第二章 4 リアリスニージェはお年頃。
このまま心配させておくわけにもいかないので不思議な夢を見て起きたら傷が治っていたことから、助けを呼んだら馬車を引いてる生き物と会話ができて助けてもらったことを簡単に説明した。
すると、やはり傷を癒したのはノエルでもなければ御者でもないはずだという事だった。
あと残された可能性としては、俺の眠れる才能君が開花したという物だが…それは無いような気がする。
俺自身の才能の無さも理由の一つだけど、俺は何となく夢の中で聞いた声の主が助けてくれたんじゃないのかなーなんて思っていたりする。内緒だけどね。
それよりも気になったのは、ノエルが最後に言った言葉だった。
「それにね、ナユタ。とても言いにくいのだけれど、精霊は言葉を話したりはしないのよ?」
「へ?マジで?」
「えぇ。少なくとも精霊と言葉を交わしたという記録は残っていないわ。そもそも精霊は私たちとは違う次元の存在だから、神殿や教会で契約は出来てもその姿や声を聞いた事があるなんて人はいないの。」
「マジかよ、でも俺は確かにあいつと話をしたし、実際に助けてもらったぜ?そりゃ、あの霧だったから姿を見ながら話をしてたわけじゃないけど…。って言うか、あれ?普通姿も見えないものなのか?じゃあ、この車を引っ張ってる奴って何?これもみんなには見えてないってことなの!?」
「いいえ、それは見えているわ。うーんと、精霊の召喚というのはね、契約した精霊の分霊…精霊の力の一部を与えられた分身のようなものを召喚して使役する魔法なの。その召喚された分霊は各々の体に必要な魔力、イフリートなら火の属性ね、それを集めてこの世界での憑代として存在を維持しているのよ。だから私たちにも召喚された精霊が見えている。形は召喚者の指示で自在に変えられるからまちまちなのだけれどね。」
なるほどねぇ、目の前に居るのはイフリートの本体ってわけじゃないのか。
てか本当にイフリートだったのかコイツ…、滾るな。
でも、それなら俺が話した相手って本当は誰だったんだ?
イフリートの本体なのか、それとも分霊の方なのか…。
「こりゃご本人に聞いた方が早いのかもな。」
「え?聞くって…」
「ひめさまぁ!!!!!」
「うぐっ!」
もう一度イグニスに話しかけようと思った矢先、俺の横をものすごいスピードで何かが横切りノエルの腰辺りにぶち当たった。
あまりに突然な出来事に反応できなかったのは俺だけではないようで、タックルを喰らったノエルもおよそ姫様とは思えないような低いうめき声を出す結果となった。
いや、鳩尾にあの勢いで人がぶつかってきたら誰だってあんな声出ちゃうって、恥ずかしがらなくていいのよ、ノエル。
「ひめさまひめさまひめさまひめさまひめさまぁ!!心配したのですよ!?どうしていの一番にリアの下へ来てくださらないのですかぁ!!」
「リア…ごめんね?私もいろいろ混乱していて。…あ!」
「え?ひ、ひめさまぁ?何なのですー?」
突然ノエルがリアの目を隠したかと思ったら、自分に治癒魔法をかけて細かくついていた怪我を治療し始めた。
何事だよ…
「もー、姫様なんなのですか?突然リアの目を覆ったりして…。」
「ううん、なんでもないのよ。気にしないで?」
俺もリアも頭に?を浮かべているが、当の本人は何も教える気がないみたいだ。
よく分かんないが、リアに怪我したことを隠したかったって事か?
心配かけまいとするノエルの心遣いってやつなのだろう、俺がとやかく言う話ではなさそうだな。
「おっと、忘れるところだったぜ。」
お説教をくらっているノエルを置いて、俺は馬車を引いている精霊…イフリートの下へ近づいて行った。
俺が話していたのが本体の方だったのか、それとも分霊の方なのか、顔を見ながら話をして判断したかったからだ。
顔…と呼んでいいのか分からないぼんやりとした部位しかないんだけど、それはまぁ気持ちの問題だから。
「貴様、何をする気だ。」
「まぁまぁ、ちょっと待てって。なぁ、お前がさっき俺と話していたイグニスなのか?」
然リ。 我ハ 分霊ヲ 介シテ 思念ヲ 伝エテイル
「あぁ…なるほどね。じゃあ本体と分霊の意識は同じって事なのか。んで話しているんじゃなくて思ってることを俺に伝達してると…」
んー?それって俺も声に出さなくても話が出来るってことなのか?
可能デアル
おぉ、それは助かる!これで周りから危ない人って認識されずに済むわ。
今はまだいいとしても、初対面でそれやっちゃうと今後の関係に支障をきたしかねないからな。
それにしても、どうして他の人間にはイグニスの声が聞こえないんだ?
本来 コノ世界ノ 住人ナラバ 我等ノ 存在ヲ 認識スル事ハ 叶ワヌ
ふーん、聞こえないのが普通なのか。
じゃ俺が聞こえるのはもともとこの世界の住人じゃない、異世界から来た人間だからなのかな?
…恐ラクハ
なるほどね。
まぁ、異世界召喚魔法は記録も何も残ってないって言ってたし、今までに俺みたいなのはいなかったって事なんだろうな。
寂しいような、誇らしいような…複雑な心境だぜ。
ん、まぁひとまずはいいか!
