第一章 30 初体験①
一話でまとめるつもりが長くなったので分割しました。
はぁ、はぁ…うっ。
あれ、どうしてこんなことになったんだっけ?
激しい運動の後の疲労感と初めての経験をしているという高揚感が俺の頭をぼんやりとさせる。
全裸になった時より今の方が全然恥ずかしい、俺…本当に…?
もしかしたら全部俺の妄想なんじゃないかとも思ったけど、今、俺のすぐ隣には頬を赤らめたノエルが座っている。
夢でも幻でもない紛れもない事実なんだ。
俺はノエルと…。
ノエルのむき出しにされたうなじから汗が伝っていく様はあまりに艶っぽいのに、はにかむ姿はまだ幼さが残っているように見える。
俺の高ぶりを悟られないようにと落とした目線の先に待ち受けていたのは、幼さとは対照的な大人の谷間。
生唾を飲み込み再度考える。
どうしてこんなことになったんだっけ?
始まりはそう、ノエルと二人で鍛錬を始めた所からだ…
「くっ!ちょ、ちょっとタンマ!一回休憩にしようぜ!」
「あらダメよ。休憩ならさっきしたばかりだし、ようやく体が温まってきたんだから!さ、まだまだ行くわよ!」
ノエルと鍛錬を初めて早3時間弱。
最初こそ初歩的な魔法を教わり試してみてはがっかりするのを繰り返していたのだが、四大魔法・三神魔法・治癒魔法・召喚魔法とネタが尽きていくにつれノエルがどんどん困っていくのが分かり、最終的には「短所を憂うより長所を磨きましょう!」という結果に落ち着いた。
ようはどれも徒労に終わったという事だ。
あのノエルに「ナユタって不器用なのかしら…?」と言わしめるほど近年稀にみる落ちこぼれっぷりのようである。
おーい最強ー、どこ行ったぁー?
それでも落ち込むばかりではいられないと自分を奮い立たせて、ノエルから訓練用の木でできた剣を受け取りさっそく魔力を作る。
前回の失敗を教訓に魔力を調節して被害が出ないように細心の注意を払わなければ。
ノアヴィスが王都へ帰った今、荒れた庭を元通りにしてくれる人は居ないのだ。
一歩間違えば怪我人だって出かねない、細い糸を針に通すようなイメージで魔力をコントロールするんだ!
今朝、足に魔力を通した時だって上手くいったじゃないか、大丈夫できるできる…
「ふー…、はっ!」
鋭く風を切る音、振り下ろされた俺の腕。
恐る恐る目の前を見てみるが、被害なし…成功だ!
「できた!みてた、ノエル?今のは良かったっぽくね!?」
「うん、すごいよナユタ!今のはすごく良かった!一瞬刀身が消えたのかと思ったくらい鋭い太刀筋だったのに、瞬辺への被害は全くなし!やっぱりナユタはこっちを伸ばしたほうがよさそうね!」
「だよねだよね!?今朝といい今といい、この身体強化の魔法はだいぶ使える気がするんだよなー!何せ細かい魔力の変化とか考えずに、ただ流すだけでいいんだもんなー。」
ノエルたちが使ってる魔法は大雑把に説明すると、【魔力を作る→使いたい魔法の属性へと変化させる→周囲にあるその属性の魔力を刺激する→魔力を集中させて指示を出す→発動】って感じで手順が多いうえに感覚がまったくつかめない。
それに比べてこの体に刻まれている”半永久強化魔法”は至極単純だ、なにせ【魔力を作る→強化したい体の部位に巡らせる→発動】だからな。
今は魔力の調節に少し時間が掛かるけど、もう少し慣れてくれば反射的に使えるようになるかもしれない。
何にしてもノエルの言った通り、俺には剣を持って戦う系が合っているようだ。
「なんだかんだ言って男の子のロマンだよな、剣と盾を持った勇者がお姫様を助けに行く王道ファンタジーってやつは。ま、ノエルのような戦えるお姫様に俺みたいなひよっこ剣士は必要ないだろうけどな!」
「そんなことないわ!私だってまだまだ若輩者だもの。一人で戦えるほどの実力もない、非力な人間だわ。でも誰かが…、ナユタが隣に居てくれるのなら話は別。背中を預けられる相手が居るのはとても心強いもの。だから一緒に鍛錬を積むことで互いにいい刺激を与える事ができるし、私たちはきっともっと強くなれるはずだわ。だからナユタ、私と一緒にがんばりましょう?」
「ノエル…。」
ノエルは俺の手を両手でしっかり包むとダメ押しをするような上目づかいで「ね?」と首をかしげる。
こんな可愛い生き物にお願いされてNOと言える男が居るもんか。
少なくとも俺には無理だ、Yesと答える以外の選択はない。
あったとしてもぶっ壊してる。
「うん、俺頑張るよ。ノエルを守れるくらい強くなるからさ!」
例えこの先どんな困難が待ち受けていたとしても、俺は必ずそれを乗り越えてノエルの隣に立ってやる。
血反吐吐くような辛い修行だろうと強くなるためなら俺は何だってしてやるぜ!
