に着きましたら陛下には私からお話ししておきます。もし何かあれば起こしてくれて構いません。」
「…は。」
どうやら王都に着いたわけじゃなくて、ここで野宿するって事らしい。
最初に聞いた時は日暮れ頃には王都に着くって話だったはずだけど、やっぱりあれかな?ヴィヴィとかいう子供が襲撃してきたせいで予定が押しちゃったのかな?
俺は気を失ってた時間があるから正確には分からないけど、太陽の位置からしてそんなに長時間戦ってたようには思えなかったんだけどなぁ?
しっかし外が真っ暗なせいで何も分からないけど、近くに村とかってないのかな?
奇襲にあったその日に、こんな道の途中で野宿って結構怖いんだけど。
暗殺者とかさ、人目を避けるような奴らからしたら今って絶好のチャンスなんじゃないんっすかね?
真っ暗だし、目撃者もいないだろうしさ。
その点、村や街なら人目はあるし、もしかしたら宿だってあるかもしれないしで良い事ずくめなんじゃない?
「…って思うんだけど、そこん所どうなんすか?ノエル殿下。」
「殿下はやめてって…。うん、そうね。ナユタの言うとおりこの近くにも街はあるし、人が多い事で利点も生まれるわ。でもそれはそれで危険を伴うの、私たちも街の人たちにも…ね。どちらにも利点と欠点があってどちらが良いとは一概には言えないけれど、今回の場合は街に立ち寄らないで野営する方がいいと私は思うわ。今日戦った刺客の魔法は広範囲に影響を及ぼすものだったし、それを相手にする私たちにとっても周りに障害物がない方が戦いやすいと思うの。」
「なるほど…。戦うにしても逃げるにしても無関係な人を巻き込みたくないっていうのは分かった、それは俺も同感だ。でも人の目がある事自体が抑止力として働く可能性もあるんじゃないのか?現に今日襲ってきたガキは俺たちが単独で走っていたからこれ好都合と襲ってきたとも言えるだろ?こんな誰も通らない暗い道の端っこに野宿するなんて、襲う機会を与えてるようなものなんじゃねーのか?」
森は抜けたとはいえ遮蔽物がないわけでもないし、何よりこの辺りは暗すぎる!
目視できる距離に民家はないし、もちろん街灯や篝火なんて親切なものもない。
夜空に瞬く星々がこんなに綺麗に見えるのかーっと呑気に天体観察を始められるくらいには真っ暗だ。
おまけにこの世界には月がない。
以前クロエと話した時に月という物を知らないようなことを言っていたが、その時の俺は呼称が違うだけで似たような天体はあるんだろうと考えていた。
しかしなかったのだ。
この世界には俺が居た地球のように衛星である月が存在しない、あるのは無数に散りばめられた星だけだ。
シュヴァリエ邸の書庫でこの事を知った俺はかなり驚いた。
確か地球にとっての月ってすげぇ重要な役割を果たしてた気がするんだけど…。
それこそ人類が滅亡しかねない程の大問題になるはずなのだ。
しかしこの世界では夜こそ真っ暗になるが本当にそのくらいで、異常気象や白夜・極夜が続いているなどの事象は起こっていないし、もちろん人類が滅亡しているなんて事にもなっていない。
ファンタジーな世界だからこそ成り立っているのか、そもそも地球とは異なる環境に存在している星なのか、その辺りの違いが分かるような本は残念ながら書庫では見つけられなかったので明確な判断はできない。
その辺りの事もいつか調べられたら面白いんじゃないかなとは思ってはいるので、王都で時間があれば暇つぶしがてら調べてみようかと思っているのだ。
おっと、閑話休題。
とにかくここら辺は日本のド田舎張りに真っ暗な上、隠れるところがたくさんあって危ないんじゃないかって事が言いたかった訳よ。
「そうね、確かに木や岩陰に隠れて暗闇から襲われる危険はあるかもしれないわ。イフリートという目印があるから敵側から見れば私たちはしっかり確認できるわけだし。」
