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確かに俺は最強だった。  作者: 空野 如雨露
第二章 王都編
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第二章 3 新たな素質



雫の落ちる音が聞こえる。

体は重く冷え切っていて少しも動かせないのに、不思議と意識だけははっきりしている。

俺、何やってたんだっけ?

直前の事を思い出そうと記憶を巡らせてみるが、なぜか霞がかかったようにぼんやりとしていて何も思い出す事ができなかった。

ま、いいか。

思い出せないって事は、思い出すまでもない些細な記憶だったんだろう。

そんなことに割ける時間は俺には無い。

何せやらなきゃいけないことが山ほどあるからな。

…?

やらなきゃいけない事ってなんだったけ?


再び同じような疑問に頭を悩ませていると、またもや雫の落ちる音が聞こえてくる。

なんだろう、この蛇口をしっかり閉めなかった時のような水音は。

俺こういうの結構気になっちゃうタイプなんだよね、寝てる時に玄関で物音がしたら絶対見に行くタイプだもん。

とは言っても今体は一ミリも動かないし、声だって擦れちゃって出てこないから確認する術がないんだけどね。

そんな俺の状況を知ってか知らずか、落ちる雫の音は一定の間隔で耳に届いてくる。

 

ぽたっ   ぽたっ


ただ雫の落ちる音だけが響く。

この音を聞いていると何故だか無性に悲しくなってくるな。

無機質な音のはずなのに、どこか強い想いが込められているような…

ずっと聞いていたいと思う反面、早く止めてあげたいと焦る気持ちも募ってくる。

これは何の音なんだろう。


どれくらいの時間こうしていただろうか…

依然として体は重くて冷たいのに、なぜだか寒さが分からなくなってきた。

指の先からじわじわと溶けていくような感覚に襲われ始め、重かったはずの体が少しずつ軽くなっていくような気がしてやっと、あー、もしかして俺って死ぬのかな?と思った。

別に確信がある訳じゃないんだけど、何となく人が死ぬ時ってこんな感じなのかなって。

いやー、自分でも「意外と落ち着いてるな、俺」て思ったよ。

自分って存在が終わるっていうのに、何を悠長に構えてるんだってさ。

そりゃ何も思い出せないから未練もクソもないんだろうけど、それにしたってもうちょっと感傷に浸ってもいいんじゃないかと思うんだよね。

…うん、やっぱりどこか他人事なんだよな。


他人…?

何だろう、何か引っかかったような気がする。

他人、他人…

他人丼・赤の他人・他人の不幸は蜜の味?

ダメだ特にピンの来るものはないな。

気のせいだったかな?

…それか、死ぬのが他人事なのは俺が他人だから…とか?

いやいや、さすがにそれは無いわ、俺は俺だよ他人のわけねーでしょ。

何を寝ぼけたこと言ってんですかねーこの愚か者は…。


いや…ほんと、つくづく愚か者だよな。

何度同じ小石に躓くつもりなんだと叱られたのに、すっかり忘れてるなんて。

俺は俺だ、他人じゃない。

ここに生きてるのは俺で、これから生きていくのも俺だ。

その約束を果たせないまま死んでたまるかってんだ!


こら!動け体!こんな所で死んでる時間はないんだっつーの!

全部投げ出して逃げるなんて俺の性に合わないだろう。

気合だ!頑張れ!諦めたらそこで人生終了だぞぉ!!



―――ごめんね。



は?え、なに、いま誰かしゃべった?

そういえばさっきまでの雫の音が聞こえなくなってるな、どうしたんだ?

ってそんな事言ってる場合じゃねぇんだって!死ぬな俺、気張れぇ!!



――――お願い、助けてあげてほしいの。



なんだって?

何を、誰から!?

つーか、お前はいったい誰なんだよ!?


――――

―――

――


「がはっ!ごほごほっ!ぐっ、いってぇな!」


気が付いた時には周りは霧だらけで雨まで降り始めてて、気分はもう本当に最悪だった。

クッソ、体中いてぇな。

体は泥だらけな上にびしょ濡れだし、体は冷え切ってて腹の傷は痛い…ん?


「あれ!?刺された傷がない!?服は破けてるし血まみれなのに、傷がきれいに治ってる!!」


なんでぇ!?

ノエルが来て治してくれたのか?まさか御者のおっさん…なわけないか。

うん、消去法で間違いなくノエルが治してくれたんだろう。

さすが姫巫女、苦手とか言いつつきっちり治してくれたんだなぁ。

後も残ってないし、まるで初めから怪我なんかしてなかったみたいだ。


「って、その張本人さんが居ないじゃないのよ。おーい、ノエル―?…誰か居ないのー?」


まいったな、どこからも返事がないぞ?