「うん、頑張りましょうねナユタ。じゃあまずは、対人戦闘でもさっきの調節が即座に出来るように実戦形式での訓練、やりましょう?」
「…え?」
「大丈夫、ちゃんと手加減してあげるから安心して本気で掛かってきて?身の危険を感じれば自然と使いこなせるようになると思うから、多少痛いかもしれないけど頑張りましょうね!」
「…は?」
「あ、もちろん怪我をしたら治してあげるから安心して。確かに治癒術は苦手なんだけど、打撲や擦り傷くらいなら問題なく治せるから。」
「…ん?」
「一緒に強くなりましょう!ね、ナユタ?」
こうしていまいち状況が理解できないまま、鬼のような地獄の特訓が始まったのだ。
「反応が遅いわ、これで何回目?このままじゃ命がいくつあっても足りないわ。もう一度初めの立ち位置から始めましょう。」
「は、はいっ!」
「動きは素早く!戦場では一分一秒が命取りになるわ。考える前に体が動く位の感覚を身に着けて!」
「了解です!」
「踏込みが甘い!そんなんじゃ服も切れないわ。冷静な判断は大事だけど、時には大胆な行動が道を開くこともあるの。躊躇せず自分を信じて突き進んでみて!」
「イエスマム!」
―――もはやこの場に姫と勇者の姿はない。
そこに居るのは泥だらけになりながら何度も立ち上がり向かっていく男と、それをあっさりといなしつつ怒涛の反撃を繰り出す女教官だけだ。
男の体はボロボロで、立ち上がるのもやっとといった様子だというのに両者とも止まる気配はまったくない。
それどころか本番はこれからだと言わんばかりの気迫を纏ってさえいる。
息を荒げ、汗を拭い、泥だらけになりながらも打ち込む姿は誰がどう見ても真剣そのものだった。
もはやそこには姫と勇者だとか、男と女だとかいう概念すら失われてしまっているのかもしれない。
男が打ち込み、女がいなす。
女が仕掛けて、男が避ける。
これは訓練なのか、はたまた本当の戦闘なのか、他者から見て判断することは容易ではないだろう。
それだけ二人の打ち合いは真に迫ったものであった。
「うぉうりゃ!」
「くっ!」
男が決定的な一撃を決められたのは、すっかり日が傾いた頃だった。
女の手にはあるはずの剣がなく、代わりに男のそれが喉元にピタリと当てられている。
両者は肩で息をするほど呼吸が乱れていて、なかなか声を発することができずにいた。
「っ、…今のは一番いい一撃だったね。」
「ノエルの…おかげだ。なんか掴めたような気がするよ。…ありがとう。」
「こちらこそ、ありがとう。こんなにしっかり体を動かしたのは久しぶりで、すごく…楽しかった。」
「ははっ、なんでだろうな。体中痛いのに、俺もすっげぇ楽しかった!こんなに動いたのは人生初だったかもしれないな!でも全然嫌じゃないんだ。体は悲鳴を上げてるし、手なんか皮がめくれて血まみれなのに…充実してるっていうのかな?胸ん中があっつくなって、こう…。だめだ、うまく言葉にできねーわ!とにかく楽しかった!ノエルさえよければまた頼むわ。」
「!!えぇ…、えぇ!もちろんよ、ナユタ!!次もまた模擬戦をやりましょう。今度は一本だって取らせないんだから!」
「にっししし、俺だって負けねぇよ!」
固い握手を交わして笑い合う。
確かにキツくて大変だったけど、得た物の多さに比べたら些細な事だ。
ノエルと剣を交えるたびに俺はどんどん強くなっていくような気がした。
魔力の使い方、相手の攻撃のいなし方、自分が選択するべき行動、相手がとるであろう行動、その他もろもろの情報と経験が今日の修行の中で一気に俺の中に蓄積された。
新たに知った事や体験したことは次に知りたい事ややりたい事を生み出していき、俺の中でどんどん膨れ上がっていく。
体は疲労で限界を訴えているのに、心はもっととせがむんだ。
この高揚感はなんて表現したらいいんだろうか?
