第二章 1 阻む嵐
俺とノエルは王都へと向かう馬車のようなものに乗っていた。
馬車のようなもの…という曖昧な言い方をしてしまうのはどうか許してほしい。
この乗り物の正式名称を知らない以上、俺の知識にある似たようなものに照らし合わせるしかなかったんだ。
なにせこの馬車…引いているのが馬ではないんだ。
馬が引いていない以上、これを馬車だと言い切るわけにはいかない。
そこは断じて譲れねぇ。
なら何が俺たちを引いているのかと聞かれれば、俺はこう答えるより他にない。
わかんね。
あぁ、そうだよわかんねーんだよ!
むしろ俺が聞きたいよ、何あれ!?
俺たちが馬車に乗り込んでから突如として現れた炎のように燃え盛る体。
かろうじて顔と四肢が確認できるような曖昧なフォルム。
確かに形だけ見れば馬に見えなくもないんだけど、あんなに燃え盛ってる生き物を俺は未だかつて見たことがない。
なにあれ、生きてんの?この世界ではこういう動物が普通に闊歩してたりするの?
まさか屋敷で見たヌコさんも、盛りが付くとこんな風に燃え上がったりしちゃうの?もちろん炎的な意味で。
それはそれで見てみたい気もしたけど、やっぱり心臓に悪いから何事もない魅惑のもふもふのままでいてほしい…!
ファンタジーをとるか、培ってきた常識をとるか、それが問題だ。
「…なんなのですか姫様、この黙っているのにうるさい男は?いきなり乗り込んできたかと思えば、王都まで同行するなんて…。せっかく久しぶりに姫様を独占できると思いましたのに、リア悔しいのです。」
「聞こえてるぞ、金髪ロリっ子。そういう悪口は、せめて本人に聞こえないように言おうな?」
「気安く話しかけないでください、リアはあなたと話したくありません。そもそも聞こえるように言ったのです、全く察しが悪い人なのです。」
「こら、リア。彼は陛下に呼ばれて同行しているのだと言ったでしょう?あんまり悪くいってはダメよ?」
「はいです。リアは姫様のお願いなら何でも叶えるのです。」
このロリっ子…、いい性格してるじゃねーか。
俺たちが馬車(もう馬車でいいや)に乗り込んだ直後、ノエルに抱き着いてきたこのリアことリアリスニージェはノエルの側使いの世話係なんだそうだ。
今までの流れで分かる通り大のノエル好きで、城の中だけでなく外に出かける時も基本的には同行するくらいノエルにべったりらしい。
そんなにノエルが好きならなんで今回は一緒に来なかったんだ?という当然の疑問に対しては、ただ単純にノエルからの許可が下りず大人しく城でお留守番するように言われたからだそうだ。
忠犬というかなんというか…。
こうして今、姫様禁断症状と称してノエルの体にぴったりくっついて始終話しかけているのを見ると、逆に連れてきてた方が負担が少なかったんじゃないかと思う。
ちなみに出会って最初にこの説明をされた俺の心境を察してくれるとありがたい。
なにせ説明されても結局何を伝えたいのか理解できず、挙句の果てに「ま、あなたには関係のない話なのです。」で締めくくられたのだから。
今までの時間は何だったんだよ…。
とにかくこんな状況を数時間も見せられている上に、俺がノエルと話をしようとすると悉く邪魔をしてくるので、もう正直うんざりしている所なのだ。
「姫様、お部屋につきましたらすぐに湯浴みをなさいましょうね?きっとばっちぃ物がたくさん着いてしまっているはずですから、リアが隅々まで綺麗に致します。」
「ありがとう、リア。でも、帰ったらすぐに向かいたい場所があるの。お風呂はその後にするわね。」
「はぁい、リアはいい子なので姫様の言うとおりにするのです。」
そしてすかさず俺に向けるドヤ顔。
何がしたいんだよ、お前…。
それにしてもあんまり揺れなくてすごく快適だな、この馬車。
カーテンのかかった窓から外を見てみると結構な速度で走っているみたいなのに、まるで平坦な道を滑っているみたいにスムーズだ。
これが馬車のお蔭なのか、引いてる謎のモンスターのお蔭なのか分からないけど、思っていた以上にストレスが掛からないので非常に助かっている。
いいなぁこれ、ブリュムド領に行く時に借りられないかな?