まさか、俺を置いて先に行っちまったなんてこと…ないよな?

そんな薄情じゃないよね、信じてるからね?

いや、でもあのヴィヴィとかいう不審なガキから逃げる為に仕方なくだったらしょうがない…ってそうだよあのガキ!

あの野郎、人が下手に出てりゃ調子こきやがって!

どこ行きやがった?見つけ出したら絶対泣かす!意地でも泣かしてやるからな!!


………………、辺りを探したくても霧が濃すぎて何も見えねぇYO!

何だよこれ、これも運河沿いの街特有の何たらってやつなのか?

これじゃガキはおろか、ノエルたちだって見つけられないじゃねーか。

くそ、ツイてないぜ。

せめてあの炎100%の謎生物さえ見つけられれば何とかなりそうな気がするんだけどなぁ。

あんなに目立つ見た目してるのに、この霧の中だと全く分からないもんなんだな。

もうこの近くにはいないのか?

…まさか、この雨で消滅したんじゃなかろうな?


「うおー、ありえるんじゃね!?まさかこの霧、あの生物に触れた雨粒が蒸発してできたんじゃ?おお!すげー、辻褄があう!間違いないかもしれないぞ!!」※違います。


ん、でも待てよ?

あの生物が消滅したんなら、この霧そろそろ晴れていいはずだよな?

気のせいかな…、晴れるどころがますます濃くなっているような…?

って事はまだ生きてる!?

それなら俺を見つけてくれー!嗅覚とか聴覚とかあるのか分かんないけど、頼むー!!


「おーい、炎の生き物ー!助けてくれー!!」



   我ヲ 呼ブ ハ 誰ゾ



「うお!?お前、しゃべれんの?てかどこに居るのさ。あー、助けて欲しいんだけど。」



   汝 我ヲ 召喚スル 資格ナシ



「いや、召喚の才能ないのは知ってる。ただ単純に今、助けて欲しいんだけど…それもダメ?」



  …汝 無垢ナル 星ノ子、 我トノ 契約ハ 叶ワズトモ 我ハ 汝ニ 力ヲ 貸ソウ          



「………えーっと、つまりどういう事?」



  我ニ 名ヲ 与エヨ 


     無垢ナル 星ノ子、 汝ハ 我等 精霊ヲ宿ス 器ニ 成リ得ル


「んん?…つまり、名前を付けてくれたら助けますよーって事?」


とは言っても突然そんな思いつかねーよ。

子猫にちび、ひよこにピヨって名づけるくらいのセンスなんですよ、俺?

精霊ね…火の精霊って言えばイフリートだろ?でもそのままじゃ安直すぎるかな?

んん、英語だとファイアー…いまいちかな。

俺の少ない知識だと残るは…


「じゃあ、イグニス。確かラテン語で炎って意味だった…はずだ、たぶん。って事でどうだ、イグニス?」


 

  此処ニ 盟約ハ 成サレタ

  

      無垢ナル 星ノ子ヨ、 汝ノ 名ヲ此処ニ…


「俺はナユタだ。よろしくな、イグニス!」


何かよく分かんないけど、これでコイツ…イグニスは俺を助けてくれるって事でいいんだよな?

具体的に何をどうするつもりなのかは分からないけど、盟約を結んだら居場所が分かるようになるとかそういうのだと良いな…。

それにしてもなんか熱いな?

さっきまで雨に打たれっぱなしだったせいで熱でも出ちゃったのかしら?


「ってうわっ!燃えてる、俺燃えてるよ!?」


胸の辺りからチリチリと熱が広がってきたかと思ったらあっという間に俺の全身を炎が覆ってしまった。

やばい!これ、間違いなく死ぬ!!

そう思ってのた打ち回ろうとしたんだが、どうも様子がおかしい。

確かに熱いには熱いんだが、こう…運動した後の火照った感じに似てて痛みは全く感じられない。

それどころか段々と体が軽くなってきて、何とも言えない高揚感が俺の中から沸々と湧いてくるようだ。


「俺、どうしちまったんだ?」


  

    我トノ 盟約ニヨリ 汝ニ 力ヲ与エタ

  

         汝ノ 思ウ様ニ 使ウガ良イ 我ガ 盟友 ナユタ… 

   


「おい、イグニス!?力を貸すってこういう事!?思うようにって、どうすりゃいいんだよ…」


どうもこの炎は俺の内側からどんどん湧き出てくるみたいだな。

それも俺がどんなに抑えようとしてもどんどん出てきて止められない。

…もしかしてこれが一番弱い火力、つまり弱火なのか?

試しに中火のイメージで炎を出すよう調節してみると、胸がさらにチリチリと疼き、より大きな炎を生みだすことが出来た。

おお、イメージしたとおりに炎を操作できる…、楽しいぞ!?

