第一章 27 泣き虫の絆
結局その後はアンリとの言い合いが始まりノエルとリュカに窘められて、いつもの雰囲気になったところで食事を始めることとなった。
シュヴァリエには朝食の前にすまなかったと改めて謝罪されたが、むしろ全部理解した清々しい気持ちで食事ができることに感謝した。
食事の後だと食べたものがまた出て行っちゃうかもしれなかったしね。
何事もなく食事も終わろうかという時にジークがさらっと衝撃的な話をした。
どうやらノアヴィスとジーク、そしてリュカとアンリは朝食を済ませたら各々帰るべき場所に戻ってしまうのだそうだ。
急な話に驚いて開いた口がふさがらない。
ふと心配になって隣に座るノエルに視線を向けると、ノエルは俺の言いたいことを理解してくれたようで「私の迎えは明日の朝に到着するの。」と言った。
どのみちお別れな事に変わりないんじゃーん。
さっきまでの清々しい気持ちが一変、俺はまるで捨てられた子犬のようにしょぼくれ始める。
全然知らなかったんですけどぉー。
「ま、俺は迎えの奴が来るまでまだ時間あるだろうし、それまでは楽しくお話ししよーぜ?」
「きゅーん。」
「気持ち悪い声出さないでください。さっきの威勢はどこに行ったんですか。やれやれ、そんなだとまたすぐに躓きそうですね。」
「…つまりアンリはナユタ殿が心配なんだな?」
「違・い・ま・す!どこをどう取ったらそんな突拍子もない方向に話が逸れるんですか?そんな勘違い野郎だと嫌われますよ?嫌われますとも!」
「ぐすん。アンリのツンデレとも今日でお別れなんて、俺は寂しくてまた泣きそうだぜ。」
「ツンデレ…?また意味の分からない言葉を、ってちょっと!まだそのハンカチ持ってたんですか!?さっさと捨ててくださいそんなもの、使われてると思うとゾッとします!」
「ふざけんな、俺とアンリの友情の証を捨てるわけないだろーがっ!俺はこれを家宝にして子孫に代々受け継がせるつもりなんだからな!」
「意味不明な嫌がらせに子孫まで巻き込むんじゃありません!そんな幼稚な事してると一生独り身ですよ?」
「や、やめろよ縁起でもねぇ!大体お前は自分の心配したらどうなんだ?そんなにツンが強いとそれこそ嫁がこねぇんだからな!お前は優しいやつなんだから、それをもう少し伝える努力をしなきゃだめだぞ?」
あれ?なんか後半アドバイスみたいになったな…
ま、いいか。
嘘は言ってないし、アンリはこういうの言われると照れるタイプだからその顔を見て少しでも溜飲を下げるとしよう。
「ふふ、本当にお節介ですね。」
そう言ったアンリが優しく笑うもんだから、なぜか俺の心臓ははち切れんばかりに脈打ち始めた。
びっくりした…。
アンリってあんな風に笑うと結構かわ…っておかしいおかしい!!
俺はノーマル、男相手に胸が高鳴るとかマジでないから!
話してて楽しいとかもっといろんな表情を見てみたいとかそういうのは友情的な意味だし、心拍数が早いのも顔が熱いのも全部すべてまるっとびっくりしたせいだから!
はい、論破!解散!!
「なんです?急に黙って不気味な人ですね。ちなみに私たちは食事が済んだらすぐ出発しますので、見送りなんてしないでくださいね。」
「…絶対見送る、異論は認めない。」
「………ふん、好きにしてください。まったく物好きな人です。」
悪態を吐きつつもどこか嬉しそうに見えるのはきっと俺がおかしくなってるからだ、間違いない。
しっかりしろよ俺、いくら女の子にモテないからってそっちに手を伸ばすのは違うだろ!?
揺れるな、鎮まれ…!