「姫様、お腹空きませんか?お菓子を作ってまいりましたのでどうぞ召し上がってくださいな。」
「まぁ、ありがとう。……うん、とてもおいしいわ。」
「はわわ、リア生まれてきて良かったですぅ。」
「ふふ、大げさね。ナユタもいかが?とてもおいしいわよ。」
そう言ってノエルはクッキーをこちらに差し出してくるが、果たして貰っても大丈夫だろうか?
下手に恨みを買ってあとで刺されたりするのは勘弁してほしいんだが…
「何をしているです?姫様が勧めているのに呆けているなんて、不敬なのですよ。」
「え、あぁ…頂きます。」
「ね、おいしいでしょう?リアはお料理も上手なのよ?」
「へぇ、本当だ。売り物みたいにうまいな。」
この香りは蜂蜜かな?
こってりと甘くてサックサクだ。
俺は一人暮らしが長いからそれなりに料理はするんだけど、今までに一度もお菓子という物に挑戦したことがない。
理由は単純だ、難しそうだから。
分量をきちんと量って事前にあれこれやっておいて手順通りに進めないと必ず失敗する、そんなイメージの未知の領域だ。
そんな俺にとって難易度S級のお菓子作りをこの歳で出来るっていうんだからノエルの言ってた通り、このロリっ子は料理上手なんだろうな。
「ふ、ふん!姫様のお口に入るんですもの、美味しくないわけないのです。貧乏舌には勿体ないのです。」
おや、もしかして結構チョロいのか…このロリっ子?
口ではつっけんどんな事を言っているが、頬を赤らめてまんざらでもない様子だ。
なるほど、こういう奴なのか…。
確かにちょっと姫様贔屓で他人には容赦なく毒を吐くけど、根っからの悪人をノエルが側に置いておくわけがないんだよな。
「もう一個貰っていいか?」
「厚かましいのです!そこは遠慮するべきなのです!!」
「あっ、ごめんな…。あんまりに美味しかったからつい。ノエルは幸せ者だな、こんなに美味い物を作れる従者が側に居るんだから。」
「!!し、仕方ないのです。もう一個だけなら食べてもいいのです。」
よし、なんとなく分かってきたぞ。
どんなに口の立つ奴だったとしても所詮は子供。
アンリがツン8デレ2だとするなら、このロリっ子はツン4デレ3毒3って感じだ。
扱い方さえ分かってしまえばマウントをとられることはまず無いだろう。
「なんですか?変な笑い方しないでほしいのです。姫様、リアはこんな男は屋根に括って配送するくらいがちょうどいいのだと思うのです。今からでも遅くないのです。」
「ふふ、ダメよリア。ナユタは私のお友達なんだから、仲良くしてあげて?」
「うぅ…。善処はするのです…。」
おいおい、お前の大好きな姫様の頼みなのにそんなこと言って良いのかよ。
何でも叶えるんじゃなかったのか?
つか、そもそも何でコイツはこんなに俺の事嫌ってんだかなぁ?
初対面での第一声が良くなかった…といえばそうなんだけど、どうもそれだけとは思えないんだよなぁ。
「うお!?」
「きゃっ!」
「ひゃっ!!」
今まで大して揺れることのなかったこの馬車が、突然強い衝撃が加えられたかのような揺れに襲われた。
俺とノエルは慌てて窓から周囲の確認をしたが、外の様子で特に変わったところは見つけられない。
何だったんだ?
「姫様…、あれは?」
そう言ってリアが指差したのは、御者側に設置された小窓だった。
促されるまま俺とノエルがその窓に近づくと、馬車の前方に小さな人影らしきものが見える。
子供…だろうか?
薄汚れた外套を羽織ってデカい帽子を目深に被っている。
「子供…?馬車の前に飛び出して来ちまったのかな?」
「…いいえ、ここはロヴィル領の端にある深い森よ。近くに村はないし、子供が1人で歩けるようなところでもないわ。」
「え、じゃあ迷子か?それか、ここらで事故って助けを求めて止めようとした…とか。」
「どうかしら…。リア、念のため私たちの間に居てね。」
涙目になってるリアをノエルは優しく俺たちの間に誘導する。
どうやらノエルはあの外套の子供を警戒しているみたいだ。
確かに怪しい雰囲気ではあるけど、あんな子供にここまで警戒する必要があるんだろうか?