「そう、それ!それは俺も言いたかったんだ。確かにイフリートの明かりはこの暗闇の中では大助かりだけどさ、それって敵にとっても大助かりになり得るんだよな。明るい所から暗い所は見にくいけど、その逆は見やすいじゃん?それも俺の不安の一つだったんだよー。」
「ふむふむ。ではリア、ナユタに結界について教えてあげて?」
「え!?な、なぜリアがこの男に教えてあげなくてはいけないのですか?別に教えてやる義理はないはずなのです…。」
「あら、もしかしてリアはナユタに説明できるほど結界について詳しくないのかしら?そうとは知らずに無理なお願いをしてしまってごめんね?リアはナユタの先生になってくれると思ってつい頼んでしまったの…だってリアはたくさん勉強しているでしょう?リアのような頑張り屋さんはいい先生になれると思って期待してしまったのよ、悪意はないの、許してくれるかしら?」
「リアが…先生…!?だ、大丈夫なのです!リア、特別にこの男の先生になってあげてもいいのです!頑張り屋なので!頑張り屋な・の・で!!」
ふんすふんすと鼻息を荒げながら快く承諾してくれたようだ。
やるな、さすがリアマスター・ノエル。
幼女の扱いならお手の物なのかもしれないな。
「では、耳の穴かっぽじってよぉーく聞くのですよ、このすっとこどっこいしょ!」
「ちょっと待て、なんだそれは。まさかとは思うが俺の事か?俺の事を言っているのか!?」
いきなりテンション吹っ切れすぎだろ、なんだよすっとこどっこいしょって。
意味が分からん上に名前より長くなっちゃってるじゃねーか。
本末転倒過ぎるだろ、どんなはしゃぎ方だそりゃ。
「そこ、私語は慎むのです!んん、こほん。では授業を始めるのです。まず結界魔法は二つの種類に分かれているのです。属性魔法からなる多重結界と精霊魔法からなる界層結界の二つなのですね。この多重結界は主に人が直接張る結界の事で、複数の魔法を薄く重ねることによって作ることが可能なのです。他にも特殊魔法である光属性を使った結界もあるそうなのですが、残念ながらリアは見たことがないのです。なぜならかなり特殊で使える人があんまりいないからなのです!」
「なぁるほど、魔法を重ねることで壁を作る…みたいな感覚なのな。そんで光属性の魔法については、かなり特殊で希少なものって事だけは伝わってきたよ。」
何か俺の考えてた結界とは少し違ったけど、属性の違う魔法を重ね掛けする事でお互いに補い合うような形になって、多少損傷しても破られにくいという特性はあると言えるかもしれないな。
ま、それがどれほど強力なのかはちょっと分かりずらいが、触るだけでダメージの入る壁って言うんなら人はもちろん武器や魔法なんかも防ぐことが出来るんだろう。
「そして界層結界なのですが、これを張る為にはまず精霊を召喚する必要があるのです。なぜならこれは、精霊が使う特別な魔法を使った結界だからなのです!以上です、ご清聴どうもなのです。」
「え…えぇ!?界層結界についてはそれだけ!?ほとんどわかんねぇじゃん!精霊が何をどうして作る結界なのかさっぱりかよ!どうしてくれるんだよ、俺のこのもやもや。このままじゃ気になって眠れねーよ!」
「むぅ、一から十まで教えてもらえるなんて甘えたこと言うなー、なのです!こうして宿題を出して次回の授業で答え合わせをするのも、生徒思いな先生の大事な仕事なのです。少しは自分で考えなくちゃおバカさんになっちゃうのですよ?」
く、ムカつくが確かに一理ある。
自分の頭で考えて得た知識の方が覚えやすいし忘れにくいとはよく言ったものだ。
ここまで言うからには、リア自身が知らないのではなく本当に俺に考えさせるためにわざと教えないという選択をしたのだろう。
やるな、このロリっ子。
単純で扱いやすい所詮は子供だなーなんて馬鹿にしていたけれど、なかなかどうして教師としての資質も持ち合わせているみたいじゃないか。
こうなったら意地でもその期待に応えてやろうじゃないの。
リアの生徒第一号として、バシッと正解を当ててみせるぜ!
久しぶりにやる気がみなぎってきたな!