すっかり調子に乗った俺は、昔見てたアニメのキャラのように俺の周囲に炎の渦を作り出し辺りの霧を吹き飛ばしてみることにした。

だって絶対格好いいじゃん、これ!

男の子はいくつになっても格好いい主人公に憧れるもんなんだよ!


「散らせ、イグニス!!」


激しく渦を巻いていた炎で辺りの霧を巻き込み、その炎を一気に散らして周囲の水溜りや雨雲までも散らしてみせる。

すげぇ、ちょっとやり過ぎ感が否めないけど、おかげですっかり周囲の霧も空も晴れたから結果オーライって事で一つ手を打とう。

これでやっとノエルたちを探せるな。


「ふーーー。」


中二病、サイコ―…。



「は?何それ…?おにーさん、なんで生きてんの?それに…、その体(・・・)なに?」


声を掛けられて初めて気が付いたが、馬車の位置も俺の位置も最初に降りた時から何も変わっちゃいなかった。

なんだ、こんなに近くに居たなら返事してくれりゃいいのにー。

それにしても問題はこのガキだ。

立ち位置から察するに俺を助けに降りてきたノエルとやりあってたって感じなんだろうが、今はまるで呆けた様子でこっちを見ている。

間抜けな顔しやがって!めっちゃ痛かったんだぞぉ!

思い出しただけでも炎の様に(・・・・)怒りが湧いてくる。


「お前には教えてやらん!金銭目的か知らんが、通りすがりの旅人を襲うなど言語道断!お天道さんが許しても、この俺、ナユタお兄さんは許しはしないっ!くらえっ!」


「ま、まってナユタ!」


「灼熱上昇気流パーンチ!!」


「え、うわっ!」


説明しよう!

灼熱上昇気流パンチとは、いま考えたこの俺ナユタの必殺技である!

特に詳しい設定は考えていない見切り発車の即興技だが、地面を熱して生み出された上昇気流をさらに熱風で強力にして敵を吹き飛ばす技っていう事にしておこうと思う!

もちろん殴る時は手加減したし、吹き飛ばす方向も森に落ちるよう計算したので安心してご覧いただきたい!


「以上、解説終わり!!」


「何を一人で言っているの?それよりも、彼を吹き飛ばしてはダメじゃない!捕らえたうえで聞きたい事がたくさんあったのに…。」


「え、だってアイツ盗賊とかそういうのじゃないの?」


「…少なくとも誰かに雇われたようなことは言っていたわ。おそらく私を殺しに来た刺客だったと思う…。」


やば、もしかして俺余計なことしちゃった?

てっきり盗賊まがいの強盗か何かだと思ってたもんだから、つい。

いや、でもやっぱりちゃんと説教するべきだったよな、あんな子供が人を殺そうとするなんて、道徳的にもアウトだし。

つい頭に血が上って本能のまま殴ってしまった…、反省。


「…でも、ナユタのお蔭で助かったのも事実だし、あの子については城に戻ってから調べてみることにするわ。助けてくれてありがとう、ナユタ。」


「ノエル…、こっちこそありがとうな。傷治してくれたおかげで死なずにすんだよ。」


「え?私、治してないわ…。それに、ずっと気になっていたのだけれど…。ナユタのその体はどうなっているの?その…、熱くないの?」


治してない…?

おかしいな、じゃあ誰が治療してくれたんだろう?

あの状況で俺の怪我を治せる人って他に誰も居ないと思ったんだけどな…。

やっぱり御者…なのか!?


「っと、まずはこの体をどうにかしないとな。えーっとイグニス、助けてくれてありがとうな。もう大丈夫だから…これどうすればいいんだ?」



   承知シタ… ナユタ、 我ガ 盟友

   

     汝ハ 我ヲ 召喚スル 事ガ 叶ワヌ


       故ニ 汝ニ 力ヲ 貸セルノハ 側ニ 我ガ分霊ガ 在ル時ノミ… 

  

         ソレヲ 忘レルナ


「マジか、分かった。ありがとうな、イグニス。」


「あ、炎が消えた…。大丈夫なの、ナユタ?それに今、誰と話していたの?」


「え?今の声、ノエルには聞こえてなかったのか?」


こくりと心配そうに頷くノエル。

今のイグニスの声が聞こえてなかった…?

ん?それって俺、かなり不審者じゃないか?

なるほど、それでこの心配顔か。

刺されて致命傷だったはずの男が無傷で戻ってきてしかも炎を纏うという暴挙に出ているかと思えば、突然聞こえもしない声との会話を始める…。

おぉ、これは事案ですわ。

頭がおかしくなったと思われても仕方がない。



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