特に何かしてるわけでもないし、話しかけてる風でもない。
ノエルは何を考えているんだ?
…もしかして、何か見えたんだろうか?
「子供、そこをどけ。何故我らの行く手を阻む。貴様にはこれが誰の持ち物であるか分からぬのか?これ以上邪魔だてするというのであれば、その命ないものと知れ。」
「…………………。」
子供は御者の警告にも反応せず、ただゆらゆらと左右に揺れているだけだった。
腕はだらりと下がっていて足元はよく見ると裸足、加えて服は薄汚れて呼びかけても反応がない。
これ、本当に事故か何かに巻き込まれただけのただの子供なんじゃねーか?
今にも倒れそうなほどフラフラしてるし、もしかしたら怪我して意識が朦朧としてるのかも。
「なぁ、やっぱどこか怪我してるんじゃないのか?俺、ちょっと様子見てくるよ。この御者たちだとこのまま轢き殺しちゃいそうだし。」
「あ!まってナユタ!安易に近づいたら…」
「大丈夫だって!」
ノエルの制止を無視して馬車から降りる。
ふと見上げるといつの間にか空は厚い雲に覆われていて今にも降りだしそうな天気だった。
こりゃ早いとこ助けねぇと濡れ鼠になっちまうな。
「おーい、お前大丈夫かー?」
「何をしている、中に戻れ。」
「お前らの対応見てるとひやひやすんだよ。相手はガキじゃねーか、大人ならもっと優しく接してしてやれよ。威圧感丸出しじゃ話せることも話せねぇって。」
大体その仮面がいけねぇよ。
全身真っ黒ローブの仮面男が二人も揃って座ってたら、助けて欲しくても言いだせねぇつーの。
こういう時くらい仮面を外して、にっこり笑って声をかけるべきだろうが。
子供に優しくできねぇ奴は心にゆとりが無くなってる証拠だぜ。
いつだって弱者に優しくできるヒーローを心がけろよ、おっさんたち。
「おにぃーさぁん、やーさしーんだねぇ。」
「お、やっと喋ったなガキンチョ。お前こんな所でどうしたんだ?名前は?」
「僕はヴィヴィ、妹はヴィー。僕たち実は困ってることがあるんだけど、おにーさん助けてくれる?」
「妹…。ん、あぁいいぜ。そんで、妹はどうした?何してほしい?」
俺は子供に声を掛けながら出来るだけおびえさせないように近づくと、腰を下ろして目線を合わせる。
とは言っても帽子を深く被っているせいで目が合うことはないんだけど。
子供、もといヴィヴィは帽子をくしゃりと握ったかと思えば、それをそのまま俺の顔に押し当てた。
突然視界を遮られたせいか何が起きたか理解するのが遅れてしまい、帽子を離された時にはすでに俺の腹に暖かい何かが突き立てられた後だった。
「え…、え?なに、これ?」
「きっしし、助かるよぉおにーさん。僕はこれからここに居る全員を殺さなきゃいけないからさぁ?簡単に死んでくれると助かるんだなぁ。いいでしょぉ、やさしーおにーさん?」
そう言い終わると同時にヴィヴィは俺の頭を掴んで地面に激しく叩きつける。
強い衝撃に一瞬意識を失いそうになったが、腹に感じていた熱が急激に痛みへと変換され意識が上昇することになった。
こいつ、ナイフを俺に刺したままゆっくりとまわし始めやがった!
「このっ、やめやがれ!」
「うわーあっぶなーい。まーだ意識があったんだねー、もう寝ちゃったのかと思ってつい遊んじゃったよ。ごめーんごめん。」
腕に魔力を通して思い切り殴ってやろうと思っていたのに、ヴィヴィは素早くナイフを引き抜くとそのまま俺から距離をとった。
ダメージを負っているせいか魔力の生成に時間が掛かってしまったとはいえ、今のスピードを軽々避けるなんて…。
こいつ、完全にただの子供じゃねーな。
やべぇ、ノエルのいう事ちゃんと聞いておけばこんな事には。
目の前がチカチカして体に力が入らない。
誰かの声が聞こえる…、体に冷たいものが浸み込んでくる…
あとは…寒い、かな…