「もう、リアったらまたそんな意地悪をして。あのねナユタ、実はこの界層結界についての原理はよく分かっていないの。昔々の話なのだけれど、とある召喚士が自身で結界を張るのを面倒に思って、たまたま召喚していた精霊に結界を張るよう命令した。その時は成功したことにしか目がいかなくて気が付かなかったそうなのだけれど、のちに私たちが使っている多重結界とは別の性質を持っているという事が分かったのよ。その当時は様々な国の人々がこぞって解明しようと躍起になっていたのだけれど、結局昨今に至るまで明確な答えは出ないままなの。だからこの問題の答えは”分からない”が正解よ。」
「マジかよ、中学の時の理科の先生みたいな意地悪問題出すじゃねーか。本気で考えようとしちゃっただろ、恥ずかしい。てか、よくそんな原理の分からない魔法を信用して使ってられるな。実は時限式で一定以上使用してると爆発します、みたいなのだったらどうすんの?」
「さすがにそんな事にはならないと思うけど…。それに確かに原理は分かっていないけど、どういう性質を持っているかは分かっているから使う分には問題ないの。私たちが使う多重結界は攻撃や侵入者に対して、結界に使用した魔法で迎撃する性質を持ってる。例えば結界の表面に火魔法を使っていたとしたら、侵入者が触った瞬間にその人は燃える…といった事が起こるの。それに対して界層結界は、攻撃や侵入者が触れた瞬間その対象が消失する。燃えるでもなく吹き飛ぶわけでもなく、触ったところからごっそりと無くなるの。まるでそこに見えない境があるように。だからこの結界の名前は【世界の断層がある様な結界】として界層結界と名付けられたのよ。」
世界の断層があるように、そこが世界の終りであるように、先に進むことはできず終わってしまう。
消失。喪失。触れたものを無くす魔法。
そんな怖いものを、性質は分かっているからと言って使っているのは正直どうかと思うんだけど。
話しぶりからするに触れたら最後、敵味方関係なしに消失しちゃうみたいだし。
確かに絶対防御と言ってもいいのかもしれないけど、あまりにリスクが高すぎやしないだろうか?
もう少し安全を確保できるようになってから使うべきだと思うんだけどなぁ。
「…これは余談だけど、この結界は万能というわけではないの。召喚士の魔力が尽きれば使用できないし、召喚士の力量が低ければ不完全な形で形成されることになるわ。それに…」
「それに?」
「…この結界は邪竜には通用しない。どんなに強い召喚士が作った結界でも、水晶玉を割るみたいに簡単に破壊されるそうよ。だからきっと、この結界は強力であっても最強ではない…。」
またあの邪竜か。
本当にどんな話題にも出てくる奴だな。
こんな危険の塊みたいな結界をも砕くとか、もはやチートすぎて関わりたくないわ。
いや、でもその辺りが鍵になってきたりするのかもしれないな。
邪竜なら破れる結界。
邪竜にしか破られない結界。
この辺りから調べてみれば界層結界の根源を知るのに、延いては邪竜という存在が何なのかを知る為のヒントになるかもしれない!
こりゃ忙しくなってきたなぁ!
王都に着いたら王立図書館みたいなのを探してきっちり調べてみようっと!
「…話がだいぶ逸れてしまったわね!どうかしら、ナユタ?街に行かずここで野営している理由、分かった?」
「ん?あ、そういえばそんな話から発展したんだったな。おう、まるっと分かったぜ!つまり人の寄り付かない場所でイフリートに界層結界を張ってもらった方が俺たち的にも村人的にも安全性がより高いって事だな?」
「正解よ。さすがナユタ、理解してくれて嬉しいわ。」
「リアの教え方が良かったのですね!ふふーん、なのです!次からもリアの生徒という名に恥じない行いをするのですよ!」
「はいはい、ありがとうございますリア先生。」
「リア先生…!!」
リアの目がキラキラと輝いて嬉しそうにしていたので思わず頭を撫でてやった。
一瞬噛みつこうとしたのか牙を剥いてたけど、すぐに思い直してくれたようで今はむくれながらも大人しく撫でられている。
おぉ、懐いた…?
いや、小声で「生徒に手を上げるわけには、でも…」と言っているあたり、俺に対する対応はいまだ審議中なようだ。
こんなに大人しいなら、ずっと審議中でいいんだけどね。