ありがとうな、イグニス。
また何かあったら頼むよ。
承知シタ
「御者のおっさんたちも突然悪かったな。引き続き王都までよろしくな!」
「…………。」
返事がない、ただの無愛想なようだ。
ま、別に仲良くなりたいわけじゃないし、ノエルもこの二人には警戒してるみたいだから俺もあんまり関わらない方がいいのだろう。
挨拶もそこそこに、いまだイチャイチャ…もとい、ラブラブしてる二人に声をかけて馬車の中に戻ることにした。
いいなぁ、仲良さそうで。
「そもそも!あなたが余計な事をしなければ、姫様がこんな危ない思いをなさらずに済んだのです!!反省しろなのです!!」
「いてて、悪かったって!謝るからぽかぽか叩くなって、お前の拳が妙に痛い。」
「リアは反省しろと言ったのです!反省文の提出を要求するのです!羊皮紙で二巻き半は書いてくるのです!!」
「もう、その辺にしておいてあげて。ナユタは優しいから、困っている人を放っておけないだけなのよ。誰かに優しくすることは悪い事ではないでしょう?」
「むぅ、それは…そうなのです。でも…」
「それにね、あの刺客を御者たちだけで食い止めるのは難しかったと思うわ。それだけの手練れだったもの…。だからきっとナユタが居なかったら、私たちもタダでは済まなかったと思うの。ね?」
ノエルの説得にリアも納得したようで、それ以上何も言おうとはしなかった。
さすが扱いが慣れてらっしゃる。
ひと段落したところで御者から無愛想に出発する旨を伝えられ、俺たちは王都への道を改めて進み始めることとなった。
「…ところで姫様。ここの所、まるで鋭利な刃物で切られたかのようにお洋服が切れていますけれど、何かに引っかけられたのですか?」
「え!?あ、あぁ、ほほほ本当ね。何かしら、困まっちゃうわね。」
ノエル、わかりやす過ぎる。
こんなに嘘が下手なのか…、それともリアにだけなのか?
何にしてもこのあからさまな態度はリアにも丸分かりなようで、深いため息と共にどこか楽しそうに「仕方のない姫様なのです。」と言った。
二人を見ているとなんだが仲の良い姉妹のように思えてくるな。
猪突猛進な姉と、歳の離れたしっかり者の妹。
うん、ぴったりだ。
ってあれ?クロエの時も同じような事考えてなかったか、俺?
「さ、とにかくそのままにしておく訳にはいきませんので、早急にくっつけてしまうのです。リアに良く見せてくださいです。」
「えぇ、お願いね。」
そう言うとリアがノエルの服の切れた部分に手をかざした。
くっつけるって言うからてっきり縫い合わせるのかと思ったらリアの手が淡く光って、服の繊維がまるで生きているかのようくっついてあっという間に綺麗に塞がっていった。
すげぇ!まるで新品みたいに綺麗に直ったぞ!
「な、なぁ!それってどんな魔法なんだ?お前すっげぇ魔法使えるんだな、びっくりしたぜ!」
「ふ、ふん!こんなの、大したことないのです。治癒魔法がある程度使えれば誰にだって出来る事なのです。それにお母さ…、師匠ならもっと早くて綺麗にできるのですよ。」
語尾に向かうにつれどんどん声が小さくなっていった。
なるほど、身近に自分よりすごい奴が居て自分の能力に自信が持てないって感じだな?
分かるぞ、その気持ち。
俺も高校までは学校で一番PCに詳しいと思って天狗になってたけど、東京の大学に行った途端、周りの奴らが俺よりも遥かにすげぇ奴らばっかりなのを知って恥ずかしくなったもんだ。
”井の中の蛙大海を知らず”とは俺の為にあるような言葉だと自嘲して自己嫌悪して塞ぎこんで、何のために大学入ったんだっけって何度も自問自答したりしてさ。
そういえば、俺はあの時はどうやって立ち直ったんだったかな?
…あ、そうだ。
その時住んでたアパートの大家さんが新しくPC買ったけどよく分からないから教えてくれって言ってきて、そんで色々やってあげたらお礼だとか言って夕飯ご馳走してくれたんだった。
そんで帰り際に助かったよありがとうって言われて、なんか吹っ切れたっていうか…立ち直れたんだよなぁ。
うん、きっかけって大体そんなもんなんだよな。
誰かにありがとうって、助かったよって言われるだけで十分満足できることもあるんだと知って。
そんな些細なきっかけを作れる人間に成れたらいいなって思ったんだよなぁ。
「…。なぁ、俺もここ刺された時に穴が開いちまったんだけど、治してくれねぇかな?」
「む、どうしてリアがあなたの服まで直さなくてはいけないのです?」
「服に穴が開いてる男と一緒に居る姫様って世間体的には有りなのか?」
「むむむ…。」
「それに、俺には出来ないすごい魔法をもう一回見たい!頼むよリア、もう一回だけ見せてくれよ!」
「むー…。仕方ないから直してあげるのです。言っておきますが、これは姫様の品位を落とさないためであって、決してあなたの為ではないのです!しっかりその頭に入れておくと良いのです。」
「了解!ありがとうな、リア。」
「………気安く呼ぶな…なのです。」
頬を膨らませながらもリアは服の穴を綺麗に塞いでくれた。
何度見てもやっぱりすごいな、この魔法。
いつか治癒魔法が使えるようになったら、この魔法をリアに教えてもらおう。
なんだかんだで面倒見よさそうなんだよな、コイツ。
「やっぱすげぇな、ありがとうリア。もしまた破けたら頼むな!」
「もう直してあげないのです!あと、気安く呼ぶなー!!です!!!」
「うわ、叩くなって!お前の拳ってなんでそんなに痛いんだよ、何か仕込んでんのか?」
「うるさーいなのです。もうあなたの事は無視して姫様と楽しくお話しするのです。」
あらら、なんか分からんが怒らせてしまったようで、ふいっとそっぽを向かれてしまった。
この年頃の女の子は複雑よねー?
仲直りしたくて頭を撫でようとしたら危うく噛みつかれそうになったので大人しくしていることにした。
懐いてもらうにはまだまだ時間が掛かりそうだな。