「ここからブリュムド領まで普通に進んでも2日くらいか…。道中魔物が出ないとも限らんし、気を付けて行けよ坊ちゃん。」
「ご忠告感謝します、ジーク殿。今度は王都でお会いしましょう。」
「あぁ、そうだな。」
二人はどちらからともなく手を差しだし固い握手を交わした。
ジークは騎士団の本部がある王都へ、リュカは自身の家があるブリュムド領に帰る為二人はここで別れることになる。
とは言っても騎士団長と次期領主である二人は何かと接点があるようなので、またすぐに会うことになるかもしれないみたいだけど…。
「…じゃ、そろそろ行こうかアンリ。シュヴァリエ辺境伯、長期の滞在を許して頂きました事まことに感謝いたします。このお礼は改めて使者を参らせます。それとノアヴィス様、大変お見苦しい所をお見せしてしまい申し訳ございませんでした。さらにご助力の数々、心よりお礼申し上げます。ありがとうございました。」
「どうぞそのように畏まらず、どうかまたお越しください。いずれは貴方も領地を預かる身なのですから、同じ王に忠誠を誓う者同士助け合ってまいりましょう。」
「うむ。儂もこれ以後に何かとお力を貸して頂くことがあるやもしれませぬ故、その折はよろしく頼みますぞ?」
「はっ、承知いたしました。それでは我々はこれにて失礼いたします。」
一度深く頭を下げたリュカとアンリは、そのまま踵を返しドアへと進んでいく。
ドアノブに手を掛けたリュカは一度こちらに振り返り「見送ってくれるのだろう?」と笑いかけた。
いやん、男前。
うっかりときめく俺にアンリは生ゴミに集るハエでも見るような視線を送ってくる。
や、やめて!新たな扉が開いちゃう!
アンリが本格的に気持ち悪そうにしてるので、この辺りでおふざけをやめて二人を追いかけた。
あんまりしつこくすると嫌われちゃうわよねー。
「リュカ様、先ほど使者の方がお見えになられまして、こちらの手紙をお預かりいたしました。」
正面玄関の大扉を出たところで一人のメイドがリュカに手紙を渡した。
リュカは差出人を確認するとその場で手紙を開け目を通し始める。
なんだろ、急用かな?
程なくして手紙を読み終えたリュカはとても満足そうな顔をすると、手紙を懐にしまい馬に跨った。
リュカの馬は黒毛のがっしりとした大きな馬で、隣に並ぶアンリの馬が華奢に見えるほど勇ましい姿だった。
これは魔物もビビって襲ってこないかもなー…。
「ナユタ殿、大変世話になった。思いがけず楽しい時間を過ごさせてもらった、感謝する。」
「それを言うなら俺の方だって。ありがとうな、色々とさ。俺もリュカと友人になれてすげー嬉しいよ。」
「あぁ、その事なのだが。申し訳ないが、今この時より私は貴殿の友人ではなくなった。」
「え…。はいぃぃ!?」
なんでいきなり絶交宣言!?
俺まださっきの熱い演説の余韻に浸ってたいんだけど!
まさか、あの場のノリで言っちゃったけどコイツ本気にしてるよやべーってやつですか!?
あの場だと他にも人がいたから言い出しづらかった的な?
え、違うよね?俺の独りよがりじゃないよね?信じていいのよね?
うわ、やばいこれ。目の前がぐるぐるする…吐きそう。
「先ほど届いた手紙なのだが、あれは母からだったのだ。私が2日前に出した提案を、こんなに早く承諾してくれるとは私も予想外だったのでな。ふむ、柄にもなく高揚してしまっているな。いやしかし、予想外だからこそ貴殿には何も事前に伝えられなかったのだ、すまない。」
「へ?な、何が…?」
「これは失礼した。やはり私は高揚しているようだ、一人で舞い上がってしまっては何も伝わらないな。改めて、ナユタ殿。これより以後、我がユエル家当主にしてブリュムド領領主、ミストラル・フォン・ユエルが貴殿の後見人となる。そして今後は貴殿をシャルルの生き別れた双子の弟とし、名もナユタ・クジョウ・ユエルと名乗ることを許す。もちろんこの名をかたるからには相応の心構えをしていただきたい。もし貴殿が何か問題を起こせば、その責はすべてユエル家が負うということだ。しかし貴殿の身に何かあれば、当家は総力を持って貴殿の助けとなろう。今この時より、貴殿は私たちの身内となったのだ。」
「まてまて、混乱してるから。えっと、双子の弟…?んで当主が後見人…?」
「突然でですまないな、混乱するのも無理はない。つまり私と貴殿は従弟となり、貴殿は私の弟分となったわけだ。もちろん貴殿にユエル家を継ぐ資格を与えることはできない、しかし貴殿の身分は我々ユエルが保障するという事だ。」
俺がシャルルの双子の弟で、リュカの従弟。
俺という存在をユエルの家が保証してくれる…?