とにかく今は何かがやりたくて仕様がない。
今の俺はやる気に満ち満ちている…!
「って痛い痛い!ノエル、力緩めてっ!」
「あ、ごめんなさい。つい力が入ってしまって…って、やだ!ナユタの手、血だらけじゃない!気づけなくてごめんなさい、つい夢中になっちゃって…。すぐに治してあげるからね。」
ノエルが俺の手を優しく握ると淡い光を放ちながら怪我や痣を治していく。
治癒魔法は苦手だなんて言っていたけど、これだけ痛みを引かせることができるのなら上出来なんじゃないかと思う。
ま、俺が治癒魔法使えないから言えることなのかもしれないけどね。
「はい、完了しました。傷は塞がっているけど、疲労の蓄積は残っているんだから無理しちゃだめよ?」
「はーい、了解です教官。」
「もう、変な呼び方しないでよ。…ふふ、今気が付いたのだけれどナユタったら泥だらけね?服もボロボロだわ。あ、私のせいか…。ふふふ、ごめんね?」
教官、もといノエルは全然悪いと思っていないようないたずらが成功した子供の様に笑っている。
小悪魔や、この子にそんな属性があったなんて…最高です。
しかしいまだにくすくすと笑っているノエルをまじまじと観察してみるが、そういうノエルだって結構埃まみれである。
激しく動き回っていた俺たちの周囲には当然土埃が舞っていたし、そこに汗をたらふくかいた人が来たらどうなるかなんて火を見るよりも明らかだろう。
灯台下暗し、または目クソ鼻クソを笑うってやつだな。
しかし相手は年下の女の子、大人な俺はあえて指摘したりせずに甘んじてこの汚名を頂戴しようじゃないか。
ここで「ノエルだって埃まみれじゃーん、ぷぷぷ。」なんて言うのは子供のやる事だ。
紳士はレディに恥じをかかせたりしないものさ。
「ノエルだって埃まみれじゃーん、ぷぷぷ。そういうの灯台下暗しって言うんだぜ?もしくは目クソ鼻クソを笑う。」
はい、言ってしまいました。しかもフルコースで。
でもしょうがないのだ、この体はぴちぴちの18歳なのだから。
若気の至りって事でひとつ許して欲しい。
「え、本当だ!やだ、ふふふ…。本当に埃まみれね、全然気が付かなかったわ。ありがとうナユタ、教えてくれて。」
ぐはぁ!
やめてくれ、俺の罪悪感を刺激しないでくれ!
そこはとってもデリケートに出来てるんだから…悪かった、謝るから許してくれぇ…
「あ、そうだわ。ナユタはまだ知らないかもしれないけれど、シュヴァリエ辺境伯のお屋敷には客人専用のとっても大きなお風呂があるの。ナユタはもう立派なお客様だから使ってもいいと思うわ。というかとっても気持ちがいいから絶対入った方がいいわよ!」
へぇ、大浴場なんてものがあるのか、日本出身の俺としては確かに嬉しい知らせだな。
いい加減毎日シャワーだけっていうのにも味気なさを感じていたところだし、ここは大きなお湯船に浸かって溜まった疲労の回復を図ろうじゃないか。
しかし大浴場か…、せっかく大きい風呂があるならリュカやアンリと入って裸の付き合いをしたかったなー。
そしたらもっと親睦を深められたのに…
ま、それは別に今回じゃなくてもいつか一緒に入ればいいか。
いつでも一緒に風呂に入っていい関係なんだもんな、俺たち。
あー、でもアンリはそういうの嫌がりそうかな?んー、そん時はリュカと一緒に連行すればいいか!
え?ジーク?あいつはいいよ、別に。
「あいたたた…。ふー…体中痛いし、お言葉に甘えて入らせてもらいますかねー。やっぱり疲れを取るには風呂が一番だよなー」
「えぇ、そうよね。それじゃ、一緒に入りましょうか。」
「…はい?」
その後どうやって屋敷の中に戻ったのか覚えていない。
ただ気が付いたら件の大浴場前に来ていたのだ。