「なんで、そこまで…。」
「なぜ?…私は貴殿に生きてほしいと願い、貴殿はそれに答えてくれるという。であるのなら私が何もしないのは無責任だろう。言葉には責任があり、責任は果たさねばならない。ならば私は、私の持てるすべてを使ってこの責任に向き合おう。その結果がこれだったのだが…、迷惑だっただろうか?」
リュカが困ったように眉を下げている。
迷惑?
そんなわけあるもんか。
こんなに親身に俺の事を考えてくれる人を迷惑だなんて思うはずがない。
そんな恩知らず、いたら俺が殴ってやるよ。
でも、なら俺はどうしたらいい?
この胸の内に溢れる感謝の気持ちはどうやったら全部伝えることができるんだ?
こんな恩に、俺はどうやって報いればいいんだ?
「……俺、シャルルより年上なんだけど?」
「なんと。うむ…、いや、やはり弟の方が都合がいいだろう。これは私の経験談だが、あのような出来のいい弟を持つと立つ瀬がないぞ?何をやっても敵わないからな。兄というものは、大小あれどより優れていることを望まれるものだ。そんな気苦労をわざわざ背負う必要はないさ。」
「ははは、リュカも苦労してんだな。うん、じゃ俺は今日からシャルルの弟って事で。そんでリュカの友人改め、弟分って事で…よろしく頼むよ兄貴。」
「呼び方はこれまで通りで構わない。ただ繋がりが強くなっただけのことだ、貴殿の生活を束縛するようなことはないので安心してほしい。」
「………うん、ありがとう」
「まーた泣いてますよ、本当に泣き虫ですね。そんなんだからモテないんですよ?」
「…っ、だな。こりゃモテないわけだ。溢れて溢れて止まりゃしねぇ。」
いたずらっぽく笑うアンリに何とかこちらも笑い返す。
こんな恩義、一生かかっても返せるか分からないけど。
それでも泣いてるだけじゃ返せるものも返せないから。
とにかく笑え。
精一杯の感謝を込めて、それしか今の俺にはできないからな。
「ありがとう、リュカ。それにアンリも。俺頑張ってこの恩に報いるから。精一杯悔いのないように生き抜くから!」
「あぁ、それが何よりの恩返しだ。あぁそうだ、これも持っていてくれ。我が血族に名を連ねる者の証となる紋章だ。きっと何かの役に立つだろう。」
「あぁ、本当にありがとう。きっと大事にする。」
リュカから金属でできた紋章を受け取り首から下げる。
この世界に来て初めて出来た強い繋がりだ。
今、この時を忘れないためにもずっとずっと大切にしよう。
「それでは私たちはもう行くよ。もし何か困ったことがあったらブリュムド領にある我が屋敷を訪ねるといい、きっと助けになるだろう。それではナユタ、また会おう。」
「あぁ、きっと尋ねるよ。その時にまた。」
「次に会う時までには、その泣き虫何とかしといてくださいね。」
「おう、任せとけ!」
そうしてリュカとアンリは屋敷を去って行ったのだった。
寂しくないと言えば嘘になるが、それでも永遠に会えなくなったわけじゃない。
いつかまた必ず会えるのだから、その時を楽しみに待つとしよう。